12. 土の日の訪問
本日は土の精霊王の日。
正確には土の精霊王レアリッザの日。簡略に言えば土の日だ。
大概の日を分身魔術を使用して第2王子宮から抜け出し、外で活動している私だがこの土の日だけは大人しくすることを余儀なくされる。
***
朝、全身を襲う憂鬱感に抗って朝食を済ませた。
その後やって来た侍女長が今日の予定を説明し出す。
「本日は午前に魔術の先生がいらっしゃる予定です。午後からは……」
***
土の日が始まってしまった。
今日ばかりは第2王子として授業を受ける必要がある。
面倒に思う気持ちを抱えながら食後のティータイムを充分に過ごす。授業開始時間から少し経った頃、遅れて「センセイ」の元へと向かった。
「今日もよろしくお願いしますね」
センセイに向かってニッコリと笑み、内心とは裏腹に丁寧な挨拶をする。
「えぇ。お待ちしておりました、ラナンキュラス殿下」
その挨拶に対してセンセイは第2王子に媚びるような目を隠さず、ニタニタと醜悪に笑っている。
「殿下は先日、フライン公国の歴史書を読まれたそうですね。またその前にはウェルク帝国語で話をされていたと殿下付きの侍女たちが話していました。やはり殿下は優秀であらせられますね!この前の授業でも光の上級魔術を……」
始まった怒涛のセンセイによる第2王子を持ち上げるような話。媚を含んだ顔には気付かなかったように単純な王子として聞く、ふりをする。愉快げな顔で「私の実力はまだまだこんなものではありませんよ」などと自分を肯定するような返答をしつつ。
センセイの声を耳が腐りそうな声だと思いながら。
長々しく耳障りなセンセイの話を聞き流し続けて。
授業も後半となったところで話に終わりの兆しが見えてきた。
センセイは気分良さげな私を観察し、手応えを感じたのか満足そうに顔を歪ませた。
それから。ようやく申し訳程度の授業を始める気になったようだ。
「えー、では本日は殿下の得意な光魔術ではなく、闇の中級魔術で周りを暗くしてみましょう。えぇっと、先に見本をお見せいたしますね。―――《ー常闇ー》」
詠唱が終わると部屋が暗闇に包まれた。
見本だけで詳しいやり方は教えないのかと呆れつつ、センセイの見様見真似といった体で私も闇魔術を行使して見せる。
「《ー常闇ー》―――ふふっ。私にかかれば余裕ですね」
すると――
「さすが殿下!!この闇魔術は中級でも難易度の高いものなのですよ!!それを易々とこなしてしまわれるとは!」
センセイはいかにも天才を見て興奮しているというような演技をしている。見事な大根役者だ。白々しい。
顔には嘲りの笑みがはっきりと現れている。
喋っている内容も嘘すぎる。この闇魔術は中級でも簡単なほう。高位貴族以上なら使えるのが当たり前なレベル。
確かに平民や下級貴族が使う場合には師がいなく、魔力量が少なければ厳しい魔術だろう。
しかし、ある程度の魔力量があって魔術をかじっている者ならば一発で使えてもおかしくない。
ましてや私は王家の血を引く人間だ。第2王子として解放している魔力量だけでも稀なほど多い。第1王子やレトニスより大分少ない量を解放していても。
それに王家やレトニス公爵家は聖霊と深い関係にある故にその家系の者は皆魔力の扱いもうまい。
一応魔術教育を受けている身として十二分に余力を残して使える魔術だ。
馬鹿にしすぎにもほどがあると、普通なら思うところだろう。
しかも最初にセンセイが褒めていたフライン公国の歴史書やウェルク帝国語等々。それはフライン公国の歴史の絵本を読んだことと、ウェルク帝国語の単語を羅列させて言ったことだろうか?
うまく美化したものだなと逆に感心さえしてしまう内容だ。
第2王子の設定としてはこの対応にただ良い気になるだけで何にも気付かないわけだが。
ちなみにフライン公国とウェルク帝国は初まりの5大国の中の2国。これらと我がフィオニティア王国を合わせた3大国が現在も存在し、周囲の国々に対して大きな影響力を持っている。
そういった理由からフィオニティア王国の王族としてフライン公国語とウェルク帝国語は必須になってくる。そのため、これらの外国語の授業もあるのだ。
限りなくゆっくりな授業が。センセイはこの魔術のセンセイと同じようにご機嫌取りで忙しそうではあるが。
魔術、外国語の他に私が学ばなければならないことには礼儀作法や帝王学、魔術、剣術等がある。
しかし私はエスファル公爵が今以上に権力を握るための駒に過ぎない。
唯の駒に学も力も必要ない。
エスファル公爵は私に必要以上の知識がつかないようコントロールしている。媚びを売ることしかできない能無しを私の師とすることで。
だからこのセンセイのように授業の質が悪いことは必然なのだ。
もはやその態度に笑ってしまいそうになるほどである。
「あぁ、もう時間ですねぇ。いやぁー名残惜しいですが……また次の授業で会いましょう」
「今日も楽しかったです。次の授業も楽しみにしていますね」
どんなおべっかが使われるのか、を。
それくらいしか授業には楽しみがないのだから。
***
センセイと別れた後。
自室に戻って食事を取り、休憩にする。
紅茶を飲んでいればミーアがやって来た。
「エスファル公爵様が到着されました。お通ししてもよろしいですか?」
やって来てしまった。……あの男が。
毎週土の日はエスファル公爵が訪ねてくる。
だから気分が最悪なのだ、土の日は……
「すぐに通してください。早くエスファル公爵に会いたいです!」
でも。
そんなこと、悟られるわけにはいかない。
“今から会うのは甥に甘い叔父のエスファル公爵と彼を慕う第2王子の私だ”
そう心に唱えてエスファル公爵を待つ。
カツ……カツ……
少し離れたところから足音が聞こえてきた。
足音が大きくなっていくのと同時に、禍々しい瘴気の塊が近づいてくる。
カツ……カツンッ……
やがて足音が止んで、瘴気の接近が扉の前で止まる。
コン、コン……
ノックを2つ鳴らして扉の向こうにいる者が入室の許しを乞うた。
「ラナンキュラス殿下、ギルリック・エスファルでございます。入ってもよろしいですかな?」