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練国 清澄と可愛い鬼嫁  作者: 優凛
第三章 心を重ねて
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⑵デートに行こう!(前編)

 電話に出た。それは真姫が山を降りてから初めての親からの連絡だった。

 元気にしてたか? 現状はどうか? もう学校には慣れたのか? そんな親らしい言葉は無かった。

 ただ訊ねる。

『お前は今、幸せか?』 と。


「……」


 それに気づいたのは、夏休みが始まり、補習がやっとの事で終わった八月の事。


「デートに着ていく服が……ない」


 クローゼットを開き、風呂敷で包み背負ってきた僅かな私服を、必要最低限、裸で過ごさないようにする為の服を見て、真姫は青ざめた。


『デートには勝負服なるものが要る。これでデートの成否が八割形決まると言っても過言ではない』


 “でーと” と言うものに思いを馳せ、可愛い女の子の情報雑誌を本屋で1時間ばかし立ち読みして得た情報は、閉鎖された山の中では決して得ることは無い衝撃的なものばかりだった。


『この夏はシェルモチーフでキメっ☆ 編集部オススメのマストアイテムはこれだ!』


 シェルモチーフ? マリーン?

 ミュール? フレア? 


 訳の分からない横文字に混乱しながらも食い入るように読破し、少ない容量しか入らない、入っても清澄関連しか覚えられない頭に何とか叩き込んだ情報とこのクローゼットの中の衣装たちは一致などするはずも無かった。


「あら。それなら買いに行くしかないわね」


 都の救済の言葉は外が苦手な清澄にも案外素直に聞き入れられた。何故ならば、清澄もデートに着ていく服がなかったのである。

 いくら女同士といえど外出時はそれなりに気を遣うものだ。いや、女同士だからこそとびきり気を遣うのかもしれない。

 ましてやデートとなれば、相手に失礼にならない程度には、恥をかかさない程度にはお洒落でなければならない。と、清澄は思う。


「店はどうしようかしら? いつものお店なら静かに選べるのだけれど……」


「天翔院御用達の服屋ね。私はいいけど、真姫や清澄には落ち着かないだろうな」


「むしろ、そこで買えるものなんて何も無いんだけど……」


 都と実朝の行きつけである高級ブティックに対して清澄と真姫が買えるものがあるというのならば、それはハンカチくらいのものであろう。

 残念な溜息をついて、清澄は都の提案をやんわりと却下した。


 炎天下の中、駅前で待ち合わせた四人は少し涼し気な木陰に立っていた。夏休みでいつも以上に騒々しい街中はどこに行っても人だらけだ。

 人目を気にする清澄にとってはまさに地獄と形容するに相応しい。

 本当は外になど出たくはなかった。しかも外見的に一般より劣る自分が、一般以上に見目麗しい三人の美少女と一緒に服を選びに行くだなんて……正直苦痛である。


「わたしっ、服屋さんなんて初めてです!」


 けれども。今日、彼女が沢山の初めてに遭遇し、喜ぶ姿を想像したら、何となくだけれど見たいと思った。彼女の隣で、その笑顔を見たいとそう思った。


「ふふ、じゃあ行こうか。店はそこのショッピングモールでいいだろう」


 ざわり。木陰から一歩、実朝が出るだけでざわめきは起こる。

 スラリと伸びた美しいおみ足を浮き彫りにしたスキニーデニムに、シンプルすぎるほどシンプルな白のカットニットソー。

アクセントのサスペンダーと洒落たマリンキャップはクールな実朝に茶目っ気を加えて、親しみやすく見せている。

 赤く塗った唇はボーイッシュな装いの中で唯一女性らしいポイントだが、だからこそそこだけが妖艶さを放っているのだろう。


「あらあら。目立つわねぇ」


 そう言って笑う都も実朝に負けず劣らず、太陽よりも暑い視線をその姿にまとわりつかせていた。

 クリーム色のふわふわとした生地のオフショルダーで少し露出した肌は炎天下にいた今も焼ける気配はなく、その白さに同性であっても自然と目がそこへと運ばれる。

 地味めのモカベージュのガウチョパンツはシックで、落ち着きのある都にぴったりだ。

 大人っぽく、ともすれば古臭さも感じられる色合いだが、都がふんわりと微笑む度にその雰囲気の柔らかさが強調され、“都には” とても良く合ったコーディネートになっている。


