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第三十話 悪人の構造

ここんとこ引き合いに出してる加藤氏の本は、本当に役に立ってくれてます。(笑


かの本で出てくる「キツネ」タイプの人間というのは、いわゆるステレオタイプの悪人です。精神的に弱い人を嗅ぎつけ、取りついて、骨までしゃぶる。善人と思わせておいて、実は口先だけの誠意のない人間です。


加藤氏の本にあった例文をちょっと紹介しますと、『二つの饅頭があり、キツネは両方を食べてしまう。貴方が後から文句を言ったら「ごめんなさい、ごめんなさい、」と謝る。けれど、「なぜ食べたの?」と聞かれると、「えっ?」と驚き、答えられない。』

つまり、謝罪の言葉が演技で、それで赦してもらえるつもりだったから、驚くというんだね。

本心は、とても許してもらえる動機じゃないから、答えられないという事だ。

キツネの言葉は、かように、誠心誠意に見えてもとても軽い。


そして、騙されてしまうヤギのタイプは本質を見失ってしまっている。

「なぜ食べたのか?」が大事なんだよ。

二つの饅頭の片方は、貴方のものだとキツネは知っていたわけだ。知っていて、それでも食べた。

どういうつもりで食べたのか?

お腹がものすごく空いてたから、と答えたならば、貴方だって同じくらいにお腹を空かしているかも知れない、そういう考えが浮かんだはず。それでも食べたのはなぜ?

つまり、二つとも食べたのは、貴方を甘く見て、自身の欲求を優先したからだ。

「貴方だからいいや、」と思い、「謝っておけば許してくれるだろう、」と思ったからだ。


貴方は自分より下だから、自分の方を優先して良い、という判断がキツネには常にあるという事だ。

キツネは常に、誰が相手でも、自身が最優先にされるべきという無意識を持っている。無意識なので、表面上は自身の厚かましさを認知しない。むしろ「我慢しているのに、」と不満に思っている。

ストーカーや犯罪者の心理は、このキツネのものである。


さて、ここまで書いて、本題。


小説書きとしては、注意すべき点がある。

自身がこのキツネであったなら、貴女の感覚というものは恐らく一般人には受け付けてもらえない。(笑


聖人を書いているつもり、正義の味方を書いたつもりなのに、なぜか読者の反応は悪役を嫌悪するかのようなものだ、という事になる。

読者に同情されるべきエピソードのつもりだったのに、イマイチ、反応がない。

それどころか、主人公がダブルスタンダードで、言っている事とやっている事がマッチしてないよ、などと指摘されてしまうだろう。

心の機微や、微妙な人間模様といった、真実読者が求める要素を書くことが出来ない。

書けばズレた感覚を指摘される。

小中学生向けの、子供だましのようなテーマしか扱えないだろう。


その原因は作者の心にこそある。

作者が「キツネ」で、他者に依存しても感謝をしない、他者が自分に何かをしてくれても気付く事が出来ない鈍感な人間だからである。ついでに、自身が無茶な要求を赤の他人に、それも、頼める筋でもないような人に平気で頼める人間だからだ。

キツネは、他者がやってくれた事や「努力」というものの、本当の重みが理解出来ない。


人の頼みを聞き入れて、その望みを叶えてやろうとする行為は「努力」である。実際にやった経験があれば、それがどれほど大変で、なおかつ、責任の伴う行為であるかが解かる。

人の頼みを聞くという事は、大変に気を使うことだ。依頼者の事を考えれば、全力で掛かろうと思い、そのための努力をする。


キツネには、その経験がない者が多い。いや、無いから、キツネになってしまう。

キツネが他人から依頼を受けた時の解決方法は、別の誰かに下請けさせる、という方法だけだ。(苦笑


キツネは他者に平気で依存する。感謝は言葉だけで事足りると思っている。自分を上等だと思っている。

今の待遇は下に見られている、自身に見合ったものではないと思っている。

そういう感覚は、決して一般には共感されない。むしろ、甘えている、と非難される。

それが解からないから、一般人の常識とのズレが解決出来ない。

ズレた感性で扱えるテーマは、ごく限られてしまう。そして、深層を描ききれない。

作家として「致命傷」だ。



小説には「ピカレスク」というジャンルがある。悪漢小説ね。


主人公や重要人物が悪党である、という設定で悪人をテーマに書いている。

悪党というものは、ある種の魅力があるからね。


その魅力についても、キツネを例題に解説する。


上の文でつらつらと書いたように、悪党の根底心理には「他者への甘え」があり、「強烈な自己愛」がある。なぜそこまで自身に執着してしまったかというと、これは幼少期の親子関係に原因があるそうだ。

親から放任され、「自身は必要とされていない、」という想いを抱いて成長した子供が、キツネになる。


愛情に飢えていて、誰かに無償の愛を浴びせるほどに浴びせて欲しいと願っている。

心の中が飢餓感で満杯で、ほんの少しの拒絶にすら耐え切れないほどギリギリである。

余裕がないから、一歩引いて付き合うという事が出来ない。だから、無茶な要求を平気でする。

根底に「自分ほど不幸な人間は居ない」と思っているから「他の者など大したことない」と考えて「こんな不幸な自身は一番に優先されてもいい」と結論している。


もちろん、本当に不幸のどん底を舐めたような人なら、その苦しみを知っているからはた迷惑なキツネになどならない。キツネはどん底に愛されなかったわけではない。ただの被害妄想だ。

けれど、迷惑など感知しないので「ロビー活動」は激しい。


ようは、悪人とは「幼い頃に愛してもらえなかったヒト」なのである。「大人になっても母の姿を追い求めているヒト」である。そのように喧伝しているヒトである。

だから時として魅力的に見えるのだ。


ピカレスクの主人公は、ロビー活動が功を奏して読者を完全に騙せたキツネとして書くと、台無しだ。

(本当に憐れむべきは、骨の髄までしゃぶられるヤギのほうだ)


ヤギはキツネ同様、親に愛されなかった子供だ。キツネのように野放しではなく過干渉で、抑圧され、モノ扱いされた子だ。親の所有物と見なされて人の尊厳を奪われた子だ。

認めてくれる、愛してくれる者なら誰でもいい、と、飢えている。



ピカレスクの主人公は、だから「ヤギがベースにあって、時々キツネ」が望ましいと個人的には思う。

だから、完全な悪党ではなく、たまーに善良なことや常識人的なこともする。

八方美人で誰にでもいい顔をしてしまいがちだが、本心はそんな自分が嫌いで、逆になりたいと思っているから、キツネの面をかぶっていたりする。「NO」を言うために身勝手なキツネを演じるのだ。


ピカレスクだからと、本当の悪党を主役に据えても、読者の心の琴線に触れる作品など書けないだろうよ。


二つの饅頭を独りで食ってしまうヤツを魅力的に書けるとは、私には思えないね。(笑

・・・にしても。


キツネにしろ、ヤギにしろ、その親は精一杯に我が子を愛したに違いないのに、って点がむしろ本当のテーマなんだよな。

キツネが子供を育てりゃ、自分優先でさ、子供にはキツく我慢を強いておいて自分は好きな事をするという子育てとかもやっちまうだろう。

それでも精一杯にやってるのは、やってるんだよ。

憐れだけど。親も子も不幸だ。

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