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転生演技派王子  作者: 雪吹 郁
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6. 魔術

男は鼻と口を覆い隠していた黒いマスクを外した。

露わになった唇がへらりと笑みを象って言葉を紡ぐ。


「ラナ様、スラムの方で違法薬物が横行してるよ〜。第2王子派のジュミール伯爵が関わってるみたい。どーする?」


「私は明日、市井に足を運ぶつもりですのでついでに確認してきます。もう少し調べて案内を送ってください。それから……いつも報告ご苦労様です、ジル。」


この怪しさ満点な男はジルという。本名はジルベルトでジルというのは愛称だ。

その怪しい見た目通り隠密で私の影部隊“星影”のリーダーを務める男である。


“星影”というのは主に諜報活動、妨害工作などの対エスファル公爵のために私がつくった部隊のこと。

メンバーは狡猾なエスファル公爵の近辺を探るという危険性の高い任務をこなす。そのため構成員は皆凄腕たち。規模は小さく、少数精鋭の集団で年齢は若いものが多いが実力は確かだ。

その中でもジルは20代前半とメンバー内での年齢は中間あたりだが実力は誰にも劣らず、特技も幅広い。一番最初に私の影になった者であって腹心の部下ともいえる。


「いえいえ〜。ラナ様への報告、みんなに羨ましがられんのよ?でもこれは俺の特権だからさー。じゃ、また〜」


嬉しげにそう言い残すとジルは闇に溶けるように消えていった。





***





「……ラナンキュラス殿下、……ラナンキュラス殿下っ……!起きてください!」


「うぅっ……しずかに、して……ください、みーあ」


朝になった。

数少ない身の回りの世話をする侍女の1人、ミーアが私を起こそうと声を掛けてくる。私はその声に渋々起きた。が、実を言うと私はミーアが部屋に入って来たときにはとっくに起きていた。しかしこのミーアはエスファル公爵側の者(はずれ)なのでダメな王子を演じる一貫として寝たふりをしていたのだ。


「おはようございます、ラナンキュラス殿下」


「ふぅ……おはようございます……」


何度も呼び掛けられたところで私は起き上がる。

そして身支度を済ませると、朝食を部屋に持って来させた。少しして高級食材を使った美味しそうな料理が机の上に並べられる。その中のスープにニンジンが入っているのを見つけ、私は声を上げた。


「このスープ、ニンジンが入っているじゃないですか。前から嫌いだと言っていますよね?変えてください」


もちろんこれも演技であって私はニンジンが嫌いではないが。

料理長に苦言を呈すると彼の顔からサーッと血の気が引いた。王子の不況を買ったのかと周りにいる侍女たちも若干顔色が悪い。


「は、はいっ、ただいま持って参りますっ!」


そう言うと料理長は青い顔で走っていった。





一波乱あった朝食を終えると侍女長がやって来た。


「本日のご予定ですが、午前は礼儀作法、午後は魔術の先生がいらっしゃいます。」


侍女長はこの第2王子宮の中で一番の要注意人物。

エスファル公爵に心酔し、従っているタイプの者でエスファル公爵の直接的な配下だ。歩き方一つとっても只者じゃない。目配りも利き、勘が鋭い。この侍女長は第2王子宮を管理する存在で裏切り者や密偵の処分も行なっている。

完全なるエスファル公爵側()だ。


今も完璧に微笑んでいるがその裏を知っている私としては冷徹に傀儡である王子を観察する顔にしか見えない。それでも第2王子はまるで侍女長を慕っているかのように笑顔で過ごす。


だって馬鹿な王子は優しげに微笑む侍女長に騙されるに決まっているだろう?


そんな私には流石の次女長でも気づいていない。

そりゃあそうだ。私の演技は()()なのだから。侍女長とは比べものにならないほどに。


侍女長は今日の予定を話し終えると部屋を出ていった。


それにしても。

いつものことであるが、第2王子の予定の少なさには呆れを通り越して笑える。やることといえば私に媚びへつらうだけで大した技能もない「センセイ」に教わること。それから王城でお茶会を開き、第2王子派の者と懇意にすることぐらいだ。


そんなことをしていては意味がないのでここから抜け出すことにする。

まず、魔術で自分と重なるように私をもう1体作り出す。いわば精巧なレプリカ、前世でいうAIのような知能を持ち、自分そっくりに動くことができるものだ。そして自身に隠蔽魔術をかける。この過程を無詠唱でこなしたがこれは凄いことだったりする。


この世界での魔術というのは体内にある魔力を使って行使することができる。魔力というのは先祖が精霊によって与えられた力である。貴族は魔力保持者同士が結婚して魔力の強い子供をもうける。そういった事情で大半の者が魔力を持っているが、平民で魔力を持つ者は3割ほど。しかも平民は貴族に比べて圧倒的に魔力量が少なく、ちょっとした魔術しか使うことができない。稀に魔力量の多い平民はいるが通常、魔力は体外に出ると暴走する。そのため制御が難しく、大方は簡単な初級魔術しか使えない。

