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転生演技派王子  作者: 雪吹 郁
16/16

16. 拠点にて


「ただいま」


邸宅に入って帰宅を告げれば。


「おかえりっ!」


勢いよく走ってきた可愛い少年に飛びつかれた。

蘇芳色の短髪にガーネットのような綺麗な赤い瞳の少年。耳に瞳同様の赤いピアスを付け、執事服を着た彼はリシェだ。

今日はスラムに行った時のような殺伐とした雰囲気ではなく、無邪気な年相応の笑みを浮かべて顔をだらしなく緩めている。


リシェを受け止めて頭一つ分低い位置にあるその頭を撫でていれば。メイド服を着たふわふわな茶髪が特徴の、お人形さんのような美少女が声を掛けてきた。


「お帰り、ラナ。リシェ!貴方さぼるんじゃないわよ!」


「なっ、ちげぇーよ!誰か来るような気がしたから見に来ただけだし。お前だって今さぼってるじゃん、ルシア」


「私は貴方を連れ戻しに来ただけ。一緒にしないで欲しいわ」


声を掛けてきた美少女、ルシアがつん、とそっぽを向き、リシェは怒る。微笑ましい光景に思わず、「二人は相変わらず仲が良いですね」と言葉が溢れれば。


「「どこが!?」」


一拍も置かずに否定の声が上がる。

息がよく合った返答にふふ、と笑いが音を立てた。


「笑うなよ!」


「そうよ。全くこのお子ちゃまと私のどこが仲良く見えるって言うの?」


「あ?誰がお子ちゃまだって?俺とお前2つしか歳違わないじゃん!」



治る気配のないリシェとルシアの言い合いが続き――


「うわっ、出遅れちゃった!お帰りー」

「おかえり」


その間にこの邸宅の住人が玄関に集まってきた。



「おう、ラナお帰り。まーたお前らは喧嘩してんのか。飽きねえなあ。な、ジル」


「そうだねぇ。ラナお帰り〜」


のんびりと歩いてきた二人のうち一人、24歳で最年長。この邸宅内で見ればがたいが良く精悍な顔立ちの男。ヴァンがリシェとルシアを見てやれやれ、と言いたげな声を出す。


それに相槌を打ったのはもう一人の美しい男、ジル。

執事服を優美に着こなし、耳にはシンプルな黒いリングピアス。肩につかない長さの銀灰色の髪から覗くのは()()()の瞳の右目。

いいや。

正確にはアレキサンドライトのように、邸宅の明かりに照らされて青緑色に変化した瞳。



ジルはアレキサンドライトのようなその瞳をいたずらを思いついた悪童のようにすっと細めると。


「夕飯じゅ「丁度夕食できたよ。早く食べよう?」……おいジル」


と言った。ヴァンの言葉を遮って。

遮られ、言うことを奪われたヴァンはくわっと目を見開いて怒った。


「俺が今それ言おうとしてただろ。言葉を被せるな!それにご飯を作ったのは俺だ!俺に言わせろよ!」


ヴァンの怒る様を見て確信犯のジルはけらけらと笑う。

私は苦笑すると先程稼いだお金をジルに渡して、着替えるために自分の部屋に足を進めた。



***



ゆったりとした男物の服に着替え、魔術を解いて本来の姿で食堂に向かえば。執事服、メイド服を着ている耳にピアスを付けた男女合計六名が既に思い思いの席に着いていた。

食堂には丸いテーブルが五つ置かれている。その中の二つに六名は分かれて座っていた。


テーブルには温かい料理が並んでいる。作りたてで美味しそうだ。

貴族の一般的な屋敷と違い、食堂の横に厨房があって作ったものを直ぐに持ってこられるという利点がこの邸宅にはある。


この邸宅は古くはあるが貴族が所持しているようもののように立派な外観で、内装も歴史を体感できるような素晴らしいものだ。

調度品はウッディーで一見素朴に見えるが実はかなりの高級品。年代物の上品さが隠しきれず滲み出ている。

邸宅そのものが私の自慢の逸品である。見掛けは貴族の屋敷の如き優雅さを備えた我らが邸宅。


しかし中身はその限りではない。

華やかな礼服等を収納する衣装部屋の代わりに、多種多様な変装道具を揃えた衣装部屋があったり。

思わず感嘆してしまうような、精緻な造りの別館が訓練場であったり。

庭師のセンスが光る美しい庭は罠を中心にして意匠された景観であったり。……幻惑の魔術やら瘴気を阻む魔術やらを私が施してあるので、敵の襲撃によって罠の効果が発揮されたことはないのだが。


