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練国 清澄と可愛い鬼嫁  作者: 優凛
第一章 姫とナイトと出来損ない
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⑴賑やかな朝

 夢を見た。嫌な夢。忘れられない昔の出来事はあの日からずっと夢になって何度も再現させられる。


『なぜこんな子が出来てしまったんだ』


『一族の恥だ』


『お前はいらない。さっさと私の前から消えなさい』


 そういったのは、母親だっけ。それとも父親? ああ、じい様だったかな?


「うー……ん」


 高校入学と同時に田舎から出てきて一年。学生の一人暮らしにしては豪華な1LDKに血のつながらない他人が入ったのは引越し業者以来じゃないだろうか。

 時刻は朝の六時を過ぎた頃。

 冷房が冷気を吐き出す音だけが聴こえる静かな室内で清澄は目覚ましより早く目を覚ました。


(あー……)


 ぼやけた視界で最初に目に入ったのは白い和装の寝間着だ。そこから更に覚醒していくと次第にその寝間着は衿元からはだけていて、どんだけ寝乱れたのか肩まで丸出しになっていた。

 いやだから、清澄が男なら朝から生理的な意味もふくめて色々と立たせるものだが、女だから凝視する気もないわけで。


「きーさん、見えちゃう見えちゃう」


 乱れた合わせをピシッと戻し、肌の露出を無くしてやった。

 一つの布団に二人の人間。まぁ、女同士なので疚しいことは何も無いが、狭苦しくはあり、密着度はかなり高い。


「ちょっとごめんね……」


 小さく謝罪を口にして、体に巻きついた真姫の腕を静かに剥がし、清澄は布団から抜け出した。


「最初は新しい布団からかなぁ」


 一緒に暮らすなら、まずは布団を買わなければ。さすがにシングル用の布団で同衾はきつい。広さ的な意味とそれ以外の意味を含めてだ。

別に女同士なのだから一緒に寝るぶんには構わない。例え真姫が「夫婦なんですから~」とベタベタと甘えてきても、男じゃないんだから変な気分にもならないし。


 なら、なにが問題なのか。

それは真姫の体温である。

 鬼の血を引くせいかは知らないが、真姫の体温は異様に高い。まるで暖房器具だ。

今が冬なら二人寝でもよかったかもしれない。それこそこちらから抱きついていたかもしれない。

だが、夏なのだ。今は。七月も後半なのだ。


「あとはコップとか茶碗とか……あ、学校はどうなんだろう」


「あ! 清澄さん!」


 バタン! 勢いよく開けられた寝室とダイニングの間のドアが、一瞬で潰れた。

ものの見事に壁に衝突してめり込んでいる。


「きーさん、開ける時はもっと優しく」


「ご、ごめんなさいっ!」


 オロオロと少女が持つにはそんなに軽くもないドアをめり込んだ壁から剥がし、どうしよう!と片手で持ち上げるその姿に清澄は生ぬるい視線で頷いた。

 まさに鬼嫁の所業である。


「修理は帰ってからかなぁ。ホームセンターで売ってたかな?」


「ううっ、ごめんなさいごめんなさい。わたし、まだ力の制御が出来なくて……ひっく」


「泣かないで、きーさん。それよりも朝ごはんにしなきゃ。学校に遅れ……あ、きーさん、学校は?」


「はい? 清澄さんと一緒に行きますよ?」


 さも当然の事のように真姫は首を小さく傾げて、そう言った。

そんな真姫に清澄も「そうですか」としか返せなかった。


「きーさんって結構頭いいんだね。私は奇跡的に入れたけど、うちの学校って偏差値なかなかに高い……」


「うっ……その話は……」


 勉強の話はちょっと……と今にも吐きそうですと言わんばかりに口元に手を当てて、真姫は辛い思い出にうち震えた。

どうやら必死に勉強した末のトラウマであるらしい。


