怒りの正体
「…デヴィットさん!」
「ああ、カミラさん。お久しぶりですねえ」
カミラが男の名前を呼び睨みつけると、男はヘラっとだらしなく笑った。
マリーに視線を戻すと一瞬睨みつけ、掴んだ頭を乱暴に放す。マリーは何も反応しない。
「いえね、最近ここが素晴らしく人気になったって聞きましてね。その中でもうちの可愛いマリーが売れっ子になったって話を聞いたんですよ。なのにこいつときたら、親不孝にも全然増えた分の給料渡してくれなくてね」
育ててもらった分の恩も忘れてよお、なあ?とマリーの顔を覗き込む男に、カミラが怒気を孕んだ声音を出した。
「マリーの給料からそちらに言われた通りの金額を送金しているのはあたしですけどね、マリーはずっと長いこと頑張ってそちらに尽くしてきたじゃないですか。最近ようやく自分のお小遣いを持てるようになったんです。元々の仕送りだって少なくはないはずですよ」
「るっせえなあ…あんなはした金じゃ酒も満足に買えねえよ。俺らはたった一人の家族だろ?マリー、なあ?」
目の前にいる、青白い顔で無表情に佇むマリーを、未だかつてシャロンは見たことがない。
昏い瞳だ。
さっきまでキラキラと輝いてた大きな丸い瞳から生気が無くなっているのを見て、言いようのない怒りがシャロンの胸にこみ上げてきた。
そんなシャロンに気づいたようで、男がおお?と声を上げる。
「ああ、あんたあの坊ちゃんたちが言ってた女か」
冷えた目で真っ直ぐ男を見つめると、男は一瞬気圧されたようだが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。
「ツンツンすましやがって。お前いくらだ?一回ただで相手してくれたら今日は帰ってやるよ」
「…お父さん、やめっ…」
「おやめなさい。見苦しい」
シャロンの怒りに満ちた威圧的な声は、男の言葉に耐えかねたマリーの制止すら凍らせた。
沸騰しそうな怒りが体の中で蠢いている。外には出さずに、ただただ冷たい刺すような瞳で男を見つめた。
愛らしい顔をしたマリーは、小柄な体でくるくると働き、誰とでもすぐ仲良く打ち解ける。
何事にも一生懸命なマリーをシャロンは好きだった。シャロンがここにきた時も、一番先に打ち解けてくれたのはマリーだった。
「あなたのような者が、マリーさんを貶め搾取するなんて許されるとでも?…いえ、誰であっても許されません」
この怒りはきっとこの卑劣な男に対してだけではない。
マリーの悲しみを察することができなかった自分自身に対しての怒りもあるだろう。
「恥を知りなさい。あなたに、この素晴らしい女性の父たる資格などありません」
この場にいる全員が、呆気にとられていた。
シャロンから放たれる、一つ一つの空気に完全に気圧される。
それは今までの人生で目にしたことのない気高さだった。指先の動かし方、流れる髪の毛の一本一本、その口から話す言葉の一つ一つに気品が宿っていた。
生まれながらにして王の隣に並ぶ者。そう育てられたシャロンはその教育の重みの分、誇り高かった。
大事な人を貶められ許す心の広さは、生憎持ち合わせたいとは思わなかった。
「な、なんだこのやろう…商売女が!」
我に返った男が顔を真っ赤にし怒鳴りつける。シャロンに殴りかかろうと動き、マリーが悲鳴を上げカミラがシャロンの名を呼んだ。
「そこまでだ」
いつの間にかやってきたトラヴィスが男の腕をねじり上げ、側に控えていたグレイが男の喉元に剣を突きつけた。