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焔を継ぐ美しき令嬢と、持たざる魔眼の少年  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


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2/11

第2話

 不動院ふどういん家は、人類の対怪異戦略における国家最大戦力である。


 とりわけ、今代の『原初の焔』を継承した守護者は歴代最強との声も名高い。


 その彼女の名は────不動院 あかり


 弱冠十五歳の可憐な少女は、その身に宿した己の業火を意のままに操るのだった。





 私はもう、自分の力を抑えることが出来なかった。

 身体から溢れる炎が、感情と混ざり合って上手く操れなかった。


 目の前のクズ共が、私の神様に卑劣な手段で手を出した。

 それもおそらく、長きに渡って。


 私の身に宿った力が、ジリジリと周囲の温度を上げていく。

 図らずも育った熱空間を、目の前の一番キーキーうるさかった女に少し向けた。


 すると女は途端に息ができなくなり、咽るように咳き込み始めた。

 近くにいた男も同じように呻きながら喉を掻きむしる。


 「……お嬢ッ。お嬢!! 落ち着いてください。そこの男は井ノ原悠太、グループ重役の息子です。周りの人間もそれなりの立場を持ってます。皆殺しにするつもりですか!?」 


「もちろん皆殺しだけど」


 必死に私に向かって叫んでいるのは鋭鈴えいりんだ。


 タイトなパンツルックのスーツを着こなすいつも冷静な私の側仕。

 幼い頃から一緒にいてくれたけど、こんなに焦ってる顔は初めて見た。

 珍しく結い上げた黒髪が乱れている。


「……お嬢、殺すのは砂見殿に話を聞いてからの方が良いと思いますよ。治療するのが先ではありませんか? 現に彼は今、気を失っていますし」


「え」


 本当だ。気づいたら私の神様が横になっている。

 思わず力を解除して、しゃがみ込んで顔を近づける。


 良かった。ちゃんと息をしてる。

 それに。

 よく見ると。


 ………………………滅茶苦茶かっこいい。


「お、おい。お前って。い、いやまさかな。もしかして、あの不動院家の人間なのか……?」 


 この三年間、必死に貴方様を探していました。

 感動のあまり、目をぎゅっと閉じる。


 そして、おそるおそる開く。


 いる。確かにここにいる。

 それに。

 よく見ると。


 ………………………有り得ないほどかわいい。



「不動院家? 嘘だろ。そんなわけねぇって。ていうか警備員はどこ行ったんだよ。悠太! セキュリティはどうなってる!」


「でも今の炎見たでしょ! 一瞬で床まで焦げてるわ。悠太くん、小春ちゃん。何とか言ってよ!」


 ()()()()()()()()が背後で聞こえてくるけれど、私にはどうでも良かった。


 立ち上がり、黙って側にいた鋭鈴に伝える。


「病院を手配して」


 彼女が了承してくれたのを確認して、今度は彼を抱きかかえるために再びかがみこむ。


 私の神様──砂見すなみしずかに触れて、持ち上げた感想は。


 ────あまりにも軽い。


 私より身長はあるのに、その華奢さが私の胸を切なくさせた。


 たくさん食べさせて、幸せにするんだ。


 至福の妄想に浸ろうとすると、また後ろから()が聞こえた。


「お、おい女。その綺麗な着物が汚れちまうよ。そいつ汚いからさッ──」


「──君。まだこの状況が分かってないのですか。あなた達の綱渡りの命は……はぁ、もういいです。これ、うちの名刺です。全員明日以降いつでもいいので屋敷に来てください。命の保証はないので家族や大切な人に別れを告げてから来てくださいね」


