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悪堕ち魔法少女になってみた  作者: ナイアル


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18/26

第十七話:復活の光

 休校という名の降ってわいた合法的サボりデイズも終わり、登校初日の朝。

 ガラリ開けた教室のドアも、そこから続く室内も、今までなかったくらいぴっかぴかで落ち着かない。

 ほかの子たちも感想は同じようで、これまた新品になった机と椅子の周りで、ちらほら不安げに固まっている。

 そんな中。

 いつもあたしらがたまってるあたりに所在無げに腰掛けてたショーコが、あたしに気づいてビクンと跳ねる。

 そりゃもう猫が大型犬にでも出くわしたかってくらい派手に飛び上がり――案の定膝をしたたかに机の天板にぶつけた。

「――っつー……お、おはよう」

 痛みに涙目になりながら、ぎこちない挨拶。ショーコにゃんこは引き続き警戒中ってとこか。しっぽが盛大に膨れ上がってる様子を幻視する。

「はいはい、おはようさん」

 素っ気ない挨拶を返したあたしとショーコの微笑ましい緊張状態に異変を感じたクラスの連中が、ますますばらけ……というか、遠巻きになる。

「……ぼっち?」

「う、うぐっ」

 意図せず開いた空白地帯の真ん中、そこに一人うずくまる――膝のダメージは思ったより深刻だったらしい――ショーコに、小首を傾げて一言。

 言葉に詰まってるショーコは、「いい子なんだけど……」と困ったような笑顔とともにため息をつかれて約十年。ぼっちとゆーわけじゃないけど友達は少ない。

 何しろ熱血バカが服着て歩いてるような気性で、空気は読まない人の話は聞かない、ないないづくしですぐ手がでる足が出るってんだから、できればお近づきになりたくないって思われても仕方なく――

「百合子さんには言われたくないと思いますけど」

 背後のヒナギクが苦笑している気配。

 そーゆーヒナギクも、美人でしかも金持ちのお嬢様ってことで敬遠されてる。

 これがマンガのお嬢様学校とかなら、アリマキならぬ取り巻きの一人や二人や一個大隊引き連れててもおかしくないけど、良くも悪くも庶民的な公立中学の生徒では、ちょっとどころでなく荷が勝ちすぎるんだろう。

