表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

道連れ

◇◆◇


春香が熱を出した時、料理上手な父は、美味しい雑炊を作ってくれた。風邪の時だけのレシピだったから強請って作ってもらったのに、元気な時は、さほど美味しく感じなかったから不思議だ。


病院の診察は嫌いだった。大人になってからは必要な事と割り切っているが、検査の意味や必要性が分からない子供の頃は、漠然と苦手意識があって、行くのを嫌がった。


そんな考えが変わったのは中学の時だ。間抜けな話だが、鮭の長い骨が喉の奥に刺さった事があった。レントゲンに写る喉奥に深く刺さる骨を見て青ざめた。骨が刺さったらご飯を飲み込むといい、と言うのは迷信だ。二度としないと誓った。

医師は申し訳なさそうに「少し苦しいかも知れないけど、すぐ楽になるから我慢してね。」と断りを入れてから器用にピンセットで取り除いてくれた。

確かに一瞬苦しかった気もするが、異物除去後の爽快感しか記憶にない。病院に対する恐怖感というか、苦手意識がなくなったのは、その頃からかも知れない。


高校の時、入学早々にインフルエンザにかかった時は、人生終わったかと思った。勉強について行けずに取り残されてしまう夢を見てしまい落ち着かず、布団でテキストを開いてて怒られた。



◆◇◆



往診の日の前日、リリーはベッドに横になってから中々寝付くことが出来なかった。健康な身体も話をする猫の精霊も居なくなってるのでは、と考えてたり、寝付くまでに色々なことを考えてしまった。



(そうだ、受験勉強しないとテキストは、何処だっけ?)


目覚めた彼女が、そう考えているとカミーユが入ってきた。彼女と話しいる内に、今日が何の日か思い出し、夢の記憶は打ち消されていく。


------



癒者を元気な身体で迎え入れるのは初めてのことで、リリーは何だか新鮮だなと感じた。寝込んでいる時は、辛くて周囲の様子を気にとめる余裕がなかった。以前も見た事がある人物らしいが、初めてちゃんと顔を見た気がする。


香料でも誤魔化せない苦味の強い薬を飲まされる嫌な印象だけがあり、薬でじきに楽になるはずなのだが往診時を思い出すと良い記憶はなかった。



何はともあれ、リリーは、病状完治のお墨付きを貰い、外出の制限も緩和されることになった。喜びに沸くベルク家の人々とは異なり、奇跡のような状況に、リリーを診た癒者は驚きを隠せずにいた。狐につままれたような顔をしていたが、診立てに変更はなかった。


「あ、あの……先生、ありがとう」


帰り支度をして去る背中に、リリーは言葉を投げかけた。控えめな呼び止めに癒者はきょとんとした表情を見せたが、お礼の言葉と嬉しそうな顔のリリーにつられて笑顔を返すのだった。



------



診断の結果を受けて、明日以降は外出も許可された。ただ、王都にいる間は、まだ魔法のお勉強は我慢の状態になっており、待ち遠しい気持ちが抑えられないリリーは、早速、図書館に行くことを画策していた。教師に出来の悪い教え子だと呆れられないよう予習しておこうと闘志を燃やす。



