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2、夕陽

 * * *



 やがて島沢さんがサークルに来なくなってから一ヶ月半が経とうとしていた。

 十二月も中頃、授業や実験で、私もどうにか時間をやりくりせざるを得ない状況になっている。隙を見つけてはクリコンで弾く曲を練習し、実験レポートを書く日々が続いていた。

 だが今日は早く実験が終わったため、陽が落ちる前に部室に行けた。

 扉を開けると、窓から夕陽が射し込んでいた。部室内をオレンジ色に染め上げ、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。その美しい光景に見とれ、思わず入り口で立ち止まってしまう。

 時間に追われ、忘れていた様々な記憶が戻ってくる。

この部室で無我夢中でギターを弾き、時に笑い、怒り、泣いた日々が――。

「綺麗だろう」

 抑えた声量で黒板の近くからささやかれる。視線を移せば、しばらく見ていなかった島沢さんの横顔が見えた。

「俺たちが色々もがいている間にも自然界は着実に動いている。今日見られた夕陽が、明日見られるとは限らない。それも一つの時の流れだろう」

 何を思ってそんなことを言っているのだろうか。いつもと違う雰囲気、そして陽の光が当たっている横顔は普段よりかっこよく見えなくもなく、思わず鼓動が早くなる。ぼさぼさな髪は健在であり、少し疲れ切っている顔からはしばらく家に帰っていない様子が伺えた。

 気がつけば、島沢さんが小さな背の私を見下ろしている。そして私の頭をぽんっと叩いた。

「疲れた顔しているぞ。研究室に入ったばっかりで、実験が大変だって聞いているけど、あまり無理するなよ。まあそのうち慣れてくるから、安心しな」

「島沢さんだって疲れているじゃないですか。それに島沢さんは私よりも一年も長く研究室に入っていますけど……」

 今、すごく忙しそうなんだけど……。

 小さな声でつぶやく程度にしかならなかった。だがすぐに意図を汲み取ったらしい。

「俺は自分が無計画だったからこうなっているだけ。クリコンの日もちょうど実験が入って、出られなさそうだから書置き残してきた。――二月末には落ち着くから、そしたらまたよろしくな」

 ぽんぽんと、二回ほど軽く叩かれた。まるで子供をあやすかのような仕草に、少しだけむっとしてしまう。だがそんな感情とは裏腹に、久々の会話は嬉しかった。

「それじゃあ、少し早いけど、良いお年を」

「は、はい、良いお年を!」

 反射的に答えたが、言った直後に後悔する。何か、他に、何か言葉を――。

 背を向け、部室から出ていく前に、再び口を開いた。

「島沢さん!」

 不思議そうな目をしながら振り返られる。逆光になっているため、どんな顔色になっていてもばれないだろう。

「あ、あの、私も色々と煮詰まっていて、サークルの運営も上手く判断できるかわからないときがあるので、もし良かったら、メールでもしていいですか?」

 いったい何を言っているのか、自分でもわからない。きっと文字に起こしたら、ひどい内容になっているだろう。それでも最後の言葉を伝えたかった。

 始めはきょとんとしていたが、すぐに微笑んで返してくれた。

「返信が遅くなってもいいのなら、サークルだけじゃなくても、いつでも連絡してもらって構わないよ。それじゃ、また。お疲れさま」

 軽く手を振られながら、島沢さんは部室を後にした。

 ほんの少しのやりとりではあったが、私の心の中はささやかであるが満たされていた。



 * * *



 クリコンが終わり、年も明け、四年生が卒業するまであと数ヶ月となっていた。その間、多くても一週間に一度くらいはサークルの状況を伝えるメールを送っていた。研究だけでなく、論文執筆、発表会準備という、多忙な日々を島沢さんは過ごしているため、邪魔にならない範囲と思って送っている。

 そんな中、卒業コンサート後に渡す、色紙を書いていた。やはり一番過ごした時間が長い、一つ上の先輩がいなくなってしまうのは、とても寂しいものだ。その想いも込めて、色紙にコメントを書き綴る。

 やがて、ある一枚の色紙を手に付けて、ペンを走らせるのを止めた。

 “島沢光希さん”と書かれた、その色紙にはすでに多くの部員がコメントを書いている。ある男子は荒々しい字ながらも面白い内容を、ある女子は丁寧な字で懐かしい日々を思い出すような内容を書いていた。

 そして多く占められている内容が、『院に進んでも、頑張ってください!』だった。

 島沢さんは理工学部の大学生。大学を卒業後は大学院に進んで、研究を続ける。ただし他の大学で。

 新たな刺激を求めるためにと言い、夏の入試を受験し、合格していたのだ。

 つまり一緒に過ごす時間は残りわずかしかないと言うことだった。そう考えるとなぜか焦りが生じてくる。

 ペンを握り、書こうとするが、言葉が思い浮かず、進まない。周りにいる人間はさらさらと書きながら、コメント欄を埋めている。

 とにかく書かなければと思い、ふと思いついた言葉をどうにかして書き綴った。

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