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虐げられていた魔眼持ちの少年が、炎系最強能力者の激重お嬢様に救われて溶けるほど甘やかされる話  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


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第1話


「もうアンタで遊ぶのも飽きたわ。奴隷契約ももう終わりね。明日からバイトも来なくていいわ」


 目の前の女子高生、佐野小春がそう言った。


「え? 小春、どういうことだよ」


 そう答えた俺の腹を、隣にいた男──井ノ原悠太が殴る。

 俺はうめき声を上げて蹲った。痛みよりも、なぜ殴られたのか分からないという衝撃が大きかった。


砂見すなみしずかくぅん。もうその小春って呼び方もやめてくれない? こんな薄汚いどうしようもない奴に下の名前で呼ばれるなんて。いくら幼馴染でも気持ち悪いよな、小春」


「……そうよ。私の彼氏もこう言ってるんだから。アンタの亡くなったお父さんって犯罪者だったんでしょ? 井ノ原くんのお父様の温情でアンタに仕事と金をあげてたみたいだけど、もう終わりにしてもらうから」


 違う。父さんは犯罪者じゃない。冤罪だ。

 そして──。


「終わりにするってどういうことだ。妹の──つきには治療費が必要なんだ。頼む」


 井ノ原悠太の父は井ノ原グループの重役だ。そして息子を溺愛している。

 その息子が骨抜きにされてる小春に言われたら、本当に俺への契約が断ち切られるかもしれない。

 それだけは。俺は祈るような気持ちで幼馴染だと思っていた佐野小春を下から見つめる。


「ああ、あの怪異化しかけてる妹さん? 良いんじゃない、化け物になったら」


 ブチ────。

 目の前が真っ赤に染まる。コイツ、ナンテイッタ……?

 掴みかかり、なんて事を言うんだと叫びたかった。

 だけど俺には立ち上がる力が残ってなかった。


 もう、何日もまともに寝てない。

 疲れたな。

 少しだけ、この冷たい床の上で気を失うことを許されたかった。

 





──およそ二十時間前──






 何度目かのアラームを止めて、布団から這い出る。

 目は開かない。開けたくない。

 それでも一日は始まるし、時間は有限だ。

 観念して型落ちのスマホを見ると、午前四時だった。


 「二時間は眠れたか。大丈夫大丈夫」


 そう自分に言い聞かせて、家を出る準備をする。

 水道水を飲み、腹が鳴るので冷蔵庫を開くが何もない。

 当たり前だ。何も買ってないのだから。

 誰も見てないのに何度か頷いて閉める。パタン。

 だめだな。腹が減るとどうしても後ろ向きになってしまう。


「しかーし、俺にはこれがある」


 ネット口座を開き、地道に貯めてきた金額が大台に乗りそうでほくそ笑む。

 腹は満たされないが、心は満たされる。

 ──もうすぐだ。

 もうすぐで、妹の月に良い治療を受けさせてあげられる。


 日課である月へのおはようメッセージを送信して家を出た。

 

 息が白い。寒いけど、俺はこの空気から不純物が取り除かれたような冬の空が好きだった。

 

 ギシギシと鳴るオンボロ自転車を飛ばして着いたのは、毎日通う巨大なホテルだ。

 もうここで早朝バイトを始めて二年以上になる。


 見上げるとあまりの高さと威圧感に目眩がする。

 視界に入るデカデカと掲げられた『INOHARA GROUP』というロゴを見て、ため息が出た。

 井ノ原グループは俺の父を奪い、そして今は妹の命綱だ。

 

 忌々しいが勝手知ったるホテルに入り、流れるように警備のおっちゃんに挨拶してホテルの厨房へ直行した。


 制服に着替え、帽子を被りながら室内に入る。

 お、今日のリーダーは当たりだ。なぜなら……。

 

「おはよう砂見くん。朝から偉いわねぇ。まかない食べてからで良いわよ。どうせ今日も食べてないんでしょ」

 

