第20話 昼下がりのテラスで
「これを持って行きなさい」
お父様は、私に首飾りを下さった。
それはとても質素で、小さな青い石が付いた、可愛いらしい首飾りだった。
見覚えのあるそれは、代々、王妃に受け継がれた首飾り……。
「さぁ、それをかけなさい」
「いえ、これは……」
これを、身に付ける意味……、考えたくない。
それでも、お父様は、再び首飾りを手に取り、私を両腕で包み込んだ。
「首飾りはかけるものだよ、心配するな、次に会う時は返して貰う」
優しく微笑み、額に口づけをした。
私は、首飾りを隠すように、慌てて胸の中に納めた。見せびらかすような物ではない。
「帝国の臆病な皇帝は、そなたの存在に気づいたようだ」
お父様は、私の肩を力強く握る。
「いいか、レティーシア、私の可愛いレティーシア、どんな事があっても、私は、お前を愛している、それを、決して忘れないでくれ」
抱きしめられ時に嗅いだお父様の匂いは、今でも忘れられない。
「陛下! お急ぎください!」
扉の方から、お父様を呼ぶ声が聞こえる。
事態はかなりひっ迫してきたようだ。
「手薄な我が王都にドラゴンを二体も連れて来るとは、よほど怖いと見える」
陛下は、私から離れていく。
最後に、こちらに振り返り言葉を残した。
「レティーシア、そなたに精霊のご加護があらんことを」
「陛下にも、精霊のご加護を」
お互いに皮肉を言い合い別れた。
精霊が最も愛した種族の国を滅ぼした者の末裔達は、お互いを案じ、精霊に祈りを捧げたのだ。
ニーベルン城のテラスから外を眺め、レティーシアは、王都での最後の記憶を思い出していた。
王都を離れる途中、城は燃えていた。
今も、胸の中にある石を握り締める。
ニーベルン辺境伯も、その息子も、いや、ニーベルンは代々、精霊へ祈りは捧げないと聞いている……、レティーシアは、城の中庭を歩くエルフの少女に目をやった。
彼女の銀色の髪は光を反射しキラキラと輝き、それが、とても眩しく、目を細めた。
精霊が愛したエルフの国を滅ぼした古の大戦、それに反対した者達は精霊への祈りを捨て、先頭に立った者達が精霊にすがる……、私も……、彼女に助けられた。
それは、とても滑稽であり、おかげで、私の自由は、また奪われた。
エルフの最後の姫君、この世に二人としていない銀色の髪を持つエルフ。
ソフィア、何故、あなたは私を助けたの?
彼女は本当に記憶が無いのかもしれない……。
それでも、エルフの姫君は、伝承のとうり、巨大な力を手に入れて戻ってきた。
何も知らない彼女は、とても自由だ。
それが、とても羨ましく、憎らしい……。
彼女の従者がこちらを指さしている。
獣人の従者は、フェンリルの化身らしい。
可愛らしい容姿からは、想像できない。
ソフィアと目が合ったので、いつものように、ニコっと返事した。
それだけで、彼女は、とても嬉しそうだ。
本当に、記憶が無いのね……。
私だって、罪悪感はある。
でも、きっと、それは許される。
あなたは、私の欲しい物、全てをを持っているのだから。
ねぇ、そうでしょ、ソフィア。




