第十二話:光の新戦士
「あー、こりゃ見事にばっさりやられたわねえ」
「おかげで修復も容易だったのは不幸中の幸いと申せましょうか」
「……おい」
「で、やっぱり?」
「そうですな。光系統の魔法であれば組織崩壊を伴いますが、あの断面は炭化および溶融しておりました」
「火属性のもう一人、という可能性も捨てきれないけど……」
「……だからちょっと待て」
「なによもう、うっさいわね」
こないだやられたブラックリリーのダメージレポートを前に検討を重ねてたあたしとグルバスのじーさまの後ろから、しつこく抗議の声を上げてるバカ皇子に向き直る。
「いやお前、こういうのを見られて気にならんのか?」
耳まで真っ赤にしたバカ皇子が示すのは、あたしたち三人の前にでんと横たわるクローン兵培養ポッド、ブラックリリーさん在中。
もちろん全面ガラス張りなので、大事な部分までばっちり丸見え。
「別に?」
「自分の裸だぞ!?」
形だけ似せた他の二体と違い、ブラックリリーはベースとしてあたしの遺伝子を使ったクローンである。
クローニングでも魔法使えるようになるかの追試だとか諸々あって……ええまあ、九割方は純粋な興味で培養したんだけども。
バカ皇子の言う通り、あたしの体と概ね同じと言っていいはずである。
……栄養状態とかトレーニングの有無だとかであたしよりちょっと締まってるとかくびれがちょっとばかりうらやましいとかそういうことは絶対にない。ないったらない。あ、後天的な変異――傷とかやけどの痕とかがなくなってるのは本気でうらやましい、珠のお肌だ。
「いやいや、この子はあたしじゃないし」
「……普通はそこまで割り切れるもんでもないと思うんだが」
呆れたようにため息をつかれた。額を押さえるふりして目を覆う――ふりして隙間からちらちら覗いてるのがバレバレ。
「なあに、見たいの?」
制服のスカートをちらっと持ち上げてみたりなんかして。
「ばばばばばかものお!」
あ、とうとう後ろ向いちゃった。ヘタレめ。
っつーか、あたしのしぐさが見えたわけだ。目を覆ってたはずなのにね。
「だーれが見せるかスケベ皇子」
あっかんべ。
「ええい、心配して損したわ!」
「……心配?」
「クローン体ならずとも、『自分そっくり』な個体が死ぬほどのダメージを負う姿というのはトラウマになりやすいですからな」
「ああ」
首をかしげたあたしにじーさまが苦笑気味に解説してくれる。
まーそーゆーこともあるかもね。
目の前で、それこそ鏡写しみたいに向き合ってる状態で、しかもコスチュームまで好対照なそれを着込んでて、胴体がずんばらりんしちゃったのなんて……自分と似てなくてもショック受けるわね。
――普通は。
「それだけ切り離して思考なさっておられるようなら大丈夫だとは思いますが」
「いちおーこっちの都合で生み出しちゃった子だし、気にしてないってわけじゃないけど」
そう言い返すと、じーさまは妙に生暖かい目であたしを見つめてきた。
……そんなに変だったかしらねえ。
こーしていろいろやらかしてる以上、あたし自身そういう目に遭うってことをそれなりに覚悟してる、ってだけなんだけどね。
巻き込んでるという自覚のある連中に関しては……まー諦めてもらうしかないか。
「だいたいさあ、医療行為の最中に裸を見るのは当たり前でしょ?そこでよこしまな連想してるあんたの方がケシカランと思うのだけどね、スケベ皇子」
「うぐっ」
そこでダメージ受けてるってことは本気でスケベエな想像をしていた、と。
「……じーさん、これ、どっかに逮捕してもらうわけにはいかんのかね」
「こう見えても現組織のトップですからな。警察権も掌握なさっておられるとなると……」
「貴様らぁ!」
「話を戻そうか。……えっと、あの攻撃があったとき、魔法の気配がなかったのよねえ」
魔法を使われれば「わかる」。
一瞬の不意打ちとはいえ、あの攻撃が魔法によるものなら、なにがしかの気配は感じられたはず。
しかしあの時、あたしは何にも感じなかった。
「先ほども申しあげたとおり、切断面の状態からしても『光属性の魔法』によるものではないですな」
「……こういう断面を残す兵器で、一番近いのは?」
「レーザー、ですな」
予想通りの答えに前髪をかき乱す。
「本物か偽物か、なのよね。問題は」
「……非常に多面的な問題ですな」
多面的。
「魔法少女」としては――おそらく偽物。本物なら、魔法を使わない・使えない理由がない。
「光の聖霊の手先」としては――「四体目」のマテリアルパペットを引きずり出してきた時点でおそらく本物。ただし、その関連性を把握している人物の仕込みの可能性もある。
そして、何よりも「光の聖霊の手先の魔法少女」として、本物か、偽物か。つまり……あそこでお披露目に来やがった奴「以外に」本物がいるかどうか。
「……わざわざ『偽物』を見せに来る必要がある、とも思えないんだけどね」
あたしがダークネスフラワーでやってるように「偽物」アピールしたいなら別だけど。
しっかし、「光」ってのは厄介だなあ。
レーザー程度ならほとんど溜めなしでぶっ放せるだろうし、そうなると障壁を常時維持してないと危なそう。
コスチュームの防御力だけでは耐えられないのは、こーしてポッドに裸身をさらす実例がいるわけで。
「ともあれ、しばらくはこれ以上の増援はなし、って考えていいのかしら」
「なぜそう思われますか?」
「前も言ったでしょ?追加『戦士』なんてまだるっこしいことするくらいなら、追加『部隊』を投入するほうが簡単。それをしてこないってことは、増援を作るにもなんらかの制限がある、と考えていいんじゃないかと」
「それすらも偽装、という可能性もございますが」
「だから、『しばらく』ね。こちらがそこに確信を抱くまでは安泰ってこと」
「と、しますと……こちらも戦力増強を図るべきですな」
「ヒナギクの取り込みは急いだほうがいいわね。あとは……クローン兵の経験値稼ぎ?」
「は?」
あれ?そんな変なこと言った?
