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虐げられていた魔眼持ちの少年が、炎系最強能力者の激重お嬢様に救われて溶けるほど甘やかされる話  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


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第3話

 目が覚めると、そこは知らない部屋だった。


 徐々に覚醒する脳内には規則正しい心電図モニターの電子音が聞こえ、右腕には点滴が繋がれている。


 ゆっくり周りを見渡すと、高級感溢れるベッドや巨大なモニター、部屋のあちこちに意匠を凝らした装飾が確認できた。


 おそらく病院だろうと思うけど……。

 入院中の個室にしては部屋がデカすぎた。


「あの燃えるような美しい人は何だったんだ……」


 気を失う前を追想する。

 そっと触られた頬に手を当てるが、現実味がなかった。

 この状況。

 お嬢様っぽかったし、きっとあの人に気まぐれで助けられたのだろう。


 それにしても。

 俺がいつも妹の月を見舞いにいく質素な病室とは様相が違いすぎる。

 寝ているベッドはふかふかで、身体の節々の痛みも驚くほど引いていた。


 それが、無性に居心地が悪かった。


「……入院費払えるのかこれ」


 上体を起こし、さらに周囲を見渡すと、サイドテーブルには俺の荷物が丁寧に置かれていた。


 そうだ。俺はホテルで倒れて……。


「……スマホ」


 嫌な記憶を思い出し、画面の割れたスマホを手に取る。

 震える指でネットバンクのアプリを開いた。


 『残高:0円』


 ああ、記憶通りだ。分かっていたことではある。

 それでも、数字としてその事実を突きつけられると、心臓が凍りつくような音がした。


「はは……本当に全部、なくなってる。入院費どころじゃない……」


 二年間の血と汗の結晶。

 睡眠時間を削り、プライドを捨て、泥水をすすって貯めた、妹の命綱。

 それが、井ノ原……小春……あいつらの飲み代や遊ぶ金に消えるのか。


 絶望で視界が歪む中、音量ゼロで流れるテレビのテロップが目に入った。


 ──『怪異被害者救済法』。


 俺は、思わずリモコンを手に取り、音量を上げる。


 この国では、怪異によって命を落とした者の遺族に対し、国から多額の見舞い金と、親族への永続的な医療保護が約束されていると。

 ニュース番組で特集をしている。

 怒り顔のコメンテーターは怪異への恐怖を一時的に和らげるためでしかない、とか、国民全体が怪異に対抗できるように守護四家は技術提供するべきではないのか、とか声を荒らげている。

 

