第21話
──放課後、職員室。生徒からチビ先生と呼ばれるわたし、金剛寺ノノは窮地に立たされていた。
「と、いうことで。よろしいですね?」
わたしはこの人が喋ると、ヘビが舌なめずりをしているのかと錯覚してしまう。
「……宇郷先生、納得できません」
宇郷先生がヘビなら、わたしはそれに睨まれたカエルだ。
実際に身体も震えてる。
「じゃあ納得するまで説明します。今回の実地訓練ではAクラスとFクラスを同班にします。理由は……」
宇郷先生は銀縁眼鏡を中指で押し上げながら、ねっとりとした声で言い放った。
「四家の直系が揃う我がAクラスの優秀な生徒たちに、足手まといを守りながら戦うという、より過酷で実践的な経験を積ませるためです。例年通りの、自分たちに見合ったレベルの霊穴でのお遊戯会はもう終わりにすべきだ」
嫌味にさえ見える高級スーツを隙なく着こなすこの宇郷という男は、莫大な『寄付金』という名のコネで咲雲に入り込んできたと噂のAクラスの担任だ。
これまでは、実地訓練中の生徒の安全を考慮し、強い怪異が出現する霊穴の深部から順に『AB』『CD』『EF』と三段階に振り分けられていた。
そして、一番脅威度の低い『EF』用の怪異が用意できるとのことで、今回の訓練が組まれた。
だが、この男は今年の編成を『AF』『BE』『CD』の三班とし、わたしのFクラスを最も危険な霊穴へ連れて行くと言うのだ。
「足手まといって……! いくらAクラスが優秀でも、Fクラスの生徒を連れて行くなんて危険すぎます! 万が一、彼らを守りきれなかったらどうするんですかっ」
「守りきれないような無能は、私のクラスにはおりませんよ。それに、金剛寺先生」
宇郷先生は、わたしの必死の抗議を冷たく鼻で笑い飛ばした。
そして、会議室の別の席に座る屈強な男性教師──実技教官でありCクラス担任も兼任している阿形先生へと、意地悪な視線を向ける。
「あちらの阿形先生は、分家の出でありながら、その実力でCクラスの担任と実技教官を立派に任されている。……それに比べて、由緒正しき『金剛寺』の直系である貴女が、最底辺のFクラスの担任とは。分家に上位クラスを取られている現状、さぞ肩身が狭いことでしょうねぇ」
「っ……それは、関係ないです……!」
「大いに関係ありますよ。ここは実力主義の咲雲です。無能な者が淘汰され、優秀な者が優れた経験を積むのは当然のこと。貴方に生徒の成長の機会を奪う権利はあるんですか? それに……」
言葉に詰まるわたしを嘲笑い、宇郷先生はトドメとばかりに言い放った。
「これは既に、学園の上層部から正式に『承認』を得ている決定事項です。実力主義の咲雲にふさわしい、素晴らしい試みだとね。いち教師が覆せるものではありませんよ」
「っ……」
上層部の決定。
その言葉が出た瞬間、助け舟を出そうとしてくれていた他の先生たちも一様に顔をしかめ、スッと目を逸らしてしまった。
阿形先生も、気まずそうに視線を伏せている。
ペーペーの教師であるわたしに、これ以上異を唱える力はない。
「決定、ですね。いやあ、素晴らしい実地訓練になることでしょう」
パタン、と手元の資料を閉じ、宇郷先生は一人満足げに会議室を出て行った。
「…………っ」
わたしはギュッと両手を握りしめる。
悔しい。生徒の安全よりも、上層部の都合やエリートの経験作りが優先されるなんて。
でも、泣き寝入りするわけにはいかない。
最近のFクラスは、ただでさえ釈迦虎くんがいたり、Aクラスの灯さんや凛々子さんが我が物顔で居座っていて、もう何が何だか分からないカオスな状態になっている。
でも、中心にいる砂見くんはいつも優しく笑っていて、クラスにはなんだか変な結束力も生まれ始めているのだ。
「絶対に……わたしがみんなを守るんだからっ」
教師として、あの子たちを危険な目に遭わせるわけにはいかないのだ。
☆
俺は、圧倒されていた。
「閑様、この耐火装備一式、私のと同じブランドなんです。ペアルックしましょうペアルック!」
俺の手を引き、無邪気に笑う灯さん。
「こんな禍々しいペアルック見たことないわよ。でも灯に燃やされないように耐火用の防具を買うのはありかもね」
「は? うるさい燃やすわよ」
「やってみなさいよ!」
反対側には水無瀬凛々子さんがいて、灯さんとぎゃーぎゃー言い合いをしている。
ここは、対怪異専門の武器や防具、衣服などを取り扱っているところらしい。
店というよりは、地下に広がる広大なフロアに職人達が各々の販売スペースを持ってる展示会のような印象を受ける。
店員はもちろん道行く人達に灯さんと水無瀬さんは挨拶されていて、ここはちゃんと業界なんだなと思う。
言い争いながらどんどん先に進む二人は大物なんだ。
ちょいちょいと袖を引かれて振り返ると、真後ろに影のように鋭鈴さんが立っていた。
「鋭鈴さん。すごいですね活気が」
「はい。守護四家は表立って馴れ合いはしませんが、こういう場で横のつながりを作ってる方たちは多いようです。もちろん『はぐれ』出身の凄腕の技術者達もいます。彼らも四家と対等にやり合ってるようなので、ここはしがらみの少ないビジネスライクな一面が強いかもしれないですね」