「お二人共、オシャレさんですよねー」


 そんな真姫の今日のコーデは、ここに来た初日に着ていた取っておきの白いワンピースであった。

 山にいた頃は着るものなどには無頓着で、とにかく動きやすく涼しい服装=シャツと短パン! が主で、都会にいる清澄の元へ嫁入りするのならせめて、と母親に誂えてもらった服がこのワンピースなのである。

 しかし都や実朝の服装、そして周りの同世代らしき少女達のきらびやかな服装と自分のワンピースを見比べると、なにやらションボリとした気持ちになってしまう。


「きーさんのワンピースも可愛いと思うよ」


 それを言ったら自分はどうなんだ。と、清澄が自嘲する。

 服のセンスも確かに必要だが、似合う似合わないはほぼ本人の外見の美醜に関わるものだと思う。

 白黒の横縞シャツでなんとかマリン柄と言う夏らしさと流行りを取り入れて入るが、あとはぶかっとしたボトムを履いているだけの地味な服装は清澄らしいといえば清澄らしい。

 三人の美少女は太陽のライトに当てられ、表舞台で輝くモデルのようだ。対して清澄は未だ木陰に突っ立ったまま、足は動きそうにもない。


「清澄さんっ!」


 そんな清澄を真姫が呼ぶ。眩しい太陽の下から、清澄のいる薄暗い木陰に駆け寄って、清澄の丸い頬を両手で優しく包み込んだ。

 愛らしい猫目を笑顔に細めて、近づいた額が清澄の額にぴたっと触れる。ひんやりと冷たい感覚が気持ちいい。


「清澄さんはー……」


 間延びした柔らかな声が周りの雑音を消していく。


「わたしだけを……見ててください」


「……」


「わたしはー……清澄さんだけをみてますよー」


 それは小さな子供に言い聞かせるように、噛んで、含んで、わかりやすく伝えられる。

 声は言葉を乗せて、ゆっくりと清澄の耳に入り、じわじわと脳に染み込む。


「あ……あはははは」


 清澄が笑った。いつもみたいな泣き笑いの切ない表情に近くて、でもどこか本質は違う笑みだった。

 実朝や都に向けたコンプレックスいっぱいの醜い感情は無くならない。今もそれで溢れて、苦しげに彼女達に近づく一歩を踏み出しあぐねていた。

 そんな清澄に真姫は言うのだ。

『わたしだけを、気にしてください』 と。


「「きよすみ?」」


 笑う清澄に実朝と都は違和感を覚えた。互いに目を合わせ、清澄の変化に見開く。


「さあ、さあ、みなさん! 行きますよぉーっ!」


 元気いっぱいに真姫が号令を掛けた。その手は清澄の手を引いて、清澄の足は一歩、また一歩と木陰から太陽の下へと踏み出していく。


「真姫にはまったく、恐れ入る」


「ふふっ。もう認めたら?」


「あの子は清澄の為になる。それは認めた」


「あら、頑固。恋人として認めてあげないの?」


「……清澄がそうするのならね」


 さて、それはいつになるのやら。テンションの高い真姫の歩幅は大きく、清澄は手を引かれるまま小走りでその背について行く。

これは引きずられていると表現してもいいのだろうか。



「きーさん! これ着てみて! あ、こっちの方がいいのかも! いや、このスカートの方が似合うかな?」


「おお……」


 今日は驚くことが続くな。実朝が呟く。

 モールに着き、誰よりも興奮してはしゃいだのは、なんと清澄だった。

 頬を紅潮させ、活き活きと可愛い服を手にしては更衣室に閉じ込められた真姫へと試着を促す。

 白のフレアスカート、赤いキャミソール、花柄のホットパンツにサロペット。

 まるで着せ替え人形に興じる女の子のように、自分プロデュースの真姫のファッションショーを喜んでいる。


「意外だったわね」


