第十六話:せいぎのみかた
「あ、ユリコ様ドラー!お久しぶりドラー」
気分転換に廊下を散歩していると、その先からうっとうしい怪音を発する物体がぽてぽてと飛んできた。
「……誰?」
「ひ、ひどいドラ!最近出番がなかったからってドランを忘れないでほしいドラ!」
「そーいやいたわね、そんなもの」
「あ、扱いがいつになくぞんざいドラ!?」
器用に空中で両手を着いて落ち込む謎物体ことエセぬいぐるみ。
最近静かだと思ったら、そうか、こいつがいなかったのか。
「皇子とすっかり意気投合してたし、あいつの部下にでもなったのかと」
「ドランはユリコ様の物ドラよ?」
「あ、物扱いは受け入れちゃうんだ。それは重畳」
「……はっ!?はやまったドラか!?」
「あんたが熟慮の上になんかしたことなんてあったか……で、なにしてたのよ」
「それは――」
「――所有者権限をユリコ様に書き換えておりましてな」
ドランの言葉を引き継ぎながら、廊下の陰から姿を現したのは……
「グルバスのじーさま、いたのね」
「さて……『皇子』ですか。なにやら呼び方が短くなったような気がいたしますが」
「……ほっとけ。で、所有権?」
からかうような口調に、ちょっと耳が熱い。
そんなやりとりに反応してぴょこんと飛び上がったドランは、空気の塊をお見舞いして壁に貼り付けてやる。
「『所有者:光の聖霊』では正当性もございませんからな」
「……『所有者:侵略先の原住民』も大差ないと思うけど」
「一応軍属と言うことで正式に市民権が交付されておりますが……爵位はいかがいたしましょう」
「手回しがいいわね……ってなんだその爵位って」
「正妃候補ともなれば、相応の爵位が必要ですのでな」
「その話まだひっぱるつもりなんかい……」
「なにやら関係も進展なさいましたようで」
思わず額に手を当てたあたしに、じーさまがしれっと言葉を返す。
呼び方一つがここまで祟るとは、我ながら迂闊!
「はぁ……その件はこんどゆっくり『おはなし』するとして、よーはドランのおつむをいじってたと」
「トラップなど仕掛けられておりましたので、そのままと言うわけにも」
「これでドランは正式にユリコ様のも……んんっ、部下ドラ!」
少しは学習したらしい。壁から体をひっぺがしたドランは、自分を「もの」って言うのを回避した。
まー扱いは変わらないんだけどね。
「所有権変更か……それも一種の『洗脳』よねえ」
「記憶野のモジュールデータを変更するという意味では、広義のそれに該当しますな」
あたしの声に苦い物を感じたのか、グルバスじーさまが苦笑する。
「ドランは自分の意志で選択したドラ!ユリコ様が気に病む必要はないドラ!」
「その『事実』すらねつ造された『記憶』だったら?」
「……うぐっ!?」
自信ありげに胸を張ったドランが即撃墜。
力を失った翼が垂れ下がり、そのままひらひらと枯れ葉のように舞い落ちる。
「人格と記憶は密接な関係にございますのでな。思われているほどにその改竄は容易ではございません」
「あーつまり、こいつのウザい性格がそのまんまって時点で、記憶の改竄はほぼされてないと」
「ええまあ、あくまで雇用契約の変更という程度の認識で間違いないかと」
「……ドラン、ウザかったドラか?」
「あたしがドランの雇い主……まあ給料はやらんけど」
「ねえ、ウザかったドラ?」
「で、これの中身開いて少しは『敵』のことなんかわかったの?」
「それがさっぱりでございまして」
「う、ウザかったドラ?」
「ええい、うっさいウザい!」
「ががーん、ドラ……」
こんどはきちんと地面に手を突いて、擬音まで口にして落ち込むドラン。ずいぶん余裕じゃない?
