第10話
午前中の一般授業は、拍子抜けするほど退屈だった。
入学時に聞かされていたこの学院の成り立ちやその存在意義について、俺は少し重く受け止めすぎていたのかもしれない。
ここが怪異討伐のスペシャリストを育成する場……なのは事実。
なのに普通の授業、普通の勉強だ。
しかし、そりゃそうか、と思う。
実際に怪異と対峙して戦うのは一握りの才能を持った存在である。
主に守護四家と呼ばれる彼ら。
火炎を司る不動院。
水流を司る水無瀬。
大気を司る天ツ風。
大地を司る金剛寺。
ここに生まれたものは、霊脈の量と操作に長けるものが多く、またその血族の特性を活かした霊輪を組み、神技を繰り出すことができる。
その最高峰が俺が見た灯さんや熾さんの技なんだろう。
そこから派生した分家に生まれた者にも一部そういった属性の霊脈を持つ者もいるらしいが、数は少ない。
また、そういった血縁に全く関係ないが、稀にそういった力に目覚めるものもいて、そういった人間は『はぐれ』というらしい。もちろんそれも数は少ない。
それ以外の人間。
つまり大多数の我々のような人間は、怪異に対抗する普通の人間として、才能の有る──守護者になる人をサポートするために勉強するのだ。
人材は、力だ。
警察はもちろん、公僕への就職だったり、民間企業へ入って怪異について研究するものもいるだろう。
井ノ原のような財閥に潜り込み、金を引っ張ってくるのも力の一つだ。
怪異という人を襲う怪物に対抗するために、人知れずこの学院の卒業生は活躍している……といった内容のものを面接で校長から説明されたのを想起する。
確かに、この日本は深夜も一人で出歩ける平和な国だ。
俺も毎晩のように怪異の死体を解体していたが、生きてる怪異には遭遇したことないしな。
あらゆる怪異から人々を守るため、血の滲むような努力がされているのだろう。
じゃあ、俺に一体何ができるのか。
授業が終わり、教師が出ていったあとも、俺は座ったままそんなことを考えていた。
すると、ぽんと肩を叩かれた。
「浮かない顔ですね。考え事ですか、──閑殿」
俺は思わず背筋を正して顔を向ける。
クラスメイトの彼女へ。
「ええ、まぁ。──鋭鈴さん」
「閑殿は一般教養は得意でしたよね」
「はい。向こうは進学校だったし、ずいぶんレポートもパシらされてたので」
「私は去年は通信だったので今もついていくので精一杯です。行き詰まったらご教授願いたいです」
「……はい、それはもちろん」
普通に会話しているが、正直言って、違和感が凄い。
昨日、初登校して一番驚いたのは、これだ。
なんと鋭鈴さんが俺と同じクラスに編入していたのだ。
昨日の自己紹介を終えて席についた瞬間、横の席から微笑まれたときは、それはもう驚いた。
「私の顔に何かついてますか?」
「いえ、すみません。何度見ても慣れなくて。普段のスーツがあまりにもキマってるので大人だとばかり思ってました」
「同い年ですよ。まぁ、スーツの着こなしは褒められますね。でもこれも不動院家のご厚意でオーダーメイドされてるのが大きいと思います。値段は恐ろしくて聞いてません」
そう言って超然としたスタイルの身体を捻って見せる鋭鈴さん。
「とても似合ってます」
「ありがとうございます。でも最近この臀部がパツパツになってきて……二次性徴は終わったと思っていたのですが。また新調をお願いしようか迷ってるんですよね。ほら、閑殿。ここ触ってください」
「ええ……?」
整った真顔の鋭鈴さんを見る。冗談では無さそうだ。
言われるまま、そっとなぞる。
思ってたより柔らかいそれに少し緊張しながら「たしかに」とだけ伝えた。
そして触った箇所から少し下に手を下ろすと、今度は弾力のある筋肉がある。