 そんなことはどうでも良かった。

 適用されれば月は治療を受けられる。国が滅びない限り。


 昨日まで考えていた最先端治療を受けることはできないかもしれないが、無一文になった俺と生きていくよりも、ずっと良い。


「……なんだ。そうか」


 俺は、自分を納得させるように呟いた。


「最初から、俺が死ねばよかったんだ」


 俺にはもう、月を救うための金も、稼ぐための職も、頼れる人もいない。

 助けようとしてくれた大人はみんな、井ノ原グループという力に負けてしまった。


 俺に残っているのは、この命だけ。


 なら、使い道は一つしかない。


 俺はふらつく足でベッドから降り、点滴の針を乱暴に引き抜いた。

 血が滲んでいくのを見ていたら、手首から肘にかけて続いている火傷痕が目に留まった。

 両腕にあるこの禍々しいそれを、井ノ原や小春がそれはもう気味悪がって嬉々として写真を撮っていたことを思い出す。


 辛かったし虚しかった。

 でも個人的には、このいつできたか分からない火傷痕に悪い感情はひとつもなかった。

 何故だろうか。まぁ考えても詮無いことだと思った。


 目的は決まった。

 怪異が出る場所へ行こう。そして、喰われるんだ。


 幸い、俺は怪異をおびき寄せることに関しては少しだけ心当たりがある。

 地下で染み付いたあの感覚が、役立つと思った。


 綺麗に畳まれていた制服に着替える。


 俺は誰にも見つからないように、音もなく病室を出た。





「ふふふ。さあ鋭鈴えいりん、行くわよ!」


 廊下を弾むような足取りで進むのは、家で一番高級で極上な着物に着替えた私だ。

 その手には、湯気を立てるお粥のお盆がある。

 私が持っていれば、ずっとあったかい。


「お嬢、浮かれすぎです。わざわざ曾祖母様がお作りになった萩茶碗なんて持ってこなくても……人間国宝の神器と言われてるんですよ……。たぶん、それ一つで私の年収を超えてます。しかも、それにお粥を入れてるなんて……」


「何言ってるの鋭鈴。神器? 神様が食べるように最適じゃないの。目覚めた時に、一番最初に優しいお粥をあーんしたいの」


 「あーんって……お嬢が色ボケになってしまわれた……」


 鋭鈴が呆れているが知らない。


 私は病室のドアの前で一度深呼吸をし、最高の笑顔を作ってからドアを開けた。


「調子はどうですか、神さ──」


 言葉は、途切れた。

 部屋には、誰もいない。

 乱れたベッドシーツ。床に落ちた点滴の管。そして、点々と続く血液。


 ついさっきまで確かに神様がいた形跡がある。


 私は、気づいたらお盆を落としていた。茶碗が割れる音と鋭鈴の悲鳴が重なる。


「……鋭鈴」


 先程までの可憐な声は消え失せ、地獄の底から響くような硬い声が漏れる。


「はい」


「説明して。ここは不動院家の管理下にある特別病室。そして貴女が手配した、結界術の精鋭たちが詰めていたはずよね?」


「……その通りです。蟻一匹、逃すはずがありません。おい! 出てこい!」


 鋭鈴が声を上げると、三人の術師が姿を現す。

 全員、顔面蒼白で震えている。

 もちろん入ってきた瞬間からいたのは分かっていたが、改めて顔を見ると一瞬で頭に血が上るほど腹がたった。


「も、申し開きもございません!! し、しかし、我々の封印や結界が一切……!」 「何度も霊輪を組み直して投げかけたのですが、効果が無く……き、切られてしまうとしか言いようがありません!」

