第十九話:そして太陽は地に堕ちた
――その日、地球の上から、一つの都市が消えた。
なんつって、かっこいいこと言ってみたけれど、地球全体からみればこの程度の地図上の変化、毎日はなくとも年に数度は起こってる日常茶飯事。
被害者総数なんてものも語るほどのことじゃない。
なんもなくとも人間なんぞ、ぽこぽこ生まれて勝手に死んでいくのだから。
・・・
さすがにちょっとおうちには帰れない状況ってことで、例によって戦艦の自室にプチ引きこもり中のあたしの目の前、ホログラムだかなんだかの謎技術で目の前に浮かぶモニタに映し出されているのは二つの動画。
一つは――ブラックデイジー、のかっこをしたヒナギクが、今回の作戦の中止を求めている。
帝国は確かに侵略者として「地球全体」と戦端を開いているけれど、「前線」として設定している笠原市を実効支配はしていない。
小規模な戦闘行為を繰り返してはいるものの、市への侵攻は水際で食い止められていると言っていい。
今回の作戦は自分たちの本拠である戦艦ではなく、その「被害地域」を直接狙ったものであり、何ら必然性なく意図的に民間人を無差別に虐殺することを前提にしている。
こんな非人道的な作戦は行うべきではない、と。
「愚かな選択をなさらないことを切に願います」
そう締めるヒナギクの声も表情――つってもマスクで口元しか見えてないけど――も、哀しみに満ちあふれた真摯なものだ。
……まあ、彼女「は」真摯よね。
作戦概要や大筋はプロット通りとはいえ、言葉そのものは彼女の口から出てきたものだし、この「説得」がどういう結果を生み出すかまでわかってたわけじゃないだろうし。
あの子は、できればこの作戦を本当に止めたかったに違いない。
でも、起こるべくして起こってしまったこの作戦は、起こった時点でもう引き返し不可能点を過ぎていた。
誰にも、おそらくは仕掛けた当人たちにすら止められない強制力でもって押し進め引きずられていく状況で、美少女の「説得」がなにほどのものかは。
もう一方のモニタの中、豪華にあつらえられた壇上では、一人の壮年の男性がマイクの砲列の前で拳を振りあげている。
「我々は侵略者の脅迫にも懐柔にも屈しない!悪辣な侵略者に、いまこそ我々の正義を見せてやろう!そうだ、我々の正義は何者にも負けることはない!絶対に、絶対――」
最後の「絶対に(Never, and Ever)」を言い切るか言い切らないか、ぎりぎりのタイミングで壇上を爆風と炎が埋め尽くし……ブラックアウト。
あの惨状ではカメラの方が保たなかったに違いない。確かめる術はもうないけれど。
「正義なんて、くっだらない」
あたしが小さく吐き捨てたとき、ノックの音がした。
・・・
「思ったより落ち込んでいないな」
メイドさんに差し出された紅茶を受け取った皇子が、実に心外なことを言う。
「落ち込んでるわよ?もーちょっと被害少なくできたんじゃないかなーとか。さすがに地球一周分の燃料積んでないのはあちらのせいではないでしょうし」
「無辜の民を巻き込んだ件について、だ」
いつもおいしい紅茶を、お茶の葉を入れすぎたみたいに苦い顔で飲み干して、皇子がそっぽを向く。
大の男がすねて見せてもかわいくなんてねーわよ。
「あらあら。民主主義の国ですもの、自分たちの代表が行った選択と決定について、『汝等罪無し』とはいきませんわよ?」
をほほ、とイヤミにお嬢笑い。カップを持つ手の小指を立ててみたりして。
皇子はますます渋い顔に……メイドさんが紅茶淹れるの失敗したのかとあわあわしだしてるからいい加減に……いや大変かわいらしいのでもっとやれ。
「……ま、実際のところは民主主義ってえより資本主義よね。一番金持ってる奴が一番偉い、と」
「だから、そういうことではなくてだな」
「言ったでしょ?あたしは『助けられない』ことは後悔しないわよ。……彼らを助けるという選択肢はなかった。なら、ここでいくら反省だの後悔だのしてみせたところで、あたしはまた同じことをやるもの」
あたしにできるのはせいぜい、その首謀者としての悪名を背負って生きることだけ。
あとはまあ……その人たちの死が無駄にならないようにはがんばらせてもらうくらい?