「ダークネスフラワーの三人だけど、初出撃からこっち……まあリリーは初回以降入れ替えてるにしても、連携や戦闘がこなれてきてるでしょ?訓練も含めて結構な戦闘経験重ねたおかげだと思ってたんだけど」
「学習効果による戦闘行動の効率化、ですか」
「うーん、もーちっと高度な何かって気がするのよねえ。……実際、この子たちの『自我』ってどの程度認知されてるわけ?」
たとえばクローンメイドさんなんかは結構柔軟に受け答えもするし、エセぬいぐるみのドランに至っては、口答えどころか本来の「主」である光の聖霊まであっさり裏切ってる。
そーゆーのを指して「自我」がないというのはどうなのかなと。
「そうですな。一応占領地域の『人間』を判定する上での指標がございますので、そちらに照らしあわせて人工知性体、あるいは準知性体の知性化認定というのはなされることがあります」
「それで知性や自我があると認定されれば……」
「晴れて『奴隷』になりますな」
「奴隷なんかい!」
思わずずっこけた。
帝国の奴隷制は、犯罪者や捕虜規定にあぶれた人間などを一時的に使役するための便宜法、とはいえ腐れ爛れた社会制度の闇の中では物以下の扱いを受ける文字通りのど底辺。
そこに組み入れられてうれしいとはあんまり――
「お考えください。知性や自我はあっても財産も係累も――多くは肉体さえも持たない『準知性体あがりの知性体』が、いきなり人権だけ与えられて放り出されて、暮らしていけるかと」
「……無理、か」
「もともと何らかの個人や組織に『所有物』として所属するものですし、合法的に後見人を作るのに最適なのですよ。それに……準知性体をそこまで育成する時点で、相手を単なる物や奴隷として扱っているとは考えにくいですからな」
貧しい平民より恵まれた奴隷、ってか。
世知辛い話ですなあ。
「……この子たちも、いつか知性に目覚めるのかしら」
「ユリコ様次第でございましょうな。……ドラン殿なら、おそらくは今すぐにでも知性体認定を得られそうですが」
「うっわ、納得いかないわー」
あれに知性?
ここで言うのが「頭の良さ」じゃなくて「自我の要件定義」だってことは重々承知だけど、あの間抜けなエセぬいぐるみから受ける印象とのギャップが……。
「もともと知育玩具としてコミュニケーション重視の思考配分をされておりますし、かなりの年数を経ておりますから」
「ロートルのポンコツ、と」
「最新型のスペックよりも、旧型の『年の功』が勝つこともあるのが人工知性のおもしろいところでして」
「わかってんだけどね」
単にあのアホとそーゆー話題が結びつかなかっただけで。
脳内でメガネなどかけてドヤ顔してるドランにムカついたので、後で本物をしばいておくことにする。
「戦闘用ともなりますとコミュニケーションや自律思考に大きく制限を受けておりますので、なかなか自我形成にまでは至らぬかと」
「口答えや勝手な判断する兵隊はいらない、か」
小隊指揮レベルにわざわざ将軍みたいな「人間」の指揮官を置いてるのもその辺かな。
完全に「武器持って動く自動兵器」程度の認識、ってのはわかってんだけどねえ。
戦闘に使えば消耗品だし、そもそも耐用年数あんまり考えてないセッティングだったし……自我形成まで「生き延びる」のがまず無理難題か。
「人手が圧倒的に足りないこと考えると、この辺の経験値をうまく配分できればいいかなと思ったんだけど」
「ふむ……経験や知識の継承、というところでしょうか」
「あーそんな感じ……なんか禁忌研究っぽいなあ」
「なに、ここは帝国法の外でございますよ」
にやりと笑ったじーさまは、間違いなく頭にマッドとかつく類のソレっぽかった。
・・・
「喜べ男子ー、美少女転校生だぞー」
朝のホームルームは、担任教師のそんな浮かれた台詞から始まった。
あんたが一番喜んでんじゃないのか、ってのはたぶん禁句。
そんなスケベ教師に招かれた少女が入ってくると、教室の空気が一斉に凍り付いた。
白い肌に華奢な手足はどこかはかなげに見え、白に見えるほどに淡い銀の髪が歩く度にさらさらと流れる。
作り物めいた端整な顔立ちに、表情を感じさせない紫の瞳。
あたしは、いちおー白子じゃないのね、なんて妙な感想を抱いた。
「日乃輪紫です」
ガラスのように透明な声で無感情に発せられたそれが、自己紹介の全文だ、と気づくのに数分。
「じゃ、じゃあ日乃輪さんには白川の隣の空いてる席に――」
うげ。
せんせーはあたしにこれの面倒を見ろ、と?
