第二十一話:Phishing
大変遅れましたことを平にお詫びいたします。
えふえ……えふんえふん、少々たちの悪い夏風邪を引きまして
雛菊「あら、では患部を切除してしまいましょう」
百合子「いやいやいや、死ぬから!……まずその手に持ってる3DSを破壊するのが先じゃない?」
ぎゃー!やめてー!レベル40マフォクシー♀がー!
「んー、やっぱ全域監視とはいかないか」
会議室の作戦卓上に浮かぶのは、笠原市全域を模したホログラムデータ。
市内全域に散布されてるナノデバイスを利用した監視網のカバーエリアを示す青色は、ところどころ「通信途絶」を示す赤い円を残してる。
「エアスポットと申しますか……相互干渉などにより、どうしても通信状況が安定しない地点は発生してしまいますな」
「通信できない言い訳のつもりだったんだけどねえ」
グルバスのじーさまの言葉に、思わずため息。
顎をついてもう一度全域データを見やる。
「百合子さん、足を組むのはお行儀悪いですよ」
ヒナギクがちょっと困ったような笑みを浮かべながら注意してくるけど、知ったこっちゃない。
ふんと鼻を鳴らしてどっかと足を作戦卓の上に投げ出し……あたしの魅惑的な脚線美に敗退したホロデータがかき消えた。
「もう!」
やっべ、って顔したあたしにいたずらっ子をしかるような調子で冗談めかしてめってする奴の顔は実につやつやしており……
「交際の方は順調なようでなによりですわ」
「ありがとうございます」
お上品な嫌味にも、頬を染めつつにっこり返す余裕まであるとか、許しがたいわ。
青井のじーさまはともかく、将軍と大して年齢の変わらない親父さんあたりはもう反対しそうなもんだけど、なぜか妙に意気投合しちゃったらしく……すっかりご家族ぐるみのおつきあいとやらに発展しているらしい。
……時折酒の勢いで屋敷が半壊する程度のどつきあいも発生しているようだけど。
「まーあんたの充実した性活は脇へ置いといて、と」
「……今何か看過できない誤変換があったような気もしますが」
「まさか念話が科学技術の産物だったとはねえ」
おかしいとは思っていたのよね。
AIやクローンは魔法を使えない、とすれば、念話が魔法なら当然マテリアルパペットやらダークネスフラワーの面々にも使えないはずで……そーすりゃボケドランののべつまくなしのおしゃべりにつきあわされる必要もなかったんだから。
念話の正体は、散布されてるナノデバイスを経由した……有り体に言えば思考制御による電話。
本来なら電話同様コールサービスも、受け手側に着信応答の選択権もあるんだけど、あたしたちが使ってるのは軍用ってことで常時オープンチャンネル。
それを知った瞬間、即座にドランを着信拒否設定したのは当然と言えよう。
……そしてもう一点。
念話が「散布されてるナノデバイスを利用」しているってことは、だ。
「まさかあんにゃろ、敵の通信網にただ乗りしてやがったとは」
「気づかない帝国側も随分と……いえ」
随分と……なにかしらね。うんまあ言わなくてもわかるけどさ。
ヒナギクもだんだん遠慮がなくなってきてるわねえ。
「ま、人手も足りないしね。高度に自動化しすぎたシステムの欠点というか……しかし、人様の物を借りパクしといて『自分の授けた魔法的何か』と言い張るたあいい度胸よね」
「『十分に発達した科学は魔法と区別が付かない』でしたか?」
「この場合は、『魔法を必死に模倣しようとした副産物』、かな?」
「帝国の科学技術の多くがそうであるように、ですな」
「そういうとこが、何つーか錬金術っぽいのよねえ」
あたしの言葉にグルバスのじーさまが苦笑する。
魔法を模倣した念話、ということはもちろん、魔法にも念話同様に距離を超えた相互会話のシステムがあるのだけれど。
