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彼女と猫の話


図書館から帰宅したリリーは、両親と晩餐の席についていた。小さく口を開けて欠伸をする娘を見て、彼女の母親は面白そうに問いかけた。


「あら、リリィ今日は、お昼寝してたのに、もう眠いの?」

「ご、ごめんなさい。なんだか、まだ眠いんです。」



恥ずかしそうに笑いながらそう答えると、メインの魚料理を口にする。



「最近は、食欲もあるようだし良かったわ。……でも、気をつけないと丸くなっちゃいますよ」


娘を嗜める言葉は、安堵した声と嬉しそうな表情で発せられて迫力はない。控える使用人達も同様に暖かな笑みを浮かべている。



王都にある建物の中でも、住居としては一際大きな屋敷の夕食の光景であった。



リリーは、上の姉と6歳離れていることもあり、久しぶりの赤子の誕生を周囲は喜び、天使の微笑みに皆が虜となった。


ただし、和やかな団欒の光景が見られるようになったのは、ここ最近のこと。リリィは身体が弱く、熱を出しては寝込むことが多く、母親のマリーナは、強く産んであげられなかったと人知れず涙し、妻を抱きしめて励ます父親のレオナルドも、力になれない無力感に苛まれていた。


「リリィ、体調がこのまま安定したら、一緒に遠乗りに出掛けよう。乗馬は楽しいぞ。」


活発で士官学校に入りかねない勢いだったリリーの姉が女の子の標準だと思っているのか、父親は、そう口にする。


「ローズじゃないんですから、やめて下さいな。落馬で怪我でもしたら大変だわ。体調が落ち着いたら、ダンスもお勉強も、好きなだけできるわよ。お父様と先生を探しているから待っててね。」



娘が、時折口にしていた細やかな希望は、メイドの口を経由して、両親にも伝わっていた。姉のように、ダンスパーティに自分も参加してみたい。お勉強がしたい。



「ありがとう、お父様、お母様」



普段は大きく感情を表に出さない娘が、待ちきれないと目を輝かせる姿に、また2人も笑みを浮かべる。


リリーの両親は、例年仕事でこの季節には王都に来ていた。今年、ベルク領から娘を伴いやってきたのには、二つ目的があった。一つは王都の癒者に娘を見てもらうこと。もう一つは、その結果次第では、翌年からの王都の学園への編入手続きをするためだ。生憎と今年の春からの手続きには間に合わなかった。伝手を頼ることで、今年からという事も難しくはないが、親元を離れての突然の寮生活に娘が心身ともに順応できるか、と、思慮しての結論だった。

夫婦間では、一年は緩やかに領地で家庭教師を付けて自宅で学ばせることで意見の一致をみていた。


「明日は、お癒者さまが見えるから、今日は早くお休みなさいね」


明日は、王宮にも召されている高名な癒者の往診が入っている。今までの往診前は、結果を聞く前から明るい回答がないことが分かりつつ天に祈る気持ちで迎えるのが常だったが、今回は一抹の不安はあるものの良い結果になると確信に近いものがあった。




晩餐は和やかに進み、終盤は王都からベルク領に帰った後の一年間の予定を皆で語った。リリーは、己の思惑を絡ませながら話す両親のそれぞれの想いに板挟みにされ困惑しつつも、先の愉しみを話せる幸福を噛み締めながら、食後のお茶を口にするのであった。



------



穏やかな食卓とは異なり、不機嫌なオーラ全開で彼女の部屋に潜むものがいた。リリーは、自室に帰るとその者からの襲撃を受け、足に軽い衝撃を受ける。



「みゃぁー」

「あら、リリィ様のお部屋にいたの?今日はお昼過ぎから姿が見えなかったんですよ。」



勢い余って、頭突きをした後、擦り寄ってくる友人を撫でながら問いかける。



「そ、そうなの?」

「みぃ」

「シュバルツお腹空いたの?」

「にゃぁ」



リリィにじゃれつく姿を見て、癒されつつも、職務を果たすためにメイドは部屋を後にする。




「すぐにお持ちしますね」



メイドが姿を消すと、少し澄ましたような可愛いらしい声が響く。



『遅いわよ。ガリガリになっちゃう』

「ごめんね、ご飯の後、お話が長くなっちゃったの。」

『いーわよ。それよりご飯ちょーーだい』


リリィは、彼女を膝の上に乗せて、ゆっくりと滑らかな毛並みを味わうように撫でる。


『あぁ、満たされるわ。もっとちょーーだい』



リリィの中から少しずつ魔力が流れ出て、小さな体に吸われていく。シュバルツと呼ばれる精霊にとって、魔力は嗜好品のようなものなので、大きな力を使わなければ、普段は必要のないやり取りなのだが、今日は違うようだ。





