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5、微笑み

 やがて片づけた後に鍵を返し、急いで外に出た。奈々が待っているようなことを言っていたが、先輩に絡まれていたのを思い出し、仕方なく一人で打ち上げ会場に向かう。

 不意に青年が電灯の下で携帯をいじっているのが見えた。見覚えのある顔におそるおそる近づく。

「島沢さん、何をしているんですか、こんなところで」

「いや、高木さんに頼まれて。夜も遅くて心配だから、河村さんと一緒に来てくださいって」

 高木……奈々。部内で親しい友達、もとい、すぐに人をからかう人物。余計なことをしなくてもいいのに。

「お疲れさん。飲み会に行こうか」

「はい……」

 歩き出そうとした矢先に、右手に持っていた紙袋を取られた。

「あ、あの……!」

「別に軽いから気にしないで」

 そう言うと、すたすたと歩いて行ってしまう。慌てて追いつき、並んで歩き始めた。言葉を選びながら、話しかける。

「すみません、ありがとうございます。……す、すごく良かったですよ、独奏。あんなに上手いのに、どうして今まであまり公の舞台で弾かなかったんですか?」

「どっちかというと、楽しく弾きたい派だから。俺はめったに本気は出さない主義なんだよ。今回はいい機会かなと思って、弾いてみただけ。というか、無理矢理同期に曲目に入れられたって感じ」

 つまり四年生は河村さんの実力をよく知っていたらしい。そうですよね、最後のコンサートなのだから、上手い人を弾かせたがるのは道理だし、思い切って弾いてほしいですよね。

「河村さんも本当に上手くなったな。二重奏の相手に選んで良かったぜ」

 褒め言葉に心浮かれたが、冷静に相槌を打つ。

「いえ、結構ミスしましたよ? それを島沢さんがカバーしてくれたと言いますか……」

「そうだっけ? 気付かなかったなあ。まあ完璧な人間なんていないし、俺としてはあの二重奏で満足」

 一つ一つの優しい言葉が、私の心の中に刻まれていく。貴重で、最後の時間――。

 不意に島沢さんが、紙袋から私が渡した花束を抜き取った。そして不思議そうな顔でハナビシソウを指す。

「俺、花とか全然詳しくないんだけど、これって何の花?」

「ハナビシソウと言って、別名カリフォルニアポピーと言われている花です。明るくて、素敵な花だと思ったのですが、気に入らなかったですか?」

「いや、綺麗な花だよ。ありがとう。なあ、これにした理由ってそれだけ?」

 その言葉に思わず返答をし損ねる。即座にそれだけですと言えばいいのに、なぜか躊躇った。すぐに返さなかったためか、意味深な顔で見てくる。それから視線を逸らす。

「そ、それだけです!」

「本当?」

「そうですよ!」

「いや、それ以外にも何かありそうだな。相方に隠すことはなしだぜ」

 相方って、嬉しい言葉ですが、意識されていない人から言われても嬉しくないんですけど!

 頭が混乱状態になり、むすっとしながら、島沢さんを見返した。

「もう一つだけ、選んだ意味ありますよ!」

「どういう意味だ?」

「花言葉です!」

 言った直後にまたも後悔した。もはや意味を深く考えてまで花を購入するなど、気があると本人に言ったも同然だ。

 もうしょうがない。

 素直に、けれど肝心なことは隠しながら話してしまおう。

 ポツリポツリと街灯が付いている道の中で、私は口を開いた。

「この花の花言葉の一つとして“希望”というのがあるのです。これから別の地で頑張る島沢さんに、いつまでも希望を持ち続けられますように、そして将来にいいことがありますようにと、希望を込めて――」

 そっと表情を下から覗き見ると、驚いたような顔をしている。驚かれてもしょうがないと思い、視線を地面に下ろしながら歩き続ける。

 だが急に手を握られ、数歩下がるように引っ張られた。

「聞いていなかったか。……俺、院はこの大学に行く」

「え?」

「二月入試で受けていたんだ。その後、色々考えて、結果として、このまま上に進むよ」

 そして後ろからぎゅっと抱きしめられた。温もりが直に伝わってくる。島沢さんの体が密着している。鼓動が早くなるのが止まらない。

「もう駄目だ。こんなことまでされちゃ、意識するなって言っても無理だろう。大事な後輩だから手を出さないつもりだったのに」

 私だって、近すぎるからあえて意識したくなかった――そう言いたかったが声が出てこない。

「――院に進んでも、サークルには顔を出す。……だから、また一緒に二重奏やらないか?」

 ぶっきらぼうだが、優しい言葉。私にとっては最上級の告白のされ方。

 後ろから抱きしめている、ギターのコードを余裕で抑えられる大きな手をそっと触れた。

「……よろこんで」

 微笑みながら小さく呟くと反転させられ、不器用ながらも、唇を優しく重ねられる――。

 星の光が輝く中での、ほんの少しの時間ではあったが、私たちの独奏であった想いが、二重奏へと変化したのには決定的であった。

 それをハナビシソウは控えめにお祝いをしているかのように、漏れ出ている光に照らし出されていた。




 了



 お読みいただき、ありがとうございました。

 この作品は、「Smile Japan」参加作品であり、被災者の皆様を始めとして、少しでも多くの方々が笑顔になれるような小説を執筆したものです。

 笑顔というより、微笑みよりの内容ですが、くすりとでもして頂ければ、作者としてとても嬉しいです。


 作中に出てくる花、ハナビシソウ、別名カリフォルニアポピーですが、内容でも触れました通り、花言葉は様々ある中の一つとして“希望”というものがあります。

 またあるサイトでは、3月11日の誕生花でもあり、一見はかなげに見えますが、乾燥や寒さに強く、とても丈夫な花だそうです。


 そのような想いも含めまして、執筆させていただきました。

 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。どうもありがとうございました。


【参照:ハナビシソウの花言葉】

http://www.ffj.jp/hanakotoba/hanabisi.htm

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