15. Sランクの魔物
所変わって。
私は王都の西に存在するだだっ広い森、セイリアムの森に来ていた。
変装は完璧だ。
今回は暗めの色を基調にした冒険者スタイル。右腰には機能性重視の地味な剣をさしている。
髪は耳にかかるくらいの短髪で、色は髪と瞳どちらも黒。その上には全身をすっぽり覆う黒いローブを着用し、フードで顔を隠している。
背丈はシークレットブーツを履いていないので、本来の身長のままだ。
一応男装だがこの格好では性別だけでなく、年齢さえも不詳だろう。正体を隠せるのは良いが人前に出れば立派な不審者とも言える格好だ。
でも、この程度なら普通の変装に過ぎない。ラナンキュラスと全くの別人だと言えない。
演技、変装を極めている者としては更に声、気配、魔力を完全に変える。
声は普段の中性的な声からより低い声へ。言葉一つ、口調一つにも注意を払う。
気配はある程度を遮断し、魔力は魔力を所持しない平民の7割に混じれるよう、断つ。
存在から外観、果ては思想まで。全てを変えて他人に成り切るのだ。役のように。
だから今の自分は冒険者のアクト。名前は単純に“演じる”のactから付けた。
性格は無愛想でめんどくさがり。他人に流されず、自分の道を進むタイプの人間。得物は片手剣で左利きの剣士だ。
運動がてら適当に魔物を倒しに、そして稼ぐために今日セイリアムの森に来た、と……こんな感じだな。
設定を頭に入れて瘴気を強く感じる方へ進む。
実はこのセイリアムの森に最高ランクの魔物がいるそうなのだ。とある存在が教えてくれた。
そう、わざわざエリュフランの外に冒険者として来てまで私がやりたかったことは魔物の討伐だ。
近年エスファル公爵が呪術を使うことで瘴気を撒き散らしている所為で魔物が増加、凶暴化している。
魔物の強さ、というのはランク付けされている。
Sランクが最も強く、A、B、Cと続いてDが一番弱い。
この魔物のランクに対応するように冒険者にもランクがあるのだが、やはりSランクやAランクとなれば人数は少ない。もし仮にSランクの冒険者がいないところにSランクの魔物が出現したら……。大きな被害が出ることは間違いない。
それでも昔は大丈夫だった。
Sランクほどの魔物は出現頻度が低かったのだから。
魔物が瘴気から誕生したと言うように、纏う瘴気が濃い魔物ほど強い。また、漂う瘴気が濃くなればその場に存在する魔物は強くなっていく。
精霊が減り、瘴気が濃くなった今のクレアール。
Sランクの魔物が複数の場所で同時に出現する可能性も十分にある。Sランクまで至らずとも、Aランクの魔物でも同時に何体も出現すれば被害は甚大だ。
よって被害を抑えるために、適度に魔物の討伐を行う必要があるのだ。だから日々のストレス発散を兼ねて、強い魔物を倒しにきた。
森の奥深くまで進めば、辺りが緊迫した空気を纏っていた。一帯の木々はなぎ倒され、小さな動物一匹さえもいない。
耳をすませば。グチャ、グチョ……というなにかの肉を貪る、嫌な音が聞こえた。
前方に濃い瘴気の塊、Sランクの魔物がいるのが分かる。
私は気配を消して魔物までの距離を一瞬で詰め、Sランクの魔物――キメラと言えばいいのか、沢山の異種の生物たちの部位擬きを持つ巨大な黒々しい物体――に視認させる間も与えずに魔物の懐に入る。
そのまま剣を鞘から引き抜くと同時に魔物に斬りつけた。が、本能で危険を感じ取ったのか体の一部、蛇の上半身らしきものが剣を阻んだ。
その間に他全ての生物たちの部位はこちらに攻撃の手を伸ばしてくる。私は瞬時に飛び退いて距離を取った。
飛び退いた先でぐっと溜めをつくり、地面を強く蹴って走り出す。
硬そうな部位を避けて最短で進むのに邪魔となる部位は切り捨てつつ、素早くもう一度懐に入る。
魔物は攻守の手段となる部位を全て攻撃のために伸ばしてしまっている。今度は防ぎようがない。
私の速さに。私が後ろに飛び退いたと思った瞬間には目の前に迫っていたことに。魔物は驚愕したように硬直した。
