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練国 清澄と可愛い鬼嫁  作者: 優凛
プロローグ
1/25

序章

「かねてからの約束通り、あなたのお嫁になりにきました」


 女性らしい指先三つ、左右合わせて計六つ。正座して、床に指をついて、頭を下げる。


 それはそれは古きから伝わる由緒ある儀式のように、清楚で可憐で慎ましい、まさに大和撫子たらしめん姿勢と挨拶に、とりあえず夢見心地で否定の一言。


「あの、私、“女”なんですけど」


 練国(れんごく) 清澄(きよすみ)は紛うことなき女であった。

 クラスに一人は居て、町中でよくすれ違うような、気づけば電車に乗り合わせているような、そんなどこにでもいるような“普通”で“平均的”な高校生――そんな彼女のもとに突然花嫁と称して訪ねてきたのは、同性からみても可愛いとつい口から溢れ出るほどの美少女だった。


 背中まであるボリューム満点の長い黒髪は癖が強いのか左右に元気に飛び跳ねていて、ワンポイントで後ろにひとつ大きな赤いリボンをつけている。

 日差しの強い所に住んでいたのか、それとも日焼けなど気にしない活発な人なのか、肌は少し浅黒い。

 目は大きな猫目だ。好奇心旺盛にキョロキョロと一人暮らしの部屋を見渡している。

瞳の色が深い青緑をしているのは、彼女が純粋な日本人ではないということなのだろうか。


「性別なんて気にしません! だってあなたがそう言ったんだもの。女同士でも幸せになれるよって! あ、これ、田舎からの手土産です!」


 この子はどこかズレている。手土産は今は関係ない、と思う。

 ニコニコと彼女は笑って、手土産を両手で差し出した。

 幸せそうな笑顔だ。見るものも幸せになれるそんな笑顔だ。


「……」


 しかし、清澄はひくついた苦笑いを浮かべ、どう答えればいいか悩みながら手土産を差し出す彼女をそのままに沈黙を選び続けていた。

いたたまれない空気に清澄のたった百五十センチの体が更に小さく縮こまる。


「清澄さん?」


 それにやっと彼女が気づいた。


「まさか、覚えてないなんて……言わないですよね?」


 鈴が転がるような可愛い声。けれども意思がはっきりと伝わるその声は少し震えて、次にくる清澄の回答に期待と不安の眼差しを向ける。


「ご、めん……なさい」


 ぺこり、と下げられた頭に瞬間、空気が凍りつく。と同時にぐしゃりと何かが破壊された音がした。

まるでプラスチックが凄惨な暴力に悲鳴を上げたその音に、え? と清澄が顔を上げる。


(うわぁ)


 銘菓“鬼那里饅頭(二十個入)”の箱がどう力を加えたのか、くしゃりと、そう、くしゃりと丸く、彼女の手の中で丸くボールのような塊に成り果てていた。


 深い青緑の瞳が微かに発光していた。まるで暗闇の中いる猫のように。

 そして蟀谷(こめかみ)より少し上の方。ボリュームのある髪に埋もれていたのであろう“それ”はみるみるとその存在を肥大化させて、まさに言葉通り頭角を現した。


 角である。象牙より白い、ゆったりと内曲がりにカーブを描いて伸びた角。

 人じゃない。それは驚きや恐怖よりも、すんなりと最初から理解をしていたかのように清澄の中にストンと落ちて収まった。


「あ」


(思い出した)


 確かに自分は彼女にプロポーズをしたのだと、清澄は記憶を蘇らせた。


「きー、さん?」


「――?!」


「きーさん、だ」


「そうです! そうです! う、う、うわーん!」


 思い出してくれた! 覚えててくれた!

 その嬉しさで一気に絶望から引き上げられた彼女は、清澄に初動もないままに飛びかかり、押し倒し、抱きついた。


 ごすん。床に後頭部を打ち付ける。更にスイカかメロンかと疑うほど大きな、とてつもなく大きな丸い二つの乳房が顔を覆い、呼吸する穴という穴を塞ぎ、清澄はバタバタともがく猶予もなく意識を飛ばした。