 そーゆーあたしはといえば……

「はいはい、どーせあたしらぼっちの寄り集まりですよ」

 自虐的な悪態をつきつつ、いつもの席にどっかと腰掛け。

「……そういう態度でなければ、もう少しは……ええ、もう言いません」

 眉根を寄せつつ説教しだしたお嬢様を一睨み。ヒナギクは冗談めかして笑いながらお口をチャック!の仕草。

 そこでそういうかわいらしい仕草が自然に出るあたり、美少女って奴はずるいと思う。

 あたしがおんなじことやっても、「やっちまえ(Kill Him!)」のポーズにしか見えないこと間違いなしだしなあ。


「……うー?」

「日本語をしゃべれ」

 不安そうに上目づかいで何やら疑問形の唸り声を上げだしたショーコのでこにチョップ。

「あだだ……い、いつも通り?」

「にしては教室が眩しすぎるわね」

「内装全部やり直しですからねえ」

「そーじゃなくてえ!」

 額をおさえながら戸惑ってたショーコが、あたしとヒナギクのあんまりにもいつも通りなスルーに抗議の声を上げた。

 なし崩しに緩んだ空気に、遠巻きに見物してた連中もほっとした表情になる。

 ……口はともかく暴力なんぞふるったことは少なくとも教室じゃないし、そもそも爆発したのはあたしらじゃなくてユカリだっつーのに、何をおびえてるんだか。

 ふっと浮かんだニヒルな笑みに、ヒナギクが責めるような視線を向け……ええ、ええ、どーせあたしゃ嫌われもんですわよ。

「あんたがバカやってあたしが突っ込みいれるなんて、いっつも通りのことじゃない」

 たいていまったく懲りてないショーコが、さらに大変な事態を引き起こすとこまでお約束。

「そうそう。そして、百合子さんが面白いからというだけでさらに騒ぎを拡大して、私が呆れると」

「そうそ……って、そこでなんであんただけいい子になってんだ」

 さりげに他人事にしてるし。

「で、でも……」

 あたしたちを交互に見つめてたショーコがさらに問いを重ねようとしたその瞬間、戸口に現れた気配に教室の中の全員が凍り付く。

「……おはよう?」

 無口無表情、かろうじてその抑揚がなぜか疑問形な挨拶を口にしたのは、きゃしゃな体に白銀の髪を揺らす――ユカリだった。


「おはようじゃないでしょっ!」

 相変わらず神がかった早業で、もう一方の戸口から潮が引くように逃げ去るクラスメイト達の悲鳴をバックに、あたしは思わずつっこんだ。

「検索……朝の挨拶として適切」

 くきっと人形めいたしぐさで首をかしげた後、無表情にそう反論してくる。

「あんた、一週間前に爆死したとこでしょうが!」

「……MIA。KIAではない」

 作戦行動中消息不明(Missing In Action)と作戦行動中死亡(Killed In Action)は確かに違うけど!っていうかこの子「作戦行動中」つっちゃったよ!

「Missing は Missing でも、『いなくなった』じゃなくて『死体も残らん』でしょうが!」

 状況から死亡(Killed)が確定的でも、なんらかの要因――ユカリみたいに爆死するとか――で、死体の確認ができないとき、行方不明(Missing)扱いになるという。

 それこそ兵士個々人の行動すらトレースできる最近の捜索技術じゃ、MIAなんて大抵そっちの方だとかなんとかどこぞで聞いた記憶がある。

「……死亡は確認されていない」

「じゃあ、ユカちゃんは生きてたんだね!良かった!」

「んなわけあるかああああ!」

 明後日の方向にすっとぼけるユカリにすっかりだまくらかされたアホの子に思わず大声をあげてしまった。


「……で、目的は」

 自分の席に体を投げ出すように腰掛ける。ヒナギクがまた「お行儀の悪い……」とか言ってるけど、驚きすぎて疲れてんのにそんなもの気にしてられないって。

「不明」

「秘匿情報ってわけじゃなくて?」

「……不明」

 予想外の返答に胡散臭さが増したけど、感情の読めないユカリがどこまで本当のことを言っているか、はこれまた不明だった。

 光の聖霊の性格からして、本当にこの子に教えてないって可能性も大きいし。

「まーいいわ。昨日ショーコにも言ったけど、せめて学校では戦闘行為は行わないこと」

「百合子さん?」

「しゃーないじゃん。一応学生だし?勉強はちゃんとしないとさあ」

「らしくもないことを……いえ、いいですけど」

 ヒナギクに呆れられてしまった……そりゃまあ半分は建前だけどさ。

「だいたい、そんな提案が通るわけが……」

「……了承」

「いいの!?」

「いいわけねえだろお!?」

「あらヤマさん」

 あたしたちの背後から悲鳴半分なツッコミを入れたのは、いぶし銀な刑事のヤマさん。

 クラスの誰かが110番通報したってことだろうけど、それにしたって早い――何かあると踏んで張り込んでたか。さすがベテランの勘ってとこ?

「はあもう……銀髪の嬢ちゃん、ちっとばかし署の方まで……」

「拒否」

「いや、拒否ってなあ……」

 食い気味に即答するユカリに、苦虫を百匹ばかり噛みつぶしたような顔になるヤマさん。

 被疑者死亡じゃ礼状が出てるわけないし、任意出頭なら拒否しちゃえばおしまい……そーは問屋が卸さないのが普通だけど。国家権力の横暴って厄介よねえ。

「じゃあもうええっと……事件の話だけここで聞かせてもらってもいいか?」

「記憶にございません」

「……政治屋の国会答弁じゃねえんだからよお」

 ますます困惑するヤマさんだけど、このユカリは爆死したユカリとは別個体。文字通り事件の記憶はないんだから、記憶になくて当たり前。

 しゃーない、ちょっとばかし口添えしてあげよう。

 頭を抱えてるヤマさんのスーツの裾を軽く引く。

「ヤマさんや」

「なんだ、嬢ちゃん」

「ここは一旦引いた方がいいですよ?下手をしたら……また、その、ねえ?」

 言葉を濁しつつ、手では何かがぱあっと散るようなジェスチャーを。

「お、おう。そうだな」

 一応意図は汲んでくれたらしく、ヤマさんの頬がひきつった。

「……ここはとりあえず白川の嬢ちゃんの顔に免じてあずけとくわ」

「いやちょっと、それじゃなんかあったらあたしのせい……」

「都合のいいときでいいから、話を聞かせてくれや……三人ともな」

 あたしの抗議はまるっと無視して手を振りながら立ち去るヤマさん――いつもより心持ち足早なのは、逃げてるつもりじゃないわよね?