「うちの村は子供も少ないし、閉鎖的な村ですから学がない者ばかりなんで、教えられても基礎のみで……死ぬ気で勉強しましたよ。一山越えた隣町の塾にも通いました……」


「ああ、苦労したんだね。わかるよ……」


「受かった時は涙が枯れるくらい泣きました。これで清澄さんのところに行けると思ったら、嬉しくて!」


「あ……うん」


 なんとも一途で純粋な好意である。そんな努力も惜しまないほどの好意を受けることが、酷く申し訳なく思う。


「ご飯にしよっか。と言ってもパンを焼くだけなんだけども」


「わ! パンなんて人生で二回目ですよー! 塾に通っていた時に一度だけ帰り道で買い食いしたんです」


「いっぱいお食べ……」


 ジャムとバターを用意して、食パンを二枚焼く。食パンは薄い方が好きなので清澄はいつも六枚切りを購入している。


「んん~っ、サックサク!」


「きーさん、もう一枚食べる?」


「食べます!」


 サクサクとバターとジャムの二種類を体験するために二枚パンを焼いてもらい、真姫はあっという間にそれを胃に収めた。


「ごちそうさまでした!」


 そう手を合わせた瞬間、“ぐぅぅー”とお腹が鳴った。

 見ると真姫の顔が苺のように真っ赤に染まっている。


「いっぱいお食べ」


「普段はお米だから! 腹持ちのいいご飯だから、お腹が勘違いしたんです!」


 ぬるく優しい清澄の眼差しに、恥ずかしさに涙を浮かべて必死に言い訳をする真姫が何だか可愛くて、清澄はせっせとパンを焼いては皿の上に出してやった。

 常備していた一袋も全て真姫の胃に収まったところで、そろそろ着替えなきゃな、と席を立つ。


 清澄の通う私立天月女子高校は、所謂世間でいうところのお嬢様学校である。だからなのか、制服はちょっと古臭い。


 白い丸襟のシャツに、深い紺色のジャンパースカートに黒のベルト。赤い紐タイてリボンを結び、靴下は種類は自由だが必ず白か黒の無地と決まっている。


「よし。きーさん、準備できた?」


「あ、あ、待って。待ってください!」


 ムチムチボディに腰でキュッと引き締めたジャンパースカートの何と背徳的なことか。

 思ったより服のサイズが合ってないのか、スカートが規定より短い気がするし、胸も何だかパツンパツンで窮屈そうだ。


「あれ? あれ? 前に合わせた時はこんなに……っ、ふふふ太っ、ち、違いますぅ~!」


「きーさん、落ち着いて。育ち盛りなんだから仕方ないよ」


「ううっ、うううっ」


 太ってない、太ってない。そう宥めながら真姫に先を促す。あとは靴下を履くだけだ。

清澄は普通に白の短ソックスだが、あざとくも真姫は黒のニーソックスを選んでいた。

 むっちりとした太ももにニーソックスがくい込む様は、清澄が男な(ry)まぁ、女なんで、似合うなぁの一言で済んだ。


「き、清澄さぁん。変じゃないですか?」


「大丈夫。可愛いよ」


 肩まであるかないか中途半端に伸びた髪を、後ろでチョンと尻尾みたいに括って、清澄はさらっと真姫を褒めた。


「うへへ、褒められちゃった」


「じゃあ、行こうか」


 学校までは歩いて三十分程だ。まだ全然間に合う時間を二人はのんびりと歩く。

 時々、すれ違う人から視線が飛んできた。チラチラと盗み見る人、ジッと凝視する人、その全てが真姫へと集中している。


(やっぱり目立つなぁ)


 百七十センチの長身も恥じることなく背筋を伸ばし、男の性的で好意的な視線も清澄にしか興味がないとでも言うように気にもとめていない。


「それでですねー、父様ったら……」


 真姫は清澄に話しかけてはコロコロと表情を変えながら楽しそうに喋り続けている。清澄は周りの視線に肩を竦めながら、うんうんと相槌を打つだけだ。


 凸凹とした、対照的な二人は周りから奇異な目で見送られながら、学校へと向かった。

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