「……つくづく、お前の方が王に向いていると思うのだがな」
「覇王とか狂王とかならそうかもね」
「俺は、そこまであっさりと『切り捨てる』判断を付けられんからな」
はぐらかされたと思ったのか、むっとした様子の皇子。
でも、それはちょっと勘違いだ。
「あたしがあっさり決めたと思う?」
「違うのか?」
「言ったじゃない、何度も検証と検討を重ねてたって。今回の件は、事態が最も早く破滅へ傾いたケース。前々からの『仕掛け』も、『こんなこともあろうかと』じゃなくて、『コレを使う日がこないといい』と切に願ってたわよ?」
バカなことをしないようにと釘を刺す意味で、青井のじーさまに検討資料の「一部」を渡したのが、まさかここまで裏目に出るとは思わなかった。
あれの白眉はその「自滅確率」の高さ。
およそ帝国側がどのような行動オプションをとっても、その影響は地球の政治経済に壊滅的打撃を与える。
そもそも帝国が来なければ、と言いたくもなろうってもんだけど、来てしまったものは仕方ない。起こったことは戻せない。こぼれた水は器には還ってくれないのだ。
……まあ、現状で「帝国が来なかった場合」をシミュレーションしても、向こう五年以内に前大戦規模の争乱が発生する確率がちょっとしゃれにならない数字を叩き出してはいたんだけど。
言うならば、「ローザックが攻めて来ようが来なかろうが、破滅へのタイムスケジュールは誤差の範囲」、それが戦艦に積まれた高度AI様が導き出した結論。
あれを見てもまだ無駄な戦いを選んで無駄に命を削ろうというほど馬鹿だとは思いたくなかったんだけど……さすがに「資料が渡された」事実だけリークして「肝心の資料の内容」が漏れてない、なんて回りくどい事態はあり得ないと思うし。
そもそも、もうちょっとマイルドにオブラートに包んだ資料は、広報サイトにもわかるように置いてあるのよねえ。
それすらも、謀略か無視すべき情報として処理しちゃったってことかしらね。
こっちが負ける可能性まで含めて馬鹿正直なまでに公平に検証した結果だというのに。
人間、結果ありきで物を考えるようになると、資料の公平性すら見えなくなってきちゃうのよねえ。
「実際、笠原……というよりは近畿中国四国あたり一帯を見捨てちゃうのが、一番被害も面倒も少ないのだけど」
「いやいや、一都市より規模が増えているだろう!」
「最終的に、よ。人も住めない焦土になった後なら、勝手に居座ってもあんまり面倒はないし。そうすれば笠原一都市よりも広範な面積が労せずしてうちのもんになるし」
資源も人間もいない場所を勝てない戦争してまでほしがる物好きもそうそういない。
遺留品から少しでも異星技術を盗もうというスカヴェンジャーも、そこにその塊みたいな前線基地ができあがれば、そこから情報を盗む方が実入りが大きいと思い直すだろう。
「……ま、そーゆーオプションを提案できないだけ、あたしもまだまだ甘いってことよ」
「手の届く範囲の物は守りたいと思うのが人情だろう」
「そうね。あたしは手が届かないとこにまで無理に手を伸ばそうとはしないけど」
手の届く範囲、守れる範囲には限界があって、それを守ろうとするのも、守れないと悔やむのも、無駄なことだってのがあたしのポリシー。
ショーコみたいに無自覚にどこまでも、なんてヒーローごっこは無理だし。
「だから、まあ。その結果巻き起こっちゃう面倒事は……皇子が責任を取ってくれる、と」
「俺なのか!……責任者として当然の義務ではあるんだが」
あたしより、意に沿わない作戦のしりぬぐいをしなければならない皇子のほうがよっぽど落ち込んでるように見える。
慰めてなんかはあげないけど、ね。
・・・
「カサハラ市が帝国への帰属を宣言いたしました」
「よーやくか、長かったわね……で、これは何してんの?」
定例の作戦会議。ヒナギクが参加するようになってからなぜか定番化したお菓子の山を、食い尽くしそうな勢いでむさぼっているドランと……レオン?
