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悪堕ち魔法少女になってみた  作者: ナイアル


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第二十三話:窯変

『状況!』

『追跡対象A――仮称"ショーコ"および追跡対象B――仮称"ユカリ"、対象B'――仮称"アルバトロス"の追跡中、不明人物がショーコと接触。ショーコが無差別攻撃を開始』

 ……は?

 その「不明人物」とやらがあちらさんの敵だってなら戦闘開始したのはわからなくもない。この期に及んで第三勢力とか頭が痛いところではあるのだけれど。

 しかし、そこで「無差別攻撃」ってのはどーゆーことなのか。その「不明人物」とやらが何かしたのは間違いないんだろうけど……。

『で?』

『不明人物はユカリを盾にしてアルバトロスとともに転移、周辺被害防止とユカリ保護の段階でブラックリリーが被弾』

『トレースは?』

『アルバトロスおよび不明人物――以下対象Cともに設定完了』

『……あー、おっけ。対象Cを以降仮称"セイレイ"として』

『了解』

 使い魔にしろなんにしろ、遠隔操作してるとはいえそうそう距離を稼げるものじゃない。近くに「本体」が潜伏してるとは思ってたけど、ユカリを盾にしたとなれば、まず間違いないとこだろう。

「ようやくしっぽをつかめた、のはいいけど、何やらかしやがったんだか、あのババア」

「……まずいな」

「え?」

 あたしたちの念話を一緒に聞いてたはずの皇子が小さく呟いたのを聞き返そうとしたとき。


 ドォン!

 腹にくる鈍い爆発音とともに、遠くで炎の柱が噴き上がった。


『状況!』

『ショーコを中心に爆発……ショーコの魔法によるものと推測。携行障壁維持限界』

『わかった、あたしがそっちに向かうからあんたたちは撤退!』

『……了解』

 今一瞬躊躇、した?……あの子たちってば最近とみに人間臭くなってきてる気がする。ヒナギクんちでのメイド生活で妙な影響受けてんのかしら。

『あんたたちの気持ちはわかるけど、情報収集任務は無事帰るのが最優先!』

 気持ちはわかる、とか!

 思わず言っちゃったけど、そして強ち間違ってない気もするけども、あたしが言いそうなことでもあの子たちに言うべきことでもない気がする……あー、あたしも若干混乱気味だわ。

『ユカリはいかがいたしますか?』

『確保したまんまなの?じゃあ、当初の予定通り隔離室に転送。チェック終わったら捕虜として処理』

『了解。帰投します』

 若干ほっとしたような気配が伝わってくる。

 ……うーん、一回じーさまあたりに確認したほうがいいかしら?


