第一楽章の4
「次は、モーツァルトの40番をします」。指揮台にもどって、まだハープさんがいないことを確かめてから、次の練習にかかることとした。どうせ、僕もこの順番のつもりだったのだから。ティンパニーさんはもう帰っていた。大編成の曲から順繰りにというのが、この業界の不文律だからだ。そういう意味では、彼女がもう来ていたら次はラヴェルの順だったのだが。でも、この三曲では構成はそれほど大きくは変わらないし、モーツァルトを先にさらいたいと思っていたのだから。大体この古典二管編成オケの規模にあった曲を選んでいるということなのだろう。それにしても、なぜこの三曲なんだろうとまた考えてしまう。弾き慣れたものばかりを続けていたら、団員のモティベーションが下がってしまうものだと聞いたことがある。それが、この“指揮者いらないオーラ”につながっているのだろうか。
リハーサルのやり方はさっきと同じ。一気に通し稽古をしながら、一回目は色々と演奏についてこちらの希望を伝えていき、つまり種蒔きをしていって、二回目は指揮だけでそれを伝えるように努力したということだ。先ほどと同じで、やはり頭の中の音楽を聴きながら、耳に聞こえてくる曲と異なるところを伝えていくという作業だ。そして、二回目を演奏しながら、やはり彼らは本当に頑固だなぁと少し溜息が出る思いだった。二回目にもまだ、彼らの曲と頭の中の曲は二つの曲に聞こえるままだったからだ。頭の中の音を無視して彼らの音にあわせて指揮棒を振るというのは、なかなか骨の折れる仕事なのだ。
モーツァルトのリハーサルが終わったのはもう4時を少し過ぎていたが、ハープさんがまだ来ていなかった。ちょうど良いので少し休憩することとした。団員たちは、それぞれにまた楽器の手入れをしたり、席を立ってトイレにいったり、同じ楽器のとなりどうしでちょっと打ち合わせたり、ざわざわとしている中で、僕も汗を拭きながら皆を見渡していたが、僕の方を見つめている人たちが、先ほどの休憩時よりも少し増えた気がした。今までの休憩時間には、ほとんど誰もこちらを見ようとしていない風だったのだが、おや、と思った僕は、またつい話し始めた。「次はラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』をやるわけですが、皆さんは、この亡き王女って誰だとお思いですか」。さらに数人が顔を向けてきたようであった。もちろん、誰も返事をしようとはしないが、そこまでは期待していない。「作者自身が、『亡き王女(infant de’funte)というのは、特定の人物をさすものではなく、たんなる修辞句だ。言葉の遊びだ。』と言っているようですし、また一方では、『その昔スペインの宮廷で小さな王女が踊ったようなパヴァーヌを呼びおこすもの』といったとも伝えられていますね。こういったことから、ルーヴル美術館を訪れたときに、ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画を見てインスピレーションを受けたとも言われています。その他にも色々な絵画が、インスピレーションを与えた候補として挙げられていますよね」。そう言って、あらためて、少し皆を見渡した。こちらを見つめている人たちの目が、何となく優しくなったように感じて少しうれしい気持ちがわいた。「でも、私がこの曲を聴いたり学んだり指揮する時には、それらの絵画が与えてくれる女性たちを具体的に思い描いているわけではありません。では、どのような女性を思い描きながら演奏しているか。それは、すべての女性です。いわゆるユングの言うアニマ。私の身近にいた、そして今もいるすべての女性たち、私の理想の女性性、これが、私がこの曲で描きたい女性たちであり、この人々にこの曲を捧げたいと思いながら演奏しているのです」。ちょうどその時、目の端にハープさんの入ってくるのが見えた。「ちょうどお一人のアニマが到着されましたので、リハーサルに入ることにいたしましょう」。数人の男性がそっと笑った。「遅くなって申し訳ございません」。そういいながら上品に彼女が席に着いた。
ラヴェルを三度さらったが、まだ5時少し前だった。それで、事務所から言われているとおりの時間にリハーサルを終えることができた。ラヴェルは、他の2曲に比べると少し満足だった。僕の頭の中の音楽と、耳に聞こえる音楽が、完全ではないにしても、時々重なったり交差したりしたからだ。それにハープさんは落ち着いた美人だった。
事務所に寄ると、今度は事務局長が席にいて、ステージマネージャーの席は空だった。その他に二人の若い女性が仕事していたので、少し驚いた。この事務所でいつもの二人以外の職員と出会うのは初めてだったからだ。僕が事務室に入っていくと、事務局長が立ち上がって二人を紹介してくれた。「ああ、マエストロ。お疲れ様でした。予定通りリハ終了してくださったんですね。それから、この二人は忙しい時に手伝ってくれる職員です。ところで、うちのオケはいかがですか」。局長もステージマネージャーと同じ調子で聞いてきた。「そうですね。良いオケだと思いますけれど・・」「何か問題でも」と局長が少し緊張するように聞き返してきた。どうも二人ともちょっと変。そんな気がした。何を気にしているのだろうか。「いや、まだ完全に同調できない気がして、すごくじれったい気持ちがするんです。まだ出会ってからたった二日のお付き合いですがね、時々、『指揮者いらないよ』と言われているような気がするんですよ」。局長の顔が不安そうにゆがんだが、「まあ、そんな」と二人の女性が愉快そうに笑った。その笑い声につられるようにして、局長も硬い微笑を浮かべて「急にお願いしましたからねぇ」と、何か取り繕うように言った。僕はもう少しで、前の指揮者さんに何があったのですかと尋ねそうになったが、危ないところで質問を飲みこんだ。なんだか急に聞いてはいけないという警報が心のなかに響いたからである。