「はい!わたくし、偉大なる雛菊様のご教導により心を入れ替えましてございます!これからは雛菊様の御為、身命を賭してお仕えする所存であります!」
くるっと振り返ったレオンは、キラキラした目でこっちに宣言してくる。似非ぬいぐるみの分際でいっちょ前にびしっと敬礼してるけど、口の周りどころか体のあちこちにクッキーのカスがついてたらいろいろ台無しじゃないかしら。
「……どーしたのこれ」
「ええ、あんまりに五月蠅いので、ちょっと思考の再設定を」
将軍の横にぺったり寄り添うのがすっかり定位置になったヒナギクが、「壁際が寂しいのでちょっとお花を飾ってみました」ってくらいの気安さでとんでもないことを口にした。
「まあ、あのままじゃ処分するしかなかったし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ」
「ゆ、ユリコ様、自、自分は誠心誠意お仕えいたしますので、再設定はしないでほしいドラ……」
恐る恐るこっちに訴えかけてくるドランの目がなんかうるんでて気持ち悪い。
思わずぶん殴りたくなるのをこらえて、にっこり笑って安心させる。
「大丈夫、あんたにそこまで期待してないから」
「そ、それなら安心ドラ……ん?」
胸をなでおろしながら首をかしげるドランだけど、期待してほしかったら菓子むさぼってないで働け。
笠原市――正確には周辺数町村とか含むけど――が、異例のスピードで帝国の庇護下へ入ることを打診してきて一週間。
じーさまと皇子はなんだかいろいろややこしい折衝やら事務手続きに奔走してたみたいだけど、これでようやく地球上に侵略拠点を確立できた、と。
まー仕方ないわよね。本来保護すべき日本政府がむざむざ見捨てるような判断をしたんだもの。
普段から「中央は何もしてくれん」と不満が溜まってる地方都市が、「もうこうなったらこっちから見放してやる」ってなるのは必定。
当然日本政府は抗議してきたけど、それが余計に不信感を高めて周辺都市や県全体にまで波及しかねないとわかり、最終的には見て見ないふりをすることに決めたようだ。
「オーサカも、この機に乗じて独立を模索しているようですな。防共協定について打診して参りました」
「……まーあそこは前っから独立したくてしょーがない感じだったしねえ。で、防共協定?対等だとでも言いたいのかしら?」
土地や経済の規模だけなら対等どころかこっちがはるかに弱小だけど。
ちらっと皇子を見やれば、呆れたように肩をすくめて天を仰いだ。
「却下ね。面倒見てほしければ従属しろって言っといて。自分でインフラ維持できるならご自由に、ね」
そう、ライフラインも含めたインフラ、こいつが一地方都市単体で「もう知らん」と独立できない最大の枷になる。
県下一円程度の規模なら、余剰しまくってる戦艦の供給・循環システムをフル稼働すれば賄えないことはないけれど、さすがに地方全体まで面倒見ろと言われたら力不足。
ましてそういう後ろ盾のない都市が独立したところで……三か月後には餓死するんじゃ肉の壁にもなりゃしない。
「ライフライン施設の接収は最優先課題ね」
「風力・太陽光による低公害電源の確保は検討中ですが気休め程度ですな。特に水道設備となりますと……」
「打てる手は脱塩プラントくらい?」
「ロードマップ的に、少々オーバーテクになりすぎまして」
「……ことこうなった以上、市内だけでも自重しない方向で」
「御意」
皇子の意見を伺おうとしたら、そっぽ向かれた。うん、これは好き放題やってよいと勝手に判断しよう。
大事なのはパンとサーカス、「帝国に支配されてよかった」とはいかないまでも、「ないがしろにされても今までのほうがよかった」と言われないようにしなくちゃね。
「んで、あちらさんはどーなのよ」
