第十八話:太陽は燃えている
「――お前の言っているのは多分これのことだろうが……怒るなよ?」
「……ふうん?」
妙な前置きとともに皇子が見せてきたモニタに表示されたデータに、あたしの口が歪む。
それを目にした皇子がかつてないほど引いてたのを見るに、あたしは随分と「いい」笑顔を浮かべていたらしい。
ヤマさんの言っていた「自衛隊の撤退」。どうにも気になったそれの裏を取れないかと皇子に聞いてみたところ――
やれやれ、「正義」ってやつはどうしてこう……ねえ?
・・・
「まだ目の前にはあのくそったれな船がぷかぷか浮いてんだぞ!?しまいにゃ小娘の増援まで来たってのに、なんで今撤退せにゃならんのだ!」
「おー、やってるやってる」
今や難民キャンプと呼んだ方がしっくりきそうなほど殺風景になったじえーたい笠原駐屯地は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
粛々と撤退作業を進める隊員もちらほらいるものの、隊長以下血の気の多い連中がそこかしこで怒鳴り声をあげ、理解できない撤退命令に不満を漏らしている。
「ま、なんの成果もなくおめおめ引き下がれと言われたら、そりゃ不満も出るってものよね」
「そうだ!どうあってもあいつらに一矢報いるまでは……って、貴様は!」
テントの上に座って足をパタパタさせてたあたしにようやく気づいた隊長のおっさんが、指を突きつけて絶叫する。
「やめてください唾が飛びます汚いです死ぬの」
「きっ、貴様っ!なぜまた来やがった……なんとかリリー!」
がくっ。
思わずテントから転げ落ちそうになった。なにその「なんとか」って。
……ま、まあここはブラックかホワイトかで悩んだってことにしておこう。うんいや一応ブラックのかっこしてるはずなんだけどさ。
「じゃあ上海リリーで」
「違うだろう!っつーか古いわ!……で、今更何の用だ。敗残兵を笑いにでも来たか」
律儀にツッコミを返してくれるおっさんは、実は結構ノリがいい人なのかもしれない。
「ボロ雑巾見て笑う趣味はないわよ。今回の撤退命令の裏、教えてあげようかと思って」
「ボロ……くっ……貴様は何か知っているとでも言うのか!」
おお、屈辱に耐えて怒りを飲み込んだわね。おっとなあ。
ご褒美を兼ねて、持参した命令書の束を投げつけてやる。
「あたしゃ優秀だからねえ……あんたらと違って」
「自分で言う……おい、これは本当か!?」
目を通していた書類の内容に驚いてツッコミが不完全燃焼。ううん、まだまだねえ。皇子くらいぽんぽんとつっこむためにも条件反射の域にまで高めないと。
「たかだかプリントアウト、いくらでも偽造も捏造も可能。こちらの謀略の可能性は否定できないわね」
さあ?とでも言うようにオーバーアクションで肩をすくめて。
半信半疑で上等。ここであっさり信じられても頭の程度が心配になる。
「だが、こりゃあ……」
「そうね、あんたたちの撤退命令もつきあわせれば、日本政府は当然この作戦を知っているってことになる」
あたしの言いたいことがわかったらしい、一部の隊員の顔がゆがむ。残り半分は「それがなにか?」って顔……ええい、のーきんどもめ。
「つまり……建前はどうあれ、日本政府は笠原市民を売った、ということよ」
今度こそあたしの言いたいことを理解した連中が、ざわめいた……遅いってのよ。
「……で、てめえらは俺たちに何をさせたいんだ?」
お前らが来なければだとか、とっとと出て行けだとか、ごもっともすぎて今更な罵声を浴びせる隊員の皆様を抑えて、隊長がそう口にした。
過ぎちゃったことはもうどうしようもないんだから、今更グチグチ言ったところで意味ないわよね。
たとえ親の敵ほどに憎たらしい敵相手でも、理性的に交渉を進める方が建設的ってもの。
十把一絡げにのーきんのーきんと侮っていたけど、隊長さんの評価は少々上方修正すべきかもしれない。
……まあこれで、真っ赤になってる顔だとか痛いほど握りしめてる拳だとかに感情が表れてなければ及第点、なのだけど。
「うんまあ好きにすればいいんじゃなーいー?」
「なっ!?」
あたしの投げやりな返答に、またもや連中が色めきたつ。
「一旦撤退したあと、何をさせられるかはわかってると思うけど?」
「……てめえらがそれを許すわきゃねえと」
「ここまで作戦がバレてる時点で、きっちり『対策』は済ませてるものね」
にやにや笑いで返してやっても、唸ったり呻いたりばかりでいまいちリアクションが薄い。
「それでもそれに乗るってんならご自由に。だけど……今度こそ『殺す』わよ?」
ジロっとひと睨み、同時に風を煽る。
