表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

王立図書館

◇◆◇


最近のお気に入りは、昨年出来たばかりの近所のカフェだ。ゆったり出来るチェアーに、美味しいコーヒーがあるこの店に週末は欠かさず来ている。


今日は人気俳優が主演の映画の原作小説を片手にブランチして、オープントゥーのパンプスを買いに伊勢丹に行く予定だ。


原作の続編が出た事もあり、書店のポップを見て衝動買いしてしまったのは、まだ雪が舞っていた頃だったのに、仕舞い込んでいて忘れていた。



平日はこのところ残業続きで、今日は、待ちに待った休日だ。漸く気候も暖かな日が続く様になり、良い天気だ。


とある東京の静かな街の出来事だった。



◆◇◆



ふっと、意識が浮上して、目を開けると、隣には黒猫が丸くなっていた。リリーは、いつもの光景が目に入り、意識が段々と覚醒してくる。明確になる思考に反して、薄らいでいく夢の中の出来事をかき集めようとするが、今日も上手くいかない。


そして、また次の日目覚めるまで、夢の記憶は忘却の彼方に飛んで行く。



思考を巡らせる過程で、ふと頭をよぎったのは、先週出会った男の子との会話だった。今日の午後は、予定もなく決行するなら今日、と思い眠りについたことに思い至る。

彼女の目的は、王都の図書館に行くこと。街で会った男の子から聞いて、家にはない貴重な本も沢山あるはずだと、期待に胸を膨らませていたのである。待ち切れないとばかりに、メイドが起こしに来る前にベッドから這い出て、支度を始めるのであった。





陽が少し傾き出す頃、昼食と家庭教師の算術の授業を終えた少女は、街角からふらっと姿を見せた。少し考えた素振りを見せた後、真っ直ぐに目的地を目指す。


黄金色の髪がふわりと春の風に揺れている。クルリと踊る髪は深い緑色の石がついた髪飾りで留められて、肩から流れている。先日、彼女の10歳の誕生祝いに両親から与えられたその石は、研磨すると彼女の瞳のように鮮やかな翠に輝きそうだ。




彼女が目指す円柱型の大きな建物は、王都一の蔵書量を誇る図書館である。

リリーは、初めてにも関わらず、エントランス側の水晶に触れて利用者登録を済ませた。やはり初めてなのだから勝手が分からないのだろうか、少しじっと佇んでいたが、次の瞬間には、中央の円状のカウンターを通り過ぎ、入口から奥まったところにある扉を開き小部屋に入っていった。


もし、受付に座る職員が彼女を見ていたら、違和感から彼女を呼び止めただろう。少女が一人であることや、初回の利用者申請を誰に教わることもなく済ませたかと思えば、真っ直ぐに小部屋に向かったのだから。


幸いにもカウンターは少々混み合っており、職員は誰も気に留めなかった。


彼女が小部屋の扉の内側に取り付けられている水晶に触れると、水晶が淡い光を放ち小部屋の反対側の扉が開いた。


扉を抜けると緩やかに湾曲した通路が現れる。

胸より上のあたりからは、壁がなく、館外の様子が伺える。リリィは、円柱の建物の円状の外周を辿るように造られた通路から王都を“見下ろし”ながら、目的の場所に向かった。





所変わって、先ほど、リリィが見下ろしていた王立図書館から、少し離れたところにある屋敷の中では、1人のメイドが仕える主人の大事なペットを探しながら、屋敷の掃除をしていた。





「(おかしいわね。いつもなら、本館にいるのに……、今日は見かけてないわね)」


物思いに耽っていると、危うく花瓶を倒しそうになり、上司に叱責を受ける。彼女は、その内お腹が空けば姿を見せるだろう、と気を取り直して、掃除の続きに取り掛かる。




-------




王立図書館の中、一人の男の子と彼より少し年を重ねた青年が、歩いていた。書架の周りを歩きながら、何かを探している。



「ちっ、いないなー」


覗き込んだ書架の奥のテーブルに誰もいない事がわかって、舌を鳴らす。舌打ちなど、と窘めたそうな顔をしているのは、彼よりも少し年上の騎士服を纏った青年だった。



「……フィル、借りたい本が見つからないの?」



栗色の髪の青年は、落ち着きのない連れの行動に首を傾げるも、問いかけに答えは返ってこず、また次のフロアに移動する。



このところ毎日、男の子はこの図書館に来ていた。然程勉学に力が入っていなかった彼と図書館を結び付けるのは難しく、今迄なかった行動に、周りの人間は熱でもあるのかと、真剣に心配した。



前回までの様子で、どうやら本当に本を読みに来ている様子と判断され、これならお供も若い青年でも任せられると判断されたのが前回だった。


前回までの外出は様子見で、どうやら彼は何か読書以外の目的があり、頻繁に図書館を訪れていたのだと青年は理解した。そして、年が近い自分にはそれを隠すそうとしていないことも分かった為、取り敢えずは自由に男の子の気の赴くままに行動させるようだ。






