花の影の追走
「なるほど。そういう事でしたか。」
そして、話は冒頭に戻る。図書館でリリーとの短い再会を果たしたフィルから話を聞いたクラウスは、あの時の誰かを追いかける様な行動の意味が分かった。
ちらりと目をやると、指に光るシルバーの指輪。誘拐された経験は、ある意味で主人には、良い経験だったのかもしれない。
フィルが無意識に触れているのは、
ルイが作った魔導具で、彼に守護の力を与え、位置情報を発信するものだ。装飾品を嫌って付ける事を拒んでいた彼も先日からは欠かさず身に付けるようになった。
「(しかし、人が突然消えるなんて不可能だ。何かの見間違えか移動魔法の類か?)」
「次会ったら、もっと色々と話がしたい。」
「分かりました。協力しましょう。」
「本当か⁉︎」
クラウスは、少女の姿を思い起こす。手入れの行き届いたふわりとした、髪、綺麗な白い肌。やはり何処かの令嬢だと推定する。何故1人で出歩いているのか、色々と気になる点もあったが、主人の恩人だ。探して礼を尽くす必要もある。
「明日からのこの時間は、予定が空くように調整しましょう。ただ、フィルが図書館に用事がないのであれば、ここで待つ必要もないでしょう。」
「……だが、ここに来なければ、リリーと会えないじゃないか。」
「そこは、私にお任せください。」
「……分かった。」
クラウスは、怒ると怖い存在だ。笑顔なのに、怒ってるなと感じる時は悪寒がする。だが、長年の付き合いで、彼の言葉は己の為と知っている。
幼い頃から兄のように頼れる存在である彼が任せろと言ったのだ、フィルはクラウスに託す事にした。
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帰宅してからフィルは、自室で青い花を取り出した。一片の花弁と一輪の花があの日の証明だった。
あの日以降、フィルは気晴らしの外出の代償として、方々から説教を食らい、大人しく鍛練と勉強に励む日々が続いていた。
外出も制限されたが、幸いなことに、図書館までは安全に移動が可能な事もあり、勉強の一環として訪問の許可が意外とすんなり出た。
お陰で、彼女との再会を果たせ、胸のつっかえが取れたのだが、短く終わった会話に後悔が募り、また悶々とした気持ちで溜息をつくのであった。
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図書館から戻ったクラウスは、先の事件の立役者のお手柄隊員を訪ね宿舎まで来ていた。
スリージェ王国の騎士団では、新人騎士は宿舎で共同生活を送るものが多かったが、自宅から通うクラウスは、今回が初めて宿舎への訪問である。
「クラウスっ!どうしたんだ急に、珍しいな。」
ラインハルトとクラウスは、同期の中では比較的付き合いがある隊員だ。そう言って快く彼を迎え入れる。
「忙しいところ悪いね。」
「お前に比べりゃ、俺たちなんて全然だぜ?」
そう笑いながら答えるのは、ゲオルクだ。彼らは2人部屋の同室なため、自由時間には一緒にいる事が多い。
「花まつりでの事を聴きたくてね。」
そう話を切り出したクラウスは、少女の話しを何か2人から聞けないかと、今回2人を訪ねたのだ。あの時、近くにいた二人なら少女の事を覚えているはず。
「確かに女の子が居たなぁ。」
「いつの間にか居なくなっちまってて、俺たちもよく知らねえよ。結局、取り逃がした犯人の捜索が最優先になっちまったしな。」
「あの時の情報だけで、どこの誰かを探るなんて不可能だ。」
クラウスが少女の話を振ると案の定記憶にある様子で、反応も想定内のもの。
「それは分かってる。次に彼女と遭遇できそうな場所には、心当たりがあるんだ、ちょっと、協力して欲しいんだ。」
にっこりと微笑むクラウスの顔に、不穏なものを感じ、背筋がヒンヤリとした。
当然、面倒ごとなど、と断ろうとした2人だったが、クラウスの次の言葉に退路を塞がれる。
『あの通りのエールが有名な酒場の名前、君たち知ってるでしょ?教えてくれる?』
爽やかな微笑みの背後に黒いオーラが昇り立つのが見えた2人であった。そして、あの日の飲酒がバレている事を知った。
彼らの隊長は騎士団の中でも規律に厳しく、罰則も容赦がない。今のところ、誘拐犯の一人を捕まえた手柄に注目が集まっているが、事件の背後関係、もう一人の足取りが掴めない中、一人を取り逃がしたことが悔やまれる。
そんな状況下で、飲酒の事を触れ回られると、確実に周囲の彼等に向ける目が変わるだろう。
頷く以外の選択肢は、2人には無かった。
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何と不幸な事か、と嘆く二人の隊員とは違い、逃げ出した誘拐犯の男が幸運を噛み締めていたかというと、そうでは無かった。
あの日の事件は、捕縛された男への取り調べから、身代金目的の誘拐と考えられていた。だが、捕らえた男は単純な指示しか与えられておらず、重要な事は知らされていない末端の構成員であった。片方の男を取り逃がした事もあり、急行したアジトは既にもぬけの殻だった。
クラウスが微笑みで二人で凍りつかせていた頃、逃げ出した男は、放棄したアジトからほど近い酒場の地下でリーダー格の男に殴りつけられ、地面に伏していた。
「ガキ1人だぞっ!難しい仕事じゃなかったろうがっ、馬鹿野郎がっ‼︎」
そう憤りを隠せない男は、アジトへに逃げ帰った手下の話を聞いた時、既に彼を殴り飛ばしそうな勢いだったが、まずは敵襲を想定しアジトを放棄する決断を下した。今日までは各々が街に潜んでいた為、一同に会すのは数日ぶりの事だった。
「滅多にない上物だったんだぞ!それを……、この馬鹿がっ、騎士隊にも目を付けられるし、散々だっ」
そう叱責するのは、酒場で陽気に酒を振舞っていた男だった。様子は一変して、憤り人を殴る様は、同一人物とは思えない粗暴さがあった。
「2人のガキを探せ。」
「2人ともっすか?」
「片方とっ捕まえて、居場所を吐かせりゃいいだろ、そいつは変装させて連れてけ、面が割れてる。」
自分が殴りつけた男は、詰めが甘く時折、ヘマをやらかすような奴だ。知ってはいるが、怒りで標的の顔を知ってる男を殺しかねないと思い、彼は手下達を早々に部屋から追い出しにかかる。
「(納品出来りゃ、かなりの儲けだ。絶対に見つけてやる。)」
得られるはずだった報酬を考えると憤りが治まらない。必ず捕らえると強固な決意し、彼は知略を巡らせる。