魔物が晒した隙に、魔物全般の急所である体の中心部分に向かって剣を薙ぎ払った。綺麗に両断された魔物の体が大きな音を立てて地面に落ちる。
地面が振動し、勢いで砂埃が舞った。
事切れた魔物は垢が出てくるようにぼろぼろと崩れ、つやりとした拳大ほどの石を残して消え去った。
呆気ないな。もう終わってしまった。
軽い運動にしかならなかったな。
特に汚れているわけではない剣を、穢れを払うかのような気分で軽く振るってから鞘に収める。
落ちている魔物の核は拾って腰袋の中に入れた。
クレアールの魔物は倒せば核を残して消え失せる。
冒険者はその残った核を売って生計を立てる。核は魔道具を作るために必要不可欠なものだ。
別名では魔力石とも呼ばれる。
強い魔物から獲れるものほど性能が良く、高く売れる。今獲れたものも後で冒険者ギルドまで売りに行く。
その前に。
この森の中にいる他の強めの魔物をさっさと倒そう。
***
強めの魔物を粗方倒して。
やはり魔物の数の増加、凶暴化がここ数ヶ月で著しくなっている、そう感じた。
どうにかしなくては……と考えながら戻ってきた王都エリュフランの西部。
エリュフランの西部は冒険者ギルドや商業ギルドがあって職人たちや客層を冒険者に定めたお店で賑わっている。活気が薄れたエリュフランの中では明るい方の場所だ。
その西部のとある大きな建物の扉を開けて中に入る。歴史あるエリュフランの建物にしては無骨な石造りの建物。
この建物は冒険者ギルドだ。
中は奥が受付カウンター、手前が酒場になっていて地下にはランク試験に使われる闘技場がある。
空間にはむさ苦しい男たちの臭いと酒、肉の匂い。それから暑苦しさと品のない笑い声が広がっていた。
一拍置いて中にいた冒険者の視線が少数ではあるが向けられた。
「……!?お、おいっ!見ろよアレ!」
「あ?なんだよ。……待て、あの黒いローブ……男か女かわかんねえ背丈!極め付けはあの存在感!!ア、アイツはアクトじゃねえか!!」
「アクトだって!?あのSランク冒険者のか?!」
「アレが規格外の強さを誇る、“Sランク殺し”のアクトぉ?あんな軟弱そうな体したヤツが?ハッ、んなわけねえだろ」
「ばっかっ!お前知らないのかよ!アイツは間違いなく本物だ!!素性が一切知れない謎のSランク冒険者……!やべえよ、今日は一体なにをするんだ!?」
ひそひそと囁いているつもりであろう声がギルド内に伝染し、向けられる視線が多数になった。
私はそれらを無視して魔力石、薬草等の買取を行っている奥のカウンターへと歩いて行く。
「あっ、アクトさん。今日は何を持ってきてくれたんですか?」
顔馴染みとなった男の鑑定士がわくわくした表情で問いかけてくる。見た目から推測するに、二十代くらいで若いのだがその目は確かで信用できる。
「……」
無言を返して、腰袋に無造作に入れてあった魔力石を渡す。魔力石は腰袋の中で傷つかないように魔術を掛けてあったため傷一つ無い。
「うわぁ……、またAランクの魔力石をこんなに……っていつもより多くないですか!?ん?えっ!?目がおかしくなったかな?Sランクの魔力石があるような……」
「お前の目は正常だ。それは間違いなくSランクの魔力石だぞ」
わくわく顔を引き攣らせ、目を瞬かせて混乱する鑑定士。若干めんどくさく思えてきて口を出すと。
「あ、やっぱりそうですよね……じゃなくてっ!ちょっと奥で詳しい話聞かせてもらいますよ!……マスタぁー!またアクトさんがぁ……」
顔を青褪めさせて、余計に煩くなった。
まあ、Sランクの魔物がいたとなればおかしくない反応だろうが。
それから鑑定士が呼んできたここ、エリュフランの冒険者ギルドのマスターに奥の部屋に連れて行かれ。
事情聴取をされてSランクの魔物がいた場所などをギルドマスターに話し。
解放され、売った魔力石の代金を受け取って懐が随分と暖かくなり。
その頃には既に日が沈み始め、空は茜色に染まっていた。
私は第2王子宮ではなく、街外れに建つレンガ造りの古風で美しい邸宅へと帰った。