「というわけでニュードラン、ドラ!」
突如物理的にもテンション的にも急浮上しやがったドランがエヘンと胸を張る。
「……なんか変わったの?」
「いえ、特には何も」
「し、新装備が増えてるドラよ!?」
うーん、となにやら力をこめてるドランの両肩から、ちっこい筒がにょっと伸びた。
「……なにこれ」
「新兵器・ドラン砲ドラ!恐れおののくがいいドラ!」
自慢そうに見せびらかすけど、口径的に拳銃程度の威力があれば御の字って気が。
「薬室の大きさに制限がございましたので、軽自動車の前面装甲を撃ち抜けるかどうかというところですな」
「豆鉄砲じゃない」
「ううっ」
「最大携行弾数も、各門二発・計四発となっております」
「即弾切れすんじゃん」
「うううっ!」
「……なんに使えと」
「さあ?」
あたしとじーさまの間で、でっかい目玉からほとほとと涙を流すバカ一匹。
ああもう、めんどくさいったら。
「だいじょーぶよ、ドラン。そんな武器くらいじゃあんたの評価を下げたりしないから」
「ほ、ほんとードラか!?」
「うんうん、どーせ最初からド底辺だからね」
上げて、落とす。
わかりきってた落ちに、それでも急浮上から急落下したドランは、
「う、うわあああん、おうじー、ユリコちゃんがひどいドラー!」
泣きながら猛スピードで飛び去ったのだった。
「……試しましたな」
哀れな犠牲者の背中を、薄ら笑いを浮かべながら見ていたあたしに、グルバスじーさまの苦笑混じりの声がかかる。
「ユリコ『様』なんてぞっとしねーわよ。あいつにしたらケジメのつもりだったみたいだけど」
「……そこまでお見通しならば、殊更なぶらずともよいでしょうに」
「ま、その辺は趣味と実益を兼ねたと……で、トラップって?」
「バックドアから制御を奪うなどというものもありまして。通信阻害装置を常時貼り付けていなければ、色々と危ないところだったやもしれません」
「それはぞっとしないわねえ」
突然光の聖霊に制御を奪われたドランがこっそりと戦艦に破壊工作を行ったり、誰かの暗殺を企んだり……うーん、想像の元が元だけにあまり緊迫感がないのが困りものだわ。
「通信阻害装置を手放さなかったのは、本人にもなにかしらの心当たりがあったと……」
「賭けてもいいけど、すっかり忘れてただけだと思うわよ」
あのボンクラ妖精(偽)が、そこまで考えてるとかあり得ないし。
肩をすくめたあたしにグルバスのじーさまは何も言わず、苦笑を浮かべて見つめただけだった。
・・・
「……で、あんたんとこのグータライオンも、なんかしでかしてんじゃないかと思って」
ヒナギクんち。純和風の建物が、なぜかぐるりと四方を囲った中庭にある縁台で、ヒナギク手ずから淹れたお茶をすする。
縁台には緋毛氈、日除けの赤い蛇の目傘まで標準装備で、すすってんのが煎茶じゃなければ、どこのお茶席だと言いたくなるほど。
……うーん、ヒナギクの所作が妙に洗練されてたし、これもまたなんかの茶の作法に則ってんのかも知れない。
ヒナギクのかっこも、花色の着物で髪も結い上げ、すっかり和風のお嬢様、Tシャツにジーンズなんて投げやりなあたしの服装とじゃ、値段も格も数桁単位で違うんじゃないかしら。
「ええまあ、今のところは何もできてはいないようですが」
頬に手を当て、はふうとため息一つ。憂いを含むそんな仕草も絵になるヒナギクお嬢様。
「なら良かったわ。まー、あの連中に大それたことができるとも思えないけど」
「……ですから、それはフラグですよね?」
一安心、と胸をなで下ろしたあたしが、なぜに睨まれなくてはならんのか。
「いやいや、あくまで正確な現状認識。だいたい、アレが結局どうなったか、あたしゃしらんし」