「明日は、行けるかしら、図書館。」


先日の訪問時に、フィルに聞いた入門書を読んでいたリリーは、早く続きが読みたかった。



『早く読みたいなら、今日行けばいいんじゃないの?』

「お母様とお出かけなの。だから、明日なんだけど……」

『ふーん、いいわよ。』



往診が終わり、一息つきながら、明日は予定が入っていない事に思い至り希望を口に出したが、意外と素直に協力に同意するシュバルツに首をかしげる。


「え、いいの……?」

『なによー、手伝うわよ、あの格好で、ゴロゴロするの好きだし、明日は晴れそうだし、カーテン開けて日向ぼっこできるもの、お留守番位してあげる。』

「し、シュバルツ。ずっとゴロゴロするのは、流石におかしいわよ。もう元気になったって、先生も言ってたし。」


勿体振らずに素直に頷いた理由を聞いて判ったのは、意外と人型を気に入ってるらしい、ということ。


『でも、暇だしーー。この前も入館方法教えてあげて魔術関連の書籍の階を教えた後は、本読み出して、全然返事してくれなかったじゃない。』

「ご、ごめんなさい。」

『あら?というか、もう居留守使わないで堂々とお出かけしちゃったら?』

「魔法のお勉強っていったら、駄目って言われそうだもの。」



リリーは、相応の魔力量を保有しているため、魔術に関する知識を中途半端に学ぶ事は危険と両親は考えている。


『昔、お姉さん真似して、魔法発動させようとして、倒れたことあるって言ってたわね。』

「そうなの。でも、方法があるなら学びたいの。それに本を読んでるととても安心するの。」


加えて、過去に一回前科があることも両親を過保護にさせていた。両親は気にしていないとはいえ、早く姉様や兄様に追いつきたい、との想いがリリーを焦らせる。


------



「シュバルツ、大きな口あけて欠伸しちゃだめっ!お行儀悪いって怒られちゃうわ」



初めての時は一瞬で転送され、2回目の時もシュバルツが自分の姿をしているのを長い時間見ていた訳ではない。リリーは、シュバルツにお願いして変身してもらった。じっとしていると鏡を見ている気分になるが、動作が加わると違和感を感じてしまう。

今までのように寝てる訳にもいかない為、尚更である。



『そうかしら、気にしないわよーー』

「だーめっ、軽くお口に手を当てるだけでいいから。」

『分かったわよ。人間って面倒くさいわね、いつの時代もおなじねーー。』

「か、顔掻くのもだめよっ!」

『……えーー、もうこの身体癖になっちゃって、無意識にやっちゃうのよねーー』

「私の身体でそんな仕草してたら、変だもの。シュバルツだって正体バレるの嫌なんでしょ?」


面倒だ、と表情に出して訴えるシュバルツに、そう告げると彼女は渋々と頷く。


『分かったわよーー。』

「はいっ、じゃ、続けましょ。」


長年、猫の姿でいる為、もう猫のしぐさが癖になってると言うシュバルツに、言葉を返すと、失礼します、と声を掛けたカミーユが入室してきた。



「り、リリー様?」



カミーユの前には、2人で向かい合うリリー達の姿があった。シュバルツに仕種を注意しながら、指図する体勢で固まっているのがリリーで、先程と違い軽く口許に手を当てて欠伸してるのがリリーに擬態しているシュバルツだ。


「⁉︎」

『ふわぁっ、あら?』


カミーユの方も心理的に受けた打撃が思いの外大きかったようで、彼女は一瞬意識を手放しかけた。


------



料理長のコルトは、領地でも料理長を務める男だ。主人に付いて、王都まで来ていた。彼は、最近、食後に下げられてくる皿を見るのが楽しみだと語っていた。カミーユにもその気持ちはわかる。


コルトは、リリーの体調がすぐれない時は、病人向けの消化の良い軽い食事をお出しする事が多かったが、最近は両親の食事を少し子供向けに仕立てた普通の食事を出している。


カミーユは先日、シュネーを作ってくれないか、と彼に提案した。

そして、快く引き受けてくれた彼から依頼され、カミーユは買い物に花まつりで賑わう街へと出かけた。花まつりに行けないお嬢様のことを考えながらコルトに頼まれたシュネーのフレーバーに使えるフルーツや香辛料を探していると、議事堂横の道沿いで、リリーと同じ年頃の女の子と男の子が仲良く手を繋いで歩く姿が目に入った。


そこ女の子は、リリーと同じ様なふんわりとした黄金色の髪を軽く束ねており、カミーユは、リリー様にそっくりだと思った。


屋敷に帰るとコルトは、プレーンなものと幾つかのフレーバー付きのものを手際よく用意してくれた。きめ細かな粉砂糖をまぶし、甘くて口当たり良く仕上がった上品な一品は、リリーとシュバルツのお腹に収まった。

