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春の訪れ

◆◇◆


上野公園の満開の桜を肴に、会社で飲みに来るのは恒例の行事だった。その年は、厳しい冬で春の訪れに皆、いつも以上に心が騒いだ。


お弁当を会社近くの定食屋に発注して、お酒の手配をして、若手は先に公園で場所取り。そんなお役も御免になり、数年が経っていた。



小さな頃から高校までは、自宅のすぐ近くの神社の桜に春の訪れを知り、大学から住み続けている賃貸マンションもエントランス脇に立派な桜の木があった。



あの日も最期に目にしたのは綺麗な花びらの絨毯だった。痛みを身体と脳が思い出して、悲鳴を上げそうになる。なのに声にならずに、目が醒める。



◇◆◇


目に入るのは見慣れた寝台の天蓋だった。少し視線をずらすと、ちょこんと行儀良く座る愛猫の姿。



「おはよう、シュバルツ」

『おはよっ、すごい汗よ、怖い夢でも見たの?』

「あ…れ?何か夢を見ていた気がするのに覚えてない」

『……そう、今日はあなたの楽しみにしていた春のお祭りでしょ』

「花まつり」



何だかぼんやりしている頭に、昨晩の両親との会話を思い出させる単語が飛び込んでくる。


「行けないの。まだ、人が多いところに行くのは控えなさいって、来年まで我慢かな」

『ま、そんな事だろうと思ってたわ。』

「ごめんね、シュバルツが食べたがってたお菓子買ってあげられない」

『大丈夫よ、まずはご飯食べてから考えましょう』

「……?そうね」


促されてリリィがベットを下りると、丁度メイドが入ってきて支度を手伝う。



「あら、またこちらに来ていたの」


ベットの陰に見えた小さな黒い塊を見て、目を細める。



屋敷の一同は、初めは寂しがるリリィから黒猫を遠ざけようとしていた。体に差し障るのでは、という思いからだ。

それが、引き離してもいつのまにか、側に戻ってきており、一緒にいても体調に影響がないこと。そして、一緒にいると大事な少女に笑顔が増えることか、徐々に使用人たちも彼女のそばに黒猫が寄り添うことを認め始めていた。使用人たちの部屋がある一階に用意されている寝床は、殆ど使われる事なく、リリーの部屋が彼女の寝床として認知され始めていた。



「シュバルツの食事お願いね。」

「畏まりました。」


日々の職務として当然のことだから苦はないが、可愛くお願いされて嬉しくないはずはない。


「にゃ」

「はい、少々お待ち下さいね。」


腰をかがめて、ひと撫ですると短く催促の声があがった。



そんな一幕があってからの食後、リリーは、食事を終えて部屋の扉を開け、直ぐに扉を閉めた。

何か居ないはずのものが、部屋に居たような。何度か目を瞬いてから、再びドアのぶを捻ると恐る恐る中を覗き込む。すると、今度は、見慣れた黒猫の姿が目に入った。


「シュバルツ……びっくりした。私、見間違えちゃった、何だか変なまぼろしでも見たかと……」

『いーえ、見間違いじゃないわよ』


シュバルツは、悪戯が成功した事で、声色に笑みを纏わせて彼女の言葉を遮ると、くすりと笑った。シュバルツの姿が光り、輪郭が細長く伸び上がったかと思うと、光が消えたそこには、自分自身の姿が現れ、リリーは目を疑った。リリーの前には、見慣れてるはずの自分の姿をして、別人のように不敵に笑うシュバルツが立っていた。



「えっと」

『どぉー?』

「……えっーー⁉︎」


口の端を上げて、不敵に笑う自分に問われて、ようやく思考が追いついたリリィは驚いて声を上げる。自分と同じ緩やかにカーブした黄金色の髪とスカートがふわりと舞う。ダンスが苦手な自分とは違い華麗にターンをした彼女からは、いつも通りの黒猫の声がした。

直接頭に入ってくる不思議な響きが続ける。



『これで、春のおまつりいけるわよ』





------



同じ頃、王都の演習場で栗色の髪の青年が手のひらで額を押さえ、冷静さを取り戻すために深呼吸をしていた。


人気のない演習場で少年の小柄な影が入り口に見えるのを待っていたが、約束の時間になっても姿を現さない。出し抜かれたと気づいたのは、入り口に長身の伝令役が入ってたからであった。


