第16話 闇
待ち人の気配を感じ、闇は歓喜と共に目を覚ました。
やっと、この時が来た。
退屈でつまらない、強者の存在しない世界。
戦う為に創造された闇にとって、ここは、死の世界に等しかった。
それでも、唯一、古代樹のふもとは、座するだけで強くなれるので、気に入っていた。
そう、ここは、力が勝手に、我が身に集まって来るのだ!
数日前、感じた強大な魔力の広がり、
その時、主が側に来ていると感じ、
確信した。
「今なら主を超えられる」
ああ、やっとこの時が来たのだ。
昂ぶる感情を抑え、闇は、眼を光らせ遠くを見つめた。
どうやら主は、パーティとやらを組んでいるらしい。
膨れ上がった闇にとっては、彼らは、矮小なとるに足らない存在、あの主ですらも……そう、見えた。
なぜ、あの様な小さき存在に従っていたのか、今となっては分からない。
ああ、強くなり過ぎてしまった……
巨体を動かすのが億劫になり、良い案を思いついた。
この地に、縛られた者達を使うとしよう。
万の軍勢を呼び覚ます為、闇は再び眼をとじ、地の底に語り掛け始めた。
自らが、出向くまでもない……。
つまらぬ世界だ……。
主よ!
森を抜けると、ハッキリと古代樹の幹を捉える事が出来た。
空高くそびえる、その幹は、巨大過ぎて、近いのか、遠いのか、距離を測る事が出来ない。
古代樹のふもとから広がる黒い大地は、大きくうねり、波打っている。
エドワードは、道中、倒れ、彼によれば生死の境を彷徨っていたらしいが、今は、【妖精の加護】の効果で元気を取り戻しつつあった。
加護が無ければ、あの時……、いやはや、冒険とは恐ろしいものだ。
「師匠のパンチ凄いですねっ」
さっきからずっと、アンアン姉弟の姉(名前、何だったけ?)が話し掛けてくる。
シュッ、シュッとしながら腕を突き出す姿は、まるでシャドーボクシングのようだった。
彼女のボディブローが空気を貫き天を突き上げたところで、
「師匠のパンチを教えて下さいっ」
とお下げを揺らし嘆願してきた。
杖を持ち、黒ローブを着た、少女を見ながら、
この娘は、何を目指しているのだろうかと思い、
シャドーボクシングをする際、ローブの隙間から覗いた、小さな膨らみの細かい揺れを確認してホッとした。
「私は、あなたの師匠になるつもりは無いのよ」
ごめんねと謝ると、彼女は素知らぬ顔で、
「別に良いですよ、私は、ソフィアさんの事を、師匠と呼ぶ事に決めただけです!」
と答えると、シュッ、シュッとジャブを連続で放ち始めた。
「それは、誰にも文句は言わせません!」
最後に、彼女は右ストレートを豪快に決め、締めくくった。
どうやら、決意は固いようだ。
「でもね……」
話を途中でやめ、物言いたげな彼女の顔を手のひらで制止した。
大地から、陰鬱な気が、ゆらゆらと湧き出すのを感じたからだ。
「気をつけろ!」
ジークフリードは、大剣を構え、男性陣は、女性を守る形で陣形を組んだ。
全く、甲斐甲斐しい奴らだ。
地面から、無数の腕が突き出し、何者かが次々と這い出てきた。
その内の一体が、勢い良く、こちらに向かって来る。
そいつは、エドワードとぶつかり、激しい交戦を繰り広げ始めた。
彼は、何故か、本調子で無いらしく、苦戦している。
「まったく、仕様が無いわね!」
慌てて、助太刀に行くが、ジークフリードの方が、一歩早く、そして、彼が仕留めた。
「すまない……」
エドワードは、申し訳なさそうに、剣を握りなおす。
「気にするな」
今しがた、倒した死体を、ジークフリードは、観察している。
「そうよ、感謝しなさい」
エドワードを励ます為、彼の背中を叩き、鼓舞した。
その時、何故か、彼は、異常な程、ビクッと身体を強張らせ、睨んできた。
エドワードのくせに生意気だ。
「まるで、腐ったエルフだな……」
死体を観察していたジークフリードが、ポツリと呟いた。
確かに、その死体は、手足が長く、細身で千切れ尖った耳を持ち、腐ってはいるが、生前の美しさを感じさせる。
腐っている……
表現に疑問を感じた、丁度その時、死体の手足がピクリと動きだした。
素早く、エドワードが剣を振るい、死体の首を切り離した。すると、死体は、細かい砂になり、風に攫われて消えていく。
「気を抜くな! これからだ!」
エドワードは、俺の頭をポンと叩くと、こちらに向かってくる腐ったエルフ達に立ち向かっていく。
「エルフのアンデッドとは厄介だな……」
ジークフリードは、エドワードの後を追う、
レナードと、その連れ二人の男達も、しっかりと前線で対応しているようだ。
ただ、腐ったエルフの動きは、素早く、なかなか一撃で仕留めるとは、いかないようだが……。
「チビ!少し本気を出しなさいっ!」
「ご主人、叫ばなくても、聞こえるよっ」
チビは、メッセージを直接、頭に飛ばしてきた。
そう言えば、そういうのも、あったな……
フェンリルの化身チビは、ドレス姿のまま、腐ったエルフの集団に飛び込んだ。
彼女が、体当たりするだけで、腐ったエルフはどんどん消えていく。ケモ耳、ロリ巨乳、強いぞ!