突然吹き付けた風に、隊員の皆様は思わず顔をかばって――こういう時って感情が行動や体感に引っ張られるのよねえ。ねらい通りに、あたしに恐怖を感じてくれた。
こないだボッコボコにしたり、それでも「手加減」してたなんて言うのも効いてはいたんだろうけどね。
「……何がねらいだ?」
まだそうやって睨みながら聞き返してくる隊長さんの胆力とかは賞賛に値するけれど、ショーコ同様、自分で考えるってことが圧倒的に足りない。
「『対処』も『対策』も可能な限りやってるけど、万全ってわけじゃないのよね。何しろこちとら少数精鋭部隊だから人手が足りなくって」
「俺たちにてめえら侵略者の片棒を担げ、とでも言う気か!」
「笠原市民十万人が、すでに侵略者の手先だってんならそうなるわね」
「……何を言っている!?」
あたしの嫌みに、若い――つっても、あたしから見たら十分すぎるほどおっさんだけど――隊員から悲鳴のような問いかけが発せられた。
だから、もう少し自分で考えろと。
「今回の作戦を素直に読みとけばそうなるでしょ?」
「笠原市民は貴様等帝国に屈してなど……」
「いないわね。だから、あたしたちにしてみれば、彼らは『攻略対象』であって『庇護対象』じゃない。あんたたちのばかげた作戦から守ってあげる義理なんて、ないのよねえ」
くっくっく、とちょっと余裕を見せつつ悪役笑い。気分としてはこのボンクラどもを怒鳴りつけて殴り飛ばしてやりたいとこなんだけど。
「……まだわかんない?今回、笠原市には誰一人として『味方』がいない。誰も守ってくれないのよ」
あたしたち――この場合、シャイニーフラワーの方だかローザック帝国の方だか、そのどっちにしても「守ってくれる」ことを、本来守るべき連中、見捨てた連中が期待すべきじゃないわよね。
「まあね?あんたたちが建前にでも『守るべき市民』を見捨てて、『命令を守る』ってんなら止めはしない……ううん、立派な軍人様だって誉めてあげてもいいわよ?」
軍人さんは命令を守るのがお仕事。たとえどんな理由があろうとも――民間人や自分の家族の命が危険にさらされようとも――命令に逆らうのは許されることじゃない。
でも。
「前も言ったけどさ、もう一回よく考えてよ。あんたたちはいったい『何』を守りたいのか、ね」
あたしの言葉に答えはなかった……じえーたいのみなさんからは。
「決まってるよ!地球のみんなを、侵略者の魔の手から守る!」
「ああもう、めんどくさいの来ちゃった!?」
以前も登った廃ビルの屋上にすっくと立つは一人の少女。
いやまあこんな状況で「正義の味方」やってるおバカはもう一人しかいないんだけど。
「炎の戦士、レッドローズ!邪悪な侵略者め、覚悟しなさい!とう!」
赤い花を模したドレスを翻し、ひらりと飛び降りるレッドローズ。どーでもいいけど見えちゃって……まあ、レオタードみたいなもんだし。
「だから今回魔の手を伸ばしてるのはあたしらじゃなくってね」
「悪の言葉には耳を貸さない!」
思わず額に手を当てたあたしに、いつもの得物の片手剣を向ける。こうして魔力を感じ取れるようになってみると、その剣にかなりの魔力が集積されてってるのがわかる。
いろいろ試したあたしに言わせりゃどーにも隙だらけで甘い制御のせいで端からだだ漏れちゃってるのもわかるんだけど。
これから魔法使う相手が敵にまわること考えたら、うまく隠蔽しつつ魔力をためるとかの小技も必要になってくるかも……今はそんなことを考えている場合でもないか。
「先手必勝!レッドファイヤー!」
「ま、そんだけ溜めてりゃバレバレよね」
左手を薙ぐように払えば、空気の塊が飛び出して火球をブロック。
「……バースト!」
「そっちもね……っつか、一応味方のはずだったかもしれないような気もするじえーたいを巻き込むなっつってんでしょーが」
火球に含まれてた妙な魔力に気づいてさえいれば、その後の変化球もお見通しってわけだ。
相変わらず分裂した火弾の威力は大したことないみたいで、後追いで放った風の圧力だけでかき消されていく。うん、やっぱりコスチュームのサポートがあると威力がけた違いだわ。
「悪と取引した時点で、彼らも裏切り者、つまりは悪!」
「……あんなこと言ってるけど、何か反論は?」
呆れた顔で隊長のおっさんに振ると、目をそらされた。いやいや、一応世のため人のためになる提案だったわけだし、この場合じえーたいのみなさんは何も悪くないと思うんだけどね。むしろ、うちのアホが妙な言いがかりつけてごめんなさいと謝りたい気分。
あー……どっちかってーと守らず見捨てる感じになってたことに罪悪感、なのかしら?