何処から見ても普通の猫にしか見えないシュバルツだが、魔力を食事と言うあたり、猫という規格からは外れている。傍目には、猫にしか見えない為、擦寄る姿は長く連れ添ってる飼い猫のようだが、屋敷の一員となったのは最近のこと。



当初、リリーの両親は黒猫を飼うことに反対だったが、愛娘の目を潤ませての懇願に負けた。また、不思議と猫が家に来てから、リリーの容態は安定し、楽しそうに戯れる姿を見ているうちに、春を迎え反対する気持ちも季節の移ろいとともに氷解していった。




「あのね、フィルにあえたの」

『リリーの王子さまね。良かったじゃない。』

「そうね。あの時は、きちんとお別れせずに帰ってきちゃったし、また会えるとは思わなかった。」『そもそもあんな事件に巻き込まれるとは思ってなかったものね』


リリーが男の子と会うのは二回目のこと。先日、街で知り合ったものの、次に会う約束など出来なかった。


「無事でよかった。会えると良いなって思ってたけど、さっそく会えるなんて、びっくりしちゃった。」

『王子さまは、どこに住んでるの?今度は、お家に遊びに行く?』

「時間がなかったから、全然お話はできなかったの。」


撫でられるがままに目を閉じていたシュバルツだったが、訝しんで目を開ける。


『……リィ、それは会ったていうのかしら、向こう気づいてなくてすれ違ったんじゃないの?』

「違うもん。また、近いうちにきっと図書館で会えるわ。また行くって言ったもの。」

『そうねぇ、また気が向いたら手伝ってあげる』


ツンとして、そう答える彼女がいつもの自分を助けてくれることを知ってるので、鬱陶しそうにゆっくり振る尻尾も表情も嘘だとわかる。


『ちょっと、何するのよっ』


なんとなく自分より年上だろうと思っているが、小動物の姿でのそんな振る舞いを見ると両手でしっかりと抱きしめたくなってしまう。


結果、その毛並みを楽しみながらベッドに倒れこみ、メイドが戻った頃には夢の中へと旅たつのであった。



「ふみゃぁーー!」

「り、リリィさまっ!」



シュバルツの、ご飯を準備してきたメイドが戻ってくると、気持ちよさそうに眠るリリーに抱きしめられてもがくシュバルツがいた。


潰されていたところを救助するも手を離すも、食事を済ますとまたすぐにリリーのそばに寄って丸くなる。

普段は自分用のお気に入りの毛布で寝るのに、今日は自らリリーにすり寄る。



「あら、珍し……い?」




微笑ましく眺めていると、既視感を覚えて記憶を探る。つい、最近も同じ様な事も考えた気がした。



「いつだったかしら」



少し考えても閃かず、面映さを感じつつ、思考を諦めて部屋を出ようとすると、花瓶に佇む一輪の花が眼に入った。


「花まつりの夜っ!」


花まつりの夜が引っかかった。確か、花まつりに興味を示していたリリーだったが、両親としてはまだ人混みの多いところへの外出は難色を示していた。朝食の時に肩を落としていたため、使用人達はその姿を気遣わしげにその様子を見ていたのだが、部屋を覗くと大人しく今日のように、すやすやと昼寝をして過ごしていた。最近、一緒にいることが多いからか、寝惚けて手で顔を搔く姿は彼女の愛猫にそっくりであった。


そして、その晩は、黒猫と寄り添って幸せそうに眠る様子を見て、胸を撫で下ろしたことを思い出した。



そう使用人達は思っているが、実は彼女はその日、街に出かけて男の子と出逢いを果たしていた。

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