91 四次職の狂信者
プラムスはすでに火の海と化していた。立ちのぼる炎が夜空を真紅に染める。
アンドリアはプラムス塔の下に倒れ、その傍らには忠実な男女二人の騎兵だけが残っていた。
「城を捨てましょう、アンドリア様! 命さえあれば、またやり直せます!」
女騎兵が必死に説得する。
アンドリアは顔中に血を流し、右手で腰の深い傷を押さえながら、よろめきつつ立ち上がる。鎧はあちこちがへこみ、幾筋もの亀裂が走っていた。
「だめだ……城主として……」
突然、胸に激痛が走り、力が抜けて地面に崩れ落ちる。胸の奥で何かが砕ける音がした。肋骨が折れている。
「聖職者を! 早く聖職者を探して!」
女騎兵が叫び、男騎兵はすぐさま駆け出す。
アンドリアは再び立ち上がろうとする。
「アンドリア様、もう動かないでください!」
「撤退だ……北へ退いて残兵を集める……あいつと一騎打ちは無理だ。」
「だめです! これ以上動けば……」
女騎兵が慌ててアンドリアを押さえる。
コツ、コツ、コツ。
荒道一狼、処刑人、そして修羅がすでに目の前まで来ていた。打ちつぶされた兜が放り投げられる。
「さっき走った騎兵はこれだ。」
修羅が冷笑する。
「くっ!」
女騎兵が怒りに震えるが、アンドリアに腕を掴まれる。
「行け……」
「私は離れません!」
「ノクスに密信を。グズのエルフを殲滅したら、即座に防衛を固めろ。何があっても王都を一つは確保しろ。銀龍の刻印は生き残らなければならない。」
アンドリアは紅晶の騎槍を杖代わりに立ち上がり、敵と刺し違える覚悟を決める。
「でも――」
「行け。最後の命令だ。でないと間に合わない。」
「ドド~終わりなの?」
荒道一狼が目の前で驚いたように声を上げる。
「行け。」
アンドリアが鋭く女騎兵を睨みつける。女騎兵は荒道一狼を鋭く見据えた後、狐に跨がりその場を去った
「あなたは何者……過負荷のスイッチを操る職業なんて……」
「世界の真理を知るのは、悟りを得た四次職の狂信者だけなんだよ~ドド。」
荒道一狼は真顔で言う。
「四次職……なぜ攻城戦に参加しなかった。今さら制圧はできないのに……」
アンドリアは悟る。荒道一狼は嘘をついていない――なぜなら、自分はすでに敗北しているからだ。
「ねえ~城主って楽しい?」
荒道一狼はアンドリアのそばまで歩み寄り、無邪気に問いかける。瞳には一切の殺意がない。
アンドリアは強い不安を覚える。この男の目的がまるで読めない。いつでも黒焔の剣を抜き、刺し違える覚悟で身構えた。
荒道一狼は左手をアンドリアの肩に置いた。瞬間、その掌から、強烈な威圧感が伝わってきた。
「まず座ろう。疲れたよ~スタミナがもう限界だ。銀龍の刻印のギルドマスター、プラムスの城主――ドド。さすがだね。こんなに興奮したのは初めてだ。」
荒道一狼は淡々と言い、バックパックから追放の島で拾った丸い石を二つ取り出して地面に置き、自分とアンドリアの席を作った。
アンドリアは逃げ場がないと悟る。全身の激痛もあり、静かに腰を下ろした。
「ヒール。」
「大地の精霊。」
荒道一狼がわずかに治療を施すと、痛みが和らぎ、アンドリアは思わず息を吐く。
「城主はチームの長だ。皆に責任を負う立場だ。当然、楽な役目ではない。」
アンドリアは眉をひそめたまま、警戒を解かない。
「現実でもみんな自分の人生のリーダーだよ。ちゃんと生きるだけで大変なのに、どうしてゲームでまで悩むの?」
「それはチーム――」
「現実で得られない満足感だろ? 大勢に崇められ、思い通りに世界を動かす王様にはなれない。だからゲームで慰めを探す。違う?」
荒道一狼は笑って問いかける。
「それの何が悪いの? 誰だって違う経験をしてみたいだけよ。」
アンドリアは理解できないといった顔で答える。
「うん、今ので答えは出たね。どうして俺が攻城戦で動かなかったのか。ははは。」
荒道一狼は口元を歪めて笑う。
「……」
アンドリアは眉をひそめる。この男はただの狂人ではない。
「みんな城主の座に登りたい~崇められる生活なんて退屈だよ。現実で名誉や利益を追うだけでも疲れるのに、それをゲームにまで持ち込んで他人を支配する? それって現実と何が違うの?」
「それがロールプレイよ。努力したから城主になれた。私は時間も労力も費やしたし、仲間と一緒に戦った。棚ぼたじゃない。協力の成果よ。それがゲームの楽しさ!」
アンドリアは強い口調で言い返す。
「いい答えだ。俺も同じさ、ゲームで楽しみを探してる。ただ――俺の楽しみは、高みにいる王様を……引きずり落とすことだけどね。はははは! 誰が他人を管理したいんだ? 全部まとめて燃えちまえ!」
荒道一狼は高らかに笑う。
「だから城戦が終わるのを待って、私たちが回復しきる前に襲ったの?」
「その通り。賢いね、ドド。悪いけど、君はここまでだ~すぐにムー大陸の王都を全部解放してやる。城主のいない混沌の時代を作るんだ! ははははは!」
荒道一狼は逆十字を振り上げ、アンドリアへ叩きつける。
アンドリアは即座に黒焔の剣を抜き、受け止めた――城主としての最後の誇りを守るために。
ドンッ! 土煙が巻き上がる。
「涙には鎮痛剤が混ざってる~
最高の別れも、ちゃんと味わえよ~」
荒道一狼は鼻歌を歌いながら背を向ける。
やがて煙が晴れ、修羅が荒道一狼の肩を叩いた。
「ん?」
振り返ると、土煙の中に三人の影が立っている。
まつみ、かみこ、そしてアンドリア。
「やっぱり信じてくれたんだね!」
まつみがかみこを見て嬉しそうに言う。
「理解不能……」
かみこは眉を寄せた。
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