「いくつかの国が、『いまだ混乱にある被害国への救援および治安維持活動』を行っているようですな」
「物は言いようってやつよね、それ。実際は混乱が収まる前に領土や資源をかっさらおうってとこでしょ」
「言うまでもございませんな」
「大開拓時代再び、なんつって」
けっと吐き捨てる。
「中央機能が麻痺していても、州軍や地方部隊が独自に対応すると思うのですが……」
「『現地によれば内乱や地方暴動が発生している』ってとこかしらねえ」
ヒナギクの疑問に苦笑で返す。じーさまが訂正しないとこをみると、実際そんな話になってるんだろう。
撃ちあってる相手が誰で何故かなんて、いくらでもでっち上げられる。
相手の「正義」を認めなければ、お互い「正義」と称してはばからない泥仕合の出来上がり。
「これでますますあちらさんの立ち直りは遅れるわけだ」
「『治安維持』側が望みませんからな。南部国境周辺では、軍集団自身が軍閥化する動きも出ておるようで」
「……腐ってるわねえ」
これまたどっかの政府だか犯罪者集団だかの差し金ってことだろうけど。
「一大国を抑え込むにしては経済的な作戦だったのは認めるが、な」
いまだ不服そうに頬杖ついてつぶやく皇子。
作戦ってほどのもんじゃない。
あたしらが仕掛けておいたのはしょーもないコンピュータウィルス。
彼らのミサイルがどこに向けて発射されても、そのターゲットをその首都に向けるというもの。
もちろん、飛行中の管制にいたるまですべてきっちり欺瞞する程度のことはしてるけど。
「だいとーりょーも、のんきに演説してないで、特別機にでも退避してれば助かったのにねえ」
「『演説の途中だが、報告によれば今丁度彼らに裁きが下された』なんてパフォーマンスをすることでも考えていたんでしょう」
心底興味なさそうにヒナギクが推測を述べる。
順調に進行していると欺瞞されてたミサイル、そいつが演説のラストに着弾したってことは、まあそれが正解かしらね。
「大国の手にかかれば、極東の島国の民なんて演出の花火と等価ってことよね」
「おかげでよいパフォーマンスになってくださいました」
愚かな大国のだいとーりょーが自らの頭の上に「正義の鉄槌」を振り下ろした動画は、こちらによる解説とともに大いに宣伝効果を上げてくれたのは確かなんだけど――あたしゃ、うっそり笑うヒナギクさんが一番怖い。
「……とはいえ、あの時点で空域封鎖していたからな、たとえ演説を行っていなかったとしても逃げられないだろうが」
「核の冬なんてまっぴらごめんだもの」
もう一つの仕掛けが、数キロの範囲を物理的に封鎖した巨大なシールド。
放射性物質が爆風とともに広がるのを防ぐため、かなりの出力で押さえこんだそれは、とんでもない副次効果をもたらした。
「おかげで現場は巨大な溶鉱炉と化し、跡形もなく溶けたクレーターが出来上がったわけだが」
爆圧も熱もシールド内に封じ込めた結果、そのエネルギーはすべて内側に向かい、すべてを飲み込んだ。
出来上がったのは、隕石でも落ちたのかってくらい巨大なクレーター。そこに都市があったなんて想像することも許されないほどの大穴である。
恐るべきはそのクレーターを作り出すほどのエネルギーを抑え込めるシールドか、そもそもそんな規模の爆撃を、よその国の一地方都市に、しかも「核の冬」への対策なんか一切考えずにぶち込む気満々だった大馬鹿っぷりか。
「あれで双方想定火力の十分の一ってんだからねえ」
何らかの理由――「良心」に基づくサボタージュから、なんらかの工作が仕掛けられていると「懸念」しての一時停止まで、さまざま――から、そもそも発射されなかったものが五割、メンテ不足などの運用上の問題で機能しなかったものが二割、身近な首都を狙うため、地球を逆に一周とかしないとだめだったため、途中で燃料不足を起こしたのが実に二割、全体の九割はそんな感じで効果を発揮しなかった。