「おはようございます川原さん! 腹ペコっす! いただきます!」


 このホテルは巨大ゆえに厨房は何箇所もある。俺がバイトで入るのはここだと決まっているが、社員はその日によって働く場所が変わる。

 その日の厨房を仕切るリーダーによって雰囲気は千差万別。

 川原さんは見ての通り当たり。いつも食べさせてくれるからな。


「もうそんなに慌てて食べたら喉詰まるわよ。それにしてもそんなにお腹空いてるのね。たくさん働いてるんだから少しはちゃんとした物食べないとダメよ」


 心配してくれてる川原さんの目は、穏やかで優しい。もし母さんが生きてたらこんな感じなんだろうか。

 川原さんはまだ三十代前半かもしれないので失礼か。


「……それで、まだ学校が終わったら地下で働いてるの?」


「はい。働いてましゅよ」


 口いっぱいにお米とたくわんを含んでるせいで変な喋り方になってしまった。


「この国には怪異ってバケモノがたまに出てきて、それを倒してくれる人やうちの地下みたいなところで研究してる人たちがいるのは知ってるけど……」


 口ごもる川原さんのことを見ながら口を動かす。もぐもぐ。


「……危なくないの? それにウイルスとか菌とか大丈夫? いや、砂見くんが汚いって言ってるわけじゃないのよ」


 まぁこれが普通の人の反応だと思う。

 以前、一般人に『実際に怪異を見たことがあるか?』ってアンケートを取ったらYESが一割くらいだったらしいし。

 なんか怖くて危ないバケモンが、気づいたら国に処理されてるって感じだろう。

 

 平和な世の中だと思われてるが、巨大型の怪異を止められなかったとき、未曾有の大災害が起こる。

 日本では百年以上前にあったらしいが、詳しくは知らない。

 

 今はその時の反省を活かして創設された対怪異用の組織が戦ったり、井ノ原グループのような金のある企業が国の監視下で研究を行い、また金を生んでいる。

 