「クラウス様っ!」



焦燥を感じる声に名を呼ばれ、事情を聞くと、メイドが目を離した隙に姿を眩ませたとのこと。鍛錬して、学園で勝利したい相手がいると、言った彼は鍛錬の支度をして合流する予定だった。珍しく真剣に修練しようと言った彼が、姿をくらませるとは想定していなかった。


否、最近の言動からすれば、充分に予測し得た事態とも言える。外出時には、必ず誰かが側にいる状態を煩わしそうにする気配が最近あった。年頃のせいか、と同僚と酒の肴にして語ったのは、先週の事。



「クラウスです。私も合流します。ご指示をお願いします。」


正門前には、彼の捜索に向かう人員が招集されていた。少数精鋭というより街の広さから考えると少なすぎるが、祭りで余剰な人員がいない為、致し方ない。



「クラウスか、フィリップ様とて我々から見つかる事は想定済みだろう。祭り会場で捕まえられるだろう。ルイを捕まえて追尾用の魔術を準備するよう伝令中だ。なーに、場所も直ぐに捕捉できるだろう。」

「はい、手分けしてメインストリートを下りながら捜索しますか?」

「昨年、広場の旅芸人や魔法師を気に入っておられた、恐らくは其方だろう。」



彼の護衛として外出したことがある先輩騎士は、綺麗に整えた髭を触りながら気負った様子なく答えた。


「テオは、2、3人連れてメインストリートを念のため捜索してくれ」

「了解です。」

「クラウスは、ルイからの連絡が入るだろうから一緒に来い」



ルイは祭で駆り出されて人手不足な魔術師の応援に、王宮内の手伝いをしている。彼は、繊細な魔法を得意としており、幼い頃から友人であるクラウスには高価な魔導具を用いなくとも声の伝達ができる。


「ドミニクさん、申し訳ありません。」


青年は騎士になりたての言わば試用期間のようなもの。守るべき対象にあっさりと出し抜かれてしまったとあっては、大失態である。


「気にするな、蛙の子は蛙。奴の父親も同じようなことしてたんだ、然程お叱りは受けんだろう。さ、行こう。」

「はいっ!」



この事態の責任などは、今話をしたところで、何の得にもならない。まずは、目標の補足が最優先だ、と部下の背を叩き前を向かせる。

そんな上司の言動に、クラウスも起きたことは仕方がない。そう気持ちを整理して、対象の後を追うため街を目指した。




------




街の中は、普段より人で溢れ混み合っていた。リリーは、学園から長期休暇で帰ってきた姉に聞いて春のおまつり、首都セイレーンの『花まつり』を想像して憧れていたが、その、盛況ぶりは予想を超えるものだった。

マツリが近い内にあるとセイレーンに来てから耳にして、楽しみにしていたが両親の許可は下りず。精霊シュバルツの太鼓判を貰っているとはいえ、シュバルツは端から見るとただの猫である。そんな話で両親に上手く説明も出来ず、両親へのお願いに失敗した時点で、正直今年のお祭りは諦めていた。



それが突然、リリーの当惑は無視して、張り切るシュバルツに屋敷の外に送り届けられた。



『じゃぁ、楽しんできてね。帰るときは呼んでちょうだいね。』

「呼んでって、どうすればい……?」



問いかけが彼女に届く前に、詳しい説明もないまま転送され、気がつけば、街の王都中心部の人目の少ない路地だった。


「えっ、ここは……?」



視界が一転して薄暗い路地に切り替わり、陽の入らない薄暗さに不安を感じてしまう。屋敷への戻り方も分からず薄暗い路地に独りで心細くなり、リリーは光が差す方向へと足を進めた。

そして、光の先を覗きこむと、そこには見たことない沢山の人が行き来していて、リリーは、路地から呆然とその様子を眺め、立ち尽くすのであった。


「(すごい沢山の人)」


広い通りの暖かな陽気にあたり、少し体温が上がると、人々の陽気につられ、好奇心の芽がむくりと芽生えてくる。自然と人の流れに乗って歩き出し、街の中に溶け込んでいく。


リリーは、そのまま人の流れに乗って道を進み橋へと差し掛かる。



「素敵。」

「綺麗だな。」



リリーの目には、橋の下を指差して、興奮した様子で感想を口にする人々が映る。真似してリリーも橋の欄干から見下ろすと、そこには流れる水など一滴もなかった。代わりに王都へ繋がる大通りが花で一面埋め尽くされているのが目に入る。そこは、王城へ繋がる幹線道なのだが、例年、祭りの期間は花を使った特大アートのキャンバスとなっているのだ。