もし本当に全火力が、それも笠原に撃ち込まれていたとしたら……被災規模は日本一国では収まりきらなかったんじゃないかしら。
「だいたい、核が効かないくらい、広報動画見てればわかるでしょーに」
広報サイトの「よくわかるローザック帝国」シリーズ、その中の「すごいぞ宇宙戦艦」では、あたしたちの乗ってるまさにこの船が、恒星のフレアに巻かれながら戦闘しているシーンがある。
熱量も放射線の量も、人間が作り出しうるそれとは一線どころか文字通り桁が違うそれにあぶられても平気なもんが、どーして沈められると思ったのか。
「それもまた、謀略とでも思われたんでしょうねえ」
嘆息するような口調だけど、表情は暗い……っていうか黒い。
自分の動画がないがしろな扱いだったこと、結構根に持ってるわね、この子。
「続いて、いくつかの国家が服属を打診して来ましたが……」
「おうおう、見事に紛争当時国ばかり……っと。これはよーするに虎の威を借りたいってとこかしら」
「世界的な恐慌が間近に迫っているとあれば、小国が大国の庇護を求めるのは至極当然の帰結かと」
「守ってくださいってだけならまだいーんだけどさあ、大半は『侵略の先兵』って大義名分で敵国攻めようって腹でしょ?」
「大半ではなく――ほぼ全部といったところでしょうかな」
「なお悪いわ。さすがにそんな余計な恨みまで買ってる余裕はうちにはないわね」
「御意」
「……恐慌?」
あたしとじーさまの会話から、気になるワードを聞きとがめたヒナギクが険しい顔になる。
「そりゃ世界の基軸通貨を自認してた国がズタボロになってんだもの、恐慌も起きるわよ」
本来は、技術・経済格差の拡大から紛争、恐慌って流れを想定してたんだけど。
まさか大国自ら事態を一足飛びに進行させるとはねえ。
「……で、もう一方の大国が服属打診ってのはなんの冗談かしら?」
「その他の国と理由は同じでは」
「日本を蚕食する前のご機嫌伺いってとこ?二正面作戦する気か……さすが大国は格が違った」
「ご機嫌伺いするだけましというところだろう」
「あー……まあねえ。連中の言う『大義名分』は本当に意味不明だったし」
なんで「被害者国」に「謝罪と賠償を請求」して、その結果「わが国固有の領土」を「割譲せよ」になるのか。
だいたい、いつの間に旧琉球国はともかく九州全域まで「固有の領土」になったのやら……理屈と膏薬はどこにでも付くって言うけど、ねえ。
「おかげさまで、カサハラ以西の各自治体が、真剣にこちらの服属を検討している模様ですが」
国はあてにならない……っていうか、うっかりあてにして焼け野原にされちゃたまらない。となれば、比較的現状維持かつ穏健なうちくらいしか頼るとこがない。
まあやってることは他の小国と変わらないんだけど。ってゆーか、お隣の連中とあたしらも、やってること大して違わないんだけどさ。
「九州のインフラが手に入れば少しは楽になるかしら」
「相当のテコ入れは必要になると思うが、な」
ほんと、どこもかしこも「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」ってくらい老朽化とメンテナンス不足が祟ってて。
いっそ入れ替え……となると、技術供出の先鞭ってことになるのかしらねえ。
「ひとまずは、笠原市全域の掌握と安定。下手に手を広げても対応が間に合わないわ」
「御意。運用スタッフの現地採用についても随時検討してまいります」
じーさまが一礼して本日の定例会議は終了。
問題は山積みだけど、「国内」は比較的平和なのが救いってとこかしら。
「……やはり、もうあいつが王でいいんじゃないだろうか」
「それは言わない約束ドラ」