「ああ。まさか清澄にそんな趣味があったとは」


 唯一の趣味がTVゲームと内向的な性格の清澄に新たな一面が加わった。いや、もしかしたら、元々こう言う女の子らしいことが好きだったのかもしれない。

 あの村では女であることを禁じられていたのだ。本当は髪も伸ばしたかったし、お洒落もしたかったし、こうしてお人形遊びもしたかったのかもしれない。


「キヨ。そんなに真姫さんに構わないの。お人形さんじゃないんだから」


「え……? あ……ご、ごめん、きーさん……」


 一瞬で高ぶったテンションが萎み、萎縮する。よほど楽しかったのだろう。さすがの都も余計な水をさしたのかと罪悪感に詰まる。


「ぜーんぜん! わたしも楽しいし、何より清澄さんに選んでもらえて幸せです!」


「きーさん……」


「都さまもお気になさらず、お買い物を続けてくださいね! さぁ、清澄さん! あなた好みの真姫にして下さい!」


「う、うん?」


「あらあら、お邪魔してしまったみたいね。ごめんなさい。ふふ」


 自分のしていることが男女の仲ならばどういう風に見られるのか、清澄はそれに気づいて急に恥ずかしくなった。

 真姫は可愛いから、モデルとして最高の素材だ。りかちゃん人形よりもバービー人形に近い体型だから大人っぽいセクシー系も似合う。でも日本人顔だからキュート系も似合う。着せ替えに夢中になってしまった自分に反省をしつつ、それでも清澄は服を選んだ。だって、やっぱり楽しいし――


「じゃあね、次はこれ」


「はーい」


 更衣室のドアの向こうから手渡された次の衣装は、大きな花柄のバックプリントが描かれたふりふりのフレアスカートとカジュアルなプリントTシャツだ。


「ふんふんふーん」


 鼻歌交じりにスカートに足を通す。

 ピタッ。動作を停止し、思考が流れる。ふと思い出すのは、昨日あった親からの電話だ。


『お前は今、幸せか?』


(幸せです、父様。真姫は幸せです)


『本当に? 清澄様はお前の想いに応えたか?』


 容赦ない父の問いに真姫は言葉を詰まらせた。


『清澄様はお前を愛し、お前を大事にしてくれているのか?』


 親として、当然の心配だっただろう。大丈夫。そう口にするつもりで息を吸い込んだ。次の言葉を聞くまでは、その息を吐くつもりでいたのに。


『帰ってきなさい。もし、清澄様に迷惑がかかっているのなら』


 呼吸が止まる。吐くはずの息が喉の途中で止まって、苦しかった。


 “お前の想いは本当に愛情か?”

 家を出る前に何度も確認された言葉だ。目を閉じ、眉間に皺を刻む。

 怒りが湧く。フツフツと感情が沸騰する。


(いけない)


 更衣室の姿見に映る自分の姿に理性を取り戻した。

 伸びた角、牙、妖しく光る青緑色の瞳。

 人じゃない。女同士。障害は多い。その壁は一つ一つ高くて分厚い。


(わかってる……もしかしなくても、恋愛として成立する感情を清澄さんに持ってもらえないことの方が確率として高いって)


 ぐっ、と目尻に熱の塊がこみ上げる。


「それでもいい」


 今は、自分の気持ちに正直でいたい。たとえ、この先に明るい未来はなくても。


(迷惑……じゃないですよね。ねぇ、清澄さん……)


「じゃ、じゃじゃーん!どうですか、清澄さん!」


 扉を開き、更衣室から真姫が飛び出す。


「可愛い」


「えへへっ」


 清澄の素直な感想に喜ぶ真姫に一分の陰もない。

 ただ、その心は片想いゆえの不安もある。

 それに気づく者は誰もいない。

 誰も。そう誰も。


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