「……まったく。あの子でしたら地下のけ……」
どっかん。
グータライオンの所在を示そうとしたらしいヒナギクが視線を向けたその先で、小さくない爆発音とともにモクモクと煙が吹きあがる。
「……うん、なんかごめん」
責めるような視線で見つめられたもんだから、ついつい条件反射で謝ってしまった――別にあたしが仕込んだ訳じゃないってのに。
火元の上空には、鳥らしきシルエットが一つ。
高度からしてそこそこデカそうなそいつは、くるりと一つ大きな輪を描いて、空のかなたへと飛び去った。
「……さすがにアレ落とすには射程が足りない、か」
「というわけで、眠れる獅子が目を覚ましたようですけど」
「なにその形容カッコイイ……だからあたしのせいじゃないでしょっての」
飛び去った鳥、アレはたぶん「マテリアルパペット」最後の一体。
命令したか制御を奪ったか、それは定かではないけれど、光の聖霊の差し金で間違いない。
さて困ったことになったと若干冷めたお茶を一口。
「……避難を」
とん、と軽く肩をたたかれ、振り返った先にいた人物を見て吹き出した。
「ちょっ、ヒナギクっ、なんってかっこさせて」
むせるあたしの手を取って助け起こそうとするのはブラックデイジー。そりゃヒナギクの護衛につけてたんだから、ここにいるのは当然なんだけど、着ている服がおかしかった。
淡い藤色の着物に蘇芳の前掛けと言う旅館の仲居さんスタイル。無表情で少々きつい印象と、無駄のない動きが実に似合ってはいるけれども。
「SPやボディガードとしますと少々問題がありましたもので。部屋付きの女中と言うことに」
……うんまあね、あたしも戦艦の居室に戻れば専属メイドさんとかいるご身分でございますけどもね!
一応厳しい採用基準があったように思うのだけど、お嬢様の鶴の一声だか肝煎りだかで決まったのだろうか。
「はーっはっは!我が名は迅雷の獅子・レオン!姦計に嵌り拘束の憂き目に遭って早幾年。我が偉友エレディアの助力によって復活したからには、にっくき宿敵アオイ・ヒナギクを、今度こそこの手でぶふあっ!?」
「あーうっさい!」
ブラックデイジーの珍妙な格好に呆れている内に、騒ぎの元であるグータライオン、ヒナギクのお目付け役であるところのマテリアルパペットが一体、レオンとやらがふすまを蹴倒して登場した。
逃げ遅れたと判断したのかブラックデイジーがスローイングナイフをどこからともなく――前掛けの裏、とゆーか裾から太股に手を突っ込んだ気がするけど気にしたら負けだ――取り出し、身構える。
ドランとはまた違った鬱陶しさに、思わず空気弾をぶちこんで空に跳ね上げたのが次の瞬間。
「……拘束してたの?なんでまた」
「我が家が資産家と知ったとたん、寄付をしろの貢ぎ物を差し出せだのと喧しくて」
心底煩わしそうに眉根を寄せるヒナギクの後ろで、ナイフによる空中コンボの格好の練習台になってるエセぬいぐるみが、がふっとかふごっとかウザいノイズを発生させているが敢えての無視である。
「あー、そりゃいかんわねえ」
青井さんちのじーさまは、金の使い方には大変うるさい御仁である。
ただのケチってわけじゃなく、お互いの利害をきちんとふまえて誠意を持って談判すれば、ぽんと金を出してくれたりもするんだけど。
「我らが正義のため、光の聖霊様の御為にその財を投じられるだけでも光栄だろ……ふぐうっ」
まあこーゆー奴だらけじゃへそも曲げようとゆーもんで。
「……それで、せめても科学の発展に貢献していただこうかと」
「庭の肥やしにもならないわよ、こんな汚物」
「んなっ!?誇り高き我をそのよう……うがっ!?」
「ブラックデイジー、いい加減とどめ」
「……御意」
「いいんですか?」