「で、なんか心当たりがあるならとっとと説明してほしいんだけど?」

「魔力暴走だな、たぶん」

 実にヤバそうなフレーズは、全力で聞かなかったことにしたい……ってわけにもいかないわよねえ。

「魔力授与などで過大な魔力を受け取ると、体内で暴走して……ぐはっ!?」

「あんたあたしにんな危ないことやってたんかいっ!」

 あたしのジト目に渋々ながらと説明しはじめたバカ皇子の顎に、怒りの鉄拳がクリーンヒット。

「普通はちゃんと制御能力との兼ね合いを見ながら、無理がない程度に分け与えていくわい!」

 顎をさすりながら手順も確立された真っ当な医療行為だと主張する皇子は、嘘を言っているようには見えない。

 今日会ったショーコは、洗脳の影響か、単純な火球の攻撃すら維持しきれないくらい制御が不安定だった。

 そこに魔力授与――本来なら、そんな状態のショーコにやることははばかられる……しかし、洗脳までやらかすような連中が、彼女の調子や安全性なんかに配慮するわけもなく。

「しっかし、なんで今さらそんな無茶……あたし、か」

「目の前であの規模の魔法を使われれば、危機感も抱く……しかし」

「あたしゃ、あんな火柱上がるほどの魔力貰った覚えないわよ?」

 皇子に貰ったのはひとまずの応急処置に使える、程度のはず。

 最近とみに威力や精度が上がってるとこからして、今計測したら結構な量になってるとは思うのだけど、それはあくまであたしがいろいろ訓練した結果だ。

「普通はそうやって制御能力と容量を並行して伸ばしていくわけだ、普通は」

「……ああ、いきなり育ったとこから見たから」

「急いでそこまで増やそうとして無茶をした、んだろうな」

 制御能力の低下、思考の不安定化、そこに普通じゃありえないほどの魔力授与――火薬庫に火をつけた……ってえか、火事場に火薬ぶちこんだみたいなものだ。

「止められる?」

「一度暴走が始まれば、魔力が枯渇するまで……いや、あそこまでいくと生命力を削って魔力変換し続けるようになるから……」

「文字通り、命燃やしてるってわけね」

「……すまん」

「あんたが謝るこっちゃないわよ」

 辛そうな顔で頭を下げるバカ皇子にため息ひとつ。

「もう一度聞くわ。止め……ううん、『停止』させられる?」

「……すまん」

 言い直したあたしの意図に気付いたかどうか、バカの表情も返事も変わらなかった。

「だから、あんたが謝るこっちゃないわよ」 

 あたしの返しも、変化はなく。

 深呼吸を一つ。頭を無理矢理にでもクールダウンする。



『ヒナギクとじーさまは戦艦使って都市部に防壁、ローズとデイジーは治安維持部隊と住民の避難誘導!』

『了解』

『百合子さん、私も……』

 即答したダークネスフラワーの二人とは対照的に、ヒナギクはためらいがちに共闘を申し出る、けれど。

『いーから、あんたは市民の「日常」守ってなさい!』

『はいはい、わかりました。百合子さんの好きなパインサラダを作ってお待ちしていますね』

 そんな好物を設定した覚えはない……というか、それただの死亡フラグじゃない!

『まったく……将軍は、ここのバカふんじばってどっかに閉じ込めといて!』

『承知した』

「一人であれと戦うつもりか!?」

「あんたがやられても、これ以上街に被害が出てもこっちの負けなのよ!大将は安閑と守られてなさい!」

「し、しかしここは一緒に戦うというのがだな……って、おい、ディスクート!その手を離せ!」

 将軍は転移してくるや否やたくましい腕で皇子の腰をがっちり抱え込み、担ぎ上げちゃった。ジタバタ暴れてるバカもそれなりに鍛えてるはずなんだけど、びくともしないとかなんつー怪力だ。

「おいこら!私の命令が聞けないのか!」

「ご命令よりも殿下のお命をお守りするほうが優先されますゆえ……大丈夫か?」

 後半は、あたしに向けた最終確認。普段ヒナギク以外には不愛想なくせに、こういうときだけ痛ましそうな顔になるのはずるいと思う。

「前にも言ったでしょ?あたしは、できないことはやんないわよ」

 対するあたしはにやりと不敵に笑って見せる……笑えてるわよね?

「……そうか」

 将軍はしばし瞑目、その後小さくうなずいて。 

「おい、いいから降ろ――」

 まだ抗議の声をあげてるバカを抱えたまま、転移した。


 ――ほんっと、お人よし揃いでいやんなっちゃうわ。


 くすっと小さな笑みがこぼれた。大きく伸びをして、気合を入れなおす。

「さあって、始めますか――」

 風を纏って、床を蹴る。壁面に穿たれた穴から宙へと舞い上がる。

 空中でステップを踏んで、くるりとターン。目標は、見失うのが難しいほどに燃え盛っている。

 息を小さく吐いて、体内を巡る魔力を隅々まで制御下に置いて。

 一直線に飛ぶあたしの後ろに、誰にも聞かれないままの独り言を残す。

「――『負け戦』を」



・・・



 ローザック帝国の実効支配下にある笠原市。その「国境」周辺。

 進んだ科学の恩恵を受けたければ市内に、支配を受け入れたくなければ遠くへと、各住民の思惑やらなんやらによる移住が行われた結果、相当頑固な住民を除いてほとんど無人の緩衝地帯が、支配域を取り囲む帯のように出来上がっていた。

 連中が落ち合っていたのは、どうやらそんな空白地帯の「空き家」の一つ、だったらしい。

 ショーコの炎に焙られるよりも早く、暴走による爆発でがれきの多くが同心円状に跳ね飛ばされた結果、大規模な火事にはなってないのが不幸中の幸いといったところか。

「……こりゃひどいわね」

 そんな爆発跡の円周の一部が虫食いみたいに欠けている、その部分の地面だけは煤けていないところを見ると、ダークネスフラワーの子達はかなりぎりぎりまで障壁を張って耐えてたらしい。

