第11話 大河の流れ
目の前には、怯えている男がいる。
ジークフリードは、これ以上、聞き出すことは無いと判断し、大剣に力を込めた。
「や、やめてくれ……」
尻を地に引きづりながら、傭兵だった男は、かつての面影もなく、大剣に首を落とされ、絶命した。
ジークフリードは、少しだけ顔をしかめ、大剣で空をきり、刃を清め、鞘に収めた。
豪雨の後、空はとても穏やかに、地上を包み見守っていた。
遠く離れた地平線の、さらに向こう側、頂を雪で化粧した山に囲まれている森に、落ち着いた雰囲気の屋敷が建っていた。
その庭で、長い黒髪が印象的な、美しい女が遠くを見つめている。
【北の魔女】と呼ばれ、恐れられている女だ。
「まだまだね……」
その女は、見えるはずの無い光景を見て、笑う。
一陣の風が、長い黒髪を持ち上げ乱した。
「やな風……」
彼女の一言で風が止んだ。
尋常じゃない魔力の行使を感じた彼女は、こうして外で探っていた。
「ニーベルンの坊や……あの、くそ親父の子……」
辺境伯の息子を見つけ、いつも不遜な態度をとる、その父親を思い出した。
ニーベルンは、私を巻き込むつもりらしい……。
あれほど派手な魔術を使ったのだ、腕の良い魔法使いなら、何人か勘付いたに違いない。
未熟とはいえ銀髪の魔法使いは、確かに世界を震わせた。
笑えない話だ……
空を見上げ、ふと大事なことを思い出した。
弟子達に振る舞う夕食の仕込みの途中だ。
「あらやだ、お肉、焦がしちゃう」
屋敷へと急ぐ彼女は、もし肉を焦がし、また、弟子に馬鹿にされたら……。
それを理由に、ニーベルン辺境伯を始末すると、心に誓った。
北の魔女が、夕食の仕込みに失敗し、途方に暮れている頃、馬車は目的地に到着した。
王国西部近郊の最大都市は、大陸の南北を結ぶ交易都市として栄えている。
近隣諸国に対して寛容な王国は、帝国と同盟関係にあり、帝国を諌める事が出来る大陸の良心として信頼されていた。
さらに町に面して流れる南北を結ぶ大河は、大量の物資を運ぶ船舶が行き交い、人と物資が集まり栄えた。
広大な大河は、同時に、王国を東西に分割する軍事的にも重要な要所として、辺境伯の管轄ではなく、王都の管理下に置かれている。
目の前を、立派な帆船が流れに逆らって川上へと移動していく。
そのいく先に、巨大な橋が微かに見え、
所々、跳ね上がり、そこを幾隻かの船が通行している。
川の両岸の豊な緑は、大小様々な水路と共に町を侵食し、風景に潤いを加える。
俺は、町を見渡せる小高い丘にある広場でエドワード達の到着を待っていた。
新しいフリフリのドレスを着たチビは、ついでに買った予備の荷物で、両手が塞がれていた。
フェンリル本来の姿に戻ると、着ている服は破れてしまうらしく……、当たり前だけど……、その後は、初期設定の露出度の高い、皮で出来たビキニのような格好になる。
俺は構わないのだが、周りの評判がすこぶる悪い……、
とりあえず、女性陣は、ショッピングということになった。
丘の手すりから、川に浮かぶ大きな船を眺めていると、
「何を見ているの?」
レティーシアが話し掛けてきた。
「大きな船よね、風で動いてるの?」
船の帆の膨らみが不自然なので聞いてみた。
「私も詳しくは知らないけど、あの帆は、風を受けるのではなく、放出してるそうよ」
レティーシアは口を尖らせ、ピューと風の音真似を披露する。
「動力源は何かしら?」
ほっほう、風を発生させるとな、興味深い。
「知らないわ」
レティーシアは、さっぱり分かりませんと、両手のひらを体の横で天に向けた。
だよねー、
製作者ならともかく、姫様だからな、
俺だって、何となくしか知らない物を、沢山利用してきた訳だし……
「エドワードなら知ってるかしら?」
機械とか、男の子の方が得意だろう。
彼女は口元をニヤリとさせ、
「新しい帽子、似合ってるわね」
質問を無視して、買ったばかりの麦わら帽子を褒めてくれた。
「ありがとう」
礼を述べ、麦わらの位置を微調整した。
この世界にも、季節があり、今は夏だと昨日、知った。
夏といえば、麦わら帽子だ。
つばの広い、リボンの付いた麦わら帽子を店で見つけ、
試しに被ると、売り子がチヤホヤしてくれたので、嬉しくて買ってしまった。
決して、衝動買いではない。
そして、カネを持たない、俺は……、チビの首に掛けられた、大きなガマ口の財布を見つめた。
飼い犬に、奢ってもらうとは……、
いや、飼い犬だからこそ、俺のカネなのだ!
猫に小判、豚に真珠、犬に論語っていうし。
チビと目が合うと、彼女の尾は、嬉しそうにパタパタと揺れ始めた。
テテテッという気配を伴い、珍しくクララがこっちに近づいて来た。
彼女は、何やらチビに声をかけ、荷物を半分、受け取っている。
身長の近い、この二人は、普段から一緒に遊んでいることが多いが、今日は、普段にも増して、クララの方からべったりだ。
「それにしても、遅いわね……」
別行動をしているエドワード達に、不満を述べていると、
シルフィードが
「あら、寂しいの?」
と揶揄ってきた。
「だいだい、なんで、あんたがココに居るのよ、ジークを放っておいて、良いの?」
「今日は、良いのよ、あなたこそ、付いていかなくて良かったの」
「女の子と買い物した方が、楽しいに決まってるじゃないの!」
お前、馬鹿なのか、女の子と一緒より、男を選べなんて!
レティーシアとシルフィードは、本音を叫んだ俺を、ジト目でみた後、
「素直じゃないなぁ〜」
と両手を振りながら呆れ始めた。
本能に従い、いつも素直な俺には、それが理解できなかった。
表現を訂正しました。
帆が膨らんでいないので
違和感があったので、
帆の膨らみが不自然なので、
に訂正しました。
誠に申し訳ありません。




