第十一話:隠れていた物、隠していた物
本日の朝食:焼き魚(塩じゃけ)、卵焼き、ほうれん草のゴマ和え、豆腐の味噌汁――
「……そしてなぜかパン」
「文句あるなら今からご飯炊けば?」
「遅刻します、お母様」
どーせ炊飯器のタイマーセットし忘れたってとこだろうけど、久しぶりに早起きできたと思ったらこれだもんなあ。
仕方ないので塩じゃけでパンを食う。
……やっぱどことなく口寂しいというか物足りないというか。
もちもちしたお米の満足感あってこその和食だと思うわけよ。
テレビのワイドショーから流れてくるのは、どこぞの大物俳優が五つ子を生んだとかカルガモが不倫したとかの心底どうでもいいニュース。
「……ふうん?」
「何かおもしろいニュースでもあった?」
「別にー。ただ、平和だなあって」
「何よあらたまって」
適当に言葉を濁したあたしに、母さんはひとまずそれ以上の追求はしてこなかった。
が。
「……で、噂の『彼氏』はいつおうちに連れてきてくれるのかなー」
「!?」
予想外の方向からの不意打ちに、ちょうど飲み込みかけてた味噌汁を盛大に吹き出してしまった。
「……いきなり何を言い出しますか」
「あら、もうお母さんのいない間に連れ込み済みだった?」
「してません!あたしゃそこまでふしだらじゃない!」
精一杯睨みつけてやったけど、クスクス笑う母さんにはどこ吹く風。
「お母さんもねー、あんたくらいのころはねえ――」
とうとうかつての武勇伝とやらを語りだした。
いや母さん、あんた中学生くらいの時から何しでかしてたんだと。
・・・
実の母親の生々しいエロ告白を朝っぱらからエンドレスで聞かされるという精神に多大なダメージを負う拷問から解放されたあたしが教室に入ると、ショーコのやつがものすごい勢いですっ飛んできた。
「ユリちゃんユリちゃん、大変だよ!」
「ちょ、ま、落ち着きなさいって」
肩をがっくんがっくん揺らされたら、聞ける話も聞けないってば。
「と、とにかくこれ見てよ!」
千切れるんじゃないかって力で腕を引っ張られ、当惑顔のヒナギクが待つ教室の隅に引きずられてった挙句に見せられたのは携帯端末。
「校内では電源切れって言われてなかった?」
「問題はそこじゃなくって!見てよこの動画!」
画面に映ってたのは割と大手の動画投稿サイト。
ユーザーが自分の動画をポータル風に掲載できる「プライベートチャンネル」の一つ、その名も。
「『ローザック帝国広報チャンネル』?」
管理者は「ローザック帝国広報」――いやまああたしなんだけどさ。
足がつかないように接続経路を偽装したり、背景画像やタイトルバナーをデザインしたりとここ数日かなり苦労したのもいい思い出である。
「そこも胡散臭いけど、問題はこの動画だよ!」
胡散臭いとは失敬な。
いやまあショーコが言ってるのはこのチャンネルに掲載されてる動画のほうなんだろうけど。
チャンネル開設や動画掲載を時刻指定できるのを幸い、今日朝7時に公開されるよう仕込んだ苦心作のタイトルは――
「『ローザック帝国の歴史』かあ。うんまあ、奴らの侵略目的とかわかれば対策も立てやすくなるかもしれないけど」
「そんなしょーもないのじゃなくて!こっちこっち!」
重ね重ね失敬なやつめ。
アーカイブから拾った歴史を丹念に整理し、誰にでもわかりやすく歴史と現状を学べるようにと苦心惨憺した結果をしょーもないとか言われると、さすがのあたしもむっとする。
バカ皇子を取り巻く帝国側のキナ臭い現状とか、よくよく見れば重要な情報もちりばめてやったというのに。
ちなみに政治体制や文化など、「よくわかるローザック帝国」シリーズとして週刊ペースで追加されていく予定である。どうでもいいけど。
「はあ、もう一つの方っていうとこれか」
――「笠原駐屯地襲撃記録」。
ダークネスフラワーがデビューを飾った例の戦闘の記録映像、である。
事前に大量の小型カメラ――本来の目的は偵察用なんだけど――を設置、様々なアングルから撮りためた映像を編集再構成した、我ながら自信作。
ちょーっとエンタメっぽくやりすぎた感はあるけど、見てもらうのが前提ならこれでいいでしょ。
「これが例の偽物さんたちってことね……おー、ほぼ一撃じゃん」
「不甲斐ないにもほどがありますね」
「二人ともひどいって!」