 まったく……こんないつ自爆特攻かますかもわかんない相手を、曲がりなりにも市民の安全を守る警察が、一介の女子中学生に押しつけてんじゃないわよ。

「っと、そうそう」

 あたしの心の中での悪態が聞こえたはずもないと思うんだけど、戸口から顔だけ出したヤマさんがにやっと悪い笑顔を浮かべる。

「じえーたいの奴らが、帰るの帰らんのと朝から大騒ぎしてんだが、嬢ちゃんにゃあなんか心当たりあるかい?」

「あるわけないでしょ!」

 だから一介の女子中学生に……って、あれ?

「じえーたいが、帰る?」

「なんぞ上の方からの命令だっつー話だが……気になるなら駐屯地にでも行って聞いて来な」

「ただのじょしちゅーがくせーにんなこと教えるじえーたいいんがおるかー!」

 腹立ちまぎれに投げた上履きが、ドアにあたってべちんと派手な音を立てた。



・・・



「大丈夫だったか!?」

 皇子の執務室に顔を出したとたん、肩をがっしと掴まれた。

「敢えて言うなら今現在肩が大丈夫じゃない」

「あ、ああ、すまん」

 憮然として返すと、うろたえた様子で謝られた。

 謝るくらいなら最初からするなとか手を離されてもまだジンジンするとか、いろいろ言いたいんだけどとりあえず置いといて。

「ユカリのこと?」

「警護のデイジーから連絡が来たときには肝を冷やしたぞ……で、どうだった?」

「一緒にカラオケしてから帰ったわよ」

「いやそういう話ではなくてだな」

「それがひっどいったらねえ。折角連れてったのになんにも歌わなくて!」

「……そりゃそうだろう」

「ショーコが『歌え』って無理矢理マイク押しつけたら、『それはご命令ですか』って」

 淡々と返したユカリに鼻白むショーコは見物だったけどさ。

 結局歌わせることには成功したんだけど、これが見事な棒読みというか何というか。

 譜面と歌詞にはきっちり沿って歌ってはいるにもかかわらず、感情とか抑揚とかをどっかに落っことしてきた歌声は、なまじっか肉声なだけに、下手な音声合成ソフトのそれよりも違和感にあふれてた。

「んでまあ、テンションがだだ下がったので最初の一時間で解散、と」

 それを聞いた皇子は、疲れはてた様子で執務机の自分の椅子にどっかと身を投げ出した。その仕草はどこかで見たような記憶もなきにしもあらずだけど、お行儀悪いわねえ。

「……結局奴は何をしにきたのだ」

「即戦闘って雰囲気でもなかったし、ひとまずは監視と威圧ってとこかしらねえ」

「監視はわからんでもないが……威圧?」

 なぜそこであたしを疑わしそうな目で見るのかな?

「……いつ自爆するかもわかんない奴が隣の席に座ってたら、さすがのあたしでも神経すり減らすわよ?」

「普通その程度ではすまん気もするのだがな……クラスメイトに心から同情するわ」

「なんか言った?」

「いやなにも」

 なにやらぶつぶつと不満を口にしているようだけど、ここは放置しておくべきかしら。

 