「でもまー、大丈夫らしいっすよ。今代の守護者は最強らしいんで」


「守護者って、あの天皇とか偉い人が挨拶する人? 私よく知らないのよねぇ。ってもうこんな時間。今日も頑張りましょう」


 そう。怪異を倒すため、能力に目覚める守護者はある一族から選ばれる。

 四家からなるそれは、火・風・土・水をそれぞれ司っている……らしいが俺には関係ない。

 俺はただ地下で、すでに狩られた怪異の死体を処理するだけなのだから。


 約三時間ほど汗だくになりながら働き、次は学園に向かった。





 ギシギシを通り越してギコギコ鳴り始めた自転車を裏手の駐輪場に停め、俺は目の前の「城」を見上げた。

 学校なんだけどな。城としか思えなかった。


 私立・総帝都学園。


 古くから続く伝統と、有名企業や政治家たちの莫大な献金によって維持されるこの国最高峰の中高一貫校。

 重要文化財級の校舎は、朝日に照らされて神々しいまでの威圧感を放っている。

 だが、その輝かしい正門のプレートには、この学園の最大出資者の一つである『井ノ原家』の名が刻まれていることを、俺は理解している。

 ここは単なる学び舎じゃない。

 金と権力を持つ者が、持たざる者を合法的に踏みつけるための、美しい牢獄だ。


「おはよう砂見くん」


 ほら来た。教室に入った瞬間にこれだ。


「……おはよう」


 挨拶を返しただけなのに、佐野小春は鼻先を手で仰ぐような仕草をした。

 昔はそんなこと無かったのに、派手なメイクと着崩した制服が目に付く。


「うわ、なんか油臭くない? またあのホテルの厨房? ほんと、底辺の匂いが染み付いてるわね」


 クスクスと、教室の空気が冷たい笑いに包まれる。

 俺は何も言わずに自分の席に座ろうとした──が、ガッと椅子を蹴り飛ばされた。

 犯人は分かっている。小春の隣に立つ、井ノ原悠太だ。


「おいおい砂見。俺の課題、終わったんだろうな?」


「……ああ。鞄に入ってる」


 この二日、バイトの休憩時間を使って仕上げたレポートを差し出す。

 俺と井ノ原はクラスが違うので、俺は一から勉強する羽目になった。

 井ノ原はそれを奪い取ると、中身をろくに確認せずにパラパラと捲り、団扇にしてパタパタと自分を扇ぐ。


「ふうん。まあ合格点でいいよ。あ、あとこれ。俺と小春、喉乾いたからジュース買ってきて」


 チャリン、と五百円玉が置かれた。


「二本買っても百円くらい残るだろ。良かったな。ほら、行けよ──奴隷くん」


 教室中が見ている。誰も助けない。関わりたくないからだ。

 井ノ原グループの御曹司に睨まれれば、親の仕事にまで影響が出る。

 ここはそういう学校だ。

 俺は無言で五百円玉を掴み、教室を出ようとした。その時、


「──いい加減にしなよ、井ノ原くん」


 凛とした声が、淀んだ教室の空気を切り裂いた。

 クラス委員長、たちばな陽葵ひまりだ。

 彼女だけはいつも、俺を人間として扱ってくれる。太陽のような、眩しい人。


「砂見くんはクラスメイトだよ。前から思ってたけど、奴隷って何なの。酷すぎる」


「あ? うっせえな委員長。奴隷契約はな、こいつの頼みなんだよ」


「そんなわけない! 砂見くんも、言いなりになっちゃダメだよ。嫌なことは嫌って言わないと」


 橘さんが俺の前に立ちふさがる。その背中は微かに震えていた。

 ……やめてくれ。

 俺はゆっくりと首を振る。 君が正しいことをすればするほど、君が傷つくだけなんだ。


 井ノ原はニヤリと笑い、橘さんの耳元に顔を寄せた。


「こいつさぁ、俺の彼女の小春のことが好きだったんだよ」


「え……?」


 お前たちが騙したんだろうが。

 俺は、父さんが死んで全てを失いかけた時、確かに幼馴染の小春に依存しそうになった。

 小春も優しくしてくれたと思った。

 だけど、実際はすべて小春と井ノ原が仕組んだ演技だった。

 中学二年生のやることかよ。

 でも、もう良いんだ。


「橘さん、ちょっと良い?」

 

 俺は橘さんを連れて逃げるように教室を出た。

 背後で、井ノ原たちの嘲笑う声が聞こえる。

 橘さんの顔は、泣きそうに歪んでいた。


「橘さんごめんね。嫌な思いさせて」


「ううん、こちらこそ。なんかごめん。あの……」


 自販機の前までいって止まる。


「本当だよ。二年前、俺は小春のことが好きだった。父さんが死んで参ってたのもあると思う。でもなんか、小春は井ノ原と組んで俺が告白してくるかどうか賭けてたらしい」


「そんなっ……」


 悲壮な顔をする橘さんに笑いかけながらジュースを買う。


「だから、自業自得なんだよ。騙された俺が悪い。結局、小春の演技に誘われるまま、服を脱いだら井ノ原が突入してきて、写真とか動画を撮られた。で、それで脅されて今に至るって感じ。笑えるでしょ」


「笑えないよ……」


 いやー笑えるよ。俺は全く気づかなくて井ノ原を倒そうとしたら、味方だと思ってた小春に後ろから殴られたからね。

 それ以来、俺は小春と井ノ原の奴隷だ。


 しばらくして、井ノ原と繋がってる二年の生徒会長にもこの話がバレて同じように使われている。

 俺の学園生活は苦しさしかない。


「でも大丈夫。あいつら金払いは良いからさ。結構稼がせてもらった。目標までもう少しなんだ」


 あんまりお金を持ってるアピールなんて良くないけど、俺に優しくしてくれた彼女に少しでも安心してほしい。

 こっそりスマホの画面を見せると、橘さんは目を丸くした。


「こ、こんなお金……何に使うの?」


 後ろを人が通った気がしたので、俺は慌てて画面を伏せる。

 唯一の肉親、月のためなら生活は二の次でしかない。 


 守るべきものは、月の命だけだ。







 そうして、その後も井ノ原や生徒会長の奴隷として灰色の校内を過ごしたあと、また自転車に乗る。

 俺の一日はまだ終わらない。

 むしろ、ここからが本番だ。


「……行くか」


 放課後の生徒たちの楽しそうな声を耳にしながら、俺は誰とも会話することなく教室を飛び出した。

 向かう先は、朝も訪れた井ノ原グループのホテル。


 表の絢爛豪華なエントランスではなく、ゴミ集積所の横にある搬入口から中に入る。

 朝は厨房だったが、今からは違う。

 業務用エレベーターの隠しコマンド──特定の階数ボタンを同時押しすることで、その箱は地下深くと沈んでいく。


 地下十七階。

 公のフロアマップには存在しない場所だ。

 

