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焔を継ぐ美しき令嬢と、持たざる魔眼の少年  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


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8/11

第8話



 午後。


 理事長室をあとにした俺たちは、妹のつきが入院している古い市民病院に向かっていた。


 ちなみに車はリムジンから五人乗りのものに変わっていた。

 こっちの方が鋭鈴さん達からすると僕らを守りやすいらしい。


 隣で俺にこてんと頭を預けてるこの人──不動院灯──がいるのにそもそも護衛が必要なのかという話だけど。


 先代当主のおきさんは現当主のれつさんから出頭命令が出ていることを知ると「腹減った」と言って帰った。

 もう滅茶苦茶やるだけやって帰っ……いや、逃げたんだろうなあれは。


 グラウンドで空に放った炎の龍が何か普通にニュースになってるらしい。

 不動院家の奥義が三十年ぶりに観測されて関係者が慌ただしく動いてるとか。

 ニュアンス的にあまり良くない感じなんだろう。


 まぁ俺には別世界なので詳しいことは分からない。


 ただ今朝見たあの鋭い目の烈さんを思い出す。

 大喧嘩の流れが目に見える。


「……大丈夫かな熾さん」


「ん~。いつものことだから大丈夫。それよりも、本当に井ノ原悠太と佐野小春を捕らえなくて良かったのですか?」


「うん。色々してくれて本当にありがとう。でも俺はさ。何より月の治療が上手くいくなら、他のことは大丈夫なんだ」


 本音だ。

 小春や井ノ原、生徒会長のことを恨んだことは何度もある。

 でも、心の奥底の部分で……どうでもいいと思ってたんだろうな。


 ふふ。自嘲気味な笑みがこぼれる。

 俺をいじめていた学園の人間たちに一矢報いた……どころか人生において致命的な一撃を与えた人間も何人もいるだろう。


 ……それでも。


 ああ。復讐って思ったより気が晴れることはないんだな。


「どうしたのですか?」


「……結局俺が小春に向き合ってなかったからあそこまでエスカレートしたのかもと思ってさ」


「そんなことはありません」


「いや本当に──実はさ、どうでもよかったんだよ」


 そう言った瞬間、なぜか灯さんが傷ついたような表情をしたあと、俺にきつく抱きついた。


「……そんな顔をしないでください。これからは、私と向き合ってください」


「う、うん。灯さん、さすがにこれは刺激が強いというか……」


 俺は健全な男子高校生で、灯さんは美しすぎる女子こ……あれ、そういえばこの人は高校に通ってるんだろうか。


 その疑問はすぐに答えが出た。


「私と同じ──咲雲さくも日之出ひので学院に通って、心を通わせるんです。良いですね?」


「それは……ちょっと楽しみかもしれない」


 でも俺は変な眼を持ってるだけで、対怪異の人材を育てるエリート校と言われるそこに行って良いんだろうか。


「良かったぁ」


 恩人の彼女が涙を浮かべて喜んでる。

 それはつまり、正しいということだろう。






 市民病院に到着し、正面玄関から入ろうとすると、鋭鈴さんに呼び止められた。


「砂見殿、こちらを見てください」


「え、何ですかこれは」


 病院に横付けされているのは、救急車というより「動く宇宙船」みたいな漆黒の大型車両だった。

 車体にはもう何度か見て憶えてしまった不動院家の家紋と、見たことのない医療機関のロゴが入っている。


「不動院家が保有する、怪異汚染患者用の特別搬送車です。中には手術室と同等の設備があり、振動一つない結界が張られています」


 鋭鈴さんが淡々と説明してくれるが、俺の頭は追いついていない。


 よく見るとスタッフ達が機器の点検や整備をしているのか、様々な指示が飛んでいる。


 その光景を、白衣を着た一人の男性が呆然と見つめているのに気付いた。

 俺の恩人であり、月の主治医である御子柴みこしば先生だ。


「……先生」


 俺が声をかけると、御子柴先生はハッとして振り返った。

 その顔は、まだ明るい時間なのに幽霊でも見たように引きつっている。


「す、砂見くん……! 一体どうなってるんだ!? あの車両、最高級の医療機器が積んであるぞ。それに、オペできるとは聞いてたけど、月ちゃんの移送先が『国立特別医療センター』のVIPだって……?」


