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練国 清澄と可愛い鬼嫁  作者: 優凛
第一章 姫とナイトと出来損ない
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⑸倒木の原因

 ぱん! 両手を合わせて、「ご馳走様でした」と軽く一礼した真姫の前には米粒、タレ、野菜の端っこ一つ残さず平らげた重箱があった。


 天翔院一族の三人はそれを優しい目で見つめ、各々も手を合わせて「ご馳走様」と口にする。


「あの、す、すみません。全部、食べちゃいました……!」


「ははは、いい食べっぷりだったね」


「見てるこちらまで美味しさが伝わってきましたもの。それだけでお腹がいっぱいだわ」


「いっぱい食べるきーさんは見ていて気持ちがいいよ。我慢しないで、足りなかったら言ってね?」


「うう……やさしい」


 ただでさえ清澄と分ける筈のお握りを一人で半分以上も平らげ、更に二人分のお重も半分以上食べてしまったことに後悔をしていた真姫にとっては、嬉しいやら罪悪感が湧くやらで素直に喜べない優しさである。


「さて、そろそろ昼休みも終わるかな?」


「次の授業は移動教室か……清澄。片付けは私達がやっておくから、君は鬼頭さんを連れて先に行きなよ。校内を案内がてらね」


「あ、わたし、真姫でいいですよっ」


「ん? そう?」


「はい!」


 中性的なボーイッシュな美少女と、健康的で明るい純朴な美少女のコンビは意外と相性がいいらしい。

 百七十センチある真姫と、彼女に負けず劣らず背の高い実朝が並ぶと、周囲の視線が一気に二人に集まる。


 都と実朝が並べば美男美女、王子様とお姫様。華やかなコンビに周囲は近寄り難くも憧れと尊敬の念を抱いて目の保養だと歓喜する。


 真姫と実朝なら華やかというよりは身の丈吊りあった親友か、仲のいい兄妹のようにも見える。

 それでも周りから見れば別世界の人間に見えるのか、二人の会話する姿に少女達は微笑ましさと羨望の混じる視線を送っていた。 


 ならば、そこに清澄が入るとどうなるだろうか。

 コンビニの袋にお握りを包んでいたナイロンの屑を突っ込んで、口を縛る清澄に実朝が優しく「私が捨てておくよ」と手を差し出す。


「え? 自分で食べたものを実朝さんに捨てさせるの? 何様?」


 風が吹いて清澄の前髪が乱れた。都が微笑み、清澄の髪を指で梳いてあげた。


「やめて! 都さまの手が汚れる!」


 中庭のちょうど中央に位置する部分に植えられた一本の樫の木に興味を引かれ、真姫がその木に向かって行った。

 立派な木だ。この学園を象徴する木だと立てられた看板に書いてある。

 真姫の住んでいた山の木々には到底敵わないが、幹もそれなりに太く、体長はおよそ十五メートルほどはあるだろうか。


「きよすみさーん!」


 真姫の良く通る、大きいが不快感は全く感じない声が響く。

 テラスからはそう離れてはいないが、よく茂った枝葉のせいか、木陰となったそこは多少こちら側からは見にくく感じる。


「今行くよ」


 呼ばれたから、真姫の所へと行く。ただそれだけだった。


 気に入らない。何がと訊かれれば、“何もかも” で、そうした理由については、“何となく” と曖昧な答えしか出てこない。


 テラスで食事をとっていた少女の一人が、清澄の動きに合わせて椅子を後ろに引いた。


 ガッ。


「い――ッ?!」


 丁度、偶々、その少女の後ろには清澄がいた。他意はない。わざとでも無い。


「清澄!」


「だ、大丈夫。ごめんなさい」


「こちらこそ、ごめんなさーい」


 椅子の背もたれが背中に当たった。痛い。が、我慢出来ない痛みではない。


「清澄さん?」


 真姫の目からは何が起こったかは見えていない。

 けれど、何だろう?首筋がザワザワと総毛立つ。


「あ」


 誰かの足に引っかかった。清澄がよろける。


「キヨ」


 気づいた都の手が伸ばされたが、清澄を捕らえることは叶わなかった。


「いた……」


 地味に膝を地面に打ち付けた。

騒ぐほどの倒れ方をしていない分、視線の方が痛い。


(ああ、これ。わざとだ……)


 これが初めでではない。

 こんな事は日常茶飯事だ。


「清澄……大丈夫か?」


「うん……」


 人間は違和感を不快に感じる。

そして異物を嫌う。

 綺麗な絵画に虫が止まることを誰が喜ぶだろうか。

 美しい景色にゴミが写ることを怒らない人はいない。

 多分、そんな感じ。


 大丈夫だよ。清澄はヘラヘラ笑っている。


「……」


 真姫は離れたところでそれを見ていた。

 目を大きく開き、瞬きもせず、清澄を見つめていた。

 田舎者だからだろうか。それとも純粋培養で育ったからか。

 真姫は悪意に敏感だった。


――バキ。


 幹に触れていた手を握り締めれば、木肌を抉り取っていた。

 パラリと手を開いて、木の皮を落とす。


――ドン!


