花火
「楽しくない」
「うん」
わたしと桃夏はコンクリートの地面に腰を下ろしていた。楽しいはずの親友との花火大会なのに、ちっとも楽しくない。人はたくさん。もう日は落ちて、真っ暗。桃夏の顔もおぼろげに見えるくらい。桃夏は先ほど屋台で買った唐揚げ棒をやけに豪快に食べていた。もくもくと咀嚼して飲み込むと、桃夏は立て膝に肘をついて、むすっとした顔で花がまだ咲かない空を睨みつける。そして小さなおちょぼ口を開く。
「あたしが楽しくない理由とあんたが楽しくない理由は違う」
「そう……だね」
唐揚げ棒が入っていた紙コップを彼女は握りしめ、ため息をつく。
「認めるのね、……ばかじゃんあんた。自分の姿格好ばっか気にしてさ、もっと自信もちなっていつも言ってるじゃん」
「だって、わたしは可愛くないし」
桃夏の怒り声がいつもより増してきついので、委縮する。わたしは桃夏みたくおしゃれではない。桃夏は最近、地毛である明るい髪色の茶髪にピンクパープルのエクステを入れた。そのエクステを魅せるようにポニーテイルをして、おしゃれをしている。それに比べてなにもしないわたしは。
「なによ、かちんときた。かわいくないとかいう言葉で逃げちゃって。あんたさ、そんなにその擦りむいた膝を彼に見せるのがそんなにやだった」
「……」
「眉毛を少し剃りすぎたのが変だから。前髪がまっすぐになっちゃった。ふざけないで!」
桃夏は勢いのまま立ち上がった。わたしは桃夏の顔を見ることができない。怖い。
「桃夏……」
「そんなくだらない理由で、あいつとの約束破ったなんてあたしは許さない。あいつがどれだけ楽しみにしてたか、あんたわかるの!? あいつと行く予定だった花火大会をあたしと行くなんて、あんたよくそんなことができたね。大体、おしゃれしてるからいいとか関係ないから。自分がそうしたいからおしゃれしてるの。そりゃあ好きな人に褒められたいとかそういう気持ちも、もちろん大切だけど、その好きな人がなにもしなくてもその子のことを好きならそれでいいじゃない。無理におしゃれしようとか、したくもない変化を加えることはないわ。なんでそんなこともわからないのよ」
「……っ」
全てを見透かされていた。それを知って言葉もでないほど恥ずかしく思う。
わたしが唇と噛み締める瞬間とともに、観客の歓声と爆発音。花火があがり、光を散らせ、消えていく。真っ暗な空にカラフルな光が円を描き、花開く。わたしも桃夏も空を見上げる。
「あ、」
「きれい……」
美しい空に浮かぶ花。毎年見てるはずなのに、今年はなぜか切なくて、じわりと涙が浮かぶ。どうしてなんだろ、涙が止まらない。後悔ならたくさんしてる。ごめんなさいっていう気持ちもたくさんある。それでも彼と花火を見に行けなかったのは、足のけがだとか失敗した眉毛や前髪のせいではなく、ただ、自分に自信がなくて。それで逃げたの。どうしても忙しくなってきた最近、彼となかなか会えなくなって、いざ顔を見ることができると思うと、うれしさより不安の気持ちが勝つ。いつ、別れを告げられるのだろう。会って嫌われたらどうしよう、そう思うと体が硬くなって声が出なくなって、涙が出てくる。
星やブタの顔。丸いのや細い線がいっぱい出てくるのとか、さまざまな花火があって、とても綺麗。だけど悲しい。真っ暗な空に浮かぶ花火が綺麗で見惚れる。だけど、すぐ消えてしまう。ゆっくりと儚く消える線を追ってしまう。消えないで、と思っても消えてしまう光。胸が苦しくて、じわーって涙が溜まって、つぅっと頬に伝う。それを見た桃夏は息を呑む。焦ってわたしは言う。
「違うの、桃夏のせいじゃない。ただ、泣けるの」
「……それは、あいつを想っての涙」
「うん、そうだよ。ごめんね、今頃になって」
「あたしに謝るんじゃなくて、あいつに謝んなよ」
「そうだよね」
「……でもさ、せっかくの花火。見てから行きな」
こつん、そう言って桃夏はわたしの頭に頭突きした。優しく、さりげなく寄り添って。今思えば頭突きはそれを誤魔化すためだったのかもしれない。