リリィは、多彩な華に形作られているアートに圧倒された。

香り、人のざわめき、何より色とりどりの花で表現された絵画の世界、そして、風魔法で舞う花びら。ただ、壮大で幻想的な光景に圧倒されて言葉を飲み込んでしまった。



「……すごい」



ようやく出てきた言葉は、その一言だった。セイレーンは、少し段差がある街並みで、城へと続く大きな通りは街の外れに向かうにつれて、なだらかに下っている。リリィが転送されたのは、大きな通りの上に交差する道の裏路地だった。


「キレイ……」


街並みを見下ろすと街の端に位置する関所までがよく見える。街の外まで見渡せ、遠くに大きな運河があるのも目に入る。リリーの好奇心を湛えた瞳には春の日差しが差し込みキラキラと輝いていた。


リリィは初め、陽気な空気に心躍ったものの想像していたマツリの印象と違うような気がして、無意識で薄紅色の花を探していた。何処か遠い所にある光景は、浮かび上がりそうで、明確な輪郭を晒すことはなかった。朧げな輪郭は、視覚から齎されるメインストリートの特大アートの華々しさに打消されるのであった。



花たちが表現きていたのは、風車小屋と花畑。リリィの眼下には、奥行きを感じさせる別世界が広がっており、しばらく欄干に手を置いて、見惚れるのであった。






「ご、ごめんなさい」

「こちらこそ申し訳ない。つい、下の方に夢中で。」



ずっと軽く口が開いたまま塞がらない状態で、景色を見ていたリリーだったが、背中を押されて、ハッとなり振り返る。往来の邪魔になっていただろうと思い謝罪すると、直ぐに相手からも丁寧なお詫びの言葉が返ってきた。

リリーと同じように花の絨毯に眼を奪われていたようで、身なりの良い男の子がリリィの肩にぶつかってきた。



「私も、すごく素敵だったから見とれてしまって……」

「お、僕もそうです。毎年のことながら、圧倒されてしまいます。」


男の子は、花の様に笑ったリリィの顔に微笑みを返しつつ、眼下の光景に視線を落としながら答える。


「わ、わたし初めてなの。今までこんなにキレイな景色知らなかったわ」

「そうなんですか?議事堂の噴水前がある広場は沢山のテントが出ていてとても楽しいですよ。僕、1人なので、もし良ければ一緒に行きませんか?今から向かうところなんです。」

「え、えと、良いの?」

「はいっ、良かったら是非」

「ありがとう」



普段は人見知りで、初対面の人と話すのが苦手なのだが、一人で見知らぬ場所に来てしまい、男の子の言葉は渡りに船だった。

その男の子はフィルと名乗った。彼は、王都に住まいがあり、花まつりは例年見に来ていると言うだけあって、地理にも詳しかった。興味津々と周囲を見回しながら歩くリリーに、大きな建物を差して図書館、教会、学園と、教えながら広場までの道のりを案内する。



「じゃあフィルは、いつもあの建物でお勉強してるのね」

「うん。あんまり勉強は好きではないけど、義務だからな。」

「?最後なんて言ったの?」

「いや、何でもない」



言葉を交わすうちに、砕けた表現で話せる程度に2人は打ち解け、弾む会話に軽い足取りで、階段を下りメインストリートに向った。

議事堂前の移動遊園地が来ている広場には、飲食物を販売するテントも出ており、大人はエールを片手に盛り上がり、子供達は華やかな魔法を使う大道芸に目を輝かせていた。



「どうぞ、坊ちゃん、お嬢さんお花を」


小さな白い花を配っているピエロから花を受け取ると、男の子の花は淡い桃色に、リリーの花は鮮やかな青色にへと変化した。どういう仕掛けか2人には分からなかったが、可愛い小さな贈り物に頬が緩む。



