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練国 清澄と可愛い鬼嫁  作者: 優凛
第二章 他愛ない日常を積み重ね
9/25

⑵リラックスタイム

 天翔院一族の治める村、その一帯は時代に取り残された遺物である。


 彼らは古い慣習のみで生き、新しきものは唾棄してきた。

 村に電気はない。未だに灯篭や行灯で明かりを確保し、竈で火を焚き、氷室で食材を保存する。

 現代にもなって古臭いしきたりに縛られ、男尊女卑は勿論、身分差別、家柄差別などあからさまな態度で人間間に上下を作る。


 田舎と言えば聞こえがいい。

 だが余所者を排除し、技術の進歩を受け入れず、身内だけで構成されたコミュニティはよそから見れば一種のカルトめいた組織とそうは変わらない。

 あそこは、日本という国じゃない。ましてや地球と言う括りにもない。

 全てにおいて孤立し、遮断された、異界である。


「きーよすーみさんっ」


 夕飯を終えると皿洗いは真姫に任せて、清澄は唯一の趣味であるゲームに没頭する。


 田舎から逃げ出し、初めて見たものは数しれない。今でも知らないものは多数ある。

 電気、音楽、建物、車、着飾った人々。何もかもがキラキラと輝いて見えた。


 テレビを購入し、初めてつけた日。あまりの驚きにその場で固まって、何時間も画面の前から動かなかった。

 その感動もさる事ながら、清澄が夢中になったのはコマーシャルで流れていたゲームソフトの宣伝だった。

 美麗なグラフィック。壮大なストーリー。胸躍らせる音楽。

 やってみたい。そう思った瞬間、実朝に相談していた。

 『いいんじゃない。買いなよ』

 実朝の言葉は魔法の言葉だ。背中を押され、ずっと使われていなかった、使いようもなかった小遣いを清澄は生まれて初めて使った。


「っ、しゃ!」


 ゲームは良い。ゲームの中の主人公(自分)は強くて、優しくて、誰からも頼りにされて、愛される。

 負けても何度もやり直し、死すら覆す彼らは清澄の理想だった。


「おぉー。すごーい」


 普段大人しい清澄が好戦的な表情を浮かべ、夢中でガチャガチャとコントローラーを操る。

 そんな彼女の隣に腰を下ろし、数多の敵を華麗に薙ぎ倒していく主人公に真姫は歓声を上げた。

 一度、好奇心旺盛な真姫がやりたがったので試しにやらせてみたら、熱を上げすぎてコントローラーを握りつぶしかけた。

 それ以来、彼女は見る側専門となったわけだが、それでも一緒になって楽しんでくれるのが清澄には嬉しい。


 ちなみに実朝や都と一緒にゲームもするのだが、完璧な彼女達はゲームでもその才能を遺憾なく発揮してくれた。

 実朝は戦略や経営などのシュミレーション、都はパズルやカードゲームで最高得点を叩き出す。

 やはりこの二人には敵わない。そう思い知らされたからか、清澄が買うのは専らロールプレイングかアクション系となっている。


「清澄さん。そろそろお風呂に入りましょうよー」


 一面をクリアして満足げな息を吐く清澄の袖を、真姫がチョイと引っ張った。

 甘えた声で一緒にお風呂に入ろうとねだる。きっと男なら一発で墜ちるのだろう。


「……先に入ってきていいよ?」


「清澄さんと一緒がいいんですぅー!」


「えぇ~……」


 小さく唇を尖らせ、拗ねた顔をしてみても清澄がデレっと頬を緩ませることはない。

 しかし「ダメですか?」と瞳をうるませれば、言葉をつまらせて諦めたように頷いてくれる。


(ちょろいとか思われてるのかな?)


 にこにこと嬉しそうに清澄の手を引き、風呂場へと向かう真姫の背中にそっと息を吐き出す。

 まぁ、それでも彼女が喜んでいるのなら、わざわざ手を振り払って嫌がる必要も無い。


(何がそんなにいいのかな)