と、言われても。
エフェクトでごまかしたり編集ですっ飛ばしたりなどしてない、割とフェアな映像だしねえ。
むしろ、あんまりにもあっけなさ過ぎて戦闘シーンの尺伸ばしにものすごく苦労した。
ほぼ同時に行われたデイジーとローズの攻撃をわざわざ別に収録したり、着弾タイミングの映像を複数アングルで拾ったり……このあたりの見せ方はもうちょっと研究しないとダメね。
「動画に寄せられてるコメントのほうがひどいと思うんだ」
戦闘の見どころがあんまりにもなさ過ぎたせいか、ほとんどが三人の登場シーンに集中してる。
それも「FSS」だとか「prpr」だとか……ほんと、日本は平和だわ。
「ののしってください」とか「ありがとうございます!」はまだいいんだけど、「その鞭で叩いてください」って……高周波ブレードを偽装した装置だから、これでぶん殴られたらその場で真っ二つなんだけど。
一番多いのは、デイジーに対する「おっぱい!おっぱい!」コールなんだけどね……あんたらそんなにおっぱいがいいのか。
あとやっぱりご挨拶は「たくしあげキター」とか言われちゃってた……うん、編集しててもそう見えたし、仕方ないわね。っていうか、なんであんなローアングル接写のデータが存在したのか。
「対抗して、私たちも映像公開とかした方がいいんでしょうか」
「……何らかの広報チャンネルは用意したほうがいいたあ思うけどね」
マスコミ利用してるじえーたいVSネットで情報公開始めた帝国、という図式の中で、シャイニーフラワーだけがおいてけぼり。
じえーたいがネガキャンしてくれたおかげで、ただでさえ最近評判落ちてるとゆーのに、ここで帝国っつーかダークネスフラワーがネットで受けたら本気で立場がない。
まあ、それ狙って仕掛けてるわけだから当然の結果なんだけど。
「『自分たちではなんにも衛れない隊』か、言いえて妙ってやつよねー」
コメントでもバカ受けしてるし、我ながら名言であったよ、うんうん。
「いえ、いいんですけど」
にやにや笑っていたら、ヒナギクが咎めるような目で見つめてきた……けど、発言そのものに何か言うことはなく。
そこは「彼らも彼らなりに頑張ってます」とか擁護してあげるとこだと思うんだけどね。
「……で、ショーコは何がひどいと思うの?」
この動画に腹を立ててるってのは教室に入ってきた時からわかってんだけど、物理的にも精神的にもフルボッコくらってるじえーたいのみなさんがかわいそう!って感じでもないのよね。
「うー……だって納得できないんだもん!」
「何が?」
「この映像が本当なら、悪いのは偽物でしょ!?なのにじえーたいもマスコミも全部あた……シャイニーフラワーが悪いって!」
「偽物ってわかってないのかもよ?」
「……だって、だって、ヒナ……デイジーの胸の大きさ違うし!」
そこかい。
後ろでヒナギクもずっこけてるぞ。
ブラックデイジー作った時にはこのくらいだと思ってたのよねえ……まさかしばらく確認してない間にあそこまで育っていようとは。
「ま、魔法も使ってないみたいだし!」
これはコメントでも指摘されてる。
それぞれの武器の攻撃シーケンスは尺伸ばしの意図もあって結構詳細に見せたから、気づく人は気づくとは思ってたけど。
特にデイジーのはためが大きい分わかりやすかったようで、そこに「魔法」が関わってない――少なくとも、魔法なんてなくても再現可能、と。
「発達しすぎた科学は魔法と区別がつかない」っていう。帝国の武器をそのまま使ったら、区別つかない人も多かっただろう。
わざと現代科学の「一歩先」くらいまで技術レベルを落とした武器を用意した甲斐があったというもの。
そう、偽物は「魔法を使わない」。
実はこれ、クローン兵には魔法が「使えない」ことを逆に利用しただけだったりするんだけど。
いろいろ小難しい理論はあるみたいだけど、そこは置いておいて。
使えないならいっそそれを「区別」のポイントにしてやろうという策略なわけだ。
……武器の技術レベルまで落としたせいで、「帝国資金切れ説」とか「便乗した地球の秘密結社説」まで出てきているのはご愛嬌、だけど。
「この映像が出回れば検証や訂正も入ってくるんじゃない?」
「……ああ、それで、ですか」
あたしの言葉にヒナギクが思わず納得、といった顔をする。
「ヒナちゃん何かわかったの?」