『ちょっといいか?来週の政府特番の件だが……』
「ぎゃわあ!?」
『ちょ、近い近い!』
その用途通り電話的な感覚の念話のそれとは違って、体ごとぴったりと寄り添って耳元でささやかれるような感覚に、背筋がぞわっとする。
思わずあの火力バカの爆撃からかばわれたときのことを脳裏に浮かべてしまったりして……頬が熱い。
『む、すまん。また魔法で繋いでしまったか』
『だー!いいからとっとと切り替えろ、バカっ!』
魔法による念話、科学のそれとは格段に送れる情報量が多いそれの最大の欠陥がこれだ。
一回チャンネルが繋がってしまうと、意識しないと魔法の方を使ってしまう――発生機序のバイパスがどうとか言われたけど、わかるかそんなもん。
おかげで四六時中、何か用事がある度に魔法の方で話しかけてくるうっかり者のバカ皇子に悲鳴を上げさせられる日々なのだけど……。
『あんた、もしかしてわざとやってない?』
『い、いやそんなことはないぞ?ああ、断じて無いとも!』
……思念に焦りの成分が大量に含まれてるのが信用できない。こーゆーとこまで伝わるのはいいんだか悪いんだか。
ヒナギクとじーさまもいい加減慣れたもので、あたしの悲鳴にぎょっとするのもつかの間、あたしの表情で何かを察したのか、その後は微妙になま暖かい笑顔を浮かべてこっちを観察し始める……ほんっとーに、あのバカ皇子め!
「でも、ちょっと羨ましいですよ?」
「仕方ないじゃない、将軍は魔法使えないんだからさ」
魔法による念話は、魔法の使えるもの同士、しかも魔力の親和性やらなにやら色々な「相性」が良くないと繋がらない、らしい。
あたしと皇子が繋がったのは、たぶんあたしが皇子の魔力を貰ったことに起因してるんだろうけど――その結果がこの惨状ではあまり嬉しくはない――もとより魔法が使えない将軍との間では繋がることもなく、ヒナギクにはそれが不満らしい。
「その代わりに色々繋がってんだからいいじゃん」
「してません!」
「ほほう、何を?」
「……もうっ!」
おっと、振りあげた拳が帯電してる、これくらいでやめとかないと命が危険だわ。
……じーさまが小さく口の中で「ナニですかな」と言ったのは全力で無視。セクハラだぞ、じーさん。
「ともかく、今回の配役はこれで決定。いい加減『シャイニーフラワー』には消えて貰わないとね」
「ですが、やっぱりその……」
「しかたないでしょ。あっちが通信途絶地帯のどこかに潜伏してる以上、こっちの切り札はこの魔法だけなんだから」
魔法による念話のもう一つのメリットが、物理的・科学的な影響を受けにくいという点。
戦艦規模の大規模な結界装置ならともかく、簡易結界程度なら妨害にもならない。
潜伏してる連中が大げさな機器を持ち込んでたとしたら、さすがに気づかないはずもないので、今回はこの魔法が切り札になりうるというわけ……って言い訳、かしら。
ま、少なくとも表向きかつ一番の理由はそれ。
「いえ……やはり、薔子さんたちは諦めてないと思いますか?」
「でなきゃ行方不明になっとりゃせんでしょ」
ミサイル騒ぎのどさくさに紛れてショーコはユカリともども行方不明。
レジスタンスやらパルチザンやらのどれかに身を寄せてる可能性も考えたけど……今のところ接触の事実は確認できてない。
セコいテロ活動に荷担したんじゃ「正義」の名が泣くと……すくなくともショーコはそう考えそうだけど……今どの程度「あの子」が残ってるかは未知数。
あの子の実家のアレを、ショーコ手ずからやったんじゃないことを祈るのみだ。
「あたしなら、知らないうちに片づけてこっちのせいにする、か。その方が効率的だし」
「意識を奪った薔子さんにやらせる方が、バレたときにより効果的な気もしますが」
「その方が『自覚』したときに一挙に自我崩壊まで持ってける、と……あんたもたいがい外道よね」