「一応、穀潰ししてたドランを監視につけてはいるけど、しばらくはあっちもあたしたちの情報探るのに手一杯ってとこかしら?……今もついて来てるし」

「なにっ!?」

「いや、下にだから」

 慌てて各所の監視モニタを起動しだした皇子に苦笑しつつ、下――地上を指さす。

「……なるほど」

 地上拠点前に設置してあるカメラからの映像に、こそこそとこちらを伺う銀髪の少女の姿を確認して、皇子は大きく安堵のため息をつく。

 さすがに戦艦にまで侵入されてたら、悠長にだべってるわけないってのに。信用されてないのかしら。

「……あれは何をしとるんだ?」

「相変わらず基本行動が機械的に決まってるとすれば、盗聴か張り込みのつもり、なんだろうけど」

 どんなにうまく隠れたつもりでも、なにせ中学校の制服を着た銀髪美少女では、やたらと目立つ。目立ちまくる。闇夜のカラスならぬ、闇夜のゴッドフェニックス。

 そんな美少女がこそこそなんかしてるもんだから、多くはない通行人の注目も当社比三倍な感じで、間違ってもあそこで一緒にはいたくない。

 ないんだけど……。

「さすがに帰るまであのままってのも鬱陶しいのよねえ」

「……普通は恐怖や危機感を覚える状況だと思うのだが」

 モニタの中のユカリがどこからか引っ張りだしたのは、小型のパラボラアンテナにヘッドホンが接続されたような形の――

「――高性能集音マイク、か。通信阻害結界の外からってえと、結局原始的な手段になっちゃうわよねえ」

「だからそういう問題では……いや、壁に穴でも開けられるよりはましか」

「その場合、敷金はあっちもちになるのかしらね」

「……考えたくもない事態だが」

 眉間にしわを寄せてなにやら葛藤していたらしい皇子が、大きなため息とともに肩の力を抜いた。

 うんうん、人生あきらめが肝心、よね。

「そんじゃあ、のぞき魔撃退プログラム発動――ぽちっとな」

「何か不穏な名称を聞いた気がするが……いや何も言うまい」

 遠い目をした皇子の乾いた笑いをBGMにして、かねてより用意していたトラップを、支給品の携帯端末から起動。

 ゲート経由で無理矢理物理的に接続されてる「とある機器」の動作開始が確認メッセージで送られてくるとともに、モニタの向こうのユカリがぴくんとはねた。

 そんな奇態にいろいろ限界に達したのか、通行人の一人が携帯電話を取り出し――

「あっちゃあ、通報されちゃったっぽいわね、あの子」

「……何をしたんだおまえは」

「こんなこともあろうかと設置していたエロDVDを結構なボリュームで再生?」

「ご近所迷惑にもほどがあるわ!」

「……悪の侵略者がご近所迷惑を気にしてどーする」

「それでなくともあまりうれしくない風評が広がりそうなんだが」

「大丈夫、夜な夜な女子中学生連れ込んでる時点で今更だって」

「自分をダシにして人を貶めるんじゃない!」

「はいはい、これ以上地に落ちないようにフォローしてくるから」

「……落としたのもお前なんだがな」

「細かいことばっか気にしてるとハゲるわよっと」

 捨てぜりふとともに閉じた扉の向こうでぐがあとか叫ぶ声が聞こえたけど気にしない気にしない。



・・・



 ゲートを抜けると、テレビ画面の中じゃ若い二人が結構な熱意で行為に及んでいる真っ最中。

「うへえ、よーやるわ」

 汗だくになってまでずこばこあんあんと、ご苦労様って感じ?

 自分でやれば楽しかったり気持ちよかったりするのかもしんないけど……あー、やっぱここまで必死になって全身運動する気力も体力もないな、うん、なしなし。

「……っつーか、この女優さんも演技よねえ」

 そこまでいろいろ見知ってるわけじゃないけど、声とか表情がどことなく嘘くさい。

 男の人ってこーゆーのでもいいんだろうか?……いやむしろこれくらいわざとらしくとも大げさな方がいいとか?