 おかげで、市内に向かう方向には若干とはいえダメージが少ないんだけど……無理はするなって言ったのに。


「あれえ……ゆりちゃん……?」

 その爆心地、いつの間にやら収まっていた火柱の元中心部に、ゆらりと立つ人影が一つ。

「ショーコ……」

 変わり果てた……というには驚くほどにダメージのない、レッドローズの姿、だった。

 

 コスチュームには破れも綻びもない。地肌がむき出しの部分に怪我を負っているわけでもない。焦げすすけた周囲の様子とは対照的に、何物も寄せ付けないような白と、赤。

 そのコントラストが――自ら巻き起こした周囲の惨状に一切染まっていないということが、異常。

 首をかしげた――というよりも、どこか平衡を失って傾いだまま、どろりと濁った眼をこちらに向ける。

「悪いゆりちゃんは……さっき、やっつけたのに……」

 だらしなく開いたままの口元から、虚ろな呟きが漏れる。

 それでリリー、か。あの子だけは間違いなくあたしと同じ顔とかっこしてるもんね。二度もやられるとなると、顔を変えてあげたほうがいいのかしら……。

「あーっと。無駄だと思うけど、一応聞いとくわ。ショーコ、大丈夫?」

 

「大丈夫だよー。裏切り者のゆりちゃんを倒せる力を貰ったしー」

 ゆらりとこちらへ歩み寄ろうとするショーコのコスチュームが、その端々から激しい炎を噴き上げる――いや、よく見ればコスチュームそのものが炎によって構成されている紛い物。

 赤かった部分はオレンジがかりながら揺らめき、白い部分はまぶしいほどの光を発しながら白熱している、炎と光によって疑似的に再構成されたコスチューム。

 そうと意識すれば、風と魔法障壁で多重に守られているはずのあたしの体まで激しい熱にあぶられている気がしてくる。

 踏み出すショーコの足下で、熱に耐えかねたアスファルトがどろりと溶けだした。


「『悪いゆりちゃん』に『裏切り者のゆりちゃん』ね……一体何人の『ゆりちゃん』がいるんだか」

 呆れたように肩をすくめながら、ショーコの向きを誘導するように歩を進める。

 戦略核どころかプロミネンスまで封じ込める戦艦の障壁展開能力を見くびっているわけじゃないけれど、わざわざ実地で実験してやる義理もないし。

「ゆりちゃんはゆりちゃんだよー?」

 えへへーっと笑うその笑顔は嫌味なくらいいつも通り。

 でも、その瞳はどんよりと曇り、あたしの顔どころか周囲の何物も映していない。

 よくこんな状態でコスチュームの形状を維持できる……と思ったけれど、そのコスチュームは再構成された端から炎となって燃え散り、燃え散るたびにどこからか――おそらくはショーコの中から――補充された炎によって修復されている。

 ガスコンロやろうそくの炎と同じ。燃え続けているために固体に見間違うけれど、常時供給される何か――おそらくはショーコの魔力をどんどんくべていってるから「維持」されてるにすぎない。