その姿に、仲間達は、口を開け魅入り、戦う事をすっかり忘れている。
「あの娘、何者なの?」
「フェンリルの化身、チビよ」
側にきた、シルフィードに、お前も、働けよと思いながら返事した。
「それは、本当なの……でも、フェンリルは、神に逆らって殺された筈よ」
「いいえ、フェンリルは生きているわ」
だって、チビは、フェンリルだから、仕様が無いじゃん、
あと、
フェンリルは、己の自由の為に、権力者と戦った、誇り高き獣た!
チビが駆け抜けるだけで、腐ったエルフは消えて、道が出来ていく。
それでも、
遠くにせり上がった大地にも、びっしりと腐ったエルフが確認できた。
「きりが無いわね……」
「それじゃ、そろそろ、私も、参加しようかしら」
俺の呟きに、シルフィードは、風を纏いはじめ、やる気をだしたようた。
でも、
「いいえ、私が仕留めるわ」
得意の火属性魔法で、一気に燃やし、殲滅してやる!
杖を掲げ、魔力を練り始めた。
「あらあら、つれないわね」
彼女は、はぁ〜と溜息を吐き出し、その豊満な胸をプルンと揺らした。
その様子に、トレント達の願いを思いだす。
火属性なんて、使ったら、古代樹に止めを刺してしまうかもしれない。
ダメだ、ダメだ、それは、いけない……、だって、俺のおっぱいが……、
いや、違う、違うてっば、古代樹の森が滅んでしまうからだ。
そう、おっぱいなんて関係ないぞ……、
関係ないんだからねっ!
「あら? 詠唱しないの?」
発動を途中でやめた俺を、シルフィードは不思議そうに眺めている。
この局面をどう乗り切るべきか?
う〜ん、
火属性以外で、アンデッドに有効な魔法は……、
【ターンアンデッド】ぐらいか……、
はぁ〜、光属性は、得意じゃ無いんだよなぁ〜
「師匠!」
「ソフィアさん!」
「ソフィア!」
女性達が心配して、声を掛けてくれる。
「やっぱり、私が……」
「いいえ、私がやります!」
シルフィードの力は、借りない!
「あなた、いくつ?」
アンアン姉弟のアンナだったかな?に唐突に声をかけた。
「えっ? 今年で、十二になりますけど……」
それがどうしたの? と彼女はお下げを揺らす。
そう、その年で、それなら、立派なもの持っていると言って良いだろう。
なら、
「クララ、あなたの願い、叶えるわ!」
と絶壁のクララに、彼女は十五だ、もう未来はない……に、微笑みかけた。
「私の願いって?」
クララは、理解していないようだ、古代樹の素晴らしい効能を!
「あなたも、おっぱいを持てるのよ」
「なっ、なっ、ちゃんとあるわよっ!」
うんうん、クララ、クララよ! 見栄をはるな!
見苦しいぞ!
ポカポカと身体を叩いてくる、クララを無視し、全魔力を絞りだす勢いで、唱えた。
「哀れな魂に、安らかな眠りを【ターンアンデッド】!」
掲げた杖を中心に、容赦ない光が、辺り一帯を襲い、包み込む。
しばらくして、アンデッドとは、思えないほど大きな叫び声が響き、光は落ち着き、辺りは、平穏を取り戻しだ。
「さぁ行くわよ、古代樹のふもとへ」
「ちゃんとあるわよっ!」
クララは、胸の辺りの服を掴み強調した。
そこに何が、あるというのだろうか、残念だ……。
「ソフィア、君は、いったい何をした?」
エドワードは、景色を眺め呆然としている。
「ただの【ターンアンデッド】よ」
ごめんね!光属性は不得意なんだよ!
