14. 礼拝
翌日、創造神の日。
早朝。
創造神の日の朝は礼拝を行う。
直系の王族は王宮の敷地内に建てられた、主神殿にて創造神クレアシオンに感謝を捧げる。
よって今私は従者兼護衛のミカエル、エスファル公爵の息が掛かった護衛騎士と共に礼拝堂前に来ていた。周りには白いローブを着た神官と騎士たちがいる。
礼拝堂前とは言えども主神殿内には変わりなく、神殿特有の厳かな静けさが場に満ちていた。
そして、私の目の前には第1王子がいる。王族の礼拝なので側近のレトニスは同行しておらず、従者と護衛騎士を連れていた。
眼前の第1王子は笑みをたたえつつも冷たい表情だ。
今回、冷たい顔で見られているわけ。
それはエスファル公爵側の人間だからという理由だけではない。時間厳守の大事な儀式であるのに時間に余裕を持たせず、礼拝開始直前に堂々と来たからという理由も合わさってだ。いや、むしろこちらがメインに違いない。
「もう兄上は到着されていましたか。随分と早いですね」
言葉を発せれば、静かな空間に私の声はよく響き渡り、この場にいた神官や騎士たちが息を潜めて私たちの様子を伺ってくる。
私の後ろにいるミカエルは直立不動、無表情を崩さずに控えている。
「ラナンキュラス……創造神の日の礼拝という、王子としての重要な努めにも関わらず開始直前になって礼拝堂に着くとは、他に一体どれほど大事な用事があったんだい?」
悪びれもせず、いけしゃあしゃあと話しかければすかさず第1王子から嫌味が返ってきた。
まあ、皆の油断を招くためにいつもの如く寝覚めが悪いふりをするという大事な用事がありました。……とは言えないので。
「王子の健康を維持するための睡眠、というとても大事な用事ですよ。そもそも、想像上の神のためにこの私が朝早くから礼拝堂まで出向く必要はないではありませんか」
第2王子らしく答えてみた。が、この発言は不遜に過ぎる。
傍観していた周囲の気配が騒めき、ミカエルが身じろぐ。
創造神クレアシオンと精霊王たち、またそれらを敬ってきたフィオニティア王国という存在に対する冒涜だ。
私がそう思ったように第1王子も思ったようで、凍えるような視線を送ってきた。
「なんてことを言うんだい?フィオニティア王国の歴史を軽視するような発言は控えるべきだよ」
「まさか!私が王国の歴史を軽んじるわけないでしょう。ですが、やはり創造神の日の早朝の礼拝は必要性が感じられませんね。……兄上はいいでしょうけどねえ、礼拝堂が近くにあって。私よりも兄上が早くに到着されるのは必然ですよね」
礼拝堂内に流れる第1王子と第2王子間の不穏な空気。
その空気に圧されたらしき近くの神官が青白い顔でチラチラとこちらを窺ってくる。
補足だが、主神殿も図書館と同じで第2王子宮より第1王子宮の近くにある。
つまり“お前の方が近くに住んでいるのだからこっちよりも早く着けて良いよな”と言いたいのである。
他にも“私の方が偉いのだからお前は先に来ているべきだ”という意味も込めて言っている。
重要施設や貴重な書物の宝庫である図書館が第1王子宮側に存在する理由。それは単純で、第1王子が王位継承者となることを国王に期待されて宮を与えられたから、だった。
「早くに来るのは私の信仰心の現れだからね。単純に近いからだと思われたら困るよ。ラナンキュラスももう少し早く来た方がいいんじゃないかな?……あ、もう礼拝の時間になるね。余計な話は終わりにしようか」
「れ、礼拝の時間になりましたっ。じゅ、準備は宜しいでしょうか……?」
やれやれとでも言いたげな顔で第1王子が忠告し、畳み掛けて会話を終わらせる。すると、タイミングを見計らっていた神官が冷や汗を滲ませながら礼拝の時間になったと告げてきた。
これくらいで取り乱すとは小物だな。
今の会話で馬鹿にされた上、反論の機会を失って悔しげに顔を歪めている第2王子といい勝負だ。
「勿論だよ」
「えぇ……、私も大丈夫です」
第1王子と私の返答後、扉が開かれる。
小物な神官は第2王子派ではないのだが……この小心加減で今まで生き残っているのが不思議だ。
小物な……、小物神官が纏っている衣服等は上質な純白の生地で織られている。加えて銀糸で施されているのは数多くの繊細な刺繍。王族の礼拝の場に参加できるのは上位の神官に限るが、その中でも上位なことをこれらの衣類は語る。
本当に謎だな。
まあそんなことは置いておいて、ミカエルを連れて礼拝堂に入る。
共に礼拝堂に入るのは側付きのみで着いてきていた護衛騎士たちは礼拝堂前で待機だ。
礼拝堂は薄暗く静謐な雰囲気が漂い、最奥には祭壇があって男とも女ともつかぬ中性的で神秘的な創造神像が置かれていた。
すでに礼拝堂内にいた神官たちは祈りの体勢で聖歌を唄っている。
私と第1王子は無言で前へと進み、祭壇に続く階段を登る。祭壇まで登るのは私と第1王子のみだ。
私たちと礼拝堂に入ってきた側付きや神官、神殿付きの騎士は祭壇の下で綺麗に並んで跪き、祈りの体勢を取る。
第1王妃、第2王妃は既に亡くなっている。そして国王は来ない、いいや来られないので参加する王族は2人。国王はもう何年も前から病に臥せっており、創造神の日の礼拝に参加していない。
表舞台には出て来ず、ずっと王宮の自室の寝台の上で日々を過ごしている。国王の身の回りの世話を行うのはエスファル公爵の手の者。これらの要因がエスファル公爵の増長を許している状況なのだ。
現国王は病に伏せる以前はその圧倒的な強さとカリスマ性から“鬼神”とも言われたほどだった。
その天性は子の第1王子に良く引き継がれている。
うらやましい、と思ってしまう。
醜い子の私と違い、輝かしい子の第1王子を。
隣にいる第1王子を横目で見る。
堂々と歩き、美しい所作で跪く。その姿にはすでに大国の国王になり得る威厳が感じられる。
ほう、と息を吐きそうになるのを堪えて第1王子と同時に祈りの体勢を取る。
両手を交差させて握り合わせ、掲げて手首に額を付ける。
手は精霊樹を表す。
創造神クレアシオンがクレアールを創り出し、精霊を生み出したとされる場所が精霊樹だ。
この世の恵みの源。だから、精霊樹を通してクレアシオンへ祈りを捧げる。
神官の唄う聖歌が変わる。
私はそっと目を閉じた。何も考えず、ただただ祈る。
どれくらいの時が過ぎたか……唄が止み、神官の一人――他より一層神聖さのあるローブと装身具を身につけた神官長――が創造神クレアシオンに言葉を捧げて礼拝が終わる。
礼拝堂から出た私と第1王子はニコニコニヤニヤとした顔で挨拶を告げ、別れた。
当然、冷え切った顔でニコニコしていたのは第1王子。下卑たニヤニヤ顔だったのは私だ。
今日も順調に第1王子と第2王子は仲が悪い。