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練国 清澄と可愛い鬼嫁  作者: 優凛
第三章 心を重ねて
13/25

⑴ご褒美下さい

 真姫と清澄が同棲を始めて月の半分が過ぎた。

 世間では夏休み前、の期末テストに向けての追い込み時期である。

 普段から勉学に勤しんでいる学生はそれなりに、遊びに勤しんでいるものは必死に、そして勉学の苦手なものはかなり必死に涙を浮かべながらテスト勉強をしていた。


「もう、もう、もう嫌ぁぁ……」


「きーさん……」


 入学以来、常に学年一位に君臨される実朝に教えをこい、作って頂いた問題集のプリントにはギッシリと赤いバッテンがついている。

 勉強の苦手な真姫にとって、テストとはその前日までのプロセスも含め、苦行以外の何ものでもなかった。


「うっうっう、わかんないよー、わかんないよー」


「真姫。泣き言を言わない」


「だって~」


 現在、テスト前日の日曜、午後十九時。清澄宅。

 清澄、真姫は勿論、都と実朝も集まって、この週末はテスト前のラストスパートとして四人でお泊まりの勉強会を開いていた。

 ついに明日から期末テストの開始である。

 これさえ乗り切れば、あとは夏休みを待つばかり。ではあるが、この壁は真姫にとってかなり高く険しいものであった。


「きーさん、頑張って。赤点さえ取らなければ大丈夫だから」


「うーん……うーん……Xがこっちに来て、Yがこうなって……ううーん、わかんない!」


「真姫は数学は捨てるしかないな」


「暗記からして苦手なのが痛いですわね」


「私も数学は苦手。あと英語」


「キヨは応用が利かないのね」


「うーん。まさかここまで苦手だったとは」


 幅広い知識と一度覚えたら忘れない持続性のある記憶力、そして柔軟性の高い思考力を持った実朝にとって、問題の答えは自然と頭から出てくるものであって悩んで解くものでは無かった。