「昨日の襲撃の目的ですよ」
ヒナギクの言葉でも理解に達しなかったらしいアホの子が小首を傾げた。
「よーするに、連中はこの映像を届けに出てきた、ってことでしょ」
「そこはあくまでパフォーマンスで、他の局にも送り付けはしたんでしょうね。遅くとも今朝七時……朝一番のニュースに間に合うように」
はい、正解。大手マスコミにはきっちり送り付けて差し上げましたとも。
早けりゃ夜のニュースでも流せるくらいには届いてたはずなんだけどね。
「え、でも……朝のニュースでは何もやってなかった……よね?」
ショーコさんがニュースを一応見ていたらしいという事実に驚きです。
そしてそれも正解。
どこの局も、送り付けられたはずの映像を1フレームたりとも流してなかったのは、戦艦側でも確認済み。
「つまり……握りつぶされた、と」
ヒナギクが険しい顔をしたけど、しかたない部分はあると思う。
今まで少なくとも対抗しうるという「大本営発表」ばかり繰り返してきたのに、ここではっきりと「全く歯が立たない」ことを映像で示されたら、マスコミやじえーたいの信用は地に落ちる。
しかも、味方配備戦力の潰滅と敵側の増援という情報がセットだ。
こんなもん流した日にはパニックが起きても不思議じゃない。
「ま、ネットで流されたらおしまいなんだけど、ね」
「ひどいひどいひどい!みんな嘘つきじゃない!」
激昂して地団駄踏んでるショーコを見ればわかるとおり、どんなにやばい映像だって「隠した」ことがばれれば不信感はむしろ高まる。
あちらさんとしては、こんな形で草の根活動してくるなんて想定外だ、と言いたいとこだろうけど、ここまで嘘ばっかりついてきた報いがここにきて降りかかってるわけだから、同情の余地は一切ない。
「次の一手は違法動画として削除要請ってとこかしらねえ」
「そんな!自分たちが悪いのに!」
「……悪手、ですよね」
ヒナギクの言う通り。一度上げられた動画を消したところで、また上げなおされるだけ。放っておいても「有志」がいろんなところに放流しまくってくれるだろう。
そのいたちごっこはますます政府とマスコミに対する不信感を高めるだけだけど、動画そのものの影響を考えれば野放しにできない以上、ほかに手もなかったり。
マスコミの方はいずれ「政府とじえーたいが嘘ついてた。それをそのまま信じた我々も被害者」だとか、自分の調査能力の欠如を棚に上げた妄言を吐いてごまかしてくるだろう。
その時にはむやみにシャイニーフラワーを持ち上げてくるのも目に見えてるけど。
「うう、もう誰も信じられないよう」
ショーコの怨嗟の声と、ヒナギクの諦めたような溜息。
あたしの「作戦」は、この時点で十二分な成果を上げたと言えよう。
・・・
そして、もはや恒例となった駅前広場。
「そうきます、か」
「そりゃそーくるわよ」
「偽物ぶっつぶーす!」
にらみ合うは白と黒の各三人。
いきなりの総力戦、である。
真偽不明な偽物騒動での揺さぶりも終わり、世間にも大々的にお披露目したんだから、今更隠す必要もない。
ここはむしろ本物VS偽物をアピールする場面である。
……あるんだけど。
「かーくごー!」
「ああもう、いきなり突っ込むなってば!」
ストレスたまりまくってたレッドローズが腕をぶんぶん振り回しながら特攻をかけ――
「……」
「のわっ、きゃっ、とおお!?」
ブラックリリーが鞭を振るって作った亀裂に足を取られて見事にすっころぶ。
「……言わんこっちゃない」
目の前の間抜けな光景に、思わず額に手を当てるあたし。
グダグダなこっちの体勢を見逃すはずもなく、ブラックデイジーが電撃のチャージをはじめた。
「止めます!」
「……阻止」
地面をひと蹴り、亀裂を飛び越えるように駆け込むブルーデイジーはしかし、ブラックローズに阻まれる。
激しい音を立てて打ち合わされる薙刀と両手剣。
……あの両手剣モドキ、中に燃料が詰まってるんだけど……うんまあ引火とか誘爆とかは考えないようにしよう。
「ったく」
「……!」
今にも撃ち放たれそうなランスの軸線を、あたしは空気の塊を爆発させて上へとそらす。
雷が、地面から空へと向かって放たれた。
「っとう!」
転んでたレッドローズが一挙動で立ち上がると、片手剣を呼び出してブラックリリーに切りかかる。