この初級魔術というのは魔術の段階で、この段階は難易度によって4つに分けられている。それが初級魔術、中級魔術、上級魔術、最上級魔術だ。


そして詠唱とは魔術を制御するもの。

詠唱を必要とする魔術とは必然的に制御の難しいもの、つまり難易度が高い魔術ということだ。

よって一般的に無詠唱で魔術を行使できるのは初級魔術だけ。魔術を学ぶ機会がそうそうない平民では多くが詠唱での魔力制御もできず、初級止まりとなるのだ。

逆に高位貴族や才能の有無によっては中級魔術も無詠唱で行使できる人はいる。高位貴族は生まれ持った魔力量が多いため、中級魔術に必要とする魔力程度なら制御が可能だ。

上級魔術からは杖と魔術陣を媒体とする。それらを媒体とするのは扱う魔力が多く、扱いきれないからだ。それほど上級魔術で扱う魔力は膨大だ。そのため無詠唱では魔術を行使できない。上級魔術は杖と魔術陣と詠唱でもって制御するハイレベルな魔術となっている。そもそもだが上級魔術を使えるほどの魔力量を持つ者は高位貴族の中でも一握りしかいない。

その中でも王族や第1王子の側近、リーベローズ・レトニスとその他の直系のレトニス公爵家の者は例外だ。詠唱を省略して上級魔術を行使することができる。


王族はさておき、なぜレトニス公爵家が詠唱を省略できるのか。それにはレトニス公爵家が建国当時から精霊の恩恵を受けてきた王国一の魔術師の家門だからという理由がある。


このように初級魔術から上級魔術へと難易度が上がっていくと詠唱も長くなっていく。最上級魔術に至っては短い歌のようなものだとか。最上級魔術まで使える魔術師は今ではもう伝説となってしまっている。


話が少し飛んだが、私がさっき使った分身魔術は上級魔術に当たる。しかし私は詠唱は疎か杖も魔術陣も使っていない。生まれつきの魔力量の多さとある程度魔力制御の才能があったからこそ成せる技であった。


作り出したレプリカから脱皮のように抜け出して寝室に向かい、奥のただの壁にしか見えない部分に魔力を流す。すると下に降る階段が現れた。


これは城のあちこちに造られた隠し通路の一つだ。扉は王族の魔力にしか反応しない仕掛けになっている。扉自体も魔術で巧妙に隠されているが私にはうっすらと魔力を感じ取ることができる。

幼い頃、こうして抜け出しては隠し通路を見つけていたので私は王城中の隠し通路を把握している。


私は火魔術で火球をいくつか作った。

それをあかりにして地下迷宮のような隠し通路を迷いなくサクサクと進む。ぐねぐねと何度も道を曲がりながら歩いていくと、やがて隣接する森へつながる出口まで来た。人がいないことを確認して隠し通路から森に出る。

わざわざ外まで出たのは王城内では魔術を使用できないためだった。


《無の魔術陣―転移―》


詠唱し、魔術陣を展開する。

風がかすかに湧き起こり、眼前の景色が森から人気のない路地に変わった。


転移魔術も上級魔術の一つだ。

分身魔術のように無詠唱かつ魔術陣なしでも使えるが、転移のような広範囲に魔力が干渉する魔術でそれをするのは危ない。下手をすれば体が吹き飛びかねない。こっそり使わなくても良い場合は魔術陣ありで行うことにしている。

だが急ぐときは魔術陣ありとなしではなしの方が速く魔術を使うことができるため、魔術陣は使わない。


魔術陣には色や大まかな図案に違いがある。

さっきの転移魔術で解説すると私の魔術陣は紫色だった。これは各自の魔術の質によって色が変わるものなので違う魔術を使っても他の色にはならない。


また、大まかな図案にはそれを定める7つの属性がある。それは精霊たちの属性である光・闇・火・水・風・土の6属性と無属性だ。無属性とは転移魔術や回復魔術などの他の属性に含まれない全ての魔術のことをいう。

属性は魔術を使える者ならば得意不得意はあれど、基本的に何属性のものでも使うことが可能だ。


以上の違いの他にもう一つ魔術陣には違いがある。

それは形だ。精霊の6属性には攻守の魔術がある。そのため、無属性以外の魔術陣には攻撃のための陣と守護のための陣がある。


何属性で攻守のどちらの魔術陣を使うか、それによって詠唱は少し異なってくる。先程の転移魔術のように、初めに何の魔術陣なのかを唱えなけれ使うことは不可能となる。


魔術陣についてのざっとした説明はこのような感じで以上だ。

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