 ますますあたし向けじゃない気がしてきたわ。


 カモフラージュ用ってことで、わざわざ女子校生(誤字ではない)の「百合子ちゃん」が主役の奴を捜してきたから、行為の最中も時折名前を呼ばれたりして。

 とはいえまったくムラムラとかしない、どっちかってーとアホらしさにくらくらしてくる。

 ……これで男優がもーちょっと姿も声も皇子に似ていたら……いや、なんかムカムカしてきたわね。とりあえず後で一発殴っておこう。


 呼び鈴とともにどんどんとドアをたたく音で我に返る。

「おっと、停止停止」

 一時停止にしたあと、今気がついたとでも言うように「はあい」と河合らしくお返事。

「すみません、警察ですが。このお部屋を覗いている不審な人物がおりまして……」

 交番勤務の制服警官らしき人が、覗き穴の前で黒い手帳をかざしている。

「まあこわあい」

 声だけ返して扉は開けず。このまま帰ってくれるとうれしいんだけど、さすがにそこまでズボラじゃなかったようで。

「いえ、それでその、お話でも伺えたらと……開けていただけません?」

 帽子を上げて頭に手を当ててんのは、掻いてるのかしら。

「でもー、うっかり開けて逆上した覗き魔におそわれちゃってもこまりますしー?おにーさんのことも存じ上げませんから、下手に開けて何かされちゃったりして」

 こわああい、ともっかい大げさな声を立ててやる、と、うろたえたような警官さんの視線が左右して、ドアのすぐ脇から大げさなため息。

「嬢ちゃんがその程度で怖がるタマかよ」

「……その手は卑怯ってもんだぜ、とっつぁん」

「誰がとっつぁんだ!……いいから開けてくれ」

 どうやら脇に隠れてたらしいヤマさんの声に、渋々ドアを開けてやる……チェーンはかけたまま。

「さすがにあたしんちじゃないから、礼状もなしに入れられないわよ?」

「あー、わかってるわかってる。嬢ちゃんのいい人ってやつだろ?」

 にやにや笑いながら親指立ててんじゃないわよ、全く。

 いたいけな女子中学生相手に下品なんだからもう。

「……さすがに犯罪者でもないのにそこまで調査されてっと素で引くわ」

「嬢ちゃんがおとなしくしてれば、こっちも余計な苦労背負い込まなくてすむんだよ!」

 善良な市民の至極真っ当な抗議に対して逆ギレとか、地方公務員のモラル低下は深刻な問題ねえ。

「……で、あの子見張ってたら通報来ちゃったって感じ?」

「別件で出てたら見つけちまったんだよ」

 心底嫌そうな顔でそう返された。

 そらまー何がきっかけでうっかり自爆するかもわからん娘を捕まえざるを得ない状況なんて、喜ぶようなもんでもないけどさ。

「あー……任意同行とかして取調室がどーん、と」

「んなことになったらたまらんから、職務質問だけで解放したよ」

 まえがみをぐしゃぐしゃとかきむしる。いやあ、困っているようでなによりだわ。

「で、だ。その嬢ちゃんからこの部屋でいかがわしい行為が行われているとのタレこみがあってな」

「……してたように見えます?」

 ちょいっと制服のスカートをつまみあげてみたり。思わず目をそらした警官のお兄さん、若いねえ。

 ヤマさんの方はと言えば苦虫を噛み潰したような表情を微動だにせず。

「まあ見えねえな。しかし、隣からそういう声が聞こえたってえ裏は取れてんだ」

「声、ねえ……ああ、さっきお部屋の掃除してたら、ついDVDを動かしちゃいまして」

 白々しく小首をかしげると、ヤマさんが喉の奥でくくっと笑い声を漏らした。

「いやあ、DVDか。そりゃあ彼氏さんも男だしなあ」

「まあねえ、さすがにあたしに手を出しちゃったら大問題だし?たまっちゃうのは仕方ないかなってねえ」

「たまっ……!」

 露骨なセリフに真っ赤になっちゃったお兄さんを尻目に、あたしとヤマさんがあっはっはと笑いあう――お互い目は全く笑ってないけどね。

――覗かれてるの、気づいてたんだろ?

――それが何か?

 視線だけの会話は実に雄弁。目は口ほどに物を言いとはこのことか。

 しかし、掃除云々まで疑われてるのは心外だわ。

 一番利用している人間として、せめてもと毎度きちんと掃除してるのは誰だと思ってんだか。

 ……いろいろいらん仕掛けを組み込んだせいで、迂闊にダークネスフラワーに任せたりできないってだけなんだけどさ。

「ああ、そりゃいけねえなあ。お互い責任取れる年齢になるまでは、節度を保った交際を心がけるんだぞ?」

「母なんかはとっととやっちゃえってけしかけてくるんだけどねえ」

 これはほんと。わが母ながら困ったお人である。

 娘の「彼氏」の正体に気付いているわけもないと思うんだけど、「滅多にない相手なんだから、逃がしたら後悔するわよ」とか、妙に核心を突いたアドバイスをしてくるもんだからやんなっちゃうわ。

「……相変わらずぶっ飛んだお母上だな」

「娘としてはもうちょっと落ち着いていただきたい所存で」

 あたし経由で母さんとは何度か顔を合わせたこともあるヤマさんが、露骨にうんざりした顔になったので、ちょっと溜飲を下げた。


「んじゃあ、くれぐれも無茶なことはせんように」

「ご忠告、心の片隅にとどめておきます」

「……肝に銘じて置けや」

 ばいばい、じゃなくてしっしっと手を振ったあたしに、ヤマさんは知らぬ顔でひらひらと手を振った。

百合子「『私が死んでも代わりは……』」

雛菊「いやいや」

百合子「『たぶん三人目だと思うから』」

シャキール「……実際伏兵の可能性は危惧せんとな」

百合子「(ボケを素で返されてもなあ……)どっちかってーと量産型的な」

雛菊「ぞっとしませんが」

百合子「【群がる】大量のユカリによってたかって貪り食われるヒナギク【白い影】」

雛菊「……性的な意味で?」

百合子「性的な意味で」


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