「いよいよ明日が本番なんですよね。こうなったら必死で振るしかありませんからね」。「よろしくお願いします。本当に無理をお願いして」と局長。無理ってなんだろう。急に呼ばれたことだろうか。それとも何か別な意味があるのだろうか。そんな疑問が心のなかを通り過ぎた。どうも僕は、このオケを振るようになってから、自分がだんだん疑り深くなっているような気がする。「明日は4時からゲネプロで、7時半から定期公演会です。よろしくお願いします」。局長が分かりきっていることを改めて念を押してきた。「お疲れ様でした」の声に送られて、この古いオペラハウスの事務室をあとにした。
とにかく明日は本番なのだから、今晩の食事で少し栄養をつけておかなくては。昨日の便利屋に寄ってまっすぐに帰る道からそれて、町の中心と思われる方角に歩いて行こう。でも、あまり遠くに行くつもりもない僕は、とにかくレストランを探しながら道を歩いて行った。まだ見知らぬこの町で、気持ちのいいレストランを見つけられるだろうかとゆっくり歩いていると、モーツァルトの40番が頭の中で鳴りだした。だんだんと暗さを増してくる空の下、道に沿っていくと左右に伝統的な煉瓦造りの家がぎっしりと立ち並び始めた。方向を間違ったせいだろうか、それとも頭の中に鳴るモーツァルトに没頭してしまって、注意力が散漫になってしまっていたからなのか、なかなかレストランらしい処を見つけ出せないままに、とうとう電車通りに出てしまった。市電の軌道に沿った道を歩いている間にも、40番は頭の中に響き続けた。道の左右には、すでに明かりで飾られたショウウインドウが増え始めたが、まだレストランらしいものとは出会えなかった。
モーツァルトは本当に不思議な作曲家だった。亡くなる直前の夜に、レクエムを作曲するという依頼を、死神を思わせる男から受けたという伝説に限らず、彼は幼いころから死を意識し続けたといわれている。11歳の時にすでに「葬送カンタータ」を作曲している。21歳の時には、演奏旅行中にパリで同行の母を失った。31歳の時、父に宛てて書いた手紙で、『正しく理解するならば、死は、私たちの真の究極目標である』と言い、『死を人間の、真実の最善の友として親しんでいる』と言い、『もはや恐るべきものではなくなったのみではなく、心を安らかにし、慰めてくれるものとなった』と書き送っている。そのうえ、死が幸福にいたる鍵であることを知る知識を与えられたことを、神に感謝している。しかし、モーツァルトは死をいつも意識していたといいながら、その生活は冗談のようなものだったとも伝えられている。悪戯好きで、いつも笑っていたとも。晩年と呼ぶにはまだ若すぎた人生最後の日々は、経済的にも、この世的にも、かなり苦しいものであったというのに。
結局、見つけたのは街角のパブのような小さな店だった。ドアを押し開けて中をのぞくと、穴倉のような印象を与える細長い部屋で、テーブルを左右において真ん中に通路、店は奥の方でエル字型に曲がっており、その角まで入ってさらに奥を覗いてみると、エル字の先はこれまでの半分の横幅で二人連れのためといった印象の片側にだけテーブルが続いていた。事実、二組のアベックが離れて座っていた。入り口の方にもどってみると、明日の演奏会のポスターが壁に貼ってあるのに気がついた。そのポスターの前に座った。僕の右側の壁にポスター。やや深紅色の制服にレースの縁取りのある白いエプロンをつけたウェートレスが、お手拭をもって注文を取りにきたので、しばらくメニューをひっくり返してみたが、よく分からないので一番上に書いてあるシュニッツェルとワインを注文した。各テーブルの上には、ランプを模したような灯りがともっていた。頭の中のモーツァルトは、いつの間にか止まっていた。ぼんやりと料理を待つ間、壁のポスターを眺めてみた。簡素な作りで簡単な案内。第1948回 定期演奏会とあり、日付だけがやや大きな字で印刷されていて、その下に演奏曲目が三つ並んでいる。この町に住む人にとっては決まりきった場所であるからだろう、会場を示す字は小さい。一番下に指揮者の名前が、つまり僕の名前が、やや大きな字で書かれていた。ただし、それは別な用紙に印刷したもので、ポスターの一番下の部分にあとから貼りつけられたものだった。ポスターの表面に指を滑らせてみると、見かけよりつるつるした紙質で、僕の名前が貼ってある部分の縁にそって紙一枚分だけ盛り上がっている。当然だな。僕の名前の紙を指で押さえて目を凝らしてみたが、その下に書かれた名前が透けることはなかった。あの事務局の人たちが、こうしていったん貼らせてもらったポスターの上に、また訂正の部分を貼って回ったのだろうか。僕がポスターに指を当てているときに、ウェートレスが注文の品を運んできた。僕は慌てて彼女を見上げた。白い顔に微笑みが浮かんで、「音楽お好きですか」と聞きながら料理の皿とワイングラス、赤ワインのボトルを一本置いた。「ええ、とっても」と僕が答えると、うれしそうに微笑んで「私たちのオーケストラ」とポスターを指差した。僕は黙ってうなずいた。