 不自然に明るい廊下を歩き、いくつものセキュリティを突破し目的地に着く。 


 扉が開いた瞬間、鼻を刺すのは消毒液と、鉄錆のような血の臭い。


「遅いぞ砂見。C-4区画の大百足オオムカデの処理から頼むわ」


 防護服に身を包んだ研究員が、会って早々俺に指示を飛ばす。


「了解です。今日も処理した量でボーナス頼んます!」


「ああ。少年解体屋、お前をアテにしてる」


 俺は慣れた手付きで防護服に着替え、中型のナタを担いで隔離エリアへと足を踏み入れる。


 広大なエリアのそこには、全長三十メートルはありそうな巨大な百足の怪異が横たわっていた。

 こんなもの、燃やしてしまえば良いと思うだろうが、怪異についての研究はいまだ発展途上にある。

 ただの死体でも研究次第で新たな発見がある、らしい。

 とにかく運搬用のコンテナに詰められるほどに切り分けるのが俺達の仕事だ。


 他にも解体屋がいて、こっちに手を上げてくる。

 俺もそれに応じてから作業を始める。


「それにしてもデケェな」


 この怪異はすでに討伐され、死んでいるはずだが、その細胞は未だに蠢き、紫色の体液を撒き散らしている。

 普通の人間なら、近づくだけで精神が汚染されて発狂するレベルの瘴気も感じる。

 だが、俺はもう怪異には慣れた。

 慣れてないとすれば、この()()使()()()()だ。


(──視る)


 瞬間、視界が焼け付くような赤色に染まる。

 グロテスクな怪異も、無機質なコンクリートの壁も、すべてが熱量のグラデーションへと変わる。

 その揺らぐ世界の中で、唯一、蒼白く輝く『亀裂』があった。

 生物としての構造的欠陥。存在を維持するためのコアの綻び。


 俺はその『亀裂』に指を突き立てるイメージで、ナタの刃先を叩き込んだ。


 バリンッ──。


 硬質なガラスが砕けるような幻聴と共に、鋼鉄よりも硬いはずの甲殻が崩れ落ちる。

 切断ではない。結合の崩壊だ。


 巨大な怪異は、俺がなぞった線に沿って、砂の城が崩れるようにバラバラの肉塊へと変わっていった。


「……よし。処理完了」


 作業時間は三分。

 俺が汗を拭っていると、ガラス越しの安全地帯にいる研究員たちが、安堵と軽蔑の入り混じった顔でマイク越しに告げる。


「相変わらず気味の悪い手際だ。その細腕のどこに力があるんだか……おい、次はB-2だ。今日は急げよ、上から急かされてるんだ」


 そうして俺は、機械のように死体を解体し続けた。

 すべては、妹のため。

 あと少し。あと少しで目標額だ。

 そう自分に言い聞かせて。





 ──そして、解体作業が終わり、しばし放心状態で休憩していると、アナウンスがあった。


「砂見閑、至急ホテル一階正面ロビーまで来てください。繰り返します……」


 俺は、()()使()()()ことでコメカミに走る鈍痛と、この力を得たときの記憶のフラッシュバックでフラフラだった。

 それでも呼び出しには応えなければならない。


 「わざわざ地上のホテルに呼び出すなんて、もしかしたら昇給かもしれないな。良かったな砂見。頑張ってるもんなお前」


 その場に一緒に居たダンディな解体屋仲間からそんな言葉をかけられた。


「ええ~。そんなことありますかねぇ」


 んー、確かに今日もかなりの量を処理した。

 ()の人間の耳に入ったのかもしれない。

 俺は少し期待に胸を膨らませてエレベータに乗った。


 突然、途中で目眩がして壁によりかかる。


「……ッ。……大丈夫。父さん、大丈夫だよ。井ノ原グループに評価されそうで喜んでるわけじゃない。月のためだよ」


 目を閉じたまま、誰もいない空間に話しかける。


 眼の力を使うと決まって──山の中、あの冷たい夜のことを思い出す。


 三年前、会社で濡れ衣を着せられた父さんは、俺と月と一緒に車の中で一家心中を試みた。

 眠らされていた筈の俺は何故か目が覚め、密閉されたドアを無我夢中で()()()()()