こんなお人形みたいな子に隣に並ばれるだけで、かなりいろいろきついんですけど。
それに……
「あたし、白川百合子。よろしくね」
「……よろしく」
隣に立ったユカリに精一杯愛想良く手を振ったりしてやったのに、返ってきたのはたったの一言。
見下ろす目にも、いっさいの感情や関心が見られない。
これが軽蔑や嫌悪でも含まれてれば、こっちとしても対応のしようがあるんだけど。
「青井雛菊です」
「赤岩薔子だよ!よろしく!」
「……」
ヒナギクとショーコも割り込んできて自己紹介するけど、きょとんとすらしやしない。
「……返事くらいしてやって」
「はい。……はい」
いやそりゃ返事じゃねーでしょってつっこむのもアホらしいくらいの無愛想っぷりであった。
転校生、しかも美少女となれば、休み時間ごとに物見高い連中が取り囲み、質問責めにするのがもはやお約束の光景なんだけど、この人形娘ときたら一事が万事この調子。
何を聞かれても無口無表情で、その大半が「わかりません」「言えません」、中には質問の意図自体をそもそも理解できなかったらしい物もあり。
昼休みも半ばをすぎる頃にはすっかりみんなこの娘との会話をあきらめていた。
「……あんた、この状況によく耐えられるわねえ」
「質問の意図が分かりません」
なまじっか注目を集める美少女、しかし会話成立しないレベルの無愛想。
とくれば世間一般の反応は「興味津々」から「なにあの転校生お高く止まりやがって」に進化する。
周囲の視線は氷点下を通り越して絶対零度、いつ嫌味の応酬やいじめに発展してもおかしくない空気が充満していた。
……いやまあこの娘に嫌味を言っても、まずもって通じないとは思うんだけど。いじめられたとしても精神的ダメージ受けなかろうしさあ。
「人間社会に潜伏したいなら、もーちょっと周囲に溶け込む素振りを見せなさいってことよ」
「命令ですか?」
「命令に付随する前提用件、ね。むしろあんたの『親』がそれを指示してないことにびっくりなんだけど」
「……了解しました」
余人には理解不能な電波感あふれる会話に、ヒナギク&ショーコを含む周囲がドン引きしてたのは秘密である。
・・・
「ツッコミ待ちかー!」
ダンダンと執務室の床を踏みつける。
「どうしたんだ一体」
あたしのかんしゃくに驚いたバカ皇子が、執務机の上の書類から目を上げた。
「うちに転校してきたのよ、例の……『光の戦士』が」
「なんだそれがどうし……なんだと!?」
スルーしきれず立ち上がったバカ皇子。
「それでどうした!戦闘になったとは聞いてないが、怪我はないか!?」
「いだだだだ」
こちとらか弱い女子中学生、そんな力任せに肩をつかまれたらそっちの方が痛いってのよ!
「ぐほぁっ」
風を起こしてバカ皇子をはね飛ばす。ひりひりする……痣になってないかこれ。
「……ちったあ落ち着け」
「す、すまん。つい」
「こっちの身元ははなから割れてんだし、なんか仕掛けるならとっくにやってんでしょ。今更のこのこ接触してきたのは監視か観察……しまった!」
「どうした?」
「ヒナギクと将軍の稽古!あれ見られたら……ああ、もう、こっちから連絡入れらんないし!」
稽古に使っている水天宮には通信阻害の結界が張られている。
一度起動したら、中の発生装置を止めるしか、外部と通信する方法がない。
今すぐにでも逃げるよう連絡入れないと、あんな仲睦まじく稽古してるとこを見られたら、まず間違いなく裏切り者認定されちゃうだろう……だというのに!
「一応こちらから緊急コードを打ち込むという手はあるが――一足遅かったようだ」
手元で指揮司令用コンソールを立ち上げたバカ皇子が、そこに表示されたメッセージを見て顔をしかめた。
いやな予感に胃がむかむかしてくる。
機械じみた間抜けな動きに油断してた。機械だからこそ、そこに「甘い判断」なんてあるわけもなかったのに。
「で、どっち!」
「ブルーデイジー……いや、違うな。アオイ・ヒナギクが撃たれた」
言い淀み、言い直した理由。それから導き出されるのは……
「変身、できなかった?」
「……そのようだ」
あたしの口中に、なにか苦いものが流し込まれた気がした。
百合子「【絶対服従】エロい命令に黙々と従うクローン娘三人衆【無表情】」
ダークネスフラワー「「「御意」」」
雛菊「あの、私それどころじゃないんですけど」