──この学院の入学前、俺はこの足に幾度となく蹴り上げられたなぁ。
そう、俺は二週間ほど、金城さんと鋭鈴さんに稽古をつけて貰ったのだ。
入学までバイトもしなくていい、灯さんは討伐遠征でいない、となったらすることが無かったので自分から志願した。
月のお見舞いもあんまり行き過ぎたら鬱陶しがられるかと思ったしな。
しかしそれはもう体力に自信のあった俺でも心が折れそうになるほど過酷なシゴきで……しばらく思い出したくはない。
ちなみに筋骨隆々スキンヘッドの金城さんと鋭鈴さんは徒手空拳で戦うのを見学させてもらったが、それなりに競っていた。
特攻隊長的なポジションの金城さんといい勝負をする鋭鈴さんはこの若さで相当な使い手であることが伺える。
まぁ鋭鈴さんが言うには金城さんはかなり制限した力で戦ってたらしいけど。
とにかくまぁ。
「いつまで触ってるのですか、閑殿」
このように呼び方が砂見殿から閑殿になるくらいには打ち解けた。
そんな鋭鈴さんと同じクラスで学院生活を過ごせるのは心強かった。
☆
昼休み、俺は灯さんからの呼び出しがあり、鋭鈴さんと連れ添って屋上に来ていた。
日当たりがよく、いい感じに風がしのげる壁があって、テーブルもベンチもあるこの場所は人気がありそうだったが、灯さんしかいないようだった。
鋭鈴さんが運んできた(俺が運ぼうとしたが固辞された)五重の弁当箱を一緒に広げていると、なにやら冷たい目線を感じた。
「何ですか?」
俺が問いかけると、冷たい目線の主、灯さんが頬を膨らませていた。
「閑様、鋭鈴とイチャついてるって噂になってますが。どういうつもりですか?」
「ええ……事実無根です」
まったく心当たりがない。
「それと、もう少しメッセージの返信を早めていただけると、助かります」
「はい。……しかし授業中はさすがに厳しいものがありまして」
俺がそう答えると凹んだ表情を見せる灯さん。
空気を変えようと鋭鈴さんが助け舟を出してくれる。
「ずっとスマホが震えてるので、我々は思わず顔を見合わせて笑いましたよね」
「ははは。そうですね」
思い出して笑ってしまった。
しかし勿論、逆効果だったようだ。
足をばたばたして「いやーっ」と不満を表明する灯さん。
これは鋭鈴さんがわるい。
「そもそも、まだ納得してません。どうして私と閑様は一緒になれなかったのに鋭鈴は一緒のクラスなの!! むきー!!!」
「どうやら私の編入手続きには烈様の指示があったようです」
「私もお祖母様に頼んだのに!! お母様に言えば良かった!!」
文句を言いながらぱくぱくと勢いよく弁当を食べ始める彼女を見ながら思う。
最近思うけど、灯さんって表情がころころ変わって可愛いなぁ。
国家戦力と言われる令嬢にそんなこと思うなんて、俺もちょっとは環境に慣れてきたのかもしれない。
──そんな風に油断してたからかもしれない。
俺の目の前に、脅威が迫っていたことに全く気づかなかった。
パパパパパパッ──。
マシンガンのように打ち出された水球が俺の顔面めがけて飛んできて。
突然現れた炎の盾に、ジュウッと吸収された。
気づいたらナイフを逆手に構えた鋭鈴さんが俺の前に立ち、灯さんが後ろから座ったままの俺を守るように抱きしめていた。
鋭鈴さん越しに見えたのは、堂々と歩いてきた女子生徒。
驚くほど白い肌と切れ長の美しい目に、青みがかったショートボブが芸術のように合わさっている。
そして彼女は先程それを撃ち出したであろう右手を、もう一度構えて言った。
「────はじめまして、水無瀬凛々子です。女に守られるなんて恥ずかしくないの? 灯を誑かす男め。私と勝負しなさい」