「【ターンアンデッド】で、地形が変わるものなのか?」
「えっ!」
彼の言う通り、辺りの景色は、変貌していた。
うねった大地は、真っ平らだ。
そう、まるで、クララの胸のように……。
「どこ、見てるのよ、ソフィアのバカ、バカバカッ!」
俺の身体をクララは、再びポカポカと叩いてくる。
彼女は嬉しさのあまり興奮しているようだ。古代樹が蘇れば、きっと彼女の胸も……、彼女も気づいたのだろう!
あと少しの辛抱だぞクララ!
「ちょっと、力の加減、間違っちゃった、ごめんねっ!」
クララの思いを身体で受け止めながら、皆に謝罪した。
「別に、謝る必要は無いのだが……」
確かに!
「さぁ、細かい事は、気にしないで、早く行きましょっ」
「気にするわよっ!」
クララも、古代樹に期待しているようで、俺にべったりと付いて来る。
見渡しの良くなった大地を、彼女にポカポカと励ましてもらいながら古代樹へと向かった。
あと少しだ!
古代樹のふもとには、巨大なドラゴンがいた。
「これが……トレント達の言っていた化け物……」
ジークフリードは、呟くと身体を強張らせている。
「しかしでかいな……」
エドワードは、顔を上げ、その声は震えていた。
そうだろう、当然だ!
今、目の前にいるのは、この世界の生き物では、決して敵わぬ存在【バハムート】なのだから。
「なんで、こいつは、倒れているのよ」
シルフィードは、蔑みを込めた視線を、バハムートに向けている。
「ええ、そうね……」
俺は、返事をしながら、腹を出し、仰向けに倒れているコイツを見つめた。
「おお! 主よ、やっと、来たか!」
仰向けのまま、バハムートは威厳を出そうと必死だ。
「我の力を知り、跪け、我が主よ」
そう叫ぶと、バハムートは、仰向けのまま、か細いブレスを天に放った。
どうやら、肉で喉が塞がり、口が思うように開かないらしい……。
それでも、上空の雲も、古代樹の枝も、大きく傷つき、そのブレスに敬意を払い、ポッカリと道を開けている。
とりあえず、
「話は、後で聞くから、起きなさいっ!」
コンと横腹を蹴飛ばしてやった。
バハムートは、グォッと喘き、
「主など、このままで十分」
と強がっている。
ふん、もはや、自分では満足に動く事もできないとは、
「太り過ぎよっ! バカムート!」
少し助走をつけ、バハムートを遠キックで、天高く舞い上げた。
ほら見ろ、みんな、デブなお前をみて、呆れているじゃないか……。
エドワード、ジークフリード、レティーシア、皆、口を開き、太ったお前を笑っているぞ!
きっと、
「何あれ、課金してドラゴンガチャの当たりを引いて、あんな、デブしか育てられないなんて、バカなの、バカなんですか?」
とか思ってるんだぞ! 恥、かかせやがってぇっ!
重力に任せ、自由落下してくる、バカムートを、もう一度、天高く蹴り上げる。
「飛ぶ事も出来ないなんて、仕置きよ!」
なんて、ざまだっ!
俺が蹴り上げる度に、皆は、首を上下に揺らし、うんうんと肯定してくれている。
「仕置きよ!」
バカムートが、泣いて謝るまで、仕置きは続いた、その間、皆は、ポカーンと無言で頷き、その行為を容認してくれた。
バカムートを説教し、彼には、新しい古代樹の守護獣になるように、誓わせた。
「人を襲ったら駄目よ! 良いわね!」
「承知しました!」
うんうん、良い返事だ。
「あと、ダイエットしなさい! 今度、来た時、その姿だったら……」
「しょっ、承知しました!」
バカムートは、ビクビクと小動物のように、身体を震わせている。
さて、後は、古代樹だが……
力任せで放った光属性の【ターンアンデッド】の影響で、古代樹は、息を吹き返し始めたようだ。
うんうん、予想通りだ……。
そうなると……、
「ソ、ソフィアのバカッ!」
俺の目線から胸を隠し、クララは泣き始めた。
今、確認したが、彼女は無いままだった……
あれほど、はしゃいでいた彼女には、耐えられない結果だ。
やばい、俺も泣けてきた……、
自らの胸にそっと手を当て、涙を流す俺の姿に、
「これで、トレントの願いが叶ったわね」
「ありがとう、ソフィア、これで……」
とレティーシア、エドワードが、語り掛けてきた。
最後に、これだけは言っておかねばなるまい。
俺のおっぱいは小さい訳ではない、JIS規格では普通より大きい筈だ、ただ、ISO規格では標準より、少し、そう少しだけ小さいだけ……なのだ。
こうして、俺とクララの夢は砕け、古代樹の攻略は成功した。