「どー考えてもろくな情報持ってなさそうだし、となると……」
「陽動、でしょうか」
「っつーわけで、ちょっとショーコの様子見てくるわ。……っと。今これ出すのやだなあ」
あたしが鞄から引っ張りだしたのは、今日の用事のメイン……だったもの。
「何ですか、これ?」
とんでもなく分厚いファイルケースに小首を傾げるヒナギク。
中を見ようともしないのは、めんどくさいものだって勘でも働いたのかしら。
「帝国からの技術供与を受けた場合の、市場予測と再建案。休校中の努力の賜物よ?」
いやまあ大半はグルバスのじーさまとか皇子とかに手伝ってもらったんだけどさ。
何よりシミュレーションによる予測演算を凄い勢いで片づけてくれた戦艦の中央演算装置が一番頑張ったんだけども。
一応自由研究?的な?でも大人の手伝いがあっても気にされないのがさすがのゆとり教育であることだし、ここもあたしの労作ってことで。
「……『再建案』?」
あー、やっぱそこ引っかかるわよね。
「技術のステップ数段飛ばしするからね、そりゃ経済に大混乱が起きるわよ」
科学技術ってのは、どれか一分野だけ突出するってわけにはいかない。
技術の成果を手に入れるためには、どーしたってその他の技術の影響を考える必要があるから。
これを知らずに無茶な模倣をやらかしても、そこで出来上がるのは粗悪なデッドコピーがいいとこ。
車輪の発明なくして自動車は作れないのだ。
そして、これは逆もまた真なりで。
車も人もみんな空を飛ぶのが当たり前、になった世界で車輪の需要があるかというと……つまりは、何かがより進んだものに置き換わると、周辺技術が丸々失われてしまうことがある。
それこそ年代の桁レベルで違う科学技術を放り込もうなんてたくらめば、こーした周辺技術を支える皆様との軋轢やら大規模な混乱は避けられないわけで。
「最悪、技術供与を受け入れた国と受け入れない国の経済格差から、第三次世界大戦が起こっても不思議じゃないわよ」
「そんな……」
「ははははは!だからこそ、帝国による侵略は阻止せねば……って、すみません、それ以上やると本当に死……ぐぼはぁ!?」
……まだ生きてたとは、敵ながらなかなかタフなやつである。
「ここで皇子率いる軍隊を撃退しても、そのあと来る連中がここまでの穏健策とってくれるとも限らないし。っつーか、おそらく悪い方向にしかいかんし」
問答無用で技術投下して大恐慌ならまだましで、野蛮人だとか「獣」扱いで人権すら保護されない可能性のほうがよっぽど高い――と、それも添付資料に纏めてある。
……そして、厄介なことに「先遣隊を撃退しても帝国があきらめることはない」というのは歴史が証明している事実でもあって。
「とりあえず、この資料の扱いは青井のじーさまに一任するって伝えといて」
一応、動画配信サイトの「よくわかるローザック帝国」シリーズを見通せば、薄々察せられるようにはしてあるし、最悪こっちでも資料が「流出」する経路は模索してるけど、政財界にそれなりに影響力のある人物ってーと中々難しいのよねえ。
「……やべ、ほんとに急がないと」
慌ててホワイトリリーに変身、風を蹴って空に舞う。
変身しなくても飛べる程度には制御は上達してるんだけど、魔力変換の効率が上がる変身後はやっぱり速度が違う。そこを今回は問答無用の全開全速。
結果。
……めっちゃ怖い。
狙撃対策も兼ねて障壁張ってるから、空気抵抗だとか風が冷たいとかそーゆーのはない。
しかし、バイクや自動車並みの速度で低空をかっ飛ぶってのは、なんというかジェットコースターの落下がずうっと続く感じというか。
突如目の前にビルが立ちはだかったりなんかするともう、心臓が止まるんじゃないかと思う。
