第16話 小鳥
橋の欄干で羽繕いする小鳥は、目が合うと固まり、更に近づくと我に返り、慌てて水路を行き交う荷船へと避難した。
雑踏をかき分け、ジークフリードを追いかける。
「ねぇ、レティーシアは、この町に来たことあるの」
「いいえ、ないわ……」
俺の問いに、彼女は短い返事をした。
しばらく見つめていると、いつもの作り笑いをし、
「私は、王都から……、いいえ、城から出ることは許されて無かったから……」
「えっ、じゃあ、あれとはどこで知り合ったの?」
彼女が親しそうに愛称で呼ぶジークフリードを顎で指す。
当のジークフリードは、人混みに隠れ姿は見えないが、相変わらずの存在感だ。
彼とすれ違う女性達は、振り返り、口を小さな手で隠し、きゃっきゃっと小鳥のように囀っている。
「あれって……」
レティーシアは、クスッと苦笑し、コラッと俺の頭で手のひらを弾ませた。
「ジークとは、お城でも会ったことあるし、ニーベルン城は、遊びに何度か行ったこともあるのよ」
彼女は、そう言うと、あっと小さく息を吐き、俺の肩を叩き、唇を耳へと囁いた。
「あれでも、小さな頃は、可愛いかったのよ、十の頃まで、おねしょ、してたんだからっ」
彼女の唇が触れ、耳を僅かに濡らす。
そこへ吐息が掛かり、俺を恥ずかしく赤くさせた。
肩を上げ、耳を守ろうと必死になった。
もう、どうにかなりそう……
レティーシアにとって、それが楽しかったらしく、俺の腰へ手を回し、無防備な脇をくすぐりはじめた。
「いやっ、くすぐったいっ!」
俺は、両手で彼女を遠ざけようとするが、戦闘中では無いので非力だった。
彼女は、嬉しそうに俺の両脇を攻めてくる。
「もうっ、やめて!」
俺は、小鳥のように悲鳴をあげた。
銀髪と、金髪の美少女二人が、服を乱しながらじゃれ合う。
銀髪の上着ははだけ、丸くとがった可愛らしい肩を惜しげも無く晒し、
猫のように戯れる金髪は、豊かな胸を柔らかく揺らした。
更に、彼女は、時折、前屈みになり、細く美しい首元から誰もが魅了される谷間ですら披露していた。
刺激的な光景に、通りを歩く男達は、顔を赤らめ、ついには、立ち止まり、食い入るように見つめはじめた。
誰が、彼女達に声を掛けるのか……
皆、お互いを牽制し合う。
そんな中、勇敢な男が、彼女達に声をかけた。
このままでは、彼女達が道を外れてしまう。
男は必死だった。
「お嬢さん達、暇なら、僕が……」
「うるさいっ! 死ねっ! へんたいっ!」
知らない男が話し掛けてきた。
その男は、歯を出し、えっちな目で俺を見て笑う。
「そんなっ……僕は、ヘンタイなんかじゃないよ、それよりも、君たちの方が……!」
男の手が、俺の銀髪に触れようした。
「きゃーっ! きもいっ!」
ヘンタイに拳を突き出す、あっち行け!
ちょっとだけ本気を出した俺の拳は、男を吹き飛ばし見物人を巻き込んだ。
唖然とした視線を感じ、
「見世物じゃないわよっ!」
シュッと拳を突き出し、威圧した。
さぁ、レティーシア、続きをしましょう!
あれっ、返事がない……
水路から、魚が跳ねて、水面を叩く音が聞こえた。
誰だよ、こんな空気にしたのは……
欄干を歩く、小鳥の足音が聞こえる。
レティーシアは、石のように動かない。
「ねぇ、レティーシア?」
大丈夫かな、おーい!
呼びかけに応じ、やっとレティーシアが、動きだし、指さした。
「ソフィア、あの男……だ、大丈夫かな……」
彼女は、顔をヒクヒクと痙攣させながら、吹き飛ばされ泡を吹いている男を眺めている。
「レティーシアが、謝る必要はないわ」
そう、彼女は、とても優しいお姫様だったのだ。
あんなヘンタイを気にかけるなんて!
感動した俺は、男に慈悲を与え、【ヒール】を掛けてやった。
男の身体が輝き、懲りずにまだいる男達を騒つかせる。
「銀髪の魔法使い……」
「すげぇ、身体強化だ……」
「ちっぱいだけど、すげぇ……」
「ちっぱい……」
誰だ、俺の傷を抉ろうとする奴は!
涙を、ちょちょぎらせながら、周りを見渡す。
ちっぱいだって、需要あるんだぜっ!
そうだ!
その支持基盤は、盤石といっても過言ではない!
少数派でロリと連立すれば、きっと政権だって取れるぐらいあるんだからなっ!
多分……
「もうっ、いい加減にしなさい!」
シルフィードが、呆れた顔で、俺を諌めた。
恵まれた彼女には、俺の気持ちは解らないだろう。
レティーシアも、チビにも、きっと解らない。
俺の心の友は……
クララは、目が合うとギョッとさせた。
逃すものか、俺の心の友よ!
一気に距離を詰める。
そして、あわあわと挙動不審な彼女を素早く抱きしめた。
「おい、何の騒ぎだ!」
妹のピンチに、ジークフリードが気付き、引き返してきた。
「また、お前かっ!」
最近構ってくれないエドワードに、頭を叩かれた。
彼は、「まったく」から言葉を紡ぎ、俺の説教を始めた。
うるさい奴だ!
てへっ、と舌を出し、ごめんね、と謝罪した。
いつもの状況に顔を緩め、肩を並べ、先を急ぐ。
まったく、エドワードは面倒くさい奴だ!
調子乗らぬよう、彼をギュッと睨んだ。
嬉しくなんか、無いんだからねっ!