きょとんとかわいらしく小首を傾げながら物騒きわまり無いことをほざく友人に思わずため息。
「さすがにそこまでは行っていないと思われますが」
「ほう?」
悪辣さにかけちゃ人後に落ちないじーさまの口から反論が出るとは思わなかった。
「心理的負担が大きすぎますからな。せっかくの手駒が制御不能に陥っては、現段階の作戦遂行に支障が出ましょう」
「……そっちかい」
思わず前髪をグシャグシャと。
「でも……捨て駒にするつもりなら?」
「一回限りの使い捨てにするには惜しいと思うのですが、な。さて……光の聖霊とやらにそこまでの戦略眼がありますかどうか」
「おいこらそこの外道コンビ……まあ、ユカリをあっさり自爆させるような相手だしねえ」
あのクソババアが関わった星じゃもれなく大災害が起こったなんて記録もあったし。
何やらかしても不思議じゃない相手ってのはほんと、対処に困るのよね。
「……なんにせよ、蓋を開けてみなけりゃわからない、と」
「地獄の釜の蓋でないことを祈るのみですな」
「不吉なことを言うんじゃないっ!」
じーさまが左遷された理由って、この失言癖のせいじゃないかしら。
・・・
「……くっ!」
あたしの頬をかすめて背後のアスファルトを打ったのは、ブラックデイジーの電撃。
「もっと頑張ってよけてくださらないと、つまらないです、よ?……ねえ、ホワイトリリーさん?」
嫣然と微笑むのはブラックデイジーに扮したヒナギクのやつ。一方、その攻撃に膝をついたあたしは呼ばれた通り、ホワイトリリーのコスチューム。
要するに、「シャイニーフラワー残党のホワイトリリーが無様に負ける」という茶番劇……なんだけど。
『ちょっとヒナギク!今あんたマジで狙ってたでしょ!』
とっさによけてなかったら直撃コースだった。遠巻きに見守るギャラリーに当てないよう、地面に当てるようにしてるだけまだましだけど……。
『……敵を欺くにはまず味方から、と言いますし』
『否定しろー!』
あたしのツッコミを打ち消すような雷撃の雨がかっ飛んできた。
思わず転がって逃げたけど、コスチュームの防護機構で守られてなかったら、擦り傷どころじゃすまなかったわよ、まったく。
「遅いですよ」
「っと、わっ!?」
膝をついて立ち上がりかけたあたしの目の前を、槍――に見せかけたレールガン、に見せかけた、何の変哲もない槍……ああややこしい――の穂先が通り過ぎる。
危機一髪……って、帯電してるし!かするだけで命に危険があるレベルじゃない!
念のために発電素子とか全部取っ払ったモックアップ用意したところで油断してたわ……自分で電気作れるんだから意味ないわよね。
「ほらほら、もっと気合を入れて避けませんと」
だいたい、魔力が枯渇している――という設定で、コスチュームの出力を落としている――か弱い乙女と、フルパワーで攻めてくる武術の達人じゃ、勝負にもなんないっての!
『ちったああたしにも見せ場頂戴よ!』
『あら、そんなことしたら百合子さん勝ってしまうでしょう?……油断大敵というものです』
『いやいや勝たないから!』
うんまあね、この期に及んでもまだ逆転の目はあると踏んでるし、ヒナギクをぎゃふんと言わせたくなってきてるのも事実だけど。
そんなのんきな念話を交わしている間にも、すさまじい速度と精度で振るわれる槍の穂先が、あたしをどんどんと追いつめてゆく。
しっかし、ハリボテとは言え結構な重さのあるあの槍を、悠々と振り回すとは……あたしの友人はここしばらくの間にどんな進化を遂げたのやら。
『ちっくしょお。後で覚えてろ?』
『ああ、ほら、百合子さん。演技演技、お芝居もちゃんとしないと』
いっくら演技とは言え、喉元に槍突きつけられて悠長に会話できるほど、あたしは剛胆じゃないつもりなんだけどね!