身一つですがるものがないってのも問題?……今度箒にでも跨ってみるか。
だから、ショーコの家の前にふわりと降り立った時、ちょっと目の端に涙たまってたのは不可抗力です、うん。
……馬鹿にするならみんなも一回空飛んでみればいいと思う。
――「よくわかるローザック帝国」シリーズ終了後は「君も魔法を使ってみよう」シリーズを掲載する予定。だから、もしかしたらあたしたち以外に空が飛べちゃう人が出てくる可能性はゼロではない。たぶん。その人が速度にビビるかどうかは未知数だけど――閑話休題。
「あれ、ユリ……リリー、どしたの?」
きょとんとした顔で話しかけてきたのはちょうど門を出てくるとこだったショーコ。
しかし、自分の家の正門から出るのに、部屋着のままスリッパ片手に抜き足差し足で左右をうかがってるってのは、どーゆー状況なのかしら。
「……まあとにかく、今んとこは大丈夫……だといいんだけど」
周囲に誰もいないことを確認して変身解除。別に汗をかいたわけでもないけど髪をかき上げたりしつつ。
「え、ええっと、あ、あたし今から行くところがあるんだけど」
「一応お家でおとなしくしてろと厳命された休校期間の最終日に、家人の目を盗んでどこにお出かけかしら?」
「……そんな日に空飛んでた人に言われたくない」
「急いでたのよ。ヒナギクんちが襲われてさ」
その言葉に、ぴくんと肩が震える。
ほう、ちょっとばかし雑談が長引いたとはいえ、大急ぎで飛んできたあたしの話に心当たりがある、と。
「その犯人が、例の新戦士っぽいのが連れてた鳥みたいなのよね」
面白いくらいがくがく揺れだしたんだけど、大丈夫だろーか。
「き、きっとそのエレ……鳥さんにも何か理由が!ほ、ほら、正義のために必要な何かがさ!」
なぜこの子は毎度毎度人の本名をポロリしちゃうのか。
あのグータライオンが言ってた「エレディア」ってのがあの鳥の名前らしいと確認できたのはありがたいけどさ。
「正義のために必要なら、人の敷地を爆撃しても許されると、ショーコはそーゆーのかね」
「ばばば爆撃!?え、えっとその、それはほら何かやむを得ない事情が」
「ループしてるループしてる。で、そいつが救い出そうとしたのが、怪しげなカルト教団への寄付を執拗に迫る悪辣な奴でさあ」
「ひ、光の聖霊様は怪しげなカルトじゃないし!」
語るに落ちるとはこのことか……ってまあ問い詰めるまでもなく察しちゃいたけどね。
「ねえ、ショーコ。いくら正義のためとはいえ、人様の金をせびったり、お金払わないからって爆撃したりする連中が本当に正義?」
「う、うう……で、でもそれはヒナちゃんが裏切るから……」
「裏切り者は死ね!ってか。……それって普通悪の組織の方のやり口だと思うんだけど?」
そもそも、グータライオンが金たかりだしたのはどー考えてもあたしが仕掛ける前だし、誰がいつ裏切ってたって話に帰ってくるわよね。
「うう……でもでも、侵略者は悪なんだよ!やっつけないといけないんだよ!」
「ほー、じゃあ原住民虐殺したりだまくらかしたりして土地を奪ったアメリカやオーストラリアは地球上から抹殺しないといかんね?」
「それとこれとは話が……」
「一緒でしょ?なんなら、侵略者側が現在進行形で原住民を抑圧してるって実例を引っ張って来られるくらい『悪の侵略者』よ?なんでそれは良くてローザックならいかんの?」
「うう、そ、それは聖霊様がローザックと戦って……」
「はい、正解。連中はただ、帝国と戦う『理由』が欲しくて『反侵略』の大義名分を掲げてるだけなの。地球のためー、とかあなたたちの平和を守るのですー、とか、大嘘よ」
「じゃ、じゃあ、ユリちゃんは帝国が正義だって言うの?」
「んなこたあ言っとらん」
