8. 瘴気を発する薬
しばらく街を見回って満足すると私は気配を探って人のいない路地を見つけた。素早く路地に入り、先程のように格好を魔術で変える。全身はボロボロな黒いローブで隠し、髪と目は目立たない黒にする。
と同時に振り返り、果物屋から魔術で姿を消してついてきていた少年に声をかけた。
「リシェ、状況はどうなっていますか?」
「薬が横行しているのは東スラム。でも少し調べたら違法薬物の皮を被った呪術関連ってことが分かった。だからあんまり探れなかった。」
端的に話しながら目の前に蘇芳色の短髪を持つ年下の少年が姿を現した。
リシェ、正確にはリシェスというが彼は最年少の14歳ながら“星影”の幹部で戦闘を得意とする第1部隊を纏めている。魔術抜きの単純な武術での戦闘力はジルの次に高い。“星影”のNo.3だ。
呪術にも少し耐性がある人物で極稀に指示する呪術関連の任務は彼に任せることが多い。しかし耐性があると言っても実際に呪術を前にすればそれは微々たるもの。本当に危険な事案を私はリシェを含め誰にも任せたりはしない。
手に余るから任せない、それが分かっているから彼らも呪術に関して深追いはしない。
よって今回は呪術による危険性は低めだが報告兼案内にリシェが出てくる程度には厄介といった具合の事案であることが推測できる。
そこまで考えるとひとつ頷いてリシェと共に転移した。
やってきたのは王都エリュフランの果て。東スラムだ。エリュフランにはパレードや凱旋が催せるほどの広い大通りを挟んで2つのスラムがある。それが王都の正門から見て東西にある東スラムと西スラムである。
入り組んだ路をリシェの案内で進み、目的地のボロ屋に着く。ここら辺一帯からは息が詰まるような嫌な空気が流れていた。
そっと様子を伺うと中には気分良さげな5人の男がいた。頑強そうな男たちは酒盛りの真っ最中だった。
「最っ高だぜ。あんなちっせい薬を広めるだけで大儲かり、酒飲み放題ってな。なあ?」
「ああ。もっとばら撒いて、じゃんじゃん金稼いでやらあ」
幸い彼らは酒盛りに夢中なようで侵入は容易そうだ。リシェに手で合図を送ると転移中に自身も私と同じように変装していた彼は動き出した。
リシェは気配なく手前にいた男の背後に近づき、首の後ろに手刀を打つ。倒れてくる大柄な男をものともせず受け止め、音を立てずに床に転がす。その後、気づかせる間も与えず2人目、3人目、4人目……とテンポ良く気絶させていく。
5人目が倒れた瞬間に私もボロ屋に侵入する。
中は乱雑としていて汚かった。食べ物や酒などが床に散らばっている。薬はなさそうだ。確認しながら奥まで行くと一瞬嫌なモノを強く感じた。
発生源を探ると一つの箱が目に止まった。箱を開けると予想通りで薬が入っている。
すぐに薬に呪術がかけられていることは分かった。醸し出されるモノからも呪術の気配がはっきりと伝わってくる。
先程から感じていた嫌な空気も呪術の気配で、瘴気と似通ったモノである。瘴気とはクレアールで世間一般的に知られている魔物から微量ながらに発せられているモノの呼称である。
あくまでこれは常識での話だが。
正確に言うと瘴気というのは呪術から発せられるモノだ。クレアールの歴史にもあるように魔物は呪術から生み出された。だから瘴気が残り香のように魔物からも発せられている。皆の知っている常識の真実はこうなのだ。
呪術は世界の理を歪める禁術。瘴気を長時間浴び続けると精神に異常をきたす。対策はしているがここに長居は禁物だ。この薬についても早く調べなくては。
一袋懐に忍ばせると代わりに魔術でレプリカを作って箱に入れる。
万一の事態は避けたい。倒れている男たちは薬のすり替えに気づくことはないだろう。注意すべきはエスファル公爵の手の者、特に呪術師だがこの場にはいないようだ。
呪術関連の手の者は少なくない量の瘴気を放っているのですぐ分かる。普段は抑えているようだが私は魔術と同じく呪術の質も感じ取れるので見破ることは造作ない。“星影”の構成員も訓練されているのでその人物の気配や経験故の勘から見分けることは可能だろう。
もう一度気配を探り、他に何もないことを確認すると同じように辺りを探っていたリシェを呼び戻す。
「それでは手回しはよろしくお願いしますね?」
転移によって路地に戻り、リシェにそう一言声を掛けて別れる。
この先の展開を予測し、くつりと笑みが溢れる。
嗚呼、楽しみだ。
第1王子たちはどう動くだろうか。