リリーは、お祭りのものより上質な材料で丁寧に作られたシュネーに舌鼓を打ったのであった。


------



硬直した二人をシュバルツはソファーに寝そべりながら眺めることにした。小さく口を開けて、また欠伸をするとソファーに寝転んだ。


カミーユの遠のきかけた意識が戻ってきた切っ掛けは、視界の隅のシュバルツの姿だったのかもしれない。意識を繋ぎ止めることに成功した彼女は、「あ、あの時見たのは、リリー様だったのかも」と脳裏に浮かんだ記憶について考えていた。



「リリー様、もしかして、花まつりに行かれましたか?」

「えっ⁉︎な、なななっん」


屋敷から少し離れたあの祭り会場に、彼女が居ることなど、普通考えられないのだが、脳裏を過ぎった記憶に思わず出てきたのは、そんな言葉だった。



『リリィ驚きすぎよ、肯定してるようなものだわ。』



シュバルツは人の身体で話をするのに慣れていない為、声を出さない。彼女の声を聞き取れるのはリリーだけなのだが、脳の処理が追いつかないようで、シュバルツの声は生憎、彼女には認知されない。



「リリー様。落ち着いてください。ちゃんと息吸ってください。」


慌てるリリーを見て逆に冷静さを取り戻したカミーユは苦笑交じりに彼女を見つめ、優しく話しかけた。


「カミーユ、どうして?」

「いえ、似たような方を街で見かけた事を思い出しまして、聞いてみたのですが、まさか本当にリリー様だったなんて……」

「あの、その……」


言い淀むリリーを見て、カミーユは苦笑する。腰を少しかがめ目の高さをリリーに合わせてからリリーに話しかける。


「リリー様。リリー様がお元気になられたのは、わたくしたち本当に奇跡のような出来事だと聞いております。リリー様が健やかであれるならば、些事とその他を切り捨てられるくらいには、皆そう思ってるんです。」

「……?」


カミーユの声には、只優しい自分を想いやる気持ちが感じられた。家族以外では一番近くにいるカミーユ。彼女の声は、上手く説明出来なくて焦る気持ちを落ち着かせてくれた。


そんな様子を何処吹く風と、シュバルツは、ソファーに横になったまま気怠げにいつもの様に顔を掻く。そちらに視線を送りながらカミーユは続けた。


「そう……!お見かけしたのは見間違え、と思っていたのですが、その、そちらのリリー様の仕草が目に入ったもので、あの日、お部屋でお休みになっていたのは、あちらのリリー様だったのでは、と思ったのです。」

「し、シュバルツ……」

『わ、わたし?』


自分の擬態は完璧だと自信を持っていたシュバルツだったが、リリーからの仕草のだめ出しに、カミーユからの指摘を受けて、少しばかり自信を無くすのであった。


「シュバルツ、という事は、リリー様の姿をしているそちらは……」

『リリィ……』

「あっ……、えっと、あのっ。」

「……確かにあの日、お姿が見えなかったような。……いえ、詮索は致しません。リリー様、お話しできない事情があるなら、無理にお話いただかなくても良いのです。」

「か、カミーユ?」


何と説明したものか、と悩むリリーにカミーユは、微笑みを浮かべて、そう告げた。


「お話しになりたいと思われた時は、是非ともカミーユにも教えてくださいね。」



------



結局、問い詰めるようなことはされず、カミーユに本を読みに行きたいと相談したところ、両親から許可をもらえ、カミーユを伴い出かけることが可能になった。


正確な目的さえ告げなければ、こそこそ出かける必要はなさそうだ、と学んだリリーであった。早速、明日、図書館にお出掛けしたいと話をしたところ、「明日は、ダメでございます。恐らく旦那様より先に奥様がお仕事から戻られて、リリー様に内緒で一緒にお出かけする、と張り切っておられました。」と、マリーナの計画をあっさりと、カミーユは教えてくれた。


こっそり出掛けるのも駄目ですよ、とやんわり伝えられた為、日程も計画も、練り直すこととなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