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春嵐


フィルとリリーが広場に着いた頃、屋敷ではリリーが手で顔お猫のように撫でる姿が目撃されていた。



「(ふにゃ〜〜ん)」


部屋では、ふかふかのクッションに身を沈めて日向で春の陽光に気持ちよく惰眠を貪るリリーの姿があった。ふかふかのクッションに人の姿で埋もれるのは、思った以上に気持ちが良かった。



リリーを街に転送してから、シュバルツは慣れない身体での力の行使に疲労を感じて身体を休め、陽の光から力を補充しつつ、リリーの擬態を続けていた。麗らかな春の陽気に襲われ、瞼が閉じてしまうのも仕方がないことであった。



「ふわぁ……ぅ」


暫しの休息に力の回復を感じて目を覚ますと、何時ものように伸びをしようとして、ドレスにより身体が引っ張られ、今の姿を思い出す。



「(そうだった。あの子、少しは、気晴らしできたかしら?)」


彼女が守護する少女は、引け目を感じて、自分の望みを言えない子だった。自己主張が苦手で不器用なところがあって、悶々と一人で不安を抱えて悩んでしまうような子だった。


楽しんでくれたらいいな、と考えての事だったが、上手くやってるだろうか。様子が気になり彼女に意識を向けると感情が強く流れ込んでくる。



『なーんだ、楽しくやってようね。』



暫く、パスを強めて状況を見守りつつ、クッションの柔らかさを堪能することを決めたのであった。


------



「ドミニク隊長、ルイからです。広場の方にいらっしゃるようです。」

「よし、テオたちとの合流地点に伝令役を一人残して、広場を捜索しよう。」




フィルとリリーが広場でお祭りを楽しんでいる頃、クラウスたちは魔術師からの連絡を受け、広場へと向かっていた。



「フィリップ様は、やはり自分のご身分を疎んじて居られるのでしょうか。」

「奴の息子だ、少し道を逸れようとも心配いらんと、俺は思っとる。」

「そうでしょうか」


クラウスは、家臣としての自分の立ち位置を測りかねていた。近すぎず遠すぎない位置で、主人を守護する距離感が、わからなかった。



「クラウス、お護りするということは、勿論御身だけでなく、御心の健やかさもだ。だが、彼は優しく守られるだけで良い立場でも無い。過保護にお護りするだけでなく、自身で強く一人でお立ちになれるように信じて見守り、支えるのがお前の役目だ。」



護衛も連れずに一人で街に出るなど、初めてのことだ。彼の心情を推し量ろうとするも余計なことなど考えずに信じろと諭される。


「お前も騎士になったばかりの新人だ、まずは人のことより自分ごとだ仕事しろ。考え事して転ぶなよ。」

「わ、分かってます。」



広場へと続く道を駆け下りて行くと、小さな彫刻を持った子供たちと衝突しそうになる。


「ほら、気を付けろ」

「す、すみません。いまの見事な細工でしたね。まるでお祖父様……まさかね。」

「有り得る話だが、それよりルイに詳細な位置情報を聞いてくれ。」


先程、二人が見かけた子供たちのようだ。ドミニクの指示を受けクラウスは、思念を集中してルイに心の中で呼びかける。ルイは引続き監視していたようで即座に返答があった。


「議事堂脇の小道から裏路地に向かっているようです。(もしかして、お祖父様の店にいるのか?)」


彼らは、位置情報を小まめに確認しつつ、目的の搜索を続ける。


------


クッションに埋もれて目を閉じるリリー……の姿をしたシュバルツは、傍目には惰眠を貪っているだけにみえる。実際には、リリーの心理状態がパスから流れ込んでり、意識の端では、少女の状況を把握していた。大きな驚きがあった後に、強い戸惑いの感情が波紋のように広がるのを感じ目を開ける。喜びと嬉しさ、楽しみに彩られた感情に急に差し込まれた焦りと不安に呼び覚まされ、シュバルツは、勢いよく身を起こした。




『リィ、どうしたの?何かあった?』

「シ、シュバルツ?」



前触れなく響いた聴き慣れた声に、驚くリリーだったが、知ってる声を聞いて縋り付く。


「あ、あの、フィルが、居なくなっちゃって、今まですぐ側にいたのに、消えちゃったの、シュバルツどうしよう。」

『どうしたの?フィルって誰なの?あ、口に出さなくても大丈夫だから、周りに変に思われちゃうわよ。』

『えと、き、聞こえてる?』

『感度良好。聞こえてるわよ。』

『あのね、男の子と知り合って、お祭りを一緒に見ていたの。さっきまで、本当についさっきまで一緒にいたのに、振り返ったら居なくなっちゃって。』

「フィルーー!」


近くに居るんじゃないか、そう思って呼びかけてみるものの返事は返ってこない。落ち着けと言われた所で、独り放り出された街の中、頼りにしていた連れが姿を消したら、取り乱すのも無理はない。時折、そうした人間の感覚を正確には理解しきれない所があるシュバルツだったが、広場を見回すリリーの姿を遠視し、潤んだ瞳で男の子の名前を呼ぶ姿を目にして、悲しい思いはして欲しくないな、と漠然と思った。



