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虐げられていた魔眼持ちの少年が、炎系最強能力者の激重お嬢様に救われて溶けるほど甘やかされる話  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


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第11話

 パパパパパッ──。


 俺に向けられた無数の水の塊が、灯さんが展開した炎の盾によって蒸発し、白い湯気となって霧散していく。


 屋上の空気が、一気に湿り気を帯びた。


 俺の目の前には、ナイフを逆手に構えた鋭鈴さんが油断なく立ち塞がっている。

 対する青みがかったショートボブの女子生徒は、右手から冷気を漂わせながら、涼しい顔で立っていた。



 「────はじめまして、水無瀬凛々子です。女に守られるなんて恥ずかしくないの? 灯を誑かす男め。私と勝負しなさい」


 明確に俺を狙ってきた攻撃だと確定した。


 水無瀬……。水を司ると言われている守護四家だ。


 なぜそんなエリートが俺に。


「……凛々子殿。いきなり殺生な真似はおやめください。閑殿は基本的な防御霊輪も組めません。今の水弾を食らったら怪我では済みません」


 鋭鈴さんの低い声には、明確なドスが効いている。

 あのクールな鋭鈴さんの声に、怒りが滲んでいる気がして、少し嬉しかった。


 しかし相対する彼女は、どこか楽しげに鼻を鳴らす。


「あら。誰かと思えば『不動院の闘犬』じゃない。今年から学院に通い始めたって噂、本当だったのね」


「……水無瀬でもそう呼ばれているのですか」


「知らなかった? 不動院の命令ならどんな相手だろうと喉笛を食いちぎるまで離さない狂犬。こっちの世界じゃ有名よ?」


「不動院というか、お嬢の敵に限るのですが。──つまり今は凛々子殿になりますね」


 一触即発の空気だ。

 視線の交錯で火花が散ってるかと錯覚する。

 普通なら、ここで俺が謝って止めに入ったり、あるいは灯さんが激怒して割り込んだりするべきなんだろう。


 だが、現実は違った。


「すー……はぁー……」


 背後から、熱い吐息が耳にかかる。


「……あの、灯さん?」


 俺は困惑して声をかけた。

 灯さんは、座っている俺を後ろからギュウウウッと抱きしめたまま、俺のうなじに顔を埋めて深呼吸を繰り返していた。


「んん……。もう少し、もう少しこのまま……」


「……灯さん、まずは守っていただきありがとうございます。ただちょっと、前見てください」


「んー……?」


 だめだこの人。

 完全にトリップしている。

 最強の守護者として瞬時に炎の盾を形成してくれた灯さんと、今俺の背中でむにゃむにゃ言ってる灯さんが同一人物だとは思えない。

 背中に感じる柔らかい感触と、どんどん上昇していく彼女の体温に、俺の方がどうにかなりそうだ。


 そんな俺たちの様子を見て、水無瀬凛々子のこめかみに青筋が浮かんだのが見えた。


「……っ、不潔!!」


 彼女は汚いものを見るような目で俺たちを睨みつけた。


「灯! 貴女、恥ずかしくないの!? 人前で男に抱きついて、発情して! 水無瀬と不動院は高潔なるライバル関係だったはずよ。それがこんな……!」


 そして、その矛先は俺に向く。


「貴方もよ、男! 女二人に守られて、ニヤニヤしてんじゃないわよ!」


 男って……。


「いや、ニヤニヤはしてないですけど……」


 むしろ冷や汗が止まらない。


「ふん。黙りなさい。……だいたい貴方、ちょっと顔が良いからって調子に乗らないで」


 彼女は、俺の顔を指差して吐き捨てた。


「男のくせに肌は白いし、線は細いし……その長い髪も鬱陶しいのよ! 切るお金もないの?」


 散々な言われようだ。

 確かに髪は伸びっぱなしだし、今日は括るゴムも忘れた。

 でも、理由があるんだよ。


 俺がどう答えようか迷っている時、背後の灯さんの気配がスッと冷えた。


「……凛々子ちゃん?」


 さっきまで甘く蕩けていた声が、変わる。


「私の神様に文句つけるのは、万死に値するわよ?」


「ひっ……!?」


 灯さんが、俺の肩に顎を乗せたまま、ギロリと凛々子を睨み上げた。


 空気がビリビリと震え、屋上の気温が一気に上昇する。

 鋭鈴さんの足元のコンクリートが、熱で赤く変色し始めた。


「謝って。今すぐ土下座して閑様の靴を舐めれば許してあげる。……しないなら、跡形もなく蒸発させる」


「くっ……!」


 水無瀬凛々子が後退る。

 どこまで冗談なのか分からないが、どんどん大気の温度が上がっていってるのは確かだ。 


「灯さん。ストップ」


「へ? ……あ、はいっ」


 俺がそっと頭を撫でた瞬間、鬼神のようなオーラが霧散し、灯さんは再び蕩けた顔で俺の手に頭を擦り付け始めた。


 猫すぎる。助かるけど。


 俺は灯さんをその場に留めて立ち上がり、未だに警戒を解かない彼女に向き直った。