 私は焔の霊輪を瞬時に体内で練り上げた……つまりその不快な音を出した男を消し炭にしようとしたけれど、鋭鈴に任せて歩き出した。


 神様に触れているという事実が、私をお淑やかにしてくれたんだと思う。


 ホテルのロビーからエントランスに向かい、鋭鈴と共に外に出る。



 ────────ザザザッ。



 外には、黒塗りの車が数十台、不動院家の構成員が……もう数え切れないほど待ち構えていた。

 そして彼を抱える私を見てなんだか「「おお……」」ってどよめいた気がする。


「……鋭鈴、ナニコレ」


「お嬢が血相変えて単独行動に出るなんて初めてのことですからね。総力戦かと思ったんじゃないですか」


「……ばかみたい。早く乗るわよ」


 待ってる人達の中で、ひときわ身体の大きいスキンヘッド──金城かねしろが何台かの車を先行させる指示を送ったあと、こっちに車を回してきた。


 車窓から顔を出し、こっちに大声を出してくる。


「姫ッ。乗ってください。ぜひ王子様も一緒に!」


「……うるさい。ふざけないで」


 ニヤニヤしてるところが鬱陶しいが、戦闘になればこの巨漢は頼もしい。

 鋭鈴に後部座席を開けてもらい、砂見閑を座らせ、私も隣に座る。

 鋭鈴は助手席に乗り込んだ。


 車が走り出したとき、ホテルの入口にさっきのクズ達が出てくるのが見えた。

 この軍勢としか言えない我々を見て、全員が唖然とし、一人は腰を抜かして座り込んでいた。


 そんなこと気にもかけず、アクセルを踏む金城が喋りだす。


「グワハハハ。姫が渇望していた少年は華奢だな。髪も長いし女みたいだ」


金城キンジョー、貴方と比べれば誰だってそうですよ。それより、いつもと違うルートを使います。無いとは思いますが、井ノ原グループから追跡があれば面倒なので」


「おう。ナビ頼むわ。……って少年は息してるのか?」


 バックミラー越しにこっちを見てくる金城が目をかっ開いて砂見閑を見る。


 そういえば、運んだり座らせたりしたのに目を覚ます気配がない。

 私も少し心配になってきた。


「簡易診断ですが、極度の疲労と栄養失調でしょう。とにかく休息が必要ですが、命に別状はありません。それより、彼の家族について調べたいのですが。妹の──場所は──」


「そういう調べ物は俺じゃなく──それが一番──だろうが──」


 鋭鈴の言葉を聞いて安心した私は、二人のいつもの調子のやり取りを聞きながら、急に瞼が重くなってくるのを感じた。


 やはり緊張していたのだろうか。

 当たり前か。

 

 座席に沈み込み、目を閉じて、隣にいる砂見閑の手のひらを握る。

 ──冷たい。

 私があっためたいと、思った。


 あの時のお返しをしたかった。




──三年前──



 

 私は、物心ついた頃から、不動院家の稀代の天才だと言われていた。


 それは誰よりも早く息をするように霊輪を組めたからなのか。

 膨大な霊脈を受け入れられる肉体の器としての才能なのか。

 私には分からない。


 齢百十を超えた曾祖母から次に『原初の焔』を継ぐのは決定事項だったし、十二歳の生まれ日に継承の儀が行われたが、遅すぎるぐらいだと言われていた。


 継承の日と同日、怪異の大規模発生があった。


 ある山中にて発生したそれは、十年ぶりに観測された超巨型怪異ダイダラボッチを含む数百体の怪異がとめどなく溢れてくるものだった。


 私の正式な守護者となった初陣は華々しく超巨型怪異ダイダラボッチを撃破した。

 不動院家のお偉方達は胸を撫で下ろしただろうし、共に国を守る他の三家は羨望の舌打ちをしたかもしれない。

 十二歳で最難関怪異を倒せるなら、今後数十年安泰だからだ。


 ──しかし私は、どこまでいっても十二歳の少女だった。


 何の因果か、帰還中に私の霊脈が暴走し、文字通りオーバーヒートした『原初の焔』に全身を焼かれることになったのだ。


 一度コントロールが効かなくなった特別な炎は何重にもなって私の身体を蝕み続けた。


 不動院家直系に生まれた人間は、簡単には死ねない。

 傷ついても直ちに再生し、不死鳥の如き生命力を発揮する。

 そういう風にできている。


 つまり私は、身体が焼かれると同時に再生する生き地獄に落とされた。


 燃え続ける私に、不動院家は右往左往するも対応策は出なかった。

 後から聞いたのは、水流を司る水無瀬家に助けを求めるも、政治的な理由で実現しなかったらしい。

 もし、炎が消えなかったら後の力関係に問題があるとか何とか。

 馬鹿らしい。


 とにかく、私は燃え続けた。

 ────そう、十八時間もの間。


 世界の全てを呪ったし、世界の全てに懺悔した。

 本当に自我が消えてしまう直前だった思う。

 

 無我夢中で山中を踏破し続け、誰も追いつけなくなった時。

 そこに現れたのだ。彼が。


 彼から見たら私は、真っ黒い肉片にギョロギョロした目がついた炎の塊だったと思う。


 「──────ッ!!!!!!!!」


 声にならない叫びをしたのは憶えてる。

 「どいて」って言いたかったのかな。「消えろ」かも。

 今はもう分からない。


 誰かを背負っていた彼は、私を見ると顔色ひとつ変えずにまずその誰かを降ろして優しく横たえた。


 そして、あろうことか私に向かってまっすぐ歩いてきたのだ。


「今日、辛いことがあったんだ」


 彼は軽く歌うような声でそう言って。


 ────私の焔を、殺してくれた。


「大丈夫。大丈夫だから」


 そう言いながら私を優しく抱きしめてくれた。

 みるみるうちに皮膚が再生していく私とは反対に、彼の両腕は焼けただれていた。


 嗚呼、この人が、神様なんだと思った。


 そこで私の記憶は途絶えている。




──現在──



「すっかり眠っちゃいましたね」


「姫が人前で寝るなんて初めて見たぜオイ。それも男の手を握りながらなんてな」


「絶対に口外しないでくださいね」


「わーってるよ。これでも俺は姫のために動いてるんだ」


 私、鋭鈴は考えていた。


 もし、彼の力がお嬢の言うような力だったとしたら。


 それは果たして人が持っていて良い力なのだろうかと──。







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