-------




それから少し時間が経過した頃、リリーは、両手を天に突き出し、身体を伸ばしていた。





「 (うー、ずっと読んでたら疲れちゃった、さてと……)」




持ち出し禁止の書架にあった書籍を読み続けていたリリィは、満足げな様子で席を立った。




「そろそろ、帰りますか?」

「……⁉︎」




突然、知らない声に問いかけられたかと思い、驚いて声のする方を見やると、栗色の髪の青年が男の子に声をかけていた。




「いや、このフロアを見てから……、あっ‼︎ リリィっ!」




名前を呼ばれて、青年の隣を見ると、其処には綺麗な顔立ちをした同い年くらいの男の子が立っていた。


「フィル?フィル!わぁ、また逢えた。すごい偶然っ、今日はどうしてここに?」

「借りたい本があったんだ。リリィは、何か探し物?」



青年は、男の子が先程までの落ち着きのない様子から一転して、穏やかな笑みで応じる姿が視界に入り軽く目を開くも、それ以上は表情に感情を乗せないよう努力する。




「そうなの、あのねっ」


小さな声で、嬉しそうな微笑みを見せて、女の子は何かを伝えようとしたのをやめて、謝った。


「あ、ごめんなさい、少し急いでるの。」


「そうか、今度いつ来れるんだ?」

「えっ?あっ……また同じくらいの時間なら、近いうちに、また会える?」



少女にとっては、予期せぬものの喜ばしい出会いだったようだ。酷く残念そうに時間がないことを告げ、再会を望み言葉を続ける。


そして、ふと、直ぐ隣に警戒心交じり視線を向けくる知らない青年が佇んでいる事に気が付き、目に見えて表情が固まり、青年と視線が合った瞬間から、言葉が上手く出てこなくなる。




「ご、ごめんなさい。急いでて、帰る、ね。えと、また、来るから。」

「えっ、待って」



男の子の引き止める言葉が耳に入ってきてはいたが、足早に青年の脇を通り抜けてしまった。どうやら知らない人間と話すのは苦手なようだ。


男の子は、唖然と寂しそうな表情で女の子を見送り、ふと隣の青年を見やると彼の目線も女の子を辿っていることに気づいた。


「な、何睨んでるんだよ!……お前がおっかない顔で睨むから、怖がられてしまったじゃないか⁉︎」



先ほどの様子だと、彼は連日彼女を探していた様子。哀れなことに、粘り強い捜索で巡り会えたのに、僅かな時間で彼女の背中を見送ることになってしまった。



「ち、違いますよ!見たことない方だったので、どなたかと思いまして、睨んでなど。」


否定はするものの、一般の子供がこのフロアに一人でいたことに違和感を覚え、不躾に観察してしまったことは自覚しているようだ。

ただ、青年の視線を受けても、周りのご令嬢たちは、頬を染めて喜ぶことはあっても怯えて足早に立ち去ることなどなく、青年としては有難くない希少な経験に少々傷つくのであった。


「と、ところで、どちらのご令嬢ですか?」

「……次会った時に聞く」

「えっ?」



気を取り直して、彼女が去った扉を見つめる少年に問う。すれ違う際に目に映ったのは、質素だが良質な素材のドレス。何処かのご令嬢と思っての質問だったが、回答は予想外のものだった。

社交の場や学園を通じての友人で、即座に相手の家名が返答されると思ったのだ。



「(フィルと同じ歳くらいで、こんな所に一人で来るってどんな子だろう) 彼女がここに来ると、貴方は知っていたのですか?」

「いや、此処にくれば会えそうだと思って……」



驚きに固まる青年の目には、会えた喜びをかみしめ、幸せそうに微笑む男の子が写っていた。


「(こ、これは誰だ?)」



彼の身分は周囲の学友たちと比べても高く、求めるものは手に入り、自分で何かを探し求めるようなことは無かったし、その必要も無かった。彼が誰かに会いたいならば、誰かに命じれば叶うのだが、自分で誰かを探し求める。そんな姿を見たのは初めてのことで少なからず動揺してしまった。


尚更、完全に失敗したと青年は己の行動を振り返る。本当に火急の用件があったのかもしれないが、全く話をする隙がなかった。学園に通う子女ならば、此処でなくとも会える手段は他にもあるはず。そう考えて疑問を口にする。



「そもそも何処でお知り合いに?」



すると先程までの微笑みがぴしっと固く顔に張り付き、何だか気まずそうに目が青年から逸らされた。そんな男の子の表情から答えをはじき出したのは、青年自身だった。



「……花まつり?」




答えは聞かずとも、泳ぐ視線に確信を得る。成る程、目の付け所は間違っていなかった。それに、今回、帯同を許されたという事は、完全に秘匿するという意図もないのだろう、と先を促す。



「何かお話しできない理由でも?」

「そ、そういう訳ではない」



少年もそもそも今回、青年を連れてきた理由を思い出したようだ。隠すつもりならば、同行を許可しなかった。秘密を共有しようと思ってたからではなかったか。


「ふぃーい?」



確実に揶揄う気でいる笑いを含んだ声を聞いて言い淀むも先を促す視線に負けて口を開くのだった。




「あの日、花まつりで出会ったんだ。」

「もしかして、あの時、追いかけるように走って行ったのって。」

「彼女を追っていったんだ。あの時から、幻かと思ってた。」

「それはどういう……」

「彼女の姿、お前にも見えたよな?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