 自分と一緒に風呂に入っても得なんて何一つとして無いと思うのだが、真姫は毎晩一緒に入ろうと清澄を誘う。

 女同士で風呂に入るのだから疚しいことは何も無いし、裸を見られることは恥ずかしいが、二回目以降は慣れが勝って今は羞恥を感じることも少なくなった。


「お背中、お流しします」


「うん。ありがとう」


 わっしゃ、わっしゃ。

 モコモコに泡立てたボディタオルで真姫に体を洗って貰う。

 鬼だから力加減が分からず皮膚を破る勢いで――と言うこともなく、意外と真姫の手つきは繊細だ。

 必要以上に気の遣った優しい力加減で清澄の肌を擦る。


「大丈夫ですか? 痛くないですか?」


「うん、平気。気持ちいいよ」


「清澄さんの肌って白いですよね。白くて柔らかくてモチモチで……お餅みたい」


「……うん?」


 褒められてるのか? と、ちょっぴり疑問符をつけて、言葉を飲み込む。

 多分、褒めている。多分だが。


「都さまも、実朝さんも白いですよね。天翔院の方々は皆さんそうなのですか?」


「んー……そうだなぁ。あの人達、あんまり外に出ないってのもあるけど、元々日に焼けにくい体なのかもね」


「いいなぁ。わたしなんか、清澄さんたちに比べたら焼け放題で真っ黒ですよ」


 自分の腕と清澄の腕を見比べ、乙女の溜め息が風呂場に反響した。

 そんなことを言いながらも真姫の体は清澄の何倍も魅力的だ。


「きーさん、代わるよ」


 ささっと前は自分の手で洗い、シャワーをかけた後は真姫の番だと清澄が後ろに回る。

 バスチェアに座った彼女の髪を濡らすと、それまで重力に逆らい左右に飛び跳ねていたボリューム満点の癖っ毛がしんなりと大人しくなった。


「髪、ずっと伸ばしてるの?」


 指で絡まった髪の毛を解し、掌に多めに出したシャンプーをエイヤ! と後頭部あたりに乗せる。

 真姫の髪は量が多く、癖が強い。その上、背中まで伸ばしているせいか、後ろから見るとモフモフの毛玉が歩いているようにも見える。

 夏場は暑いだろうなぁ、と丁寧に髪を洗う清澄に、真姫は微かに笑い声を漏らした。


「ん?」


「んふふ。くすぐったい」


「へ?」


「つの。触るとくすぐったいんですよー」


「あ、ごめん」


「ふふふ、大丈夫です。清澄さんなら。ふふ、何だか思い出しちゃった」


「……何を?」


「昔のこと」


 そう言って、後ろから彼女を覗く清澄が映る鏡に、真姫は笑いかけた。


「覚えてますか?」


 あれは昔。迷子の二人が出会った日。深夜の暗い山の中で、鬼那里の大人達が彼女達を見つけた後のこと。


「汚れたわたしたちを、母様がお風呂に放り込んで……」


「ああ」


 そして幼き真姫は気づいてしまった。


『ない……』


 男の子に有るべきモノが無かった。

 短い髪。男の子の格好。口調も女の子らしくなかったし、何より真姫に『お嫁さんになって』と言ったからには男の子だと思っていた。


「わたし、あの時、これじゃあ清澄さんのお嫁さんになれない! って泣いちゃって」


「きーさんは昔から泣き虫だったよね」


「すぐ泣いちゃうの、直さなきゃって思うんですけどね……」 


「きーさんはそのままでいいよ」


「うふふ。でも、清澄さん、言ったんですよ。女の子同士でも幸せになれるんだよ、って」


「ん……そういうの偏見なかったから。自分が男の子として育てられたからって言うのもあるけれど、一番の影響はすぐ側に居たからね」


「それって、都さまと実朝さんですか?」


「うん」


 あの二人の親友は昔から大人顔負けの思考と行動力を持っていた。

 恋愛なんて言葉すらも知らない清澄が同性愛に対する偏見を教えられる前に、彼女達は互いに好意を持ち、行為にも及んで、清澄にそう言う形の幸せもあるのだと教えていた。

 とは言え、あの頃はまだ七つほどの幼い子供だ。行為と言っても軽い口づけ程度ではあったが、恋人同士のそれと変わらぬ意味はきちんと籠っていたと思う。


「きーさん、流すよ?」


「はーい」


 ザーッ! 水圧を強めにしたシャワーを、顔を上げた真姫の額から当てて後ろに流す。

 頭皮を揉み込むように指で軽く擦りながら、ゆっくりと時間をかけて泡を洗い落とした。


「ふはー」


「次は体ね」


 ボディタオルを泡立て、真姫の体を擦る。

 普段見える腕や足は日に焼けて健康的だが、服で光を遮断した胸や腹、そしてお尻は元の白さを艶めかしく浮き上がらせていた。

 張りのある肌は水を弾き、泡はその上を滑って垂れ落ちる。


(綺麗な体……)


 長い手足、肉感的だが引き締まった腰や尻、全体的に芸術的なカーブを描くシルエット。

 弾力のある健康的な肌も、反対に白く儚げに見える肌も、何もかもが、清澄に勝る。


「……うむ」


 何より不思議でならないのは、この胸にたわわに実った二つの果実である。

 別に胸にコンプレックスはない。清澄もそれなりにある方だが、真姫のそれは清澄の中にある常識をはるかに超えていた。


「き、きよすみしゃん?!」


(何が入ってるんだろう)


 ぽよんぽよん。まるで水風船のよう。

 手のひらで下から持ち上げ、上下に揺らせば心地よいズッシリ感と共にふんわりとした浮遊感が味わえる。


「清澄さんのえっち」


「女同士なのでセーフです」


「じゃあ、わたしも清澄さんに触ります!」


「いいけど……触って楽しいの?」


「……どうして急にテンション下げるんですか……やりにくくなるじゃないですかぁ……」


 自分のことは棚に上げ、清澄は大事な部分には触れずに真姫から離れた。

 湯船に浸かり、気持ち良さげに声を漏らす。


「あ! わたしも、わたしも」


 さっさと体を洗い、慌てて真姫も湯船へと足を滑り込ませた。

 この家の湯船は一人用にしては広いが、二人となるとちと狭い。

 それでも真姫は一緒に入ろうとする。


「清澄さん、立って立って」


「はいはい」


「んふー……」


 世間一般なら対面で入るべきなんだろう。そうすれば多少は面積も取れるだろうに、真姫は清澄を一旦退かせて、自分の足の間に入れる体勢を望んだ。


 むにむにと後頭部に真姫の胸が当たる。立派な枕だ。

 背中から抱き込んでくる真姫の腕を払わず、清澄はこの体勢に甘んじている。

 まるで恋人だな。

 そんなつもりは無いのに、いつの間にかそんな雰囲気になっている。

 それが良いのか悪いのか、毎度熱めの湯に逆上せる清澄の思考では、到底判断はつかなかった。

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