このアホの目は、素顔を覆うバイザー越しに「余計なこと言ったら殺す」って主張してる……ような気がするし、まったくもう。
「……殺しなさいよ」
今のヒナギクだと、「はいじゃあ殺しますね」とかうっかりぷちっとされそうで怖いんだけど。
「対話と説得が可能な相手はなるべく殺さないよう命令されていまして」
喉元の圧迫感が少し弱まる――少しだけ。まだまだふとした拍子に殺されないとも限らない雰囲気だけど。
「へえ、ご立派な上司様だこと」
ほんと、あのバカの理想主義には呆れたもんだ。
それにのっかってこんな茶番を仕掛けてるあたしも人のことは言えない、か。
あたしの口元に小さく浮かんだ皮肉な笑みを、ヒナギクやギャラリーはどう受け取ったやら。
「ええ、本当に」
『自画自賛ですか?』
からかうような笑みがめっちゃムカツクんですけど?……ってちょっと待て。
『あたしにそんな趣味はない』
『あら?でも……私に直接命令しているのは百合子さんですけど?』
ぐああ。
そーいやそうだった。命令系統的にはダークネスフラワーはあたし直属ってことになってるから、こいつの「上司」ってあたしになるのか。
……うんまあ言ったわよ。どーもなんか色々吹っ切れちゃったヒナギクが危ういっつーか物騒な雰囲気だったから、「なるべく」殺すなってお願いした記憶はあるけれど。
自画自賛、ならぬ自業自得ってとこかしら。
ああ、こっぱずかしい。
「……っ、悪の侵略者がぬけぬけと。宥和できるとでも思っているのかしら?」
ああもう、どっかの「市民様」みたいな台詞に反吐が出そう。
「あら?『私の上司様』は本気でそう思ってらっしゃるようですけど」
やーめーろー。
くすくすとからかいの笑みが大きくなってきてる様子は、ギャラリーから見たらこっちの浅薄な「正義」を論破しつつあるように見えるかもしれない。
しかし、長いつきあいのあたしにはわかる。
こんにゃろ、好機とばかりにあたしをからかい倒すつもりだ。
「できるわけがないでしょ」
「ええ、私はそう思うんですけどね」
色っぽい、を通り越してエロいブラックデイジーのコスチュームで、そんなかわいらしく小首を傾げると似合わな……これはこれで妙な色気が出てくるんだから美人って得だわ。
「今こうしてあなたを取り巻いている人たちの顔をご覧なさい」
あーらら、声音が一挙に絶対零度。
突然変わった空気に、指し示された群衆が一挙にしおれちゃったじゃない……まるで、ぐるりと巡らせた左腕から妙な魔法でも発したみたいに。
こうなるのが嫌だったから配役ねじ込んだんだけど、無駄だったか。
「かつては『正義』ともてはやしたあなたに向けている、この、嫌悪と忌避の表情を」
ええ、そうね。
街を守ってた「正義の味方」のピンチにも、誰一人として割り込んでこない。
やっかいな「事件」に巻き込まれちゃいけないとばかりに「見物人」として一歩引いた位置をキープしようとする、その表情。
「彼らが守りたいのは日々の平穏。変化を恐れ、守ってくれるあなたがたを『正義』とあがめても、ひとたび変化した日常になれてしまえば、あっさり掌を返す」
日常を守ってくれる相手が「正義」、どんな大義理想を語っても、すべての変革は「悪」。なら、すでに変わってしまった日常、慣れつつある新たな日常を元に戻そうとするのは……「悪」か「正義」か。
突如始まった自分たちへの糾弾に戸惑いつつも、おびえるギャラリーの表情は、ヒナギクの言葉を肯定している。
「……彼らにとって『戦い』は『非日常』。私たちは、『日常』を脅かす敵でしかないのですよ?」
そこで嘲笑じゃなくて怒りと哀しみを含んじゃうのがヒナギクらしいっちゃらしいんだけど、ね。
「知ったこっちゃないわ、よ」
ふっと笑って槍の穂先を払いのける。
「えっ?」
演技じゃない驚きに揺らいだ穂先は、あっさり向きをそらして……うーん、我ながらちょっとかっこいい?
