第4話 価値
難民は受け入れる。
これ以外の選択肢は無い。
俺は、上空から一気に急降下する。
衝撃を受け止めた川面が大きく歪み、巨大な水柱が辺りに雨を降らせる。そのまま、勢いを殺し前に進み、ゆっくりと膨らむスカートを気にしながら船着場に着地した。
商館側の船着場で仕事をしていた人々は、突然の出来事に騒ぎ始める。
「おい! そんなに慌てて、何かあったのか?」
駆け寄って来たのは、エドワードだ。
少し離れた距離に立っている彼をしげしげと眺め、まだ、ほっつき歩いてたのか……、と思い先を急ぐことにした。
付いて来る気配がないので、振り返りキッと睨む。
「急いでレティーシア達の所へ行くわよ! 付いて来なさい!」
「あ……はい……」
おどおどした挙動を見せ素直に返事するエドワードが微妙に怖い……が、こいつは役に立つかもしれないし……
ん? そもそも、今回の件で、俺の出番があるのか?
船着場から商館一階の荷捌き場へと早歩きで進んでいると、背後に怪しい気配を感じた。エドワードでは無い、別の気配だ。
その気配は、真っ直ぐに俺の尻を狙っている。
しかし、甘いぞ!
俺は、気づかない振りをして、その腕を掴み、
「ひゃっ!!」
と悲鳴をあげた??
腕を掴んだが、勢いに負け尻を撫でられてしまった。
「嬢ちゃん、まだまだ、だな」
南部の軍服を着たおじさまが横に並んで来た。
くっそ〜、力を加減し過ぎたか……
反撃する為に重心を低く構え、脇を絞って拳を握り、おじさまを上目遣いで睨む。
命乞いをする機会を与えてやろう。
「なんか用?」
世が世なら、セクハラでお前なんかクビなんだからな! 南部のコンプライアンスなってないぞ!
死んじゃえ!
俺の様子に、おじさまは、両手を振りながら、
「すまん、すまん、悪気は無かったんだ!」
と謝罪し、言葉を挟む間を与えずに、
「そんなに慌ててどうした? お陰で、びしょ濡れだぜ。帝国の軍隊でも攻めてきたか?」
と言うと、わざとらしく濡れた髪を手櫛で整え、ニカッと歯を見せ笑った。
うっざぁー!
「難民が押し寄せて来たのよ」
よく見ると軍服もびしょ濡れだ……、しかし、これは、俺が着水した時に撒き散らした水だけが原因では無いようだ。
だって、汗臭い……
「そりゃ、大変だな……、まっ、それなら慌てなくても大丈夫だと思うぜ。嬢ちゃんも頑張りな」
おじさまは、俺の頭にポンと手を置き、遠巻きに様子を眺めていた群衆の方へと向かって行き、何やら、説明を始めた。
慌てなくても良いだとぉー
先程の拳をぐぬぬと握ったまま、群衆が解散したのを確認すると、丁度、エドワードが射程に入ったので、腹パンを入れてやる。
「ぐっ、何をする?」
彼は、大袈裟に腹を抱え、くの字になり、苦しそうだ。
力は入れてないんだ、そんなに痛く無いはずだ……
「嘘つき」
なんか腹が立ったので、彼の頭にゲンコツを落としてやった。
目的の部屋に着き、事情を説明する。
案の定、部屋にいる者たちは、落ち着いていた。
イザベルは、カップに注がれた飲み物で、喉を潤すと、
「その情報は、数日前に掴んでるわ、言ってなかったかしら?」
と微笑んだ。
そう、貿易立国であり、商人達と深い関わりをもつ南部小国家連合の情報網は、俺の索敵能力より広く、そして、深い。
「聞いてないわ……」
俺は返事をしながら、レティーシアとジーグフリードを見る、彼らは落ち着いており、驚いたことに側のエドワードも……
イザベルは、不思議そうな表情で返事をした。
俺は、会議には、あまり出席していなかった、それは、レティーシアとジーグフリードを除いた仲間達も同じだ。
だとすると、エドワードは、ジーグフリードから聞いたのか……
「そろそろ、検問所から報せが来るわね。それからは、手筈通りに進めていくだけよ」
意外なことに、イザベルは、苦々しく呟いた。
「あら、対策はしてるんじゃないの?」
「一通りはしてるわ……、難民を収容する倉庫は空にしたし、食糧の手配も、仕事の準備も……」
彼女は一枚の図面をテーブルに広げた。
そこには、町に張り巡らされた水路を利用し、難民を誘導するルート、物資を輸送するルートが、ビッシリと書き込まれていた。
「仕事は?」
「難民に仕事を与えないと悪影響があるのよ。働かざる者、食うべからずって言うでしょ、あと、怠け癖が付くと、後が大変よ……、だから仕事は、町の東部を開拓してもらうわ、その他にも、そうね……、予定してるのは、肉体労働よ……」
イザベルは、町の治安が悪化する事を懸念しているようだ。
難民が食らい尽くすのは、食糧だけではない、仕事も根こそぎ奪いさる。
タダ飯を食わせるのもダメだ。それでは、町民に不満が溜まる。なぜ、難民ばかり優遇するのだと……