『リリィ、落ち着きなさい。何かに用事があったとか、人も多いのだから逸れてしまったんでしょう。疲れたんだったら、もう帰る?』

『で、でも脚元に食べてたシュネーが落ちてたの。突然、居なくなっちゃうって変じゃない?』



取り敢えず落ち着かせようと声を掛けるシュバルツだったが、確かに言い分にも一理ある、そう思わせる返答に少し状況が気になってくる。この状況で無理矢理に連れ帰っても彼女の涙は消えない気がして、シュバルツはまず事実関係を確認することにした。



『確かにね。どんな子なの?思い浮かべて、私に伝えてちょうだい。』

『思い浮かべる?フィルを?』

『そう、それから居なくなった場所は?近くに居るの?移動したのだったら、元の場所に戻って』

『わ、分かった』



名前を呼びながらフィルを探して移動した距離は僅かだったが、素直に指示に従い、リリーは元のシュネーのテント付近に立ち男の子を思い浮かべる。


「フィル?」


すると頭の中に、フィルの姿が映る。アッシュグレーの髪の男の子だ。リリーと同じように破裂音を聞いて空を見上げていたところ、後ろから回ってきた手で布を口元に当てられる。背後にいた二人の男は、意識を失ったフィルを素早く麻袋のようなものに入れて、その袋を担いで去っていった。



『うーん、想定外、この人達と知り合いじゃないわよね?何て言うんだっけ?』

『しゅ、シュバルツどうしよっ!誘拐されちゃった!』

『そう!ゆーかいだった!』

『そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよ!ど、どどどうしよう?』


顔が真っ青になってるであろう自分と違っていつもの調子のシュバルツが恨めしく思えてしまう。


『そうね、やっぱり追いかけたほうがいいのかしら。うーん、仕方ないわね。道を作るから辿って、追い掛けましょう。』


リリーは、何の事か判ら無かったが、問う前に目の前に薄っすらと、何かの力が道標として確かに存在するのを感じふらりと、何かに導かれ歩き出す。



「フィル!」




------




騎士服を着た男達は、街の巡回警備に当たっていた。他国からの観光客も多く迷子や盗難、喧嘩など、例年この時期は、多忙を極める。その2人が出てきた店は、大きな通りの裏通りにある酒場で、エールと言えば此処と言わずとも知れた人気店である。

巡回経路を辿っていると、通り掛かった二人を見つけて慌てた様子で男が駆け寄ってきた。何でも店内で魔法を使う男が喧嘩をしているという。


この時期は致し方ないこと思いつつ厄介ごとに遭遇した不運を嘆く。


「お前といると、トラブル遭遇率高いよなーー。」

「人のせいにするなよ、むしろ、お前の日頃の行いが悪いからだろ。」


学生時代からの腐れ縁同士、軽口を叩きつつも警戒しつつ入店すると、そこに居たのは笑顔で店内で酒を振る舞う陽気な男だった。



「えっ?喧嘩だって?違う違う。むしろ、逆だ!こいつが幸先いい報告持ってきたんで、つい興奮しちまってよ。魔力吹き出しちまってグラス割っちまったんだ。兄さんたちも一杯やってきな!」


割れたグラスの破片で薄く頬を削ってしまった仲間の手当てをしつつ、上機嫌な男が客に酒を振舞い始める。


「兄さんたちも、ほらっ、お騒がせしちまった詫びだ!」



職務中の為と、辞退したものの、何度か勧められる杯を固辞するほど、生真面目ではない2人は、「祭りなんだし」という、甘言に屈してし、グラスを手にした。

店を出たところで、アルコールを摂取しても顔色に変化がないレオンハルトと比べ、若干赤みを差した頬のゲオルクだったが、バレることはないだろうと、エールのグラスを傾けつつ事情聴取を終えた二人は、巡回経路へと戻った。




「フィルー」



店を出て歩き出して間も無く、正面から少女の声が聞こえてきた。





広場を出てから暫くして、緩やかな上り坂を駆けて、リリーはフィルを攫った男達の後ろ姿を捉えていた。シュバルツは、男の子の現在地を割り出した後、どういう方法かはリリーには分からなかったが、最短経路で辿りつける道をリリーに示していた。混み合った大きな路を通る男たちに小道を経由して追尾することで、ようやく後ろ姿を捉えたのだった。



「返して!誰か助けて、その人たちを捕まえて!」




女の子が必死で走ってくる手前に、怪しい荷を抱えた男二人組が目に入り、巡回警備中のレオンハルトが男達の行く手を塞ぐ。



「何すんだ、道を開けろ!」



西の訛りが微かに滲む罵声を浴びるが、レオンハルトは動じず、往来の多い道の為、抜刀は避け魔力を貯めた手を翳しつつ相手を牽制する。



「失礼。少し話を聞かせてもらいたい。」



2人組は、進路を妨げる男が丸腰の優男を見て、強行突破を考えるが騎士服を観察し、考えを改める。騎士服の、肩に入る金糸の刺繍は、騎士団の中でも、剣技と魔術の両方に秀でた者が集うとされる第三部隊の特徴だ。