 今思うと、あの瞬間に俺は力を手に入れた。


 眠ったままの月を抱えて飛び出した俺を、父さんは悲しそうな目で見ていた。

 そして静かに父さんは車に乗り込み、海に飛び込んだ。


 あの時の顔を忘れたことはないが、そのあとの記憶は曖昧だ。

 何とか山を降りて、月の目が覚めた時、妹は極度のストレスから怪異化症候群を発症していた。


 一階に到着した音が鳴り、エレベーターが開く。


「大丈夫だ。俺は生きて、月も生きてる」







 二十時間の労働と学校生活を終え、疲れ果てて呼び出された場所で。

 俺は、あまりにも唐突な「終わり」を告げられていた。


「もうアンタで遊ぶのも飽きたわ。奴隷契約ももう終わりね。明日からバイトもこなくていいわ」


 冒頭の言葉が、脳内でリフレインする。

 思考が追いつかない。


 昇給? 馬鹿か俺は。仕事の話をする大人なんて一人もいない。


 豪華なホテルのロビー奥で、井ノ原と小春は仲間を引き連れて酒盛りパーティをしていた。

 二十三時だぞ。不良共め。


 井ノ原に殴られて突っ伏している俺に向かって小春が続ける。


「ああ、あの怪異化しかけてる妹さん? 良いんじゃない、化け物になったら」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れた音と、意識が冷たい闇に落ちる感覚が重なった。


 ────それでも。


 ……だめだ。ここで気を失ったら、月が。


「……分かったよ。明日も早いし、帰るわ」


 震える手で身体を起こし、前を向く。


「おー帰れ帰れ。そのくっさい作業着はちゃんと洗濯しとけよ」


 井ノ原の言葉に、不良仲間たちがギャハギャハ笑う。

 ただ一人笑ってない小春が俺に向かって口を開いた。


「バイトも学校での立場も失ってどうするの? アンタ、生徒会長に色々やらされてるでしょ。それも暴露するから。普通に退学かもね」


「……大丈夫だ。また別の働き口を探すよ、()()()()


 俺は、思ったことをそのまま伝えた。

 傷ついてる時間はない。幸い、貯金はある。

 ここでの収入が無くなるのは痛いし、月の治療が遅れるかもしれないが、俺は諦めない。

 学校は……あとから考えよう。

 まっすぐ小春を見つめる。


「……アンタのッ!! アンタのそういうところが私は気に食わないんだよ!!! 何でそんなにアンタって……!!」


 小春は幼馴染だが今まで見たことないような形相をしていた。

 彼氏である井ノ原悠太もギョッとした目で見ている。


「小春……?」


「……井ノ原くん。こいつのスマホ奪って。貯め込んでる金、引き出して」


「いやそれは流石に……」


「いいからやってッ!!」


 金切り声を上げる小春に従った井ノ原とその仲間に俺は羽交い締めにされ、スマホを奪われた。


「それだけはやめてくれ……」


 俺は振り絞るように声を出す。


「いいから顔こっち見せろ! ウハハ、開いた開いた。おー? 確かに貧乏人にしては貯め込んでるじゃねぇか」


 最初こそ戸惑った井ノ原も嬉々として俺の髪を掴み上げ、ネットバンクの顔認証を突破した。 

 力なく抵抗する俺はエスカレートした井ノ原たちに何度も殴られ、薄れゆく意識の中で思った。

 ああ、終わるのか。

 ごめんな、月。兄ちゃん、頑張れなくてごめんな。


 さすがに二年貯めた金をそのまま奪われると厳しい。

 学費、入院費、生活費。

 そして、怪異化に効くかもしれない最先端の治療。


 また一から貯めても、二年後に月が生きてる保証はない。


 ──本当に終わった。


 そう思った時。

 カラン、と。足音がした。


 同時に、周囲の温度が一気に上がった。

 寒さで凍えていた体が、暖炉のそばにいるように熱を帯びていく。


「……やっと、見つけた」


 鈴を転がすような、けれど震えるほどに激情を秘めた声。

 俺は目を向けると、そこにいたのは、一人の少女だった。


 そして彼女は燃えていた。

 いや、比喩ではない。彼女の美しい黒髪の毛先が、着ている鮮やかな着流しの裾が、赫い炎となって揺らめいている。

 息がしづらくなるほどの、圧倒的な熱量。

 彼女は、ボロボロの俺を見て、花が咲くように微笑んだ。

 そして、まるで崇拝する像に触れるかのように、俺の汚れた頬に手を添える。


「貴方の敵を、すべて焼き尽くしにきた。────私の、神様」


 その瞳は、どこか懐かしいが、怪異よりも恐ろしく、そして狂おしいほどの愛に満ちていた。



 


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