 先生が俺の肩を掴む。


「君、まさか……変な組織に臓器を売ったんじゃ……」


「失礼な。神様の身体に傷一つつけるわけないでしょう」


 俺が答える前に、鈴を転がすような声が割って入った。

 灯さんだ。

 彼女は優雅に一礼し、懐から一枚の名刺を御子柴先生に差し出した。


「初めまして。砂見閑様の……飼いぬ……支援をしております、不動院灯です」


「ふ、不動院……!?」


 名刺を見た瞬間、御子柴先生の目が見開かれた。

 先生は名刺を持つ手が震え出し、深く頭を下げた。


「し、失礼いたしました!! まさか守護家の方とは露知らず……!」


「顔を上げてください。貴方には感謝しています。誰も助けようとしなかった閑様と月ちゃんを、貴方だけは見捨てなかった」


 灯の声は、明るく、どこまでも真摯だった。


「話は聞いてると思いますが、移送先のセンターでも貴方を主治医として治療を行うよう手配を整えました。報酬は今の十倍出します。……やってくれますね?」


「……もちろんです。医師として、あの子を治せる環境があるなら、こんなに嬉しいことはない」


  






 場所は変わり、都心にある『国立特別医療センター』。

 その最上階にある特別病室《VIP》。


 窓からは街が一望でき、部屋の中は高級ホテルのスイートルームのようだった。

 ベッドのシーツも、点滴のスタンドも、何もかもがピカピカだ。


 しばらくすると、月が目を覚ました。


「……ん」


「月! 分かるか?」


 俺が駆け寄ると、月はパチパチと瞬きをして、周囲を見回した。


「……おにいちゃん? ……え、ここどこ? 天国?」


「病院だよ。新しい、すごい病院だ」


「病院……? なんか、お城みたい……」


 月はまだ状況が飲み込めていないようだ。

 顔色は、最近見た中で一番良い。

 最新鋭の霊脈治療器が、彼女の体内の穢れを浄化してくれているらしい。


 一通り現状を説明して、頭を何度も撫でたあと、俺は本題を切り出した。


「あのね、月。紹介したい人がいるんだ」


 俺は扉の方を振り返った。

 そこには、いつもの余裕が消え失せ、ガチガチに緊張した灯が立っていた。


 え……誰……?


 両手には、山のような高級フルーツの盛り合わせと、最新のゲーム機、そしてなぜか特大のクマのぬいぐるみを抱えている。


「ど、どうぞ」


 俺が促すと、灯はロボットのような動きで入ってきた。


「は、は、初めまして! 月ちゃん! わ、私、兄である閑様の……その、お世話をさせていただいております、不動院灯と申します!」


 声が裏返っている。

 最強の守護者が、中学生の俺の妹相手に直立不動だ。


 月は、灯さんをじっと見つめた。

 そして、俺を見た。

 また灯さんを見た。


 数秒の沈黙の後、月はニヤリと笑った。


「……おにいちゃん、ついに彼女できたの?」


「ブッ!!」


 俺は吹き出した。

 灯は「か、彼女……!?」と顔を真っ赤にして狼狽えている。


「うそうそ、冗談だよ。……その人が、助けてくれたんだよね?」


 月の表情が、真面目なものに変わる。

 この子は聡く、賢い。

 俺がどれだけ追い詰められていたかも、そして今、どれだけ救われた顔をしているかも、全部お見通しなのだろう。


 月はベッドの上で居住まいを正し、灯に向かって深々と頭を下げた。


「おにいちゃんとあたしを助けてくれて、ありがとうございます」


「い、いいえ! 私はただ……!」


「おにいちゃん、察しが悪いし、自己犠牲の塊みたいな人だから、見てて危なっかしいんです。……だから」


 月は顔を上げ、悪戯っぽく、でも心からの笑顔で言った。


「おにいちゃんのこと、よろしくお願いします。灯おねえちゃん」


「──ッ!!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 灯の目から、ポロポロと涙が溢れ出した。

 彼女は持っていた荷物を置くと、月に駆け寄り、その小さい手を両手で包み込んだ。


「は、はい……! 一生、守ります! 貴女も、お兄様も、私が絶対……幸せにしますからぁ……!」


 泣きじゃくる最強の守護者と、それを優しくあやす病弱な妹。

 不思議な光景だ。

 それにしても。ああ、本当に。


 救われたんだな。







 数日後、俺はテレビでしか見たことがない巨大な学院──咲雲日之出学院の敷地に足を踏み入れていた。


 そして今いる場所はその中央にある本館。

 重厚な机と大量の年季の入った本に囲まれたとある部屋で。

 メガネをかけた壮年の男性──校長と名乗った──から問いかけられる。


「それで、君はこの学院で何を成すのかね」


 月の手術が成功してからずっと考えていた。

 どこか抜け殻のようになっていた俺は、まず今の幸せを噛み締め、これからの人生について考えていた。


 やっぱり。

 救われたなら、恩を返すべきだろう。

 何も持ってない俺に何ができるか分からないが──。

 


「不動院灯のために、全てを懸けます」



 自然と、そう答えていた。



 





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