上記の理由だけでも普通とは言い難いが、極め付けが住人だ。この邸宅に住んでいるのは常人ではなく“星影”の構成員なのだ。



そう、此処は私の手足となって働く“星影”の活動拠点である――



「ラナ、隣で一緒に食べよー」

「あっ、ずるい。こっち来てくれるよな、ラナ?」

「いやいやあ、俺の隣だよねぇ?」


私の隣に来て、いや俺の隣に――

と、私を呼んでいる皆も勿論“星影”の構成員。


さて、彼方此方から引っ張り凧だ。

どうしようかと考えながら食堂をぐるりと見渡す。

ふとある人物を見つけて目が留まった。それは先刻ジルに夕食を告げる役目を奪われて若干不貞腐れているヴァン。

ヴァンはこの場所で厨房の長、コック長としていつも美味しく健康的なご飯を考え、作ってくれている。

日頃の感謝を伝えるにもいい機会だ。


「ここに座っても良いですか?」


問い掛けると、目に見えて表情を明るくさせたヴァン。


「当たり前だろ。ここにはラナが隣に座ることを死ぬほど喜ぶバカはいても拒否する馬鹿はいねえんだから好きなとこ座れよ」


「ひゅー。言うことがカッコいいー。さっすが最年長!」

「よっ!最年長!」

「バカって誰のことー?最年長ー!」


囃し立てるように発される最年長という言葉。


「最年長最年長ってうるっせえな!ラナ、あいつらは放っておいて食おうぜ。料理が冷めちまう」


ヴァンがその声を打ち消し、発した食事を促す言葉を合図に皆が恵みに感謝を捧げ、食べ始める。


「お、美味しい……!私これすごく好き!作った人天才!」

「おーそれはどうも。また作ってやるよ」

「俺明日は魚料理が食べたい!」


和気藹々。

正にその表現がしっくりくる、皆で席に着いて肩の力を抜き、話をしながら食べる賑やかな食事。

それだけのことが、私にとってはとても幸せなことなのだ。


現世は王子。豪奢な食事を広いテーブルで一人お行儀良く食べる日常。

前世は仕事優先で忙しい両親とは共に食事を取れるはずもなく、物心ついた頃からお手伝いさんが作ってくれたご飯を独り食べるのが日常だったから尚更。


「ねえ、聞いてよラナ!お茶をさ、ジルに浴びるほど飲まされるんだ!やめるように言ってくれよー。お陰で自分で淹れたお茶を飲むと不味く感じるようになっちゃったんだ」


なんて言っているリシェたちの話に耳を傾けながら食べていれば時間は気付かぬうちに過ぎていく。

食事を終え、席を立つとヴァンに日頃の感謝を伝える。


「美味しかったです。任務外なのにいつも食事を作ってくれてありがとうございます、ヴァン」


「良いってことよ。料理は俺の趣味みてえなもんだし」


“星影”の構成員ではなく食堂で働いていたのなら、ヴァンは今のように危険な日々に身を置かずに済んでいた筈なのに。

思うのだ。他の選択肢を与えることはできるのに、それをしないままで良いのかと。


私の心の中にある葛藤を見越してか、ヴァンは言葉を付け加えた。


「……俺らは好きであんたに付いて行ってるんだ、任務だって苦じゃねえよ」と。


苦じゃないわけがないのに。

任務が任務なだけに怪我をして帰ってくることは度々ある。命の危機に晒されることも少なくない。

それでも皆の目に宿る潔い覚悟ゆえ。使えるものは何でも使って復讐を遂げると決めた私の汚い覚悟ゆえに。私はこれからも彼らに任務を与え続けるから。

だから。

皆の目を見渡して、今度は全員に向けて「ありがとうございます」とそれだけ言い置いて食堂を去った。



部屋に戻り、続き部屋になっている書斎で机に載っていた書類を見ていればジルがやって来た。

書斎に入ってそのまま真っ直ぐ近づいて来ると、備え付けてあるティーセットでお茶を淹れてくれる。


「どーぞ」


「どうも。……また腕を上げましたか?」


一口飲んで味の違いに気付いた。元々お茶を淹れるのが下手だったわけではないのに練習をしているのか、飲む度に淹れるのが上手くなっていることが分かる。

ふと、リシェの話を思い出す。

ジルにお茶を飲まされているとはそういうことなのだろうか。


「ほんと?嬉しいなあ。そうなんだよね、任務の間に地道に練習してるんだ〜」


「……私は果報者ですね」


嬉しそうに破顔したジルが眩しく思えて目を細めた。

こんなに優良な部下を持てている最上の幸せを噛み締める。


「俺たち自慢の部下だろ?……そうそう、今ゼファのやつを中心に薬の出所探ってんだけどさあ、結果は思わしくなんだよねぇ」


「そうですか。私もそんなに直ぐに見つかるとは思っていませんから、焦らず慎重に探ってください」


「仰せのままに〜」


明るく返事をしたと思えば、次には「ああでも、」と低い声で言い放った。



「第1王子の方には進展があったね」



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