ブラックリリーは鞭を束ねるようにしてそれをブロック。
間合いを開けようとしたブラックリリーと、追撃を仕掛けたレッドローズの間にブラックデイジーが割り込む。
「聞いたよ!接近戦、できないんでしょ!」
「……」
勝ち誇ったレッドローズの声を否定するように、槍で受け止めるブラックデイジー。
「っきゃあっ!?」
放電だか漏電だか、レッドローズは打ち合ったところから流された電撃のショックではねとんだ。
確かに彼女の槍は脆い、砲身を保護しようと思ったら打ち合いなんてまともにできないし、槍としての機能は皆無。
でも、この戦闘で次弾を撃つことをあきらめて放電を利用すれば、とりあえず「殴り合い」の道具としてスタンロッド代わりにはなるわけだ。
体がしびれ、陸に上がった魚のようにのたうつレッドローズに、ブラックリリーの鞭が振り上げられる。
「させません!」
打ち合いからくるりと体を入れ替えたブルーデイジーが、たたらを踏むブラックローズを突き飛ばしてブラックリリーにぶつける。
攻撃の手を止めたブラックリリーから逃げるように、レッドローズが這い進む。
「……」
ブラックリリーへの攻撃を続けようとしたブルーデイジーを、槍を構えたブラックデイジーが阻止。
いまだしびれたままのレッドローズの惨状を見れば、ブルーデイジーも下手に打ち合えない。
歯噛みして薙刀を構えなおすブルーデイジーの前で、ブラックローズも体勢を立て直して両手剣を構える。
あたしはといえば手を出せない。
基本的に中遠距離からの打ちっぱなしだけしか手がないうえに、範囲制限してもほとんど無差別。
こんな乱戦状態に陥ってしまえば、味方を巻き添えにしないというのはちょっと無理。
扇を構えたまま小さく舌打ちする。
さすがにレッドローズがあそこまで無思慮に突っ込んでいくとは思ってなかったあたしのミスだ。
ブラックリリーが地面を割って行動阻害したのは、じえーたい襲撃の映像にも残ってたから警戒すると思ったんだけどなあ。
当初の予定通り一当たりしたら引かせるにしても、ちょっと間合いが詰まりすぎてる。
「ローズ、なんとかこっちに!」
「あ、うん……」
這うのをあきらめたレッドローズが、無理に転がるようにしてこっちへ向かう。
そこへ、軽く空気を爆発させて勢いを加え。
「のぷっ!?」
おっと、盛大に巻き上げた土ぼこりが、ダークネスフラワーよりも先にレッドローズの目つぶしになっちゃったようだ。
「っと、ごめん!……デイジーも一旦引いて!」
レッドローズに謝罪しつつブルーデイジーに指示。
さすがに三対一の構図はまずいとわかってるデイジーも後ろへ飛び退る。
ダークネス側はデイジーが一歩下がる。槍の一部はひしゃげ、おそらくもう武器として使用できない。
ローズの方も、派手に打ち合わせた両手剣がどうなるかわからない以上火球の投擲は控えるだろう。
リリーは……ここで狙えるのがあたしだけ、でも「権限上」それは禁止されているのでためらう。
膠着しているように見える戦況。
実際はこのままダークネスフラワーを下がらせれば今回の「顔見世」は終了なので、ここまで。
ほっと一息つこうとした、その時。
どこかから放たれた光線が、ブラックリリーの体を薙いだ。
「……!?」
何が起こったかわからず、呆然とするあたしたちの前で、リリーの体が崩れ落ちる。
ずり落ちた仮面の下から現れたのは、なんの表情も浮かんでいない――あたしの顔。
「ユリひゃん!?」
まだ若干しびれの残るレッドローズの驚き交じりの悲鳴。
その声にはじかれるように、ブラックローズがブラックリリーの体を支え……三人の姿は掻き消えた。
「ここで来た、かあ」
「とうとう来ました、ね」
苦々しげにつぶやくあたしとブルーデイジーの見上げる先、駅ビルの屋上に立つ人影が一つ。
遠く、しかも逆光のせいでその容姿までは判別できない。
その人影は、頭上で旋回していた鳥を肩に止まらせると、あたしたちの視線から逃げるように跳んだ。
「新戦士……」
驚きの冷めやらぬ声でレッドローズが呟く。
……まだ痺れてたせいで「ひんひぇんひ」になってたのは彼女の名誉のために秘密にしておこう。
かっこつかないしね!
雛菊「FSSってなんですか?」
百合子「太ももすりすり。……たくし上げでアップになってたしね」