「えっ」
迷子の小犬みたいな目で見上げるショーコに冷たく一言。
我ながらきつい言い方に、ショーコがおびえたように固まる。
「あたしら――あたしとヒナギクはあっちに付く理由があるから付いてる。別段それを正義だとか悪だとか衒うつもりもないし、言い訳もしない。で、あんたは?」
「あ、あたしは正義の味方だもん!」
ぐっと握り拳を作って勢い込んで宣言……でもさ。
「言った通り、どっちにも『正義』なんてもんはないのよ。はなっからね。……むしろ『正義』はどちらにもあるって言うべきかしら?」
人を殴ったり殺したり、施設を襲撃したり、人の財産を奪ったり、そういうのは全部悪いこと、やっちゃいけないこと。
でも、それを掲げることによって、そういう悪いことを行うことを許してもらおうとする免罪符。それが「正義」。
「正義」に限らず「大義名分」なんてものは、所詮「悪いことをする言い訳」にすぎなくて、だから、「正義」を掲げる連中ってのは、問答無用十把一絡げに「悪党」ってこと。
「戦いに正義と悪はない、互いの正義があるだけだ」なんて名言?があるけど、あたしに言わせればどっちも「悪」ってだけの話よ。
「……で、正義の『味方』さん、あんたはどっちの『正義』に味方するのかしら?」
「うううう、ユリちゃんの意地悪」
図星突いたからって泣かれてもね。
「だから言ったでしょ?『正義の味方』なんて卒業しなさいって。これ以上喧嘩するなら自分の『正義』でやんなさい」
ショーコったら、デコピンひとつで涙が止まるとか、便利な構造してるわね。
「とりあえずおうちへ戻って明日の準備。しばらく連中とは会わないほうがいいと思うわよ」
「でも……」
「あんたがあんたの判断でそっちに付くってんなら、その時は晴れて敵味方だけど」
「うっ」
「……まあ、学校でくらいは事起こさないで欲しいわね。これ以上休校になったら、振替で長期休暇がなくなっちゃうし」
・・・
ショーコの家からの帰り道。ヒナギクんちに寄るにはちょっと遠回りだから携帯電話で連絡だけ。
『それで、薔子さんは大丈夫だったんですか?』
「大丈夫っつったら大丈夫……でも……先に謝っとくわ」
『えっ?』
電話を耳に当てながら、押しボタン式信号のボタンを押して。
「ごめん、あたしじゃショーコを救えない」
ヒナギクの応答を待たずに通話を切って、まだ変わらない信号を無視して横断する。
――洗脳って可逆?
あたしが発した質問の答えは、皇子の苦い顔とともに。
「暗示程度なら解除も可能……でも、薬や機械まで使ってたらもう戻れない、か」
こないだからショーコの発言は明らかにおかしい。
いくらつついても「光の聖霊は正義」、この大前提がまったく揺るがない。
元から一度思い込んだら頑固なとこはあったけど、今回はさすがにしつこすぎる。
「洗脳されてる、って考えたほうが失敗少ないでしょうね……」
ショーウィンドウに映るあたしの顔は、溜息と苦笑の間で、なんとも不均衡な表情を浮かべていた。
失敗といえばショーコに対する洗脳を許した時点で失敗だったのだけれども。
「――ヒナギク味方につけてないと、ショーコ相手にできないしなあ」
要はあたしの実力不足で。こればっかりはいかんともしがたいのだけれども。
……ま、最悪あの子は再洗脳という方向で。
はなからできないことは悩まない、悔やまない。
そうして悩んで悔やんで足を止めれば、もっと大変になるのはわかってんだから。
百合子「【セイギの】洗脳されて光の聖霊の信徒にマワされるレッドローズ【味方】」
薔子「まわ……せせせ正義のためなら!」
百合子「字が違う」
雛菊「『まわす』の意味が分かったあたりにセイチョウを認めてあげるべきでは」




