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虐げられていた魔眼持ちの少年が、炎系最強能力者の激重お嬢様に救われて溶けるほど甘やかされる話  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


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第19話



 閑がAクラスに行き、凛々子を誘う数時間前────。 





 水無瀬みなせ本家の朝は、いつも冷え切っている。


 都心の一等地にそびえ立つ、超高級タワーマンションの最上階。

 そこが我が水無瀬家の本拠地だ。

 広大な敷地に古き良き日本家屋を構える不動院や天ツ風といった他の家とは異なり、水無瀬は徹底的に近代化と合理化を進めている。


 特に現当主である父の代になってからは、井ノ原や森岡といった巨大財閥と深く手を結び、莫大な資金力を得た我が家は実務遂行力をさらに高いレベルへと押し上げていた。


「おはようございます」


 大理石の床が冷たいダイニングに向かうと、父はコーヒーを片手に、タブレットで様々なデータの動向をチェックしていた。


「……凛々子。昨日の不動院の騒ぎ、お前は何か知っているか」


「いえ。灯からは何も。ただの痴話喧嘩だという噂ですが」


 私が席につくなり、父は視線も上げずに冷たく言い放った。


襲撃カチコミなんて……いつの時代だと思っているんだ。不動院の次期当主と仲が良いのは結構だが、お前自身の鍛錬は怠るなよ。Aクラスに入れたのは当たり前だと思え」


「……はい」


 父は、私が中等部で一度Bクラスに落ちたことをいまだに根に持っている。

 タブレットをスクロールする父の指が止まり、氷のように冷たい目が私を射抜いた。


「お前に水無瀬の次期当主の座と、氷雨ひさめを継がせるとは決まっていない。叔父の娘である沙耶さやは、お前より成績が良いらしいな。直系の長女だからといって胡座をかくことは許さんぞ」


 氷雨とは、『零結れいけつの氷雨』である。

 不動院で言う『原初の焔』で、私と同い年の灯がそれを継いでいる事実が、胸に重くのしかかる。


「……はい。分かっております、お父様」


 私が感情を殺して短く答えると、向かいに座る三人の弟のうち、一番頭の回る次男がパンにジャムを塗りながら鼻で笑った。


「まぁ、姉さんの取り柄は、あの不動院の次期当主様と『お友達』でいられることくらいだよね。家へのコネ作り、ご苦労様」


「なっ……アンタねぇ!」


「事実だろ? 姉さんの霊脈、もう上限が見えてるんだからさ。せいぜい上手く取り入って、水無瀬の利益になるように立ち回ってよ」


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 言い返せない。それがこの家での『評価基準』だからだ。


 力、血統、才能……そして人脈という名の利益。


 それだけで人間の価値を測る、息の詰まるようなエリート至上主義。

 上昇志向の塊のようなこの家族の中で、私は「長女」という重圧に押し潰されそうになりながら、必死に足掻いている。


 だから私は、外では誰よりも完璧な『エリート』として振る舞わなければならない。

 少しでも弱みを見せれば、足元をすくわれ、この冷たい家族という名の水底に引きずり込まれてしまうから。


「行ってきます」


 冷めた朝食を胃に流し込み、私は逃げるようにタワーマンションを後にした。







 そして、学院の放課後。


 私は、約束通り昇降口で待ち合わせていた男──砂見閑を見つけ、腕を組んでため息をついた。


「遅いわよ。あと、灯が『絶対に私を置いていくな。置いていったら燃やす』って言ってたから」


「あはは……。灯さん、本当に怒ってたね。メッセージいっぱい来てた」


 砂見は苦笑しながら頭を掻いている。


 しかし、私の視線は彼の隣に立つ、異様な巨躯の男に釘付けになっていた。


「……で、なんでアンタがついてきてるわけ?」


 制服を着崩した、筋骨隆々の坊主頭。


 Fクラスの釈迦虎しゃかとら

 一年生の時に『はぐれ』として有名になった肉弾戦最強のヤンキーだ。

 私は一度実技の授業でこいつに危ない目に遭わせられてから、苦手意識があった。


「なぜ、アンタみたいな一匹狼が、この男に従ってるのよ?」


 私が胡散臭そうに尋ねると、釈迦虎は鼻を鳴らして笑った。


「おれはタイマンで負けたんだよ。……防御霊輪も組めないような相手にな。それ以来、コイツはおれの()()だ」


「あはは……」


 砂見が、また困ったように笑って誤魔化す。

 一つにくくった髪がゆらゆらと揺れる。


「……は?」


 私は、耳を疑った。

 防御霊輪とは、霊脈を感じ取れる人間、つまりこの咲雲に通う生徒なら、ほぼ全員が息をするように出来るようになる一番最初の身体強化だ。


 それが出来ないですって?