 だから、何故真姫が問題集を前に頭を抱えて唸っているのか理解し難く、どう教えたものかとこちらの方が頭を悩ませる。


「改めて、人にものを教えることが如何に難しいか分かったよ。これまで思ったこともないけれど、今初めて教師を尊敬したわ」


「ううっ、すみません~っ」


「いや、真姫が謝ることはないさ。私の教え方も良くないんだろう」


 とりあえず基礎だけでも覚え直して、簡単な計算は出来るように教えるしかない。

 暗記はもう一夜漬けしかないだろう。


「姫、ここ教えて」


「あら。どれかしら?」


 実朝と真姫のマンツーマンでの指導の傍らで、清澄も都に苦手箇所を教わっていた。

 切羽詰った真姫たちの空気とは違い、こちらは終始まったりと和やかな雰囲気である。


「ここは現在分詞か過去分詞かの問題ね。付帯状況を表す分詞構文だから、主語に意識があるかないかでどちらか決まるわ」


「えーと……これは意識的にやっているから過去形?」


「ふふ、正解」


 にこっ。清澄の正解に二人が仲良く喜ぶ。

 その姿を横目に、羨ましげに見つめている真姫の頭に実朝のチョップが落ちた。


「痛い!」


「君はさっさと問題を解く」


「うう……いいなぁ、都さま。清澄さんと一緒にお勉強~」


「だったら真姫も頑張りなよ。清澄に教えられる立場になれば、都と交代できるだろう?」


「うぐ。だって、清澄さんと苦手科目被るし……」


「君は全部の科目が苦手じゃないか」


 全部の科目が苦手な真姫に対して、清澄は数学と英語が苦手で、あとは平均点付近をウロウロとしている。

 真姫に勉強を教わることも無理だが、清澄から真姫に何かを教えられるほどの成績でもなかった。


「都さまも頭がいいんですね……」


「そんなことは無いわ」


「姫だって学年十位くらいには入るじゃない」


「都はもっと上位に行けるはずなのに、何でかケアレスミスが多んだよね」


「うふふ、何でかしらねぇ」


 困ったように笑う都に実朝が溜め息をついて見せる。

 もしかしたらワザとかもしれない。そう思えるほど都は余裕のある様子だ。


「ほら、よそを羨んでないで君もやる」


「なんでテストなんてあるの? 入学試験だけでいいじゃない~」


 真姫の泣き言が増えた。無理もない。昨日の晩から勉強ずくめである。

 普通、お泊まりで女子の勉強会と言えば、勉強なぞ名ばかりの女子会になるはずなのだ。

 ああ。たかが一から十の数字の羅列が、解読不能の未知の言語に見えてきた。

 問題を一問解く度に、真姫の頭が煮え、集中力が霧散していく。

 ぐちゃぐちゃとノートの上で鉛筆の先が不可解な図形を描き出した。


「真姫……やる気だしなよ」


「やる気でません~」


「困ったな。これじゃあ真姫だけ夏休みは補習になるな」


 ふう。実朝の溜め息が重みを増した。

 頬に手を当て、都も実朝と同様に困った様子を見せる。


「あらあら。折角の夏休みが台無しね。キヨとデートもできないわねぇ」


「え?」


 無意識に描かれる落書きが止まる。都の発言に真姫の絶望した瞳に光が差した。


「デ……ェト?」


 お? 全員の視線が真姫に集まる。

 デート。それは田舎の、現世とは隔離された隠れ里では耳にすることは無かった言葉だ。


「デートとは、なんですか?」


「ふむ。説明しよう。デートとは、 恋愛関係にある二人が一定の時間を遊行目的で行動を共にすることである。また逢引とも言う 」


「んん?」


「実朝。それでは真姫さんには伝わらないわ。そうねぇ、簡単に言うなら好きな人と出掛けることよ」


「お出かけ?! お出かけですか!」


 それはもう、大好きなご主人様とお散歩をする前の犬の如く、真姫の表情が太陽のように輝いた。

 尻尾があるのなら、きっとちぎれんばかりに振り回されていることだろう。


(そう言えば、きーさんが来てから近場でしかここの案内してないなぁ)


 スーパーとか商店街とか、コンビニなどの日常的に必要とされる場所には行ったことがあるが、遊び目的で外に出ることはなかった。

 清澄もそうだが、実朝、都も共にあまり外出と言うものをしない。閉鎖的な世界でこれまで育ってきたせいか、流行りに疎く、またそれに興味を持てずにいた。


(人がいっぱいいるところは苦手だし……お店の店員さんとか話し掛けて来られるの怖いし)


 人見知りの清澄に至っては一人で服も買いに行けないわけで、これまでレジャーやアミューズメント施設に行ったこともなければ行こうと思ったこともなかった。

 こうしてみれば、自分たちは今も世間とは隔離されている状態なのだろう。


「ショッピング……カラオケ……ボーリング……遊園地……水族館……!」


 都がスマートフォンで何やら真姫に知識を与えている。

 これは“餌”だ。テストに対する意欲を湧かせる“餌”である。


「清澄さん! 清澄さん!」


 キラキラと期待に満ちた瞳が眩しい。言葉にはしていないが、何を言いたいのかは聞かなくても分かる。


「赤点なし。補習になったら遊べないよ」


 条件はただ一つ。補習を受けないこと。それさえクリアすれば夏休みはデート三昧だ。


「キャーッ! 頑張りますぅー!」


「「おお~っ」」


 がりがりがりがり!

 真姫の持つ鉛筆の先が高速で動き出した。誰もが感心するほどの集中力で一心不乱に問題を解いていく。


「でも間違ってるけどね」


「あ、真姫さん。あまり力を入れすぎると……ああ」


 鬼の筆圧は強い。やる気が溢れすぎてノートが盛大に破れた。


「今夜は眠かせませんよ! さぁ、実朝さん。この問題を教えて下さい!」


 “餌”の効力は絶大だ。まさに馬の前に垂らされた人参である。


「もう……勘弁してくれ」


 それは本当に朝日がのぼるまで続けられ、翌日、実朝は生まれて初めてテスト中に居眠りをした。

 そして生まれて初めてのバッテンを貰ったわけだが、学年一位の記録は更新されたので良しとした。


 真姫は――


 真姫は結局、赤点を一つ取ったが後は概ね平均点近く取れたので補習は一教科だけ。

 条件には届かなかったが、頑張った御褒美にデートには行けるようである。

 ただし、コブ(実朝と都)付きであるが。

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