「綺麗」

「この色は、リリーの方が似合うよ」



歩きながら、フィルはリリーの黄金色の髪に器用に花を結わえて微笑んだ。そんな行為に免疫のないリリーは、顔を紅く染めて、小さな声でお礼を口にする。


「ぁ、ありがと。じゃぁこのお花はフィルにあげる。」


微笑みあう二人を温かいあるの日差しが包んでいた。




------



途中で、逸れそうになった二人は自然と手を繋ぎながら会場を巡回する。


「可愛いっ!フィル、あれウサギかしら?」


フィルが視線を追うと、精巧に作られた手の平程の大きさの彫刻のウサギが目に入った。



「氷?」

「あ、あっちは鳥?」


彫刻を持った子供が数人、広場の同じ方向から走って来ていた。子供達も手の中の彫刻に興奮している様子で、周りの人間と衝突しないか、見てる方は冷や冷やしてしまう。



「魔法師が魔法を披露してることはあるが、こんなに精巧な氷?それとも職人の手作り?」

「魔法?魔法で作れちゃうの?」

「腕のいい魔術師なら出来ると思うけど、生活で使うような魔法がやっとの魔法師は、こんなことできないと思うけど。」


花まつりでは、魔法を使って、花を舞わせたり、水と光を使った幻想的な演舞を披露する者が毎年いるが大道芸の延長レベルのこと。氷は上級魔法に部類される為、そんな魔術師がこんなことろに居るとは思えず、訝しむ。


「なぁ、それどこで手に入れたんだ?」

「えっ?これ?可愛いでしょ!薬屋さんのお爺さん!」

「薬……、もしかして、眼鏡かけてて蒼い目の老人かな?」

「そう!お兄ちゃんも知ってるの?」



質問に答えてくれた子は、走ると危ないよ、と注意をしたのに待ってる子供達のところに元気よく走り去って行った。




「そうだ、彼が居たな。」

「フィル?」

「凄腕の魔術師が居るんだ!リリーにも紹介するよ」



近くだから、とフィルはリリーを案内する。議事堂の広場から少し脇道に入ったところに、その店はあった。街の中の薬屋として、庶民が足を運びやすい店構で、清潔そうな室内の様子が外から伺えたが、入り口には、閉店の板が下げられており人気がない。


「ごめん。お店には居ないみたいだ。子供たちが来た方向がこっちだったから、この店にいると思ったんだけど。広場に戻ろう。」

「此処は?」

「父の知り合いがやってる薬屋なんだけど、店主が凄腕の魔術師なんだ。僕は魔力量が少ないから、魔法は得意じゃないけど、彼には魔法を教えてもらったり、世話になってるんだ。」

「フィルは、魔法を使えるの?」

「少しだけど。リリィは?」

「……私、魔力はあるみたいなんだけど、きちんとお勉強したことなくて、使えないの。」


リリーには、魔力はあるのだが、今のところ、リリーには使える魔術は一つもない。この年頃の子供で、魔術を使える子供は多い訳ではないので、気に病むことはないのだが、彼女の場合、姉や兄がリリーの年頃には簡単な魔術を使えてた、という話を聞いて焦りを感じていた。



「うーん。魔法の勉強は家庭教師に教わるか、あとは本で知識は勉強出来ると思うけど、学園の中等部で丁寧教えてもらえるよ。」



王都のアシーナ学園の中等部は、10歳から入学試験を受験する資格が得られる。リリーは、身体が弱く試験を受ける準備ができていない事もあり、家庭教師に、1年教わりそれから2年目の学年に編入させようという事で、両親は考えていた。両親としては、身体のことが完全に心配がなくなってから緩やかに吸収していけば良いと考えているのだが、リリーは、簡単に同い年位の子達に追付けるのか不安を感じていた。



「あのね、フィル、私、お勉強したいのだけど、お家じゃ全然できなくて、でもお姉様もお兄様も優秀なのに、自分だけ落ちこぼれちゃったらお父様、お母様に呆れられちゃう、嫌われちゃったらって。」




リリーは、自分だけ勉学も礼儀作法も姉や兄の、同い年の頃と比べて遅れていることに何となく気付いた。それなのに一年学園で勉強した子たちに、後から合流するなんで無謀ではないか、と危惧しているが、それを両親には上手く伝えられずにいた。