 基礎中の基礎もできない無能力者が、この釈迦虎をタイマンで沈めた?

 そもそもどうしてこの学院に転入できたの?


 水無瀬で培ってきた私の「常識」が、音を立てて壊れ始めた、その時だった。


 ゴォォォォォッ!!


 凄まじい熱波と共に、上空から火球が降ってきた。

 いや、火球ではない。

 炎をブースターのように噴射しながら、空を飛んできた一人の美少女。


「はぁっ、はぁっ……! ま、間に合った……!」


 着地と同時に炎を散らし、肩で息をしているのは、不動院灯だった。


 炎を噴射するために裸足になった生足が艶めかしい。

 その場で手に持っていた靴を地面に置き、靴下を履く。


 彼女は私をジロリと親の仇のように睨みつけた後、隣に立つ釈迦虎に気づき、不快そうに目を細めた。


「……あんたは何? なぜ閑様のそばにいるの」


 灯の全身から、威圧感のある殺気が漏れ出す。


 しかし、釈迦虎は全く怯むことなく、当然のように言い放った。


「兄貴は優しいから、おれが守らないといけねぇんだ。お人好しだからな、すぐ無茶しやがる。兄貴の身体に何かあったら、おれは耐えられねぇんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 灯の纏っていた殺気が、ふっ、と霧散した。


「あんた……」


 灯は、ひどく感銘を受けたような顔で釈迦虎を見つめ、深く頷いた。


「分かってるわね」


「おう。兄貴の素晴らしさが分かる奴とは酒が飲めるぜ」


 何を言ってるのよ未成年共。


 なぜか、学園最強の令嬢と、肉弾戦最強のヤンキーが、固い握手を交わして意気投合し始めてしまった。


「…………」


 私は、その異様すぎる光景と、真ん中で能天気に笑っている砂見を交互に見比べた。

 なんだろう、このモヤモヤする気持ちは。


 この得体の知れないFクラスの男の周りには、損得勘定を抜きにして、ただ「彼を守りたい」と心から願う人間が集まってくる。

 狂信的とも言えるほどに。


 胸の奥が、ざわざわと波立っていた。






 結局、砂見閑が私を誘った理由は、病院にあるらしい。


 釈迦虎と別れ、私、灯、砂見の三人で向かう道中。


 私の隣では、灯が、何故か怖いくらいの笑顔を私に向けながら、砂見の腕をガッチリとホールドしていた。


「灯さん、すみません。昨日も迷惑かけたし休んでてよかったのに」


「何をおっしゃいますか。閑様の行くところなら、どこまででも着いていきます……それに、水芸女の監視も必要ですから」


 何でそんなこと言われなきゃいけないの──バチバチと火花を散らす私たちを宥めながら、砂見は困ったように笑って、目的の病室のドアを開けた。


つき、入るよ」


 そこには、広く豪華な病室に、点滴に繋がれた小柄で可憐な少女が、ベッドの上で本を読んでいた。


 月と呼ばれた彼女は砂見の顔を見ると、パッと花が咲いたように顔を輝かせた。


「お兄ちゃん!」


 砂見の表情が、一瞬で柔らかく解ける。


 妹なのか。

 砂見はゆっくりと歩き、ベッドに腰掛けた。

 あの、釈迦虎という凶悪なヤンキーを従えていた得体の知れない男が、今はただの、心優しい兄になっていた。

 彼は少女の頭を優しく撫でた。


「ごめんな、最近色々忙しくて、全然来れなくて」


「ううん、大丈夫! リハビリも順調~にがんばってるよ……ってあれ? 灯さんも? それと……?」


 月と呼ばれた少女が、首を傾げて私と灯を見る。


 すると、灯がすかさず前に出た。


「月ちゃん、こんにちは。貴女のお義姉ねえさんになりたい、灯です」


 え、何その挨拶……。


「わ、私は。水無瀬っ……」言いかけて、ドンと灯に押される。


「月ちゃん、今日は今一番流行ってるスイーツ店の商品、端から端まで買い占めてきたわ。並んでた人達? 丁寧にお願いしたら分かってくれたわ。じきに鋭鈴が届けにくるから待っててね」