「……ま、強く生きろ?」
「てめえに言われたかねえよ!?」
せっかく励ましてあげたのに、なんて言い草だか。
「むううう、魔法が効かない!?ならっ!」
だんっと地面を蹴って、ありえないほど高くまで飛び上がる。
「たりゃあああ!」
テントの上に腰かけたままのあたしを、脳天から真っ二つにしようとするみたいに飛び降り、というか落下して……
「だからいちいち溜めが長すぎだっつの」
「わぷっ!?」
軌道上に置いていた空気の塊に、顔面から突っ込んで跳ね返された。
ま、馬鹿正直に突っ込んでくるローズは、「見えない」空気のトラップとは相性最悪よね。
不意打ちを自発的に食らったアホの子が、そのまま体勢を崩して地面に転がる……空中での姿勢制御はどーした。
「く、くっそおお!」
土埃に汚れた頬をこすりながら立ち上がるローズ。なんというか、こういうとこまで「お約束」っていうか……「ごっこ」の範疇なのよね、この子にとっては。
「よっ……と」
テントの上から地面に降り立ち、腰に手を当てて胸を張る。勝者の余裕をことさらにアピールってとこ。
「もっかい言うわよ?今回攻めてくるのも襲われるのも、あんたが守るっつってる地球の人間。あたしらローザックはどっちかってーと部外者よ」
「……え?」
よーやく聞く耳を持ってくれたのはよしとして、結局ローズの理解力の限界だったらしい。
ぽかんと口を開け、救いを求めるように隊長のおっさんの顔を見て……しぶしぶ頷いたおっさんの様子にさらに呆然と。
「だから、襲い掛かる前にちったあ人の話を聞けと……」
「騙されちゃだめだよ、ローズ!」
いつものように説教を始めようとしたところに、少年っぽい声の横やりが入る。この声は何度も聞いたことがある。うざいお目付け役その3、ローズにひっついてるユニコーン型マテリアルパペットのピョコタ。
「思い出して!悪の侵略者の言葉に耳を貸しちゃいけないよ!」
「そ、そうだよね!ありがとう、ピョコタ!」
途端に元気を取り戻すローズ――そりゃもうスイッチが切り替わったみたいな変わり身の早さでは、「正気」の方は取り戻せてるとは言い難い。
「……ねえおっさん、鏡持ってない?」
「んなもん持ってねえ……つか、ありゃなんだ?」
「正義を名乗る『侵略者』が、何も知らない少女に洗脳を施してる醜悪な実態?」
「しんっ!?せんっ!?……くそっ、胸糞悪いったらねえな」
目を白黒させながらあたしの言葉を飲み込んだ後、苛立たし気に吐き捨てた。
良い人、ではあるのよねえ。頭固いけど。
「とにかくここは分が悪い!一旦引こう!」
「う、うん!わかったよ!」
まあねえ、これ以上なんか話したら思いっきりボロ出そうだしねえ。
……しかし、あのウマシカ、あんなにクレバーな喋り方する奴だったっけ?
「こ、こんどはユカ……ブ、バイオレットも連れてくるんだからね!」
馬のセリフに、剣をこちらにむけつつも逃げにかかるローズ。
ヴァイオレット……スミレで紫でユカリ、か。まあわかってたけど。
つか、ショーコのやつ「ヴ(V)」が発音できてないし。英語の成績が地を這ってるだけのことはあるわね。
「逃がさない……と、言いたいところだけど」
『狙撃ポイントのターゲット、確保に失敗いたしました』
……当然伏せてはいる、と。
『はいはい。離脱確認後、そっちも帰投』
『了解』
こっちも伏せてたブラックリリーからの報告……ちょっと申し訳なさそうだったかしら?