「王がどなたになろうとも、わたくしは雛菊様の赴くところに身命を賭してお供させていただく所存であります!」
「まあ、嬉しい」
「……いや、それもどうなんだ」
部屋の隅っこで何やらぼそぼそとささやき交わす皇子とゆかいな仲間たちをギロリとひと睨み。
「何度も言ってるじゃない。あたしゃ王様の器じゃないって」
「いやしかし、こーも何もかも素通りで決まって行ってしまうとだな、俺の立場というものが……」
「王様はどんと構えて、あたしやグルバスのじーさまみたいなのがいろいろ悪巧みするというのが理想なわけよ」
「王政の本道ですな」
「うむ、それは確かに基本と言えば言えるのだが、どうにも釈然とせんというか……なんだろうな、この言い知れぬ不安は」
「そこであたしらが好き勝手やった挙句の責任だけ親分にどーんと」
「ほらやっぱりおかしな方向へ行ったぞ?」
がっくりと肩を落として、地獄の底から漏れ出てくるような溜息をつくバカ皇子。
「あら?部下の責任はトップの責任、でしょ?」
「それはその通りだが、それを免罪符に好き放題やらかす権限まで与えた覚えはない!」
「現段階では、ユリコ様に与えられた裁量権の枠を逸脱する行為は認められませんが」
「ぐ、ぐぬ……い、いやしかしだなあ」
意を決して顔を上げた皇子の反論は、じーさまによってすぐさまつぶされる。
「その手のことで、百合子さんがうまく立ち回らないはずがありませんからねえ」
「……あんたはあたしを何だと思ってんだ」
そして、そこのエセぬいぐるみ二匹はなぜそっぽを向いたのか。これはあとできっちり問い詰めないとね。
「今のところ、んな無茶なことしてないわよ」
「……それでも『今のところ』というあたりが全く安心できんのだが」
「基盤も整ってないうちから職権乱用したって、できることなんてたかが知れてるし。下手打って組織ごと崩壊なんてしちゃった日には目も当てられないじゃない」
「我々がいまだ員数的には弱小と言わざるを得ないことを喜ぶべきか悲しむべきか」
「それじゃまるで勢力的には弱小を脱したみたいな」
「しかし、こうして打診が来るようになっただけでも、我々が相応の認知を得ているという……」
「言ってて空しくならない?」
「だ、大丈夫ドラ!皇子は頑張ってるドラ!」
「一向に頑張るそぶりも見せないボンクラドロイドに言われてもねえ」
「あ、明日から頑張るドラ!」
それは確実に頑張らないフラグだと思うぞ。
「ま、何をするにしてもまずは市内の統治基盤の確立と安定。そこからよ」
「……先ほどと方針自体は変わっていないはずなのだが、いまいち不安がぬぐえない気が」
「うっさい。あんたはこれからどんどん顔を売ってもらうんだから、もーちっとシャキっとしなさい」
上半身の激しい上下動に負けてひっくりかえっていた襟を正す。
どうもこう……服に着られているというか押し出しが悪いのよねえ。
戦闘に出てるときみたいなぞろっとしたマントをいつもかぶせておくわけにもいかないし。
軍の一等礼服みたいな、引き締まって見える物のほうが世間受けはいいのかしら。
「そうしていると、まるで新婚さんみたいですね」
「なっ!?」
突然投げかけられたヒナギクの笑みを含んだ声に、あたしと皇子がぎょっとして振り返る。
「出社前にネクタイを締めなおして上げる若奥様、みたいな?」
うふふと笑いながら傍らの将軍を見上げるのは、あんたがそういうことやってあげたいとかそういう願望の表れか。
将軍は将軍で、そこで真っ赤になるんじゃない。こっちまで恥ずかしいから。
「ないない、ないから」
「む、そうか……ないのか」
慌てて否定したあたしに、妙にダメージ受けてるバカ皇子。
「ないから、ね!」
ネクタイが本当にあったら、ぎりぎり締め上げてるところだわよ、ほんとにもう。
百合子「文字通りの幕間で一国滅ぶとか(笑)」




