決別
グレイが男を捕縛する。トラヴィスが厳しい目で男を見下した。
ちきしょう、と男が呻く。
「女性に手を上げるとは、男の風上にも置けないな」
ヘナヘナとマリーがその場で座り込んだ。
「マリーさんっ」
駆け寄りマリーに抱きつくと、小柄で細い肩が驚いたように揺れる。
「わたくし…本当に色々と考えが足りずに申し訳ありません。そして、マリーさんのお父君にひどいことを言ってしまって…いえでも、言い足りないくらいなのですけれど…とにかく、その、ごめんなさい…」
抱きしめる腕にぎゅうっと力を込める。マリーの体が微かに震えているような気がした。
困ってしまって、思いつくままに喋りかける。
「でもこれだけは言わせて頂きたいの。わたくし、マリーさんが大好きです。だから、自分がしたいことをして、自分を一番大事にして欲しいの。そのためのサポートならわたくし、いくらでも、させて頂きますから」
「…ふふっ。シェリーがいうと、明日にでも好きな仕事についてこいっ!てスパルタされそうだなあ」
マリーが小さな声で呟いた。
そうしてシャロンの背中に手を回し抱き締め返す。
「ありがとう、シェリー。それからカミラも。私、もう大丈夫だよ」
ぽん、とシャロンの肩を叩き、マリーがゆっくりと立ち上がる。
そうして少し潤んだ、けれども意思を宿した目でしっかり父を見据えると、淡々とした口調で告げた。
「お父さん。私、お父さんが好きだった。お母さんが亡くなってから、お父さんずっとお酒を飲んでたけど。私がお金を稼いでお父さんを助けられたらまた優しいお父さんに戻るかなってずっと思ってた。でも、私がお金を入れるほどお父さんがダメになってく気がするの」
マリーが震える両手を前で組んで、それに、と躊躇いながら言葉を続ける。
「私、やりたいことがあるの。もうお父さんを助けない。ごめんなさい」
男はマリーを睨みつけている。しかしもう何も言わない。
どこまで響いたかはわからない。でも少しは伝わってくれるといいなと、シャロンは願った。
「マリー嬢。私としてはこのまま保安隊に突き出したいのだが、君の気持ちはどうだろうか」
トラヴィスの問いに、マリーは少し逡巡し言った。
「シェリーがいいなら――このまま放して欲しいです。でも、これが最後。次は保安隊を呼びます」
「わたくしも何も問題はございませんわ。ただ少し聞きたいことがございまして――先ほど仰ったあの坊っちゃん、とはどなたのことか教えて頂けますか?」
「…茶髪に緑の目と、青髪に黒目の貴族っぽいガキが聞き回ってたんだよ。金髪で紫色の目した女がいないかって。それしか知らねえよ」
学園からシャロンを拉致した男爵家と子爵家の男達で間違いなさそうだった。
おそらく王都に戻っていないシャロンを気にして探りを入れているのだろう。先日のトラヴィスの話によると王太子とミレルダの評判は地に落ち、シャロンは一方的な被害者となっているようだ。
そのシャロンを自分たちが拉致をし娼館に売り飛ばそうとした、ということになったらお家取り潰しの上処刑コースとなっても全くおかしくはない。
そろそろ潮時だな、と、シャロンは寂しさを握り潰した。