第9話
──咲雲日之出学園、本校舎2年Aクラス。
今日は、始業式の次の日。
教室の窓からは、春を爛漫に彩る桜が覗いていて大変に晴れやかな一日……のはずなのだが。
私──水無瀬凛々子はずっと怒っていた。
「灯。ちょっと聞いてるの?」
私が声をかけているのに、窓際の席に座る幼馴染──不動院灯は、スマホの画面に釘付けになっていた。
「……あーん。神様からのメッセージが可愛すぎて尊い……画面が輝いて見える……」
「灯。スマホ依存症ってやつじゃないの? そもそも貴女、一年の三学期はほとんど登校していなかったじゃない。昨日の始業式もサボって。一体どうしてしまったの? 不動院家と永遠のライバルである水無瀬家の娘として、幼馴染の貴女の怠慢を見過ごすわけにはいきません」
私は、一向にこちらに顔を向けない彼女の机をバンと叩く。
この忌々しい不動院灯──『原初の焔』を宿す不動院家の次期当主にして、歴代最強の才ありと謳われる天才。
対して私は、水無瀬家の長女でありながら、いまだ『零結の氷雨』を継承する話なんて出たことがない。
もっとも、こちらはそれの保有者である私の父が今も現役でその能力が衰える気配がないというのはあるけど。
とにかく、私はいつか水無瀬家を背負って立ち、唯一怪異に対抗できる力を持つものとして、国民を守るという矜持に満ちていた。
だからこそ、私は誰よりも規律を守り、誰よりも努力していると自負している。
今年Aクラスに入ったのも、家の力は関係ない。実力だ。
それなのに、この天才は……。
「はぁ……毎秒返信してほしい……早く家に帰りたい」
「あのねぇ灯。去年は座学中心で平和な学園生活だったけど、今年からは実地訓練が増えるのよ。貴方は普段から怪異を討伐してるかもしれないけど、気を引き締めていかないと……」
「うるさいわねぇ、水芸女。いま大事なところなの」
「誰が水芸女よ!!」
我慢の限界だ。
私は彼女の手から最新のスマホをひったくった。
「ああっ!? 私の酸素が! 息が!! ウッ……」
「窒息しなさい。一体誰とそんなに……ん?」
奪った画面には、メッセージアプリのトークルームが表示されていた。
神様神様ってどんな人なの。
……宗教にでもハマったのかしら。
貴方がそもそも現人神みたいなものでしょうに。
そんなことを思いながら、なんかやたらとハートが多いそれをざっとスクロールする。
灯『神様、生きてますか♡』
閑『生きてますよ~』
灯『もう、久しく会ってない気がします(泣)』
閑『一時間前に会いましたよ』
灯『それにしても、私たちが同い年って奇跡ですよね』
閑『その話、もう十回目ですよ』
灯『ありがとうございます♡』
閑『いえいえ』
灯『ところで神様、好きな色は何ですか?』
閑『えーと、黒ですかね』
灯『それって……私の髪色ですよね……嬉しい♡』
閑『灯さんの髪は綺麗ですよね』
灯『ぎゃー!!! 尊い……早く灯と呼び捨ててください……♡♡』
……ナニコレ?
ちゃんと会話になってるのこれ?
この、なんて読むの? カン……? さんとのメッセージが延々と続いている。
ちなみに灯は相手のメッセージに即返信し、カンさんは数分空けている。
さらにスクロールすると衝撃を受けた。
「ぶっっ!! あ、灯ッ。これ、なんてもの送ってるの!?」
なんと、制服をはだけた灯は自撮り写真を送っていたのだ。
官能的な上目遣いと、シャツのボタンを外し、普段はサラシで隠している暴力的な豊かなモノを寄せあげて写っている。
「だって、普段は和装だからこういうのもいけるって教えたかったんだもん」
「何が『もん』よ!!」
自分の切れ長の目が吊り上がっていくのが分かる。
……ていうか。
これって。これってつまり……。
「早く返してよ」
ダルそうにこちらに目を向ける灯に私は恐る恐る聞いてみる。
「……男、なの……? そんなわけないよね……?」
最初から薄々感じていたその問いをぶつける。
いや、でも、繰り返すが。
そんなわけない。
私たちは、『釣り合う男がいないから恋ができなくても仕方ない同盟』だったんじゃなかったの──!?