「あたしは別に、誰かのために……誰かの『正義』のために戦ってるわけじゃないの」
扇で膝に着いた砂利を落とす。一応最低限の防御効果は残ってるはずなんだけど……無理な体勢とりすぎたかしら。
あたしの口元に自然と浮かぶのは、さっきヒナギクが浮かべ損ねた嘲笑と侮蔑。
やれやれ、これじゃどっちが何の演技してるんだかわかりゃしない。
「あたしはただ、ムカつく相手をぶっ飛ばしたいだけ。正義だの平和だの、ご大層な大義名分なんてどうだっていいの」
凍り付いたように動かない野次馬どもをぐるっとねめつけてやる。
「自分の手を汚す気もない連中の『正義』に、ホイホイ従ってやる義理なんてあるわけないでしょ」
ふんっと鼻で一笑い。
あたしから飛んだ侮蔑にざわめく連中の声をBGMに、油断無く扇を構える。
「無辜の市民を敵に回すことも辞さない、と?」
「敵に回す価値もないわね」
顔も知らない連中なんて、十把一絡げに統計上の数値。
生まれ育ったこの街に思い入れがないとは言わないけれど、いざとなれば切り捨てられる程度でしかない。
……そう割り切らないとやってらんないし。
「ま、当面一番ぶっ飛ばしたいのは……」
いつでも「次の行動」に移れるよう腰を落とせば、
「あら、奇遇ですね」
所在無げに揺れていた槍の穂先がぴたりと止まる。
やっば、ヒナギクってば完璧スイッチ入っちゃってるわ。
巨大な肉食獣の腹の中にいるようなこの殺気に比べれば、今までのはせいぜい虎がじゃれついてる程度……いやうんそれでも普通なら死んじゃってもおかしくないけどさ。
今吹きあがってるそれは、心臓の弱い奴なら気当たりだけでも死んじゃいそうな、物理的な圧力を持って迫って来る。
ま、しかたないか。
さっきの台詞をお芝居抜きでまとめちゃえば、あたしは誰の味方にもならないってこと。
光の聖霊のクソババアや市民のみなさんの味方にならないだけじゃない、ローザック帝国の――皇子たちの味方ですらない。
形は上司と部下だけど、別に忠誠を誓ったわけじゃない。お互いの目的がたまたま一致してるから一緒にやってるだけの……「共闘」と言う方が近い。
あたしは自分のためならローザック帝国すら敵に回す、皇子やじーさまや……彼女の思い人である将軍すら敵に回して後悔しない。
皇子やじーさまあたりはそんなこと百も承知の上で、裏切られるならそれまでと割り切ってる。
じーさまあたりは、あたしが邪魔になるようならあっさり切り捨てるだろうし、皇子は……あのお人好しにそれができるとも思えないんだけど。
……ま、アレに関してはあたしが見限る方が確実に早いだろうし、どーでもいいか。
取り立てて隠してたつもりはないんだけど、薄氷を踏むようなその関係に改めて気づかされたヒナギクさんとしては、裏切られた気になるのも、危険分子を排除したくなるのも、しかたない、わよね。
『ヒナギクー、わかってる?これ一応お芝居、お芝居だかんね?』
『ええ、わかってます。百合子さんはどんな時でも嘘を口にしないってことくらい、よーっくわかっていますとも』
『……わかってない!』
その信頼は嬉しいけども!今この場じゃあたしの命のピンチ以外の何者でもない。
「……甘ちゃんめ」
思わず苦々しげな声が漏れる。
「よく言われます」
貴女に、というのはさすがにクスクス笑いの陰に溶かされたようだけど。
あーもう、「抵抗むなしく手ひどくやられる」のは演出プランB通りだけど、これ乗り越えてあたし生きて帰れそうにないじゃない!