下手にとっ捕まえて、またぞろ自爆とかされちゃかなわないし、一応追い払えれば御の字ってつもりだったんだけどなあ。
「結局、どういうことなんだ……?裏切ったってわけじゃねえのか?」
「別件というか……ま、帝国も一枚岩じゃないってことよ。ちきゅーぼーえーぐんの皆様にはご苦労様なことだけど」
「一枚岩じゃない……結局どっちも帝国とやらに変わりねえってことかよ!」
「そうねえ……続きはwebで」
はぁー!?という絶叫を背後にあたしも撤退。
我らが広報サイトの有効性と知名度についてもーちょっと検討を加えるべきかもしれないわね。
……制作頑張ったのになあ。
・・・
「どーしてこーなった……」
対策会議と称して集まったローザック帝国幹部の面々を見回し、あたしは茫然と呟いた。
疲れの色を緑の顔に浮かべたグルバスのじーさまと、いまだに作戦に納得の行っていないらしい不機嫌な様子の皇子、うんまあここまではいいとして。
相変わらず大義大略がわかってんだかどうなんだかわかんない、いかめしい表情を崩さない将軍、もまあいいとして。
「ヒナギクあんた何してんだ」
その将軍の横に寄り添うみたいにして、当たり前の顔で座ってる部外者約一名。
「そろそろ私もお仲間に入れていただいてもよろしいんじゃないかと」
「いやまあいーんだけど、満たされた表情で下腹部を撫でるのはなんでかな?」
「ええ、先ほど師匠と……」
「しょーぐううううんん!? 貴様、いくらなんでもそれは!」
照れ隠しみたいに頬に手を当てて答えるヒナギクに、皇子が椅子を蹴倒して立ち上がる。
「やっておりません!」
詰め寄られた将軍が珍しく大声を上げたところを見るに、どーやらさっきまでのいかめしさは、テンパリまくってるのを必死に耐えてただけみたい。
ここで「ナニをやってないのかそこんとこ詳しく」とか突っ込んだら、更なるカオスが引き起こされそうなんだけど。
「はいはい、将軍いじるのは後で二人っきりでゆっくりやってもらうとして」
「そうですね」
「いや、ユリコ殿。それはどういう……」
「ヒナギクが同席するのは構わないわよ。一方の当事者ではあるわけだし」
「え?」
あたしの発言に、さっきよりも不機嫌度が増しつつ椅子に座りなおした皇子を見て、ヒナギクが小首を傾げた。
「今回の作戦目標、あんたんちだもの」
「いえあの、あくまで標的はこの戦艦だと聞いていましたが」
あたしの人差指避けたところで、事実はなかったことになんかならないからね。
「こんな中途半端な時期に事態が動いたのは、あんたんとこに技術供与の話が持ち込まれたから、なわけだ」
「ですが、あれはまだ検討段階ですし……そもそも独占はしないという前提でしょう」
あたしの指摘に驚くヒナギク。「どこから漏れた」と驚かないのはさすが……いや、あたしが意図的にリークしたとか思われてんのか。
さすがにあっちもこっちもワタワタしてる状況で流したりはしないわよ。せめて国内情勢安定させてからでないとね。
「まあね。独占は一時的には優位を保てるけど、全体から見れば発展や地力の面でマイナスにしかなんないし。そーゆーとこ、青井のじーさまあたりはわかって動いてくれそうだけどさ」
「一時の優位のためには周囲が焼け野原になっても良い、と考える魑魅魍魎も多うございましてな」
あたしの言葉を引き継いで、やれやれと肩をすくめるのはグルバスのじーさま。
このところ「対策」と「仕掛け」に寝る間もないほど働いてるせいで、めをしょぼしょぼさせる表情は暗い。
「自分の優位が崩されるのが我慢ならんってやっかみも含まれてるわね。……で、まあ、独り占めできないお宝なんか最初からなかったことにしてしまえ、と。焼け野原から拾えるものだけかっさらおうって腹積もりでしょ」
「……勝手に煉獄にでもなんでも落ちてればいいのに」
「ああいう手合いは、そこでも利権や領土を巡って喧嘩してると思うわよ」
忌々しげに吐き捨てるヒナギク。無意識に腕に力こめてるっぽいけど、将軍が困ってるから離したげなさい。
「――そういうわけでですな、外交チャンネルからの働きかけは効果があまり……いえ、まったくない状況と愚考いたします」
外交チャンネル、つってもうちの窓口は捨てアドの「広報課」だけだし、あっちはあっちでガン無視状態だけどさ。