「あたしはどんな『ゆりちゃん』なのかしらね?」

 一応「まだ」ホワイトリリーのほうのコスチューム、その裾をおどけて引っ張って見せる。

「ゆりちゃんはともだちだよ」

 さらりと返ってきた答えに少し驚いて目を向けると、変わらない、満面の笑みを浮かべたショーコ。

 ……いや。

 一瞬、正気に戻ったかと期待してしまったあたしを責めるかのように、その顔は醜くも獰猛に歪む。

「ともだちは――てき」

「っちっ!?」

 とっさにとびすさったあたしがいた空間を、五筋の赤い光が薙いだ。

 振り抜いた体勢のまま肩を震わせているショーコを見れば一目瞭然。振るわれたのは右手――いや、右手の爪先に点る五つの火の刃。

 思わず「爪に灯をともすとか」なんて冗談めかしてつっこみたくなってしまったけれど、炎の付け根を見て小さく息を飲んだ時には、そんな余裕は吹き飛んでいた。

 炎は指先に点っていたわけじゃなく。いや、点ってはいるんだけど……指先そのものが燃えて、というよりも炎になって燃え盛っていた。

「命を燃やすってそういう……」

 戦いの前のシャキールとの会話を思い出して、小さく舌打ち。

 ちゃんと説明しといてよ、なんて、我ながら理不尽な苦情を脳裏に浮かべる。

 ……あいつはちゃんと説明していたってのはわかってる。ここまで「文字通り」だなんて思ってなかったのは自分の見通しの甘さ。

「ショーコ、あんたそれ大丈……っ」

「あああああっ!?」

 最後の一文字を口にする間もなく、獣のような絶叫を上げたショーコが突進してきた。

 横っ飛びにかわしたあたしの横腹ぎりぎりを、炎の剣がかすめていく。当たるどころかかすりすらしなかったけれど、炎の熱気があたしの玉のお肌を容赦なく焼く。

「っ……考えなしに猪突猛進すんなっていつも言って……っ!?」

 指先を燃やしての攻撃、からの「炎の剣」。

 直前まで素手だった、いや、そもそも指が燃えてるんだから何も持てるはずもないその手の剣が普通の状態であるはずもなく。

 少し先の壁を粉砕して、肩で息をするショーコの手首から先。そこから噴き出している炎が、剣の形を維持できなくなって揺らめくのが見えた。


 小さく舌打ち。向きが入れ替わって、このままだと流れ弾で被害が拡大する。

 再び位置関係を変えようと風を制御して宙に舞い上がったところに、火球が突っ込んできた。

「だあっ!?」

 慌てて風弾で相殺。至近距離で爆発するように吹き散らされた炎が、すさまじい熱気をたたきつけてくる。

 飛んできた方向を見下ろせば、狂犬のように歯をむき出しにして唸るショーコの背後に浮かぶ、五つの火球。

 暴走してるほうが魔法能力上がってないか……と、あきれた瞬間に制御を失った火球たちがてんでバラバラな方向にふらふらと飛び出し、さらには纏まりさえ失った小さな火弾になって周囲にばらまかれる。

「……って、火事になるでしょうが!」

 っていうかもう火事。何に引火したのやら、ショーコの背後にあった住宅は、豪快な爆発音とともに燃え上がりだしたし。

 いくら緩衝地帯で住民が少ないとはいえ、火勢が強くなるとどこまで延焼するかわからない。小火ならともかく本格的な火事じゃ風で吹き散らすってわけにもいかないし……ここにきて、「水の魔法」が使える人間がいないってのが痛いとは思わなかったわ。

 

「とにかく場所替えないと、か」

 注意をこっちに固定するために、風弾をショーコに向けて撃つ……回避する様子もなしに逸らされた。

 障壁とかを張ってたわけじゃない、熱のせいで周囲の空気が歪んでて届かなかったみたい……だけど、ひと声大きく吠え立てたショーコを見る限り、目論見自体は成功したと見てよさそうだ。

「こっちよ!」

 比較的被害が少なく済みそうな海のほうへと針路を取って、ふと気づく。

 ――あの子、飛べたっけ?

 心配になって振り返ったら、信じられないものを見た。

 どん、という爆発音とともに飛び上がるショーコ。

 ……あー、うん。

 心配しなくても、ちゃんと飛べてた。魔法で。

 だけど……

「それ魔法少女の飛び方じゃないでしょ!」

 足首から炎を吹き出して、まんまロケットみたくかっ飛ぶって……前世紀の少年型ロボットじゃないんだから!

 思わず停止してつっこみ入れちゃったあたしを追い越しそうな勢いで飛んでくるショーコに、慌てて移動を再開。

 時折吹きちぎられてるコスチューム――のように見える炎の様子からして、障壁もなにも張らずにあの速度では、本体への負担が洒落になってないと思うんだけど。



「……っと、このへんでいいかしらっとぉ!」

 振り返りざまに風弾を三つほどぶち込む。当たらないのはわかってるけど、避けもしないってのはプライドが傷つくわね。

 とはいえショーコはもはや満身創痍、と言っていい。

 両腕は肘から、両足は膝から先が吹き出す炎に変わっており、体の各所に走るヒビから漏れる赤い光が、炎のコスチュームに怪しげな模様を描きながら脈動している。

 ターゲットであるあたしが停止したのにあわせて、ショーコもまた止まろうとして……失速した。

 ロケット噴射でやみくもにかっ飛んでくるならともかく、ホバリングの真似事するような細かい制御能力はないものね。

「……ちっ」

 とっさに支えに飛び出そうとして、ショーコのまとう熱気にひるむ。

 慌てて風の塊をクッション代わりに設置するけど、熱に歪められて思うほどの効果がない。

 ああもう、敵なら敵らしくこっちに手間かけさせないでほしいんだけど!