 鬼頭(きとう) 真姫(まき)は鬼だった。正確には、木々生い茂る深い山奥にある鬼の隠れ里、鬼那里(きなさ)村に住まう鬼の末裔である。

 彼女の村は代々絶えることなくその村人同士で交配を繰り返し、鬼の血を受け継いできた。

その特徴として彼らは生まれながらに鬼の角を持ち、類稀なる身体能力と怪力を備えていた。


 真姫は鬼那里村で一番色濃く鬼の血を受け継いだ村長の娘で、鬼の姫として村では祭り上げられる存在でもあった。


 彼女は面白くなかった。お姫様と可愛がられるあまり、なにか大事があってはと大切に箱にしまわれるが如く家に閉じ込められるのが

 活発で好奇心旺盛な子供であった彼女は過去に一度だけ、冒険と家出を兼ねて深夜に家を抜け出したことがあった。

あれはまだ七つほどだっだろうか。ド田舎の、それも山奥である村を抜け、暗闇に包まれた山の中で少女はどこまで行けただろう。

 当然迷った。

 迷った上に、傾斜で転んで山の斜面を滑り落ちた。


 暗闇に、獣の咆哮。

 いくら鬼の末裔である彼女でも、怪我の痛みと不安と恐怖で泣く以外のことが出来なかった。


 夜空が木々の間から星を瞬かせ彼女を慰める。それでも彼女の涙は止まらなかった。


『……ねえ、誰かいるの?』


 ざわりと木々が揺れた。

 声は後ろから、草むらから聞こえた。そこから出てきたのは自分と同じくらいの小さな男の子だった。

 白い甚平姿の少年は彼女を見ると、一言、『すごくきれいだね』と呟いた。

それはキラキラ星の輝く夜空の事だったのか、それとも暗闇に光る彼女の深い青緑の瞳の色だったのか、もしくは白い角のことを言ったのかもしれない。


『ケガしたの?痛そう』


『うぇ、うぇぇ……』


『痛いの? 大丈夫?』


『いたいよぉぉ』


 少年の気遣う言葉に甘えたのか、彼女はまた泣いて痛みを訴えた。

 少年は何故か手に持っていた草の束を足元にあった石で潰して彼女の怪我に塗りつける。


『い、いたいよぉ』


『ご、ごめんね! でもこれお薬だから』


 滲みる足にグズグズと鼻を鳴らす少女に少年は頭をぺこぺこと下げた。それから二人でその場に座って、どうしてここにいるのかと互いに問い合う。

 結果的にはどちらも迷子だった。

でも同じ迷子でも二人なら何となく安心できた。


『あのね、鬼はね、おんを忘れちゃダメなんだって。ととさまが言ってた』


『おん?』


『うん。だからね、おうちにかえれたら、あなたにオンガエシしなきゃ』


『オンガエシ……って、なんでもいいの?』


『うん!』


『じゃあねー……』


 少年は夜空を見上げ、何かを思い出すように黙り込んだ。それから俯いて、ギュッと唇を引き結んだ後、泣きそうに歪んだ笑顔を浮かべて言った。


『およめさんになって、ずっとそばにいてくれる?』


――ぱちり。ぱちぱち。


 目を覚まし、瞼を三回開閉させて清澄が意識を取り戻すと、体に覆い被さるように心配げに顔をのぞき込む真姫の姿があった。

角もなく、目も普通に戻っている。


(うわ)


 清澄を押し倒したままのその体勢は、清澄が少し視線を下に逸らせば彼女のワンピースの開いた襟元からタップリとぶら下がる胸の谷間がダイレクトに見えた。

 しかし残念なことに清澄は女である。特にそんなに嬉しくはなかった。


「だ、大丈夫ですか?」


「うん……」


 壁に掛かった時計を見ると、どうやら五分ほど意識がなかったようだ。

 生きてて良かった。そう思う。


「きーさん。おっきくなったね」


 下から自分に覆い被さる真姫を見上げ、清澄は懐かしむと同時に感心した様子でそう言葉を贈った。

なにせ二人が会うのは十年ぶりである。先ほど思い出した記憶の中の幼い真姫よりも、外見は美しく、そして大きくなった。色々なものが。


「えへへ。清澄さんはちーさくなりましたね」


「いや、きーさんが大きくなりすぎなんだってば」


 よいしょ、と清澄の手を引っ張り起こすと同時に自分も起き上がった真姫は、清澄よりも二十センチも上の方でニコニコと笑って「かわいー」なんて清澄を見下ろしている。


 清澄の身長は百五十センチ。

 対して真姫の身長は百七十センチ。


 大きい。身長もそうだが、メリハリのある体は太ってはいないがどこもムチムチとしている。

肉感的、とでも言えばいいだろうか。とにかく女の清澄から見ても、何だかエロい。

そんな体つきに、ちょっと垢抜けない活発な美少女顔とか、もし清澄が男ならラッキーどころではなかっただろう。

 だが如何せん、清澄は女である。

 くどい様だが女である。


「ところで、お嫁に来たってことは住むところは……」


「もちろん清澄さんのお家ですよ?」


「この事、ご両親は」


「了承済みです! きゃっ!」


 両手を頬に当て、いやんいやんと体をくねらす真姫に清澄はもう一度意識が飛びかけた。


(何考えてるんだろう……)


 可愛い娘をわざわざ女の家に嫁にやる真姫の両親の意図がわからない。


(いや、もしかすると……ああ……実家関係なのかな?)


 清澄自体は“普通”の人間だが、田舎にある実家はそれなりに特殊な環境にあることは嫌になるほど理解はしていた。


「清澄さん? どうかしましたか?」


 苦々しく顔を顰めた清澄に真姫が首を傾げてみせる。


「実家は……なにか言ってた?」


 当然、嫁に出すと言うことは真姫の家から何かしら自分の実家に話は通してあるのだろう。あの頭でっかちなあの最悪な一族が女同士の嫁入りをよく思わないはずがない。


「あ、それならお手紙を預かって来ました」


「は?」


 真姫の大きなリュックから取り出された時代遅れな書状を開き、中身を確かめる。


「……」


 くしゃり。読み終わると同時に清澄は無言でそれを丸めて捨てた。

どうやら清澄の実家も真姫との結婚には賛成をしているようである。

深いため息をついた。それは諦めのため息でもある。


「これからどうなるかは分かんないけど……さすがに今から家に送り返すわけにもいかないし……うん。これから宜しくね。きーさん」


「は、はい! 不束者ですが、よろしくおねがいします!」


 どうせ法律上結婚なんてできないし、ここで素敵な男性と出会ったら考えも変わるだろう。


 それに、こんな平凡で面白みも何も無い“練国 清澄”が、誰かに愛されるはずなど無いのだから。


 きっと、すぐに飽きる。

 そんなことを考えながら、清澄は無邪気に喜んでみせる真姫に笑って見せるのだった。

 この度は読んでいただきありがとうございます。

更新はゆっくりになると思いますが、お付き合いのほどよろしくお願いします。

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