たとえ狭くて固い門をこじ開けても、相手は政治の背後にいる銭ゲバ連中となると、だいとーりょーを口説いたところであちらの作戦中止はほぼ不可能だろう。
「……それは理解するのだが」
「加えて、我々が一時的に退避するなどの消極的手段に出ましても、『本来のターゲット』である笠原市への攻撃を停止するとも思えません」
「むしろ、下手に防御できない位置に行っちゃうほうがまずい状況よ」
「それもわかってはいるのだが」
グルバスとあたしの説得に、皇子はますます不機嫌になっていく。
その理由はただ一つ。
「だが、だからと言って民間人を巻き込むのは許可できん」
まあそこは譲れないってのもわかってんだけど、さ。
「今回の場合も、民間人を巻き込んだのはあっち……ってか、ハナっから民間人をターゲットにしてきてるんだけど」
「だからと言ってこちらが積極的に加担していいわけがなかろう!」
「あくまでやるのはあっちなんだけどね……どのみち民間人に被害が出た時点で『民間人を盾にした』と非難されるわよ」
そういう前提で事を進めるあたり、どっちが「民間人を盾にして」んだか、って思うけど。
「ま、あんたが拒否したら、あたしとじーさまが勝手にやったことになるだけだから」
「グルバス、貴様もか」
「御意」
今更やめろと言われても、「仕掛け」はもう終わってるという裏もあるけれど、これはじーさまとも相談の上で決めたこと。
むしろ……あたしもじーさまも拒否してほしい、かもしれない。
「……ほかに方法はないんだな?」
「事前シミュレーション『前段階』のパターン3、ユリコ様命名の『アホの場合』に該当いたします。最終的にはこの手段が一番被害が少ないかと……我々が命を差し出すという選択肢以外では、ですが」
それはさすがに悲観が過ぎる、とは思うんだけど。撤退してすら余計にひどくなったのよねえ。
帝国が去った後、後詰の蹂躙部隊が来るまでもなく、「残された」――実在しない――異星技術を求めて各国が日本を舞台に血みどろの争奪戦。
「次点は笠原市全滅ルート、かな。あたしたちの評価が地に墜ちるけど」
それでもやっぱり焼け跡で争奪戦勃発。
タダでやるつってるものを独占したいがためだけに、あっさり地球を崩壊まで導く銭の亡者のありさまは、蜘蛛の糸に群がる罪人たちもかくやというべきか。
「……そっちはないわよ。あたしだって身の回りの人間皆殺しにして平気でいられるほど図太くはないんだから」
笠原市全滅、の下りで身を固くしてたヒナギクを見やって一言。
露骨にほっとしてんのはいいけどさ。
「その身代りに死ぬ人間だって同じ思いを抱いていると思うが」
「お互い様、ならこっちのわがままを通させてもらうわ」
精一杯の虚勢を込めて胸を張り、ふふんと鼻で笑ってやる。
恨みも命も、背負える保証はないけれど。勝手に押し付けられるよりは開き直って受け止めるほうが覚悟もできるってものよ。
「もちろん、引き返し不可能な段階に至るまでは『回避』や『対策』を怠るつもりもないけど」
まず無理だろうってのだけはこの場の全員の共通認識、それでも悪あがきはして見せるべきよね。
皇子が目を閉じ唸る、それを三人の瞳が見つめ――ヒナギクさん?……ああ、いっそ自業自得で国ごと亡べと。あたし個人の意見ならそれもありなんだけどさ。
空気が張りつめた室内に、しばし沈黙の時間が流れ……
「やむをえまい。最終手段としてその選択肢を許可する」
「えっ!?」
「いいか、あくまで最終手段だぞ?他に手を尽くすんだぞ?」
しつこく念押ししてくるけど、驚いたのはそこじゃなくて、ね。
「……言っただろう。俺がここの指揮官である以上、作戦における部下の行動はすべて俺の責任だ」
いまだ納得はいってない風に顔をゆがめながら、それだけ言って席を立つ。
あたしたちは何と言っていいかわからずに呆然とその背中を見送り……ヒナギクだけが面白そうにあたしと皇子を見比べていた。
百合子「で、具体的には何があったの?」
ディスクート「だから何もなかったと……」
雛菊「うーん、実はですねえ……」
ディスクート「ひ、ヒナギク!?」
雛菊「……続きはノクターンで!」
作者「やりません」