「く、ぐ、がああああああ!?」

 再びの絶叫。落下していたショーコがぐうっと体を丸める。

 露わになった背中――左右の肩胛骨の付け根に、ひときわ大きなヒビが入り。

 ごうっ

 最初に噴き上げたのと変わらないほど巨大な火柱が、その二筋のヒビから吹き出した。


「あ――!ア――!」

 もはや声にすらならない声を上げ浮かび上がるその姿は、まるで天使。

 体の内側に燃え盛る炎によって、体全体が煌々と輝く。

 炎そのものとなった手足も、いつの間にか燃え上がっていた髪の毛も、その輝きの中では統一された美として危ういバランスを保って――。

「〈神の火〉、ウリエルだっけ?」

 世の罪科全てをその火をもって粛正するという断罪の天使――似合いすぎててやんなっちゃうのだけれど。

「『正義の味方』らしいのかしらね、それは」

 ショーコの振るった右腕は、ばかげたサイズの炎の剣――いや、構成された端から維持できずにほどけていくので、炎の鞭といった方がいいかしら?――となって空を薙ぐ。

「あぐっ……って、しまっ、くぅ」

 障壁を易々とぶち抜いた炎が、あたしの左腕を焼く。激痛に制御が乱れ、姿勢がぐらりと傾いた……いや、それはいい。

 とっさに――癪だけれど、恐怖が勝った結果だ――「下へ」避けてしまった。

 制御もくそもないショーコの無差別広範囲一直線攻撃、少しでも周辺への被害を抑えようと思えば、意地でも高度を確保しないといけなかったのに!

 悔いる間もなく放たれた左腕の一撃は、案の定斜め「下」に向けて振るわれた。

「ぐあぁっっ、もうっ!」

 無事な方でかばおうとする軟弱な本能を無理矢理ねじ曲げ、左半身になりながら全力で巨大な風弾をぶちかます。

 防御も飛行制御も瞬間的に解除して、正真正銘掛け値なしの全力でぶちこんだその風弾でも、弾き散らせた炎はようやく半分、残った半分は容赦なく海上を襲う。

 巨大な火柱と水柱がいくつも立ち上がる。いくつかは沖合に浮かぶ島に着弾し、その地形を容赦なくえぐった。

「ちょっ、国土地理院のみなさんに謝れー!」

 何とか制御を取り戻してショーコに文句をつけようとしたあたしが見たのは、大きくのけぞる彼女の姿。炎の翼も思いっきり後ろのほうへと流れていて、一瞬、力任せの風弾が効いたのか、と期待してしまった。

 その一瞬、自分の致命的な間違いに気付くまでのわずかな隙。

「――!」

 絶叫とともに、ショーコが全身を使って大きく「はばたいた」。

 あたしの攻撃にのけぞってたんじゃない、力を溜めるための予備動作から解放されたように打ち下ろされる両の翼。

 その翼からこぼれるようにいくつもの羽根が舞い落ち、あるいは――翼の勢いそのままに、前方へ向かって撃ち出される!

「がっ、くっ!」

 慌てて障壁を強化するけれど、ダメージに集中が乱れ、大技を使ったあとのあたしに視界を埋め尽くすほどの炎の矢の雨――いや、サイズといい勢いといい流星雨とでも呼ぶほうが正しいだろうか――を防ぎきれるはずもない。

 体中に襲い掛かる激痛と炎の熱の中、意識が揺らげばその分障壁の強度が弱まり直撃する炎の矢が増えるという悪循環。

 もはやなけなしの意地だけで高度とぼろぼろになった障壁の残滓を保つのが精一杯になった頃、唐突にすべての攻撃がやんだ。


 かすむ視界の先で、あのバカの最後の一かけらが、儚げに煌めく火の粉となって風に吹き散らされたのを見た。

「手間……かけさせて、もう……」

 小さくつぶやくのだけでも限界。軽い浮遊感とともに、空が遠ざかっていく。

 魔力が枯渇して落ちていくのだな、と。そう思って、でも、何かをすることはもうできそうになかった。全身から伝わる激痛すら、もはやどうでもよくなるほどの虚脱感。


「俺のセリフだ……まったく」

 ふわりと、優しい何かに包まれ、抱き留められた様な感触にひどく安心して、そこであたしの意識は途切れた。



薔子「ファイナルフォームはロマン!」

百合子「そりゃ否定しないけど、透過光の上、半実体の透けコスってどうよ」

雛菊「……そういう問題でしたっけ?」

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