「厄介なんが出たな。」

「おい」


押し通るのはまずいと考え、視線で会話し脇道の方を示す。折を見て路地に入って逃走する気のようだ。




リリーは、男たちが停止したことで一息つき、シュバルツと交信していた。


『シュバルツ、フィルに追いついたわ!フィルは袋の中にいるよね?』

『疑ってるの?』

『そうじゃなくって、怖い人たちから取り返さないと。』



導かれるまま駆けだしたリリーだったが、遠目に男たちの姿を捉えフィルが入れられた袋を目にしてからは、離されまいと必死で付いてきた。漸く追い付き、目の前にフィルがいる、と分かっても、対峙したことのないガラの悪そうな大人の男二人を前にどうすれば良いのか分からない。



『助けたいの?』

『もちろん。』

『なんか、後ろも前も居るし大丈夫な気はするけど。リィーの願いなら叶えるわ。疲れてもいい?……でも既にリィ疲れてるわよね?』

『え?……は、早く助けてあげたい。』

『そーぉ?』


シュバルツの呟きは意味が分からないところもあったが、口から出たのは、素直な気持ちだった。次の瞬間、身体から力が抜ける感じがした。次の瞬間、男が脇に抱えている麻袋には、目に見えない刃物で切り裂かれたかのような切れ目が複数入り、麻は袋の体を為さなくなり、中からサラリとしたアッシュグレーの髪が流れ出た。



「フィル!」

「なっ⁉︎」


抱えていた男は、袋が前触れなく裂けたことに驚き、中身が露呈したことで狼狽する。そして、騎士たちは、予想外の荷に驚く。



「こ、子供⁉︎」

「おいっ!すぐにその子を解放して、腕を頭の後ろで組んで、跪け!」

「何でた、くそっ!」

「何やってんだ!」



袋を抱えていた男は、不可思議な事態への苛立ちから声を荒げながら荷の中身を隠そうとするも、無理だと悟り袋を打ち捨て、フィルをしっかりと抱え直す。

リリーは、思わず駆け出し、フィルに近づくこうとするが、袋を持っていた相方を叱責してから振り返った男の獰猛な視線に怯み、足を止める。男は後方に退路を見出そうと、抜刀し刃を周囲に振りかざした。



「どけっ、こらっ!」

「きゃっ」


何振り構わず乱雑に振り回される刃が近づいてきても、リリーは恐怖でか足が動かず、その場を離れられなかった。怖い、逃げなくちゃ、そう考えるも思うようにいかず、目を閉じ痛みを覚悟した。



「風の防壁」

「うわぁっーー!」


リリーを守ったのは、レオンハルトが放った風魔法だった。前方からの声と男の悲鳴に目を開けると、目の前の男は見えない力に弾かれ転倒するところであった。成人男子の体が、ふわりと宙を舞い落下して地面に叩きつけられる。

それをみた片方の男は、前後を見やって、忌々しそうに舌打ちすると、足元にフィルを置いて逃げ出した。



「待てっ!おい、ラインハルト、俺はあっちを追う、その男頼んだ!」

「任せた。」


地面に仰向けで倒れる風魔法に吹き飛ばされた男は、騎士に捕縛され、リリーはフィルの元に駆け寄る。



「ふぃ、フィル?」

『(何だか、身体に良くない成分ね。)大丈夫、手を当てて、貴方の魔力で目を覚まさせるわ。』


目を閉じたままの男の子を見て、不安になるも響く声が大丈夫だと告げる。言われたままに、リリーが触れると身体から暖かいものが、フィルに流れ込む。不思議な感覚に驚くが、掠れた声が聞こえて直ぐにそちらに意識が向かう。


「……り、りぃ?」

「……フィル、よかったぁ」

「な、泣かないで、どうしたの?」

「う、ん。嬉しくて。良かった。」

「……あれ?僕はどうして此処に?」



安堵からこぼれ落ちたリリーの大粒の涙を見て、フィルは目を見開く。青い空を背に自分の為に泣いてくれている女の子の涙に狼狽える。



「リリー、泣かないで」


自分が地面に横たわっていることに気づいて身を起こすと再び告げる。彼女は、ほっとして緩んだ笑みを浮かべるが、潤んだ目元に男の子は、少し胸がぎゅっとなった。少し落ち着くのを待って、問いかける。


「ねぇ、リリー、僕はシュネーを一緒に食べてたと思うんだけど、リリーと一緒に居たよね?」

「……っ」


そんな彼を見て、何かを言いかけるリリーだったが、シュバルツの呼びかけが聞こえた為、言葉にならずに終わる。



『リリー、無事で良かったけど、そろそろお昼なんだけど、リリーの代わりに私食べていいのかしら?』

「……だ、駄目っ‼︎」

「り、リリー?」

「あっ、えっと。」



太陽はもう直ぐ真上に来る頃。シュバルツの問いかけに、彼女が自分の姿で、昼食を何時ものように皿から直接食べている様子を思い浮かべて、反射的に悲鳴のような声をあげてしまい、男の子には、怪訝な顔をされてしまう。


「フィリップ様っ!」



と、そこに、後ろから声がかかった。


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