身体の事で、両親に心配ばかり掛けている負い目から素直に意見することが苦手意識を持っているのだ。


フィルは、その事情は、知らない為、彼女の言葉を咀嚼した結果、魔法の家庭教師や書籍は高価だから家では勉強できないのだろう、学園の中等部の入学試験に、対して不安を感じてるのでは、と、解釈した。



「リリー、大丈夫だよ、兄上も姉上も学園には入ってるんだよね?魔法については、入試で出ることはそんなに多くないし、試験問題の割合的にも少ないんだ。学園に入ってから初歩的なことから教えて貰えるから大丈夫だよ。」

「……?」

「あ、それに、王都にいるなら、図書館に行けば、魔術の本も沢山あるって聞いたことあるし、高価で買えない本でも図書館でなら読めるって此処の店主も言ってたよ。」

「図書館……!あの建物ね。」




歩きながら、ちょうど視界に入った建物を見ながら、本と聞くと何だか不安が和らぐ気がした。無い知識は身に付ければいい、無知を知り、既知に変えていく度に自分を変えていける。世界は広げていけるものだと、自分は知ってる。彼の言葉に、希望を見いだした気がした。



「変な話してしまってごめんなさい。私、沢山お勉強して、お兄様やお姉様みたいになれるように頑張るわ。」

「そんなことないよ。今度、図書館に行ってみよう。すごく大きいから何でも揃ってるって」

「行きたいわ!フィルは、行ったことある?」

「僕も無いんだ。今度一緒に行こう!」



------



図書館の話で盛り上がり、近い内に行こうと、二人は約束を交わす。広場まで戻ってきた二人は祭りを楽しむことにした。



「リリー、これがシュネーだよ」



シュネーと言われる王都で昔から人気のお菓子は、幾つかのテントで売られていた。コロッとした丸い揚げ菓子で、生地に茶葉やフルーツが練り込んであったり、甘い香料で香り付けされていたりと種類が取り揃えられていた。




「これがシュネー。」



シュバルツに買って帰らなきゃ、そう思っていたリリーは、ふと気づいた。準備など出来ぬまま、放り出された時点で、彼女が求めるお菓子は、彼女の元に届かないことが確定していたのであった。


お金を所持していない事に気付いたのだった。気落ちするリリーだったが、紳士的なフィルは、いつの間にかシュネーのショコラ味と甘い木の実が練りこまれた二種類のシュネーを買って来ていた。



「フィル、わたしお金持ってないわ」

「いいよ、僕がリリーと一緒に食べたかったんだ。」


お金を持ってきていない事に気付いたものの、友人が気にしていたお菓子が気になって見入ってしまっていた。そんな、リリーを見て彼はこっそり購入して戻ってきたのだった。




「ふゎっ、美味しい」

「外がカリッとしてるのに中がふわふわで美味しいね」

「……フィルは、王都の学園に住んでるって言ってたけど」



頬張ったシュネーを飲み込んだ後、要領がいい男の子の姿を見て浮かんだ疑問を口にする。



「そう。初等部から学園には通ってる。今は休みだから家に帰ってる。普段は寄宿舎での生活だから、あまり街には来れないんだけど。偶に来てるから、少しは案内できるよ。」

「私は、お父様のお仕事でこちらに来ているの、あと、ふた月くらいで家がある領地に帰るの。」


パーンっ


「そう、なんだ。」


寂しそうな声色は破裂音に掻き消された。出会ったばかりの友達が、遠いところに帰ってしまう事に寂しさを感じている。落ち込んだ声色に気持ちを自覚することなく彼の声は音に掻き消されてしまった。



上空には、魔法で炎を使って空に綺麗な花が打ち上げられていた。破裂音を伴い開いた花に会場の熱気は更に高まっていった。



「凄いっ!フィルこれも魔法よね!?」


皆の視線が上空に釘付けになっていた次の瞬間、リリーが隣を見ると、すぐ側にいたはずのフィルの姿は何処にもなかった。



「……フィル?」


二、三歩進むと足の裏に何かを踏んだ感触がした。先程まで、フィルが食べていたシュネーだ。確かに居た、という痕跡はあるのに、煙のように彼の姿は消えてしまっていた。

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