 軽く拳で幹を叩いたつもりだった。けれど、予想以上に振動は木を揺らし、葉が悲鳴を上げた。


「きー、さ」


 いけない。清澄が叫ぼうとするその瞬間、彼女の怒りは爆発した。


――ズ……ッン!


 大きく木が左右に振れた、と思った次には、木はミシミシと不愉快な音を立て、倒れた。


 十五メートルほどあった大きな木が、中庭で一番存在感のあった木が、幹を割って簡単に倒れたのだ。


「え?」


 悲鳴は遅れてやってきた。

倒れてから一分ほどの静寂の後、少女達の甲高い悲鳴が校舎の中にまで響き渡る。


「きーさん!」


 擦りむいた膝からは血が滲んでいた。これもまた我慢できる痛みだったが、それでも痛い。

 だが今はそんな痛みに構っている場合ではない。


「きーさん! 何やって……!」


 一目散に真姫の元に走り寄り、ニョキリと伸びた角を隠すように清澄は真姫の頭を抱えた。

 遠くからは心配して頭を庇っているように見えているのかもしれない。


「何でこんなことしたの! 危ないじゃないか!」


「だ、だって」


「怪我でもしたらどうすんの?! 倒れた先で誰もいなかったからよかったものの、誰か怪我させたら……!」


「怪我でもしたら? 別にいい!」


「きーさん!」


 清澄が声を荒らげた。責める口調に真姫の目からボロボロと涙がこぼれた。

 泣いたのは怒られたからでも、自分の心配をしてもらえないからでもない。

 清澄の体を押しのけ、微かに発光する深青緑の瞳いっぱいに涙を溜めながら、真姫は言う。

震える声で、鼻をすすりながら。


「だって、だって、あの人たち、きよっ、清澄さんにぃ……」


「私なんてどうでもいい! こんなことで、きーさんが殺人者になったら、それこそ大問題だ!」


「どうでもよくない!」


「いいんだ! こんなのいつもの事なんだから! きーさんも笑ってスルーすればいい!」


 誰だって嫌じゃないか。綺麗なものの中に、こんな異物が混じってたら。


 誰だって嫌でしょう?こんな異物が、まるで自分も綺麗なものの仲間のように振舞っていたら。


 そう言って、清澄は笑った。

 泣きそうに歪んだ目元を垂れ下げ、辛そうに震えた唇の端を吊り上げ、無理やり笑顔にしている。


「う、うわぁ……ああ!」


 ぼろぼろ。ぼろぼろ。


 赤ん坊のように泣き出した。


「きーさん?」


「なんでぇ? なんで、清澄さん笑うの? なんで真姫のこと、怒るの?」


「何で、って」


「す、好きな人、ばかにされたら、イヤだもん。好きな人が嫌な思いしたら、怒るもん……っう、わぁぁん!」


「……」


 何か言いたげに清澄が口を開いて、閉じた。

 俯いて、拳を握る。


「清澄、真姫。他の子は避難させた」


「あなた達、なんて顔しているの。後のことは私達が何とかします。多少、天翔院の力も借りれば問題は無いわ」


「清澄。真姫を連れて保健室に行くんだ。せめて落ち着くまで」


「う、うん。きーさん、ほら」


「ひっぐ、うぅ、うえええん」


 まるで小さな子供だ。

 そう言えば、あの時もこんな感じだったか。


(初めて会った時もこんなんだったなぁ……)


 真姫の手を引き、保健室まで二人で歩く。

 校内では窓に張り付いて、生徒も教師も騒然としている。

 そのせいか二人の存在に気づく者はおらず、いつの間にか真姫の気も収まったようで、角を誰かに見られることもなかったようだ。


 都と実朝はきっと今頃、教師達に尋問をされているのだろうか。 あの木が倒れたのは真姫のせいだと言っても信じられるわけもない。

 倒れた木は天翔院の権力で『木は中が腐っていたから、軽い力でも倒れてしまったのでは?』とでも言って揉み消してくれるだろう。


(好きな人が……か)


 そこまでして怒ってくれる価値が自分にはあるんだろうか?

 清澄は繋いだ真姫の手を少しだけ強く握った。


「……」


 弱く握り返してくれた手に心がじんわりと熱くなる。

 それは清澄にとって初めての体験だった。

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