「指示通り穏便に捕らえられる術しか使ってないのは確かですが、どういうことですが? 彼は一体何者なんですか!?」


 言い訳しかしない無能たちを、燃やしてしまいそうになる。

 怒りで我を忘れ、部屋の酸素が尽きる未来が見えた瞬間。


 鋭鈴が耳元でこう言った。


「やはり、砂見殿は本物の神のような力をお持ちのようですね。彼らは嘘偽りなく精鋭です。それを歯牙にもかけないなんて感服します」


「ッ!! そ、そうよね。やっぱり凄いよね彼」


「はい。素晴らしいです」


 ……怒りが収まり、周囲の温度が下がっていくのと裏腹に胸があたたかくなった。


「そんなに素晴らしいなら私と子孫を残すべき?」


「お嬢、落ち着いてください。まずは彼を見つけないと」


 私と鋭鈴が会話をして、張り詰めた空気が緩んだとみるや、術師の隊長格の男が跪いて、進言してきた。

 調子のいいヤツだ。


「少年は目が覚めたあと、今流れている番組を見てすぐにここを出ると決めたようです。場所は補足しています。今、表の噴水の近くにいます」


 私と鋭鈴は大型のテレビに目を向ける。


 内容を見て分かった。ああ。なんてこと。


 鋭鈴が静かに口を開く。


「まさか砂見殿は……」


 ──死のうとしてるんだ。どこまで高潔な人なんだろう。


 私はその場で足袋を脱いで、十二階のこの部屋の窓から外に躍り出た。





 俺は、ゆっくりとした足取りでやっと病院の外に出ることができた。

 途中、なぜか何かが纏わりつくような感覚があって、身体が重く感じたのだ。


 何度か腕を振るうとその感覚は霧散したのだが、例によってコメカミに鈍痛が走っている。


 気づかぬうちに力を使ってしまったのだろう。


 夜なのに、病院前にある噴水は電飾できらきらと光ってる。

 ベンチに座り、しばし目を楽しませたあと、スマホを手に持つ。


 最期に月と話したいと思った。

 でも、これから死にゆく俺が、何を言えるというのか。


 やめとこうか、そう思った時、月の方から通話がかかってきた。


 震える指で画面を押すと、月が喋りだす。


「……おにいちゃん?」


「あ、ああ月。体調はどうだ?」


「もーーー!! 何で昨日のおやすみと今日のおはよう無かったの!? すっっっごい心配したんだから! 体調はばっちし。ひさびさに熱出なかったー」


「そうか、良かった。昨日はごめんな。ぐっすり寝てたみたいだ」


「もーーー、ゆるす。おにいちゃん、いつもあたしのために頑張ってくれてありがとね。だいすき。おにいちゃん、だいすきだからねー」


「うん。うん。ありがとうッ……ごめんな……」


「……おにいちゃん泣いてるの?」


 俺は、溢れる涙を止められなかった。


 もう限界だ。認める。

 俺はこの期に及んで、死ぬ勇気がなかった。


 誰か、妹だけでも助けてください。


 祈りが届いたのか────遠くでボボボッと間欠的に爆発音のような音が聞こえた。


 思わず顔を上げると、人が飛んでいた。

 文字通り、飛行していた。


 それは打ち上げ花火のラストスパートのように、色とりどりの華やかさを表現するように、一人の少女が踊るように燃えながら、こちらに降りてきた。


 俺は唖然として見つめることしか出来なかった。

 人間業とは思えなかった。


 そして噴水より少し手前に着地したあと、裸足で明らかにこちらに向かって歩いてくる。


 白すぎる肌と美しい顔面を彩る真っ赤な着物と漆黒の長い髪は、夜とは思えないほど輝いていた。

 彼女は、昨日助けてくれた燃えるような美しい人だ。

 というか今、確実に燃えていた。


「あ、あなたは誰なんですか……?」


「……私の名前は、不動院灯。貴方の敵を……すべて焼き尽くす。昨日も言ったけど、憶えてない?」


「す、すみません……」


 確かに昨日気絶する直前、そう言われた気もするけど……。


 彼女の少し細められた目に思わず身体が竦んだ。

 と思ったら次は彼女の目がきょとんとした顔になった。


「あれ、神様、泣いているの?」


 そう言うと、不動院灯と名乗った少女が、俺の横に座って頭を抱え込んできた。


 思わず仰け反ろうとしたけど、できなかった。

 彼女の力が強かったのもあるけど、素直な優しさを感じてしまったから。


「気まぐれで助けてくれたんですか」


「いいえ、本気です。貴方の悩みを全て解決してあげたい」


「俺の悩みは根深いです」


「私は……不動院家の最大戦力、『原初の焔』の灯です。誰にも負けません」


「……」


 確かに、さっき見たのが現実なら、真実かもしれない。

 炎を操る不動院家の守護者。歴代最強の噂も聞いたことがある。

 でも俺は。


「井ノ原グループに限らず、どこにも屈しない権力と、莫大なお金があります」


「どうして俺のことをそんなに……」


「貴方に救われたからです」


 俺は。

 もう希望に縋って裏切られたくないんだ。

 この二年間と昨日の出来事はそれだけ俺の心を蝕んだ。


 それでも。

 少しでも可能性があるなら手を伸ばそう。


「妹だけでも救ってくれますか」


「いいえ」


 ──やっぱりな。そう諦めかけた瞬間、彼女は続けた。


「貴方も含めてです。ぜーんぶ救って甘やかすので覚悟してくださいね」



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