5. 第2王子宮
「お帰りなさいませ、殿下」
私はミカエルと共に図書館から住まいである第2王子宮へと帰ってきていた。わかりやすく第2王子宮と呼んでいるが、正式名称はロークレール宮だ。
離宮も含み王城は創造神が創造した太古の世界をモチーフにして作られたそうだ。
このロークレール宮のモチーフは創造神が作り出した恵みの水。流れる水の様子は時間の流れも表していると言われている。
良く言えば繊細で精巧な作り。悪く言えば無機質。
美しい宮だが、調度品はエスファル侯爵の権力を表すような豪華なものばかりだ。
正直言って私の趣味ではない。もっと言えば趣味が悪い。清純さのある宮に豪華絢爛な調度品が合っていない。
性根の悪いものはセンスも悪いのか。
日頃の不満をおくびにも出さず、そう心の中で宮の調度品にぶつけた。
扉の前でミカエルと別れ、自室に着くなり2人の侍女が着替えを持ってきた。彼女たちに手伝ってもらい、外出用の衣服を着替える。
私の身の回りの世話をする侍女は王族にしても貴族にしても少ない。その代わりというかこの宮にいる使用人は多い。理由は私が女であるという秘密を知る人間をなるべく少なくするためと権力の誇示だ。
第1王子も暗殺されるリスクを減らすために侍女を少なくしている。よって違和感はあまり持たれていない。
この宮の使用人たちと護衛は全員エスファル公爵の手の者だ。その中でも私に近しい侍女や執事は監視者として仕えている。そんな彼らには2種類の者がいる。
エスファル公爵に心酔し、その命令に忠実な者と、脅されて従うしかない者だ。
脅されて従うしかない者の中には私に同情してしまった愚かな人もいる。
それが今居るサーモンピンク色の髪の穏やかな雰囲気を持つ侍女のシルフィ。それからバラのように美しい赤髪を持つ勝気そうな侍女のルージュ。この2人だ。
「ラナ様、顔色が悪うございます」
「今日はもうおやすみになられてはいかがですか?」
シルフィとルージュは心配げにそう言って眉を下げた。
この魔窟で心から私の心配をしてくれるのはミカエルとこの2人だけ。彼女たちは優しく、姉のような存在だ。私の“復讐”にも味方して……
本当に愚かだ。家族や大切な人たちを人質に取られているようなものなのに。
もしこれがエスファル公爵にバレてしまったら本人だけでなく、彼女たちの周りにも危険が及んでしまう。
でも。
危険を理解しつつもただエスファル公爵の思うままでいてやるかと。そんな、意志が強く賢い彼女たちだからこそ私は信頼している。私をラナと愛称で呼ぶことを許しているのはその最たる証。人前では「殿下」だが今のように誰もいないところではそう呼んでくれている。
彼女たちが安心するよう笑みを浮かべて、特に必要ではないものの頼み事をする。
「大丈夫ですよ。でも、今日はもう休むことにします。それから明日ですが、抜け出そうと思っているので補助と口裏合わせをお願いします」
「「かしこまりました」」
彼女たちは返事をすると、退室しようと扉へと歩いていった。
が、直前でぴたりと足を止め、振り返った。
「どうかしましたか?」
声を掛けるとシルフィが不安げな顔をして言葉を返す。
「どうか無理をなさらないでください」
その隣ではルージュもまた普段の明るい様子を潜めさせ、瞳を揺らしていた。
私はそれには答えず、微笑んだ。
***
夜の帳が下りて辺りが寝静まった頃、フッと空気が揺れた。
目の前には全身を黒で覆い隠した1人の男がいた。
ふわりと風が舞う。
その時、男の被っていたフードがずれた。
月光に照らされた男の瞳は紅かった。