……半身不随か再生ポッドに一ヶ月くらいですめば御の字かしらね。
コスチュームの出力を引き上げていく。さすがにこの期に及んで出し惜しみしてる余裕はない。
それでも、ようやく装備の性能が並ぶだけ。
身体能力や戦闘技術じゃヒナギクにかなうわけないし、こっちの手の内は奴も一通り知ってるわけで。
唯一の頼みの綱は最近成長著しい魔力と魔法技術くらいだけど……なんか仕掛ける余裕をくれるとも思えない。
――こりゃかつてないほどの危機だわ。
「そう!正義はくじけない!正義は負けない!悪の侵略者を撃退するまで、戦い続ける!」
「誰もそんなことは言ってない!」
「誰もそんなことは言ってません!」
互いの手の内を読みあって膠着状態に陥ったあたしたち二人の呪縛を解いたのは、近くのビルの屋上から響きわたるのーてんきな声。
見上げたビルの屋上に、太陽を背にしてすっくと立つのは……
「レッドローズ!」
「……逆光なのに、よくわかりましたね」
「他にいないでしょ、こんなところにのこのこ現れるバカ」
いくらバカでも出てこない公算の方が大きかったんだから……というのはおいといて。
『本命到着、ってことで』
『あら、残念ですね』
あたしたちがこうして茶番――なんだか命がけだった気もするけど――を繰り広げてたのは、この正義バカが釣り出されるのを待つため。
その目的が達せられた以上、作戦はプランAに戻る……
「とおっ、レッドファイアー!」
相変わらずなぜ「ファイアー」なんだか、威勢の良いかけ声とともにローズの手から火の玉が飛んでくる。
「ちょっ、あぶな!?」
妙に軌道の安定しない火の玉が、二階ほどの高さまで降りてきたと同時にぶわっと膨れ上がる。
とっさに飛ばした風で吹き散らす。と、あたしの意を酌んだヒナギクが、砕けて威力の落ちた火弾を雷の網で絡めとった。
「毎度毎度、周囲の被害を考えろっつってんでしょうが、このドアホ!……あれ?」
『どうなさいました?』
『あー、うん、気のせいならいいんだけどね』
火力バカが開発したバーストとはどうも魔力の働きが違うというか……そもそもショーコが「必殺技」のコールを間違うわけもないし。
魔力の制御に失敗して火球の維持をしきれなかった、ような?
『……とりあえず気のせいってことにしといて』
『はあ……いいですけど』
呆れたような念話とは裏腹に、苦々しげに小さく舌打ち。
「まだ残党がいましたか。手負いとはいえ二対一では少々分が悪いですね」
槍の構えを解いて、とんっと石突きで地面を叩く。
「命拾いしましたねえ」
屋上からかっこつけて飛び降りてきたローズには目もくれず、あたしに向かってにーっこり、と実にイイ笑顔を向けると、転移で撤退した。
「……まったくだわ」
「ユリ……リリー、大丈夫だった!?」
駆け寄ってくるバカを見てため息一つ。そりゃこっちの台詞よ。
魔力制御のベースは本人の意志力。
心理的負荷が大きくなると、とたんに制御能力は低下していく。
心理的負荷――ストレスやトラウマ、そして……
「心配したんだよ、ヒナ……デイジーもリリーも、変なこと言い出したし、あいつらに洗脳されちゃったんじゃないかって……あだっ!?」
「あたしがおとなしく洗脳されるようなタマに見えるか」
「う、うん!そうだよね!ユリちゃんは大丈夫だって、信じてたから!
あたしのチョップで真っ赤になったおでこをさすりながら涙目でにへへと笑うショーコ。
こーして見る限りはなんともなさそう、なんだけどね。
「心配したのはこっちだっつーの、よ」
きょん、と子犬みたいに首を傾げてるアホの子相手に、まじめに心配するだけ無駄な気は……するんだけどねえ。
雛菊「どの辺が『魔法少女らしい展開』なんでしょう」
百合子「SEKKYOUバトルなあたり?」
薔子「あたし目線だと、『洗脳されかけてた仲間が逃げ出してピンチなところを助けに来たショーちゃんカッコイイ!』だよ!」
百合子「……実態はねえ」
薔子「ってゆーか、うちどーなったの!?」
雛菊「(黙って目をそらす)」
百合子「【連鎖堕ち】洗脳された娘の手引きによって餌食にと差し出される母【親子丼】」
薔子「えーっ!?」