「はじめまして、水無瀬さん。砂見閑です。……その、俺は灯さんを誑かしてません。ただ、俺が救われただけなんです。誤解させてたら申し訳ありません」


「……何よ。戦う気もないの?」


 どうしてこう守護家の方々は好戦的な人が多いんだろうか。


「無理ですよ。俺は何の才能もありません。いまだ霊脈操作も感覚さえ掴めてないんです」


 事実だ。

 鋭鈴さんを始め、烈さんや熾さんにまで見てもらったが、いまだ取っ掛かりも見えない。


「ふーん」


 彼女は、値踏みするように俺をじろじろと観察した。

 その瞳が、水面のように揺らぐ。

 ……なんだ? 見透かされているような、嫌な感覚だ。


「……砂見って言ったわね。私は水無瀬の血を引いてるから霊脈を見る力があるのよ。霊脈も、血液のように全身を巡ってるから。それで、気付いたんだけど……」


 俺も鋭鈴さんも灯さんも息を呑んだのが分かった。


「貴方、霊脈の流れ方が不自然よ。まるで──『後から無理やり継ぎ接ぎされた』みたいにいびつで気持ち悪いわね」


「……え?」


 ドキリとした。

 俺の心臓が、嫌な音を立てる。


「生まれつきの才能じゃない。人工的な……キメラみたいな汚らわしさを感じるわ。貴方、何者なの?」


 俺は答えられなかった。


「……閑様? 顔色が悪いですよ?」


 キメラ。人工的。継ぎ接ぎ。

 その言葉が、引きトリガーになったのか。


 キィィィィィィィィン……。


 耳鳴りがした。

 視界が点滅する。

 俺の脳裏に、()()()()()()がフラッシュバックする。


 ──白い部屋。

 ──拘束具の冷たさ。

 ──『ごめんな、閑』と泣きながら言う誰かの声。

 ──『大丈夫、大丈夫だ。また会えるから』と笑いながら言う誰かの声。


「う、ぁ……」


 強烈な吐き気が胃袋を突き上げた。

 世界が回る。

 立っていられない。


「っ、ぅ……オェッ……!!」


 俺は口元を押さえる間もなく、その場に膝をつき、胃の中身をぶちまけてしまった。

 コンクリートの床が汚れる。

 酸っぱい臭いが広がる。


 最悪だ。

 人の前で、しかもこんな場所で。


「閑様!!」


 けれど。

 俺の身体を支えたのは。不動院灯。高貴なる令嬢。


「だ、大丈夫ですか!? 顔色が真っ青です……! ああ、可哀想に……!」


 灯さんは、俺が吐瀉物をまき散らしていることなど気にも留めず、その場に膝をついて俺を抱きとめた。

 そして。


「あ、灯さん……だめだ、汚れ……」


「いいえ。何も汚くありません」


 彼女は、素手で俺の汚れた口元を優しく拭った。

 ためらいなど、一切なかった。

 まるで、なんでもないように。


「気持ち悪いですね。もう出ませんか? ……鋭鈴、お水とハンカチ!」


「はい、ただちに」


 鋭鈴さんが素早くペットボトルを差し出す。

 灯さんは俺に水を飲ませ、背中をさすり続けた。


「……はぁ、はぁ……ごめん、灯さん……」


「謝らないでください。貴方が苦しむなら、私が代わってあげたい……」


 ただ、俺の苦痛を共有するように、悲しげに俺を見つめている。

 その光景を、呆然と見ていた人物がいた。


「……信じられない」


 水無瀬凛々子だ。

 信じ難いものを見る目で灯さんを見ていた。


「あの潔癖で、他人に触れることすら嫌っていた不動院灯が……人の吐いたものを、素手で……?」


「凛々子ちゃん、今日は帰ってくれる?」


 フラットな、怒りを感じさせない声が逆に彼女に刺さったのか。


「……ええ、分かりました。で、では私は帰ります……」


 突撃してきた時の勢いは見る影もなく、水無瀬凛々子は屋上から退散していった。


 そして俺は、少ししてから灯さんと鋭鈴さんに深くお礼をしたあと、手洗いに行くといってその場を離れた。






 私、不動院灯は午後の授業が始まっても屋上に居座り考えていた。


 隣には、側仕で気心の知れた鋭鈴。

 閑様は授業に行ったので今は二人きり。


「どう思う? 凛々子ちゃんが見て分かるってことはお母様の言う通りやっぱり相当な改造がされてるのかしら。学院に気づかれる可能性は高い?」


「どうでしょう。むしろ不動院では烈様以外に気づかれなかったものを、あの早さで見抜く凛々子殿はやはり水無瀬のホープということなのでは」


 ふーん、属性の違いとはいえ、凛々子やるじゃん。


「……井ノ原への調査はどう?」


「難航してるようです。やはりこの世は金ですね。吐き気がします」


 鋭鈴が珍しく感情を見せている。


「そう。まぁ気長に待ちましょう」


「はい」


「……ところで、鋭鈴。閑様とイチャイチャしてたのは、本当?」


「いいえ、してません」


「私が討伐遠征に行ってた間に、仲良くなったの?」


「いいえ、普通です」


「閑様は渡さないわよ」


「いいえ……じゃない。はい、お嬢のものです」


 ふーん。


 ま、今は追及しないでおいてあげる。






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