「重ッ! 怖ッ!! 授業抜けて何しに行ったのと思ったらそんなことしてたの!?」


 私が思わずそう言うと、月ちゃんは目を丸くして、それからくすくすと笑った。


「ふふっ。ありがとう。余ったら看護師さんたちと食べるね。そちらはお兄ちゃんのお友達ですか?」


「友達というか……」


 返答に困る私。それを見ながら砂見は苦笑しつつ、私に向き直った。

 そして、病室の床に膝をつく勢いで、深く、深く頭を下げたのだ。


「……水無瀬さん。突然すみません。月を、診てくれませんか。月の霊脈が、正常かどうか」


「っ……頭を上げなさいよ。急にどうしたの」


 なるほどね。


 私を誘った理由は腑に落ちた。

 以前私に自身のそれを見抜かれたことから、その結論にたどり着いたのだろう。

 確かに水無瀬の血統は霊脈を観察する術に長けている。


 しかし私は戸惑った。


 この男の隣には灯がいる。

 そしてなぜか灯はこの男の言いなりだ。

 お金だって、権力だって、不動院の力を使えばなんだって手に入るはずだ。


 灯の母や祖母を経由すれば、私なんかよりもっと実力のある水無瀬のエリートに診てもらうことは可能だろう。

 金は取られるだろうが、腕は確かだ。


 なのに、どうしてそんな必死な顔で、私なんかに頼み込むのか。


「……詳細は話せないんですが、俺が前に言われたツギハギのような霊脈というのはおそらく正しいです。そして、それは理由があります。月もそうなっていないかが心配で……ッ」


 砂見の声が、微かに震えていた。


「……」


「だめですか……?」


 私が無言でいるから勘違いしたのか、さらに頭を下げようとするので、それを手で止める。


「ちょ、ちょっと。診るのはここまで来たしいいわよ。ただ、どうして私にと思っただけ」


「……初めて会った時、水弾を飛ばされたりして、正直怖かったです。でも、水無瀬さんが学院で霊脈の調子が悪い人たちを裏で診察して適切な処置をしてるって聞きました」


 息が止まるかと思った。


「どうして、それを……」


「鋭鈴さんが全部知ってました。それに、実際にFクラスに助けてもらった子がいて、話してくれました。喜んでましたよ」



 ──ただの自己満足だ。


 趣味みたいなもので、水無瀬を継ぐためには何の意味もないことだ。

 実際に父が知ったら軽蔑するだろう。


 ましてや、Fクラスの人間なんかを。


「憶えてないわ」


「俺は、そういう話を聞いて、気づいたら水無瀬さんという人間が好きになってました。水無瀬さんに月を診てほしいって思ったんです」

 

 ただ純粋に、たった一人の大切な妹を守るために。

 私を、心から必要として、頭を下げている。


 ──『もう上限が見えてるんだからさ』


 今朝の、弟の嘲笑が頭をよぎる。

 出力が低い。次期当主の器ではない。私の力。


「……分かったわ。特別に診てあげる。その代わり、貸し一つだからね」


 私は平静を装いながら、月ちゃんの細い腕にそっと手を触れた。


 淡い青色の光──清らかで冷たい水の霊脈が、月ちゃんを優しく包み込む。

 私の水は、対象を傷つけずに体内を巡り、僅かな霊脈の淀みすら感知することができる。


 数分後。

 私はふぅ、と息を吐き、魔力を解いた。


「結論から言うわ。この子、月ちゃんの霊脈は、完全に正常よ。端から端まで不純物も、誰かに弄られた痕跡もない」


「……っ!」


 その瞬間。砂見の膝から、ガクンと力が抜けた。

 彼は床にへたり込み、両手で顔を覆った。


「良かった……。本当に、良かった……っ」


 砂見は震える声で何度も呟き、私を見上げた。


「……ありがとうございます、水無瀬さん。ありがとうございます」


 涙ぐみながら、心底安堵した顔で私を見つめる砂見。


 その、あまりにも純粋で、家族想いな表情を正面から浴びて──。


「べ、別に。大したことしてないわよ……っ。アンタがそんなに必死な顔で頼み込んでくるから、じっくり診たけど、本当に、ただ正常なだけよ」


 あれ。なんか顔が熱い。

 耳まで真っ赤になっている自覚があった。

 なぜ? 私はたまらず、フイッと顔を逸らした。


 そんな私を、灯がジト目で、瞳の奥がメラメラと燃えてるような恐ろしい目つきで睨みつけていた。


 え!? 私なんかした!?


 しかし、そんな殺伐とした空気を、月ちゃんの無邪気な声が洗い流した。


「お兄ちゃん、何年もずっと、辛そうな顔してたけど……今は、すごく楽しそうだね」


 砂見は、優しく微笑み、そして私と、灯を交互に見た。


「うん……。今は、すごく恵まれてるよ」


 一切の打算も嘘もない、心からの笑顔。


 その言葉に、私も、灯も、なぜか何も言えなくなって、思わず黙り込んでしまった。


 夕日に照らされる病室の中。


 私は、自分の胸の奥の、この水底を温めるような、熱くて厄介な感情が何なのかを考え始めていた。

















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