第7話
グラウンドで、白髪の先代当主が空に向かって炎──俺にはデカすぎる龍に見えた──を打ち上げた後、俺達は校舎に入っていく。
普通の顔して歩いてるけど、なんかもう、一般人の俺には何がなんだか分からなかった。
昨夜、病院の窓から飛んできた燃える灯さんを見てなかったら、気絶したかもしれない。
その光景を思い出しながら、ふと思ったことを口に出す。
「不動院家は炎を司るって有名ですけど、やっぱり人によって炎の種類も違うんですね」
すると、前をるんるん歩いていた熾さんが驚いたような顔でこっちを見た。
「ほう……」
隣の灯さんも「えっ」と声を出して、立ち止まった。
腕をがっしり組まれてるので、必然的にこっちの足も止まる。
「灯のも見たのか?」
「え。はい……」
「閑様、お祖母様と私、どっちの方が凄かったですか……?」
二人して俺のことをじっと見上げる。
二人ともオーラや華やかさが派手すぎて気づかなったけどちゃんと俺より背が低いんだな、とか場違いなことを考えていた。
「どっちが凄いとかは分かりませんが……。先代様の炎は密度? が詰まってて圧倒されました。灯さんの炎は何ていうか、より繊細で自由が効く? 感じがしました。……ってすいません。素人意見で」
俺は頭を下げてから、おそるおそる顔を上げると二人は何かを納得したように頷き合っていた。
「……灯、いい男連れてきたな。この才能を育てろよ。……何なら儂が面倒見るが」
「お祖母様、閑様は私のものです」
灯さんの返答を聞いて、熾さんは不敵な笑みを浮かべて再び歩き出した。
俺達も続いたが、さっきより灯さんの俺を掴む腕の強さが上がっているような気がした。
☆
校舎に入り、すれ違う生徒たちは、まるで海が割れるように道を開け、壁に張り付いて震えている。
「ひっ……目が合った……殺される……」
「砂見……あいつ、マジで何者なんだよ……」
「隣の美女、不動院灯だろ? それに、あの先頭の白い髪の人……昔テレビで見たような……」
「なんか、ヘリとか消防車とか向かってるらしい」
「火事にはなってねぇよ。屋上の校旗だけが燃えたというか蒸発したらしいけど」
ひそひそ話が聞こえてくるが、灯が一瞥すると全員石像のように固まった。
そんな流れを幾度か繰り返し、教室についた。
ガラララッ!!
袖の下で腕を組んだままの熾さんが足でドアを開ける。
教室内の空気が凍りついた。
全員が息を呑み、こちらを見ている。
俺は教室を見渡し、ある人物を探した。
──佐野小春。
俺の幼馴染で、俺を奴隷扱いしていたクラスメイト。
さっきまで窓際で俺たちを見ていたはずだ。
その確信があった。
彼女の席を見るも、もぬけの殻だ。
横目に、熾さんが前の席に座ってる男子生徒に「立て」と言ってどかしたあと、自分が椅子に座ったのが見えた。ノートをめくって「ふむ。こんな感じか」とか呟いている。何がしたいんだろう。
それにしても、たった二日ぶりなのに自分が通っていた教室じゃないみたいだと思った。
「……いない」
鞄はあるのでさっきまでいたのだろう。
俺は、教卓の近くで震えている委員長、橘陽葵に声をかけた。
「委員長。ごめんね急に、こんな登場で。小春たちは? 井ノ原も来てたんじゃないか」
「ひっ!? あ、す、砂見くん……。さっき二人で一緒に走っていったよ」
橘さんは涙目で俺を見ると、少しだけ安堵したように息を吐いてそう言った。
「そっか。まぁ逃げるよね」
少し肩の緊張が抜けた気がした。
「そうですか。逃がしましたか」
灯さんは拍子抜けだと言わんばかりに溜息をついた。
小春も、まあ、あの状況を見ればそうなるか。
少しだけ胸のつかえが取れたような、複雑な気分だった。
「砂見くん、よかった……無事だったんだね……。変なメッセージ送ってごめんね」
ん? 変なメッセージって何だろう。
委員長の言ってることに心当たりが無かった。
そういえばもう何時間もスマホを見てないことに今気付いた。
「閑様、この女は誰?」
「クラス委員長だよ。たぶんこの教室で唯一の味方だった。ね?」
「……え、あはは」
愛想笑いをする委員長に向けて、灯さんが口を開いた。
「……この教室の敵はもちろん全員燃やすけど、無能な味方も腹が立つ。閑様の苦しみを味あわせてやろうか」
「ヒッ……」
ざわめく教室と、怯えた様子の委員長を見て、俺はたまらず口を出す。
「灯さん。俺は確かに委員長に救われてました。そういうことを言うのはやめてください」
おそらく灯さんと出会ってから初めての俺の意見かもしれない。
そう思った瞬間、灯さんの目からぶわっと涙が溢れてきた。
泣いてる──!?
「……ごめんなさい。ゆるしてください。きらいにならないで」
消え入るような声でそう言った灯さんに慌てて手を振る。
「ないない! 嫌いになるわけありません。お、落ち着いて」
泣き出した灯さんに心底驚いていると、校内アナウンスが流れてきた。
俺の胸元に顔をすりつける灯さんの背中を抱いていいものか迷いながらそれを聞く。
『緊急メッセージを読み上げます。“先代、お嬢、理事長室まで来てください。関係者は集めました。” 繰り返します──』
☆
その後、俺たちは理事長室へと向かった。
俺は一年近くこの学校に通っているが、初めて来た。
重厚な扉を開けると、そこには既に鋭鈴さんが待機しており、革張りのソファに向かい合って座る男──この学園の理事長がいた。
理事長は癖なのか、薄くなった自身の頭頂部をしきりに擦っている。
「お、お待ちしておりました……不動院、様……」
脂汗ダラダラの理事長が立ち上がろうとするが、熾さんがそれを手で制す。
そして、あろうことか理事長のデスクにある、一番偉そうな椅子にドカッと腰を下ろした。
さらに袴から綺麗な足を放り出して机にドンと置いた。
「儂はここで聞く」
「おい、そこは」「理事長ッ」「理事長、良いんですか?」
後ろに小さくなって控えていた校長や教頭がざわつくと、理事長が叫んだ。
「だから、お前らは黙ってろと言っている!」
さっきから何度かこういうやり取りがあったんだろうと思った。
俺と灯さんは鋭鈴さんの隣に座った。
すると灯さんの様子を見た鋭鈴が声をかけてきた。
「お嬢……? 大丈夫ですか……?」
まだしゅんとしている灯さんは小さな子みたいに「うん」と頷いてまた俺の肩に顔をすりつけた。
「鋭鈴、話はついたのか?」
灯さんの様子に不審がっていた鋭鈴さんは、遠くからかけられた熾さんの疑問に答える。
「いえ。まだ話がまとまっておりません。こちらの要求に対し、難色を示されています」
「ほう?」
熾さんが、何でもないように、デスクに飾られているメダルのようなものを手に取り、紐の部分を持ってくるくると回し始めた。
理事長がぎょっとした目を向けてのを気にせず、鋭鈴さんが説明する。
「要求はシンプルです。一つ目、砂見閑へのいじめに関与した生徒、特に井ノ原悠太と佐野小春の即時退学。二つ目、生徒会長を経由して砂見閑を不当に労働させていた教師たちの即時解雇。三つ目、砂見閑の、守護四家が運営する高校への速やかな転校手続き、以上です」
「どれがダメなんだ?」
熾さんが何でもないようにそう言った。
……俺、初めて聞いたんですけど。
というか。なんて言った? 転校?
無茶苦茶な要求をどこか他人事のように聞いていた。
「む、無理ですよ! いきなりそんなことを言われても……! 他の生徒はまだしも、井ノ原の御子息については私の一存では決められません! そもそも生徒会長が何ですか……証拠はないでしょう! 客観的な証拠がなければ……」
「証拠、ですか」
鋭鈴さんが目を細めた。その時。
ドサッ。
部屋の入口から、何かが投げ込まれた。
見ると、それは白目を剥いて泡を吹いている女子──生徒会長だった。
スカートから足があられもなく伸びている。
「なっ……!?」
理事長や校長たちがが絶句する。
投げ込んだのは、スキンヘッドの大男、金城さんだった。
「ほい。逃げようとしてたんで捕まえてきました。気絶してますが、スマホに証拠は残ってるだろ」
金城さんは気絶している生徒会長のポケットからスマホを取り出し、鋭鈴さんに向かって放り投げる。
「そ、そんな……酷い……!」
「酷い? 自身と派閥の身内が、生徒会長と砂見殿を使ってやってきた非道のことですか? 調査中ですがなかなかえげつないことをやってたんですよね」
俺は目を白黒させながら、何でそんなことまで知ってるんだろうと不思議だった。
鋭鈴さんがすでに調べたであろう悪事を説明し始めると、理事長は震え出し、また薄くなった自身の頭頂部をしきりに擦り始めた。
そして理事長の反論が聞こえなくなってきた頃、熾さんが「ふぁーあ」と欠伸をしながら指で回していたメダルみたいなものが、スッポ抜けてからんと床に落ちた。
それを見て、我慢の限界に来たのか、理事長が立ち上がって叫んだ。
「あ、あなたたちは……一体なんなんですか……! そこの女!! さっきから振り回してるそれはなぁ、私が長年かけてこの国に貢献した証の褒章だぞ!! 汚い手でさわるなァ!! 神聖な教育機関に対して、こんな、こんな……ヤクザどもが!」
その言葉を聞いた瞬間。
熾さんが、ゆっくりと顔を上げた。
若々しい肌、シミひとつない美貌。
けれどその瞳には、百年分の凄みが宿っている。
愉悦のような笑みが浮かんだ。
「ヤクザ? 小僧、分かってるじゃねーか」
熾さんは椅子から立ち上がり、理事長の目の前まで音もなく歩み寄る。
そしてこう続けた。
「次は首から上を燃やす」
言い終わると同時に、熾さんは「フッ」と軽く息を吹きかけた。
ただの吐息。 蝋燭の火を消すような、軽い動作。
ジュッ。
異臭がした。
理事長の頭部に残っていた、数少ない貴重な髪の毛が、一瞬にして蒸発し、ツルツルの肌色だけが残った。
「あ……あ……?」
理事長が頭を押さえ、鏡を見る。
そして絶叫した。
校長や教頭たちは文字通り言葉を失っている。
「私の髪があああああああああああ!!!」
「さっさと判を押しな」
熾さんが退屈そうに言い放つ。
理事長は涙と鼻水で顔を汚しながら、震える手で鋭鈴さんが用意した書類に判を押した。