「うん。何を勘違いしてるか知らないけど、私はずっと閑様をお慕いしてたわ」
そう言って頬を染める、初めて見る灯の表情に、私は崩れ落ちそうになる。
その時、スマホに目を落とすと、一番下に送信前のメッセージがあった。
『編入後、一緒のクラスになれるようにお祖母様に頼みましたからね♡ これから毎日、隣の席でお勉強しましょうね♡』
「……は? 一緒のクラス?」
私は呆れてため息をついた。
「灯。貴方、制度を理解していないの? Aクラスに入れるのは一年時の成績上位者と教員からの特別推薦者だけ。その『神様』とやらがどこの誰か知らないけど、編入したばかりの一般人が入れるわけないでしょ」
「推薦枠あるし、お祖母様にお願いしたから大丈夫でしょ」
「……熾様がそんな公私混同を許すはずがないと思うけど」
たぶん。いや、あの人ならやるかもしれない……?
灯は勝ち誇った顔で、私の手からスマホを取り返し、通話ボタンを押した。
コール数回。スピーカーから、少ししゃがれた声が聞こえてくる。
『──なんだい灯か』
「お祖母様! 閑様のクラスは無事Aクラスになりましたよね!?」
『……んあ? ……あ! あー、それね。頼まれてたやつね』
なんか妙な沈黙があった。灯はスマホを置いて祈っている。
「はい、頼んでたやつです」
『だめだったわ』
「はぁ!?」
『だってほら、灯。こないだ私の大事な萩茶碗、粉々にしただろう? あれ思い出したら無性にムカついてきてねぇ。話を通すのをやめたんだよ』
「────ッ!?!?」
灯が絶句する。通話は切れた。
熾様、普通に忘れてたんだろうな。そして後から理由を思いついた。
自由奔放なあの人らしい。
教室に、灯の絶叫が響き渡った。
「どうしてなのぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」
机に突っ伏して泣き喚く最強の守護者。
私は頭痛を堪えながら、こめかみを押さえた。
……先が思いやられる。
やはりこのクラスは私──水無瀬凛々子が引っ張っていかないと。
☆
──咲雲日之出学園、本校舎2年Fクラス。
今日は、始業式の次の次の日。
俺は、新しい制服に身を包んで、教卓の前に立っていた。
去年まで通っていた学園もかなりお金がかかっていたけど、こっちも引けを取らない感じがする。
人々を守るための最前線の育成機関だし、そりゃそうかと思う。
むしろ、こっちの方が歴史と伝統の圧を感じる。
まぁ、実際、これから自己紹介する俺に対するクラスメイトからそういう目線で見られてるんだろうなと思う。
「砂見閑です。よろしくお願いします」
一礼して顔を上げると、後ろの席の男子生徒から質問が飛ぶ。
「二年から咲雲に編入なんて、守護四家の生まれ?」
「いいえ、違います」
「じゃあ分家のどっか?」
「いいえ、違います」
「霊脈がめちゃくちゃあるからスカウトされたとか?」
「いいえ、違います」
俺が否定するたびに、教室の空気が白けていくのが分かる。
この周りが俺から引いていく感覚、慣れたもんだ。
……それに、月の体調も、金も気にせず勉強できるなんて幸せでしかない。
この環境をつくってくれた不動院家に感謝を。
「ただの一般人ですが、メンタルと体力には自信があります。よろしく」
ここで精一杯やってやる。
俺の目はやる気に満ちていた。