人間は、とても我儘で、嫉妬深い生き物なのかもしれない、と改めて実感する。
いずれにせよ、どちらかが尽きれば……、そこで、終わり、という事だ。
「食糧は、どうするの?」
イザベルをジト目で見つめる。
「食糧は、私達が調達するわ。当ては、あるわ……」
へぇ〜、多分あれだな、レティーシアが王印を披露した時の話合いで、南部は、援軍の他に、もう一つ策があると言ってた。この策は、王都が陥落した時から、南部は、密かに実行していたらしい。
「帝国への流通を制限してる塩を使うのね」
海を持たない帝国にとって塩は重要だ。
これ無しでは、人は生きていけない。
「そうよ、帝国の商人と闇取引するのよ、他は、本国からの援助と、伯爵には、近隣の町に援助を依頼するように言ってるわ」
帝国と闇取引か……、いくつもの商人同士を介すれば、ここに届くという事か……
「それは、高くつきそうね。まさか、無料じゃ無いわよね」
さらに、ジド目でイザベルをガン見する。
「そんなに高く無いわ、大金貨で五千枚ぐらいね……」
彼女は目を泳がせながら、手のひらで顔を仰ぎ誤魔化そうとしている。
黙ってやり取りを聞いていたレティーシアが口を開く。
「仕方ないのよ、私達には、難民を受け入れるという選択肢しか無いの、だから代金は、王国が責任を持って支払います」
「そんな、お金、あるの?」
大金貨五千枚、これは、どれくらいの金額なのかピンと来ない。この世界に来てから、自分でお金を払ったこと無いからな。
「今は、無いわ……、でも、この戦いに勝てば、きっと……」
いまいち、ピンと来ないが、今のレティーシアには、払えないという事だ。ジーグフリードが何も言わない所を見ると、辺境伯でも厳しい額なのか?
仕方ない、俺が戦う事しか能がない、脳筋では無いというところを見せてやろう。
「これ、幾らになるかしら?」
俺は、アイテムボックスから、ある物を取り出しテーブルにドンと置いた。
それに、食い付いたのは、北部都市国家群のカラム青年だ。
「あら、いたのね」
イザベルが、カラムが伸ばした手をビシッと叩く。
「君に、この魔石の価値が分かるのか?」
いつも、おどおどしてるイメージの彼は、いつに無く強気だ。
「な、何よ……、カラムの癖に、魔石の価値なんて知らないわよ!」
「なら、僕に、その石をもっと側で見せてくれ!」
カラムは、俺の出した石を手に取り鑑定すると、目を輝かせた。
「これは、ドラゴンの魔石ですね、しかも、ただのドラゴンじゃない……、込められている魔力が桁違いだ。この魔石なら、大金貨十枚の価値がありますよ」
カラムの鑑定結果は、大金貨十枚か……
名残惜しそうにするカラムから石を取り上げる。
「残念ね。それじゃ足りないわ」
イザベルは憐れみ、
「ソフィア、私なら大丈夫よ、気にしないで」
レティーシアも甲斐甲斐しく気を使ってくれる。
このままでは、レティーシアは借金まみれだ。
「それ、一つだけじゃないのよ」
アイテムボックスから、五百個のドラゴンの魔石を取り出す。
流石に、五百個は手のひらに収まらないので、部屋にぶちまける形になってしまった。
部屋のあちこちに散らばった魔石を鑑定しながら、
「本物だ、これも、これも本物だ、まさか、全部……」
カラムが嬉しさのあまり絶句している。
「どお、イザベルには、これで、私が払うわ!」
どうだ参ったか! 胸をそらし堂々と宣言した。
「私は、別に良いけど……」
イザベルは、レティーシアに視線を向け、
「ソフィア、ありがとう」
彼女は、それを了承した。
「ソフィアさん、この魔石をどこで……、まさか、これ全部、倒して得たんですか?」
我に返ったカラムが、馬鹿な質問をしてきた。
そんなの、当たり前だろ!
「全部、倒したに決まってるじゃない」
えっへんと身体をそらし、鼻の下を指でこすり、苦労したレベル上げを思い出す、天空大陸で古代竜を倒した日々を……、あいつら、弱い癖に経験値、たんまり持ってたからなぁ〜
「世界に数匹しかいないと言われる古代竜を五百頭なんて……」
なんか、皆の目がとても冷たい。やばい、なんか、古代竜が少ないのは、俺のせいみたいな空気だ。
このままでは、欲で希少動物を絶滅させた悪人にされてしまう……
「バカねぇ〜、冗談に決まってるじゃない、拾ったのよ、拾ったの!」
バーンと隣にエドワードを叩いた。ちょっと勢いをつけ過ぎたので、彼は床にはまっている。
しょうがないので、ヒールを掛けながら、
「やーねー、床、腐ってるわよ、イザベル」
と自らの頭をコツと叩いてテヘとベロを出して誤魔化した。
「あなたが、古代竜を絶滅させたのね……」
と皆の目が非難してくる。
やだなぁ、違うってば!
こうして、難民を受け入れが始まった。