「へー面白いですね。今日は鋭鈴さんも何か買うんですか?」
「そうですね……。実は最近、インナーがキツくなってきまして。耐刃だと中々好みのデザインがなくて困ってるんですよね」
そう言って鋭鈴さんはジャケットの前を開けて、自分の腋から胸にかけてなぞるように手のひらを動かす。
シャツの下にある重そうなそれが窮屈そうに動いた。
「ッ……」
思わず目を逸らすが、また袖を引かれる。
何なんだ。
「砂見殿、ここらへんが特にキツくて……っていや、嘘です。何でもありません」
急に鋭鈴さんの声色が硬いものに戻ったので顔を上げる。
そこには光を無くした目でこっちを睨む灯さんと水無瀬さんがいた。
☆
「凛々子、こういう霊脈を安定させる服って実際に効果あるの?」
「まぁ、あると言えばあるわね。結局は体内じゃなく外からの補正だから効果は少ないのは事実だけど」
「ふーん。そもそも霊脈が不安定な人の気持ちが分からないからなー」
「そりゃ天才のアンタには分からないでしょうよ!」
再び二人の口論が始まりそうだったので、慌てて口を挟む。
また鋭鈴さんがおかしくなるのは避けたい。
「何かすみません。俺の霊脈がおかしいから……」
そう。そもそも俺のためにみんながここに連れてきてくれたのだ。
実地訓練で怪異と対峙するのに準備をしようと。
「いいえ閑様、あなたは何も悪くありません」
「そうよ。す、砂見くんはよくやってるわ。服じゃないけど、私なら聖地桜浜で作ってる霊糸で編んだこのブレスレットが良いと思う。四肢それぞれにつければ四点で効果を得られるし、刺激も少なくて、安定度が高いわ」
水無瀬さんが用意してくれたブレスレットを嵌めてみようと袖口をまくる。
すると、水無瀬さんは少し目を見開いた。
灯さんに抱きついて泣きながら眠ったあの日から、俺は腕に包帯をしてなかったことに今気付いた。
しかし水無瀬さんは俺の火傷痕を見ても何も言わずに白銀のそれを優しく両手首につけてくれた。
灯さんといい、みんな優しすぎる。
「なんか、ほんのり温かいですね。霊脈は……分かりませんが、落ち着く気がします」
授業終わりに背伸びした時のような気持ちよさが身体に流れて、心地よかった。
「うん。穏やかな波になってる。根本治療にはならないけど、気休めにはなると思う」
「……これ欲しいです」
「よ、良かったわ!」
俺がそう言うと、水無瀬さんはニコッと笑ってくれた。
なんか最初の頃より表情が柔らかくなった気がする。
俺と水無瀬さんがしばらく見つめ合ってると、腕にたくさんの見るからに高級な装備を抱えた灯さんが割って入ってきた。
今ちらっと見えた値札が七桁で卒倒しそうになる。
「はぁ……はぁ……。閑様! 今度は私が選んだこの装備を!」
「灯さん。……俺、そのイヤリングがいいです」
灯さんの耳についてる紅い石がついた品のあるそれを指差す。
「へ? ……これですか? これ、安物ですよ。髪が燃えないようにするためだけのモノで」
唇をとがらせて「えー」と不満を表す彼女に顔を近づけて気持ちを伝える。
「これがいいです。灯さんとお揃いが欲しいです」
「えっ……」
数瞬後、顔を真っ赤にした灯さんが飛んでいった。
すると、後ろから声をかけられる。
「まったく罪な男ですねぇ。お嬢のあんな笑顔初めて見ましたよ」
「鋭鈴さん……これ、実は最近、烈さんに屋敷のこと手伝ってくれてるからって貰ったお金なんです。支払いに使ってください」
何度返しても押し切られたので貰ってしまった金だ。
朝、敷地の掃除したり、金城さんの愛犬と散歩したり、困ってそうな皆さんの手伝いをしてただけなのに。
そもそも俺は家賃も生活費も払ってない!
払いたい! どうすればいい!
俺もけっこう頑固だと思うんだが、烈さんには勝てなかった。
勝てる気がしなかった。
「当主様は本当に厳しい方なんですよ。そのご厚意を私が支払いに使用したとバレたら……分かりますね? ここはお嬢のカードで払います」
「はい……」
鋭鈴さんが後で叱られるくらいなら、俺のモヤモヤなんて塵に等しい。
ここは素直に買ってもらおう。
俺がそう受け入れて前を向いた瞬間、──美しい女性と目が合った。
ショートボブの小さい頭部に、猫のような大きな目。
緑色の和風のファッションは、スタイルの良さと相まって異彩を放っている。
そしてこの品の良さは、やはり四家の方だろうか。
向こうが目を逸らさないので俺も見つめ続けた。
すると、彼女がゆっくり近づいてきた。
そして俺に向かって一礼する。
「鏡介が大変な失礼を……」
「あ、いえ……」
ああ、天ツ風の方なのかな。
鏡介くんはまだ傷が消えてないと聞いてはいるけど……。
俺は何て言ったらいいか分からず、それだけしか言えなかった。
「……」
「……」
「あの……」
「はい」
独特な空気が流れる。
「……あかん」
あかん?
そして、彼女はこっちを見たまま一歩二歩と後退り、そのまま方向転換してフロアの雑踏に消えていってしまった。
な、何だったんだ……。
「鋭鈴さん、今の誰か分かります?」
帰ってきた答えの感想は、性格が違いすぎると思う……だった。
「彼女は天ツ風 鏡花。鏡介氏の双